起こりとあゆみ

 昭和61年に、徳地町青年団の「樽太鼓」を引き継いで、「そま取りの木を切る音」「引き廻し川のせせらぎの音」等をイメージし、徳地青年団員の方々の指導によって誕生した。重源太鼓の重源は、俊乗房重源の重源。
 八坂小は、平成15年に三谷小、引谷小と統合。 
 以後、引谷小から八坂小に引き継がれ今日に及ぶ。

 平成19年6月 森林セラピーオープニング記念
          シンポジウムアトラクションに出演
 平成20年4月 国民文化祭みどりの愛護のつどい 
          オープニングアトラクションに出演
 

重源太鼓
起こりとあゆみ

(1121年〜1206年)

字名 俊乗房   俗名 重定

保安2年  ・紀 季重の子として、京都に生まれた。
(1121年)
       ・13歳で醍醐寺を出家 修行  ・17歳で四国をまわって修行
        以後、詳細は不明、多分醍醐寺を中心に、遊行する生活を送っただろう。

1155年  ・35歳、阿弥陀像を造立。この頃から、各種宗教行事に結縁し始めた。
       ・全国各地の作善作業や道・橋・池の修築や庶民に湯施行を行う。
        (徳地に見られる石風呂)
       ・この間、仏師的技術を身につけていく。また、臨済宗の開祖、栄西とも交友関係にあ        り、知己であった。

1180年 ・京都で争乱の中、東大寺・興福寺が焼き尽くさせる。

1181年 ・61歳のときに、造東大寺大勧進に任ぜられる。

1185年 ・大仏開眼が行われた。この頃から、東大寺造営の用材を切り出し、「そまどり」を探し       始めた。
       佐波川、関水、瀬戸内海、奈良へ、困難にあいながら、ついに完成。
1206年 病気を患い、衰弱がひどく、弟子たちに見守られて、6月5日入滅。
       享年86歳

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