月山・鳥海山 [マラソン山行]   10/8(土)〜9(日)        (T・T 記)

 みちのくまで行って山登りだけでは勿体ないので、先月と同じように新潟マラソンを走ってからの山行となった。
 新潟マラソンは制限時間4時間、市民マラソンとしては厳しいレースとあって、参加者も約700人余りと少ない。北陸とはいえ体育の日の頃は例年気温が高く、今年も22℃まで上がる。
 もう10数年前、第2回と第3回の大会で50代3位に入賞したことがあり、一昨年も3時間28分台の記録が出た。しかし70代ともなると後半のスタミナ切れが激しく、3時間42分12秒の成績に終わった。
 新潟から北に向かうみちのくの列車は特急便が少ない。ゴールしてから30分后の列車に飛び乗って、登山のベースとなる酒田市に向かった。

   月山 (1979m)     10月8日

 08:25 (1:30)  10:10〜30   (50)   11:20  (10)  11:30〜40  (20)  12:00  (30)
酒田市−−−8合目登山口………たたみ石………佛生池小屋………行者返し……
                             12:30〜13:10  (50) 14:00〜10   (50)  15:00
                              ……月山…………佛生池小屋………登山口

 酒田の駅レンタカーは朝の営業が遅く8時半過ぎの出発となった。教えられた道順に従い国道7号を東に折れて、2K先の大規模農道をひたすら南下する。羽黒山への標識に従って2度左折をした正面が羽黒山の大鳥居、右手奥の笠雲を頂いた大きい山が月山らしい。
 羽黒山頂への有料道路入口を左に見た直ぐ先を左折すると8合目登山口への一本道である。次第に高度をましてつづれ折りの道が続く先が登山口(1380m)の大駐車場である。夏にはここまでバスが入る。

 登山口の直ぐ上が地塘の散在する弥陀ヶ原である。木道を右手にとって暫く進むと石だたみの登山道に出る。緩やかな登りが続くが、やや広場となった「たたみ石」からガスの中に入り強い向かい風となる。佛生池小屋で雨具をつけ、視界の閉ざされたガスの中を強風に逆らって進む。
 行者返しの上部の木道を過ぎ、傾斜の増した岩道をたどってようやく頂上小屋に到着した。その上部が石垣に囲まれた月山神社が建つのみの頂上だった。
                                        
 視界はゼロに近く、指先が凍えてザックの開閉が思うようにならない。早々に退散を決めて元の道を引き返したが、9合目まで下るとガスを抜けて今までの天気が嘘のように晴れ間さえ出て来た。
 奥の細道を歩いた芭蕉の最高所が月山だという。その時の天候はどうであったろうか。一日中笠雲におおわれた月山を詠んだのが「雲の峰いくつ崩れて月の山」の句となったように思われた。


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   鳥海山 (2236m)     10月9日

06:45 (1:00) 07:40〜08:00 (1:30) 09:30〜40 (1:00) 10:40 (10) 10:50 (1:10) 12:00〜40
酒田市−−−鉾立登山口………御浜………七五三掛………千蛇谷………御室…

     (20)  13:00   (20)  13:20 (50) 14:10 (1:10) 14:30〜40 (40) 15:20 (1:00) 16:20
      …鳥海山(新山)………御室………文殊岳………七五三掛………御浜………登山口


 今日は国道7号線を右前方に出羽富士の姿を望みながら北上し、標識に従って鳥海ブルーラインに入って九十九折れ道を登ると国民宿舎大平山荘前に至る。その4〜5百米先に最も古い大平登山口がある。
 そこから登る予定だったが、現地でその先の鉾立(1200m)がブルーラインの最高点で登り易いと教えられた。成程、大平口には駐車スペースが僅かにある程度だったが、ここには大駐車場が整備されており、行程も30分ほど短いようだ。
                                            鳥海山(新山)山頂部の岩峰
 天気予報はくもりであまり香ばしくなかったが、正面の雲間に頂上らしい黒い山影がかすかに見える。左手の谷間となった山肌は紅葉に美しく染まっている。登山道は取付けからの石だたみが、はるか先の御浜の小屋まで続いていて歩き易い。よくもこれだけの石だたみを、何時誰がどのように敷いたのだろうかと驚かされる程のものである。
 御浜から暫く登ったあと、一旦八丁坂の石だたみを下ると今度は本格的な登山道に変わり、やがて七五三掛(しめかけ)の分岐点に至る。予定した行程の千蛇谷コースを選んだが、いきなり百米以上の急降下である。谷の底は頂上あたりから転落した角のある大岩で埋まっていたが、その岩の上を渡って向い側の山腹に取りつき、谷を右下に見下ろしながら次第に勾配をます道を登る。
 このあたりから雲が切れ始めて次第に山容が明らかになる。右手の谷の向こう側は行者岳から文珠岳に至る峯々からの切れ落ちた壁となっているが、どうやら目指す鳥海山は左手上部の岩峰らしい。
 傾斜がまして道がくの字に変るとやがて大物忌神社や小屋のある御室の広場に到着する。左手に岩の積み重なった盛り上がり。およそ百米もあろうかと思われるが、その上が鳥海山頂(新山)である。ペンキ矢印が導いてくれるが、槍ヶ岳の岩峰とは異なり、角のゴツゴツとした大岩の積み重なりであるから無数の岩のすき間に注意しながらの岩渡りである。
 そろそろ頂上かと思ったところ、大きな割れ目が眼前を横切っており、胎内くぐりのような通路を下って登り返したところがせまい岩峰の頂上だった。どんな自然現象によってこの様な岩塊の山が出来たのか、実に不思議な思いにかられた。千蛇谷の岩塊もその形状からしてここから転げ落ちたものに違いない。

 御室に引き返したあと、帰路は行者岳、文珠岳の尾根道を辿ることにする。昨日の月山とは大違い、今日は空も晴れ上がり風も無風に近く絶好に山日和となって、展望を楽しみながらのルンルン気分であった。千蛇谷の方が容易だと書かれたものもあるようだが、私は絶対に尾根道を推奨する。
 下り半ばの八丁坂から振り返ると、鳥海山頂から今歩いてきた尾根の山々の横たわる美しい姿を展望することが出来た。今朝登る時にはかなわなかったが、天候次第ではこの山容を常に眼にしながら登れる山なのだ。正にみちのく一の名山だと心に強く感じた山行であった。        鳥海山遠望(左が新山)
                                           
 下りながら南北に長く望める海岸線の眼下の一点に、黄金色の小さな平地の拡がりを見つけたが、あれがかの象潟に違いない。奥の細道で芭蕉が踏んだ最北端の地である。とっさに有名な「象潟や雨に西施がねぶの花」の句が頭に浮かんだ。