万葉集巻第11

万葉集 巻第11

#[番号]11/2351
#[題詞]旋頭歌
#[原文]新室 壁草苅邇 御座給根 草如 依逢未通女者 公随
#[訓読]新室の壁草刈りにいましたまはね草のごと寄り合ふ娘子は君がまにまに
#[仮名],にひむろの,かべくさかりに,いましたまはね,くさのごと,よりあふをとめは,きみがまにまに
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,野遊び,旋頭歌,求婚
#[訓異]
#[大意]新築の家の壁草を刈りにいらっしゃいなさいよ。その草のように靡き寄る娘子はあなたの思いのままに
#{語釈]
壁草 略解 今すさといふ物ならむ
新考 今も竹の乏しき地方にては壁下地のこまひに薄をつかふといへばここに壁草といへるも薄にて壁下地のこまひの料ならむ
踐祚大嘗祭式 造る所の八神殿一宇、稲実斎屋一宇、・・・並びに皆黒木及び草を以て構膏せよ。壁蔀は草を以てせよ。

次田新講 先年行わせられた大嘗祭の神殿の結構を見るも、四周の壁は土で塗らるるやうなことはなく、只近江表をあてられ、又周囲には六尺の高さの柴垣を廻らされたやうに承っている。此等から推して考へると、上代の建築には、壁を土で塗るというやうなことは未だ行われないで、壁や垣は草や柴で造ったものであることが知れる

寄り合ふ娘子
童蒙抄 其の草の如くしなやかに寄り集まる乙女らは
古義 多くは女の依相をいふにはあらで、これは一人の女のうへにて、草のより合ひ靡くごとく、容儀(すがた)しなやかにして、うるはしきをいふなるべし
注釈 草の靡く如く、靡き相寄るをとめと見るべきである

#[説明]
代匠記 此は人の娘の許へよき男の忍びて通ひ来るを、親の許さむと思ひてよめるなるべし
折口 新築の祝いに、主人から客へ寄せた招待のやうにして、その籍で歌うたものだろう
花田比露思 「新室の壁草刈り」というのは、実は処女に初めて男が逢う時の隠語的な言い回しかも知れない。・・穿ち過ぎかも知れない。
中村憲吉 やはり新室祝ぎに歌われた歌の種類。娘子や君は一般的であり、特定人を指してはいない。
私注 民謡
伊藤博 新室祝の歌に男女関係のことが詠みこまれるのは、その生産行為が家屋繁栄の予祝につながるからである。

#[関連論文]


#[番号]11/2352
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]新室 踏静子之 手玉鳴裳 玉如 所照公乎 内等白世
#[訓読]新室を踏み鎮む子が手玉鳴らすも玉のごと照らせる君を内にと申せ
#[仮名],にひむろを,ふみしづむこが,ただまならすも,たまのごと,てらせるきみを,うちにとまをせ
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,求婚,新室ほがい,祝い,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]新室を踏み鎮める子の手玉が鳴っていらっしゃる。その玉のように輝いておられるあなたを中にと申し上げなさい
#{語釈]
踏み鎮む子
出雲国造神賀詞
白御馬(しろみま)の前足の爪・後足(しりへあし)の爪、踏み立つる事は、大宮の内外(うちと)の御門(みかど)の柱を、上(うは)つ石(いは)ねに踏み堅め、下つ石ねに踏み凝らし、
続紀 宝亀元年三月 歌垣
処女らに男を立て添ひ踏み平らす西の都は万世の宮
考 地には踏み平し家には踏み静むてふ歌うたひてをどりなどする事あるべし。
古義 静(しづむ)とは、動(さわく)の反(うら)にて、此は新室の柱を築き建て、動(ゆる)ぐことなく、揺(うご)くことなからしめむと、堅固(かたを)に踏み鎮むるを云う
折口 家に災難のないように踏んで鎮める巫女たちが

手玉
10/2065H01足玉も手玉もゆらに織る服を君が御衣に縫ひもあへむかも

#[説明]
伊藤博 完成した新室にはじめて若者を招じ入れる歌で、親の立場に立っての詠らしい。すぐれた若者を新室に招じ入れるのは、その若者をやがて娘の連れ合いとして選ぶことを暗示しており、それ自体が予祝の行為であったのであろう。

#[関連論文]


#[番号]11/2353
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]長谷 弓槻下 吾隠在妻 赤根刺 所光月夜邇 人見點鴨 [一云 人見豆良牟可]
#[訓読]泊瀬の斎槻が下に我が隠せる妻あかねさし照れる月夜に人見てむかも [一云 人見つらむか]
#[仮名],はつせの,ゆつきがしたに,わがかくせるつま,あかねさし,てれるつくよに,ひとみてむかも,[ひとみつらむか]
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,隠妻,枕詞,奈良,植物,地名
#[訓異]
#[大意]泊瀬の神聖なケヤキの木の下に自分が隠した妻よ。あかねさして照っている月夜に他人が見つけることだろうか
#{語釈]
斎槻
07/1087H01穴師川川波立ちぬ巻向の弓月が岳に雲居立てるらし
07/1088H01あしひきの山川の瀬の鳴るなへに弓月が岳に雲立ちわたる
10/1816H01玉かぎる夕さり来ればさつ人の弓月が岳に霞たなびく
11/2353H01泊瀬の斎槻が下に我が隠せる妻あかねさし照れる月夜に人見てむかも

#[説明]
歌垣歌のような集団的な歌か
07/1276H01池の辺の小槻の下の小竹な刈りそねそれをだに君が形見に見つつ偲はむ
11/2656H01天飛ぶや軽の社の斎ひ槻幾代まであらむ隠り妻ぞも

#[関連論文]


#[番号]11/2354
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]健男之 念乱而 隠在其妻 天地 通雖<光> 所顕目八方 [一云 大夫乃 思多鶏備弖]
#[訓読]ますらをの思ひ乱れて隠せるその妻天地に通り照るともあらはれめやも [一云 ますらをの思ひたけびて]
#[仮名],ますらをの,おもひみだれて,かくせるそのつま,あめつちに,とほりてるとも,あらはれめやも,[ますらをの,おもひたけびて]
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]先 -> 光 [文][紀][温]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,隠妻,恋情
#[訓異]
#[大意]ますらをが思い乱れて隠したその妻であるよ。天地に照り通るとしても姿が現れることがあろうか [ますらをが思いいきり立って]
#{語釈]
ますらを 恋心など女々しさを起こさない立派な男子

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2355
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]恵得 吾念妹者 早裳死耶 雖生 吾邇應依 人云名國
#[訓読]愛しと我が思ふ妹は早も死なぬか生けりとも我れに寄るべしと人の言はなくに
#[仮名],うつくしと,あがおもふいもは,はやもしなぬか,いけりとも,われによるべしと,ひとのいはなくに
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]いとしいと自分が思う妹は早く死んではくれないことだろうか。生きていたとしても自分に寄るだろうとは人は言わないことだから
#{語釈]
愛しと うつくしと 類聚名義抄 恵 うつくしふ 親子や夫婦の如き肉親の互いに情愛を注ぐさま
注釈、全注、全集、集成 うるはしと うつくしと に続く仮名書き例がない
端正や姿や整って立派な様

#[説明]
歌垣歌などの悪態をついた集団歌
大岡信 ふられた男のやけくその捨てぜりふ。いくら憎んでみても、ますます彼女はいとしいのです

#[関連論文]


#[番号]11/2356
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]狛錦 紐片<叙> 床落邇祁留 明夜志 将来得云者 取置<待>
#[訓読]高麗錦紐の片方ぞ床に落ちにける明日の夜し来なむと言はば取り置きて待たむ
#[仮名],こまにしき,ひものかたへぞ,とこにおちにける,あすのよし,きなむといはば,とりおきてまたむ
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]釼 -> 叙 [嘉][文][紀] / 得 -> 待 [嘉][文][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,比喩,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたの高麗錦の紐の片方が床に落ちている。明日の夜に来ようというのならば取り置いて待ちましょう。
#{語釈]
高麗錦 舶来の錦織り
10/2090H01高麗錦紐解きかはし天人の妻問ふ宵ぞ我れも偲はむ
11/2356H01高麗錦紐の片方ぞ床に落ちにける明日の夜し来なむと言はば取り置きて待たむ
11/2405H01垣ほなす人は言へども高麗錦紐解き開けし君ならなくに
11/2406H01高麗錦紐解き開けて夕だに知らずある命恋ひつつかあらむ
12/2975H01高麗錦紐の結びも解き放けず斎ひて待てど験なきかも
14/3465H01高麗錦紐解き放けて寝るが上にあどせろとかもあやに愛しき
16/3791H06遠里小野の ま榛持ち にほほし衣に 高麗錦 紐に縫ひつけ 刺部重部

床に落ちにける
新考 男の朝帰りし後に下紐の落ちたるを見附し趣なり

総釈 文字どほり床に落ちにけると現在のことにし、来なむと言はばを目前の男に対して女の「来ますか来ませんか、来るとおっしゃるなら」と言ったのだと解すべきである。しかし来ないといふなら返すというのではないつまり来るまでは返さないといふのである。眼前男に対して女のいふ詞としてこそ、すべてが躍動して来る。

明日の夜 次の夜の意か
0/1817H01今朝行きて明日には来なむと云子鹿丹朝妻山に霞たなびく

#[説明]
後朝の歌と解すべきか

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#[番号]11/2357
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]朝戸出 公足結乎 閏露原 早起 出乍吾毛 裳下閏奈
#[訓読]朝戸出の君が足結を濡らす露原早く起き出でつつ我れも裳裾濡らさな
#[仮名],あさとでの,きみがあゆひを,ぬらすつゆはら,はやくおき,いでつつわれも,もすそぬらさな
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,旋頭歌,恋情,後朝
#[訓異]
#[大意]朝帰るのに戸を出てあなたの足もとを濡らす露の原よ。早く起きて出ていって自分も裳の裾を濡らそうよ
#{語釈]
朝戸出 朝に戸を開けて帰る
0/1925H01朝戸出の君が姿をよく見ずて長き春日を恋ひや暮らさむ
11/2357H01朝戸出の君が足結を濡らす露原早く起き出でつつ我れも裳裾濡らさな
11/2692H01夕凝りの霜置きにけり朝戸出にいたくし踏みて人に知らゆな
20/4408H04嘆きのたばく 鹿子じもの ただ独りして 朝戸出の 愛しき我が子

足結 膝のあたりで結んだ袴の裾
07/1110H01ゆ種蒔くあらきの小田を求めむと足結ひ出で濡れぬこの川の瀬に
記紀歌謡 宮人の足結の小鈴落ちにきと宮人動む里人もゆめ

#[説明]
別れを惜しむ気持ちで、出来るだけ一緒にいたい気持ちを詠む
類歌
07/1090H01我妹子が赤裳の裾のひづちなむ今日の小雨に我れさへ濡れな
11/2563H01人目守る君がまにまに我れさへに早く起きつつ裳の裾濡れぬ

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#[番号]11/2358
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]何為 命本名 永欲為 雖生 吾念妹 安不相
#[訓読]何せむに命をもとな長く欲りせむ生けりとも我が思ふ妹にやすく逢はなくに
#[仮名],なにせむに,いのちをもとな,ながくほりせむ,いけりとも,あがおもふいもに,やすくあはなくに
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]何をしようとして命をむやみに長くと願っているのだろう。生きていたとしても自分が恋い思う妹にたやすく逢うことではないのに
#{語釈]

#[説明]
類想
04/0704H01栲縄の長き命を欲りしくは絶えずて人を見まく欲りこそ
11/2377H01何せむに命継ぎけむ我妹子に恋ひぬ前にも死なましものを
#[関連論文]


#[番号]11/2359
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]息緒 吾雖念 人目多社 吹風 有數々 應相物
#[訓読]息の緒に我れは思へど人目多みこそ吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを
#[仮名],いきのをに,われはおもへど,ひとめおほみこそ,ふくかぜに,あらばしばしば,あふべきものを
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]命の限り自分は恋い思うが人目が多いので逢うことが出来ない。吹く風にあったならばたびたび逢うだろうものを
#{語釈]
息の緒に 命の限り 緒 長く続いているもの
04/0644H01今は我はわびぞしにける息の緒に思ひし君をゆるさく思へば
04/0681H01なかなかに絶ゆとし言はばかくばかり息の緒にして我れ恋ひめやも
07/1360H01息の緒に思へる我れを山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ
08/1453H01玉たすき 懸けぬ時なく 息の緒に 我が思ふ君は うつせみの
08/1507H03息の緒に 我が思ふ妹に まそ鏡 清き月夜に ただ一目 見するまでには
11/2359H01息の緒に我れは思へど人目多みこそ吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを
11/2536H01息の緒に妹をし思へば年月の行くらむ別も思ほえぬかも
11/2788H01息の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも
12/3045H01朝霜の消ぬべくのみや時なしに思ひわたらむ息の緒にして
12/3115H01息の緒に我が息づきし妹すらを人妻なりと聞けば悲しも
12/3194H01息の緒に我が思ふ君は鶏が鳴く東の坂を今日か越ゆらむ
13/3255H04息の緒にして
13/3272H06人知れず もとなや恋ひむ 息の緒にして
18/4125H02袖振り交し 息の緒に 嘆かす子ら 渡り守 舟も設けず
19/4281H01白雪の降り敷く山を越え行かむ君をぞもとな息の緒に思ふ

#[説明]
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#[番号]11/2360
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]人祖 未通女兒居 守山邊柄 朝々 通公 不来哀
#[訓読]人の親処女児据ゑて守山辺から朝な朝な通ひし君が来ねば悲しも
#[仮名],ひとのおや,をとめこすゑて,もるやまへから,あさなさな,かよひしきみが,こねばかなしも
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,旋頭歌,序詞
#[訓異]
#[大意]人の親が娘を置いて男から守るというその守山を通って毎朝毎朝通っていたあなたが来ないので悲しいことであるよ
#{語釈]
人の親処女児据ゑて 人の親は一般的に若い娘を置いて男から守るというその守山
守山の序詞

守山 代匠記 13/3222 終に泣児守山とあれば三諸山の別名なり
大系 茂る山をかけた木々の茂った山
注釈 守山は今もあちらこちらにあるように、どこともわからない。

山辺から 注釈 「から」通過点を示す 10/1945 守山のほとりを通って

朝な朝な あさなあさな あさなさな
全注 妻問いのため夜来た男の、後朝の別れをしてのち帰ることを言うのか
文字とおり朝通って来たことを言うのか
日々の意か

#[説明]
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#[番号]11/2361
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]天在 一棚橋 何将行 穉草 妻所云 足<壮>嚴
#[訓読]天なる一つ棚橋いかにか行かむ若草の妻がりと言はば足飾りせむ
#[仮名],あめなる,ひとつたなはし,いかにかゆかむ,わかくさの,つまがりといはば,あしかざりせむ
#[左注](右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]牡 -> 壮 [嘉][紀][温][矢]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]天にある日ではないが、一本の板橋をどのように渡って行こうか。若草の妻のもとへというので足を飾って行こう
#{語釈]
天なる 日と一つをかけた枕詞 7/1277
詞林釆葉抄 10/2081 天河の橋也
七夕の橋のイメージがあるか
代匠記 初三句は、独木橋(ひとつはし)の危をいかで渡るらむと労を思ひやりて、天河に彦星の渡る橋を引懸て云なり

棚橋 一枚板を渡しただけの質素な橋

足飾りせむ 西、紀 代匠記 あしをうつくし
童蒙抄 あしよそひせん
考 あゆひすらくを
略解 あゆひしたたす
古義 あゆひしたたむ 新考 ふねよそはくも 口訳 あゆひかためむ
新訓 あしよそひせよ
総釈、大系、私注 あしよそひせむ
全註釈 あしやかざらむ
全集、集成 あしかざりせむ

例え川に落ちたとしても、ほかでもない妻の所へ行くのだから、足をきれいに飾っていこうといったもの

#[説明]
全注 七夕の牽牛などに関連させないでも解釈しうるのであり、危ない板橋を渡って恋しい妻の所に行く男の心を詠んだ集団の歌謡と考えられる

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#[番号]11/2362
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]開木代 来背若子 欲云余 相狭丸 吾欲云 開木代来背
#[訓読]山背の久背の若子が欲しと言ふ我れあふさわに我れを欲しと言ふ山背の久世
#[仮名],やましろの,くせのわくごが,ほしといふわれ,あふさわに,われをほしといふ,やましろのくぜ
#[左注]右十二首柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,京都,求婚,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]山城の久世の若殿が欲しいという自分であるよ。軽率にも自分を欲しいという山城の久世であることだ
#{語釈]
山背の久背の若子
07/1286H01山背の久世の社の草な手折りそ我が時と立ち栄ゆとも草な手折りそ
原文 開木代 代匠記 06/1053「百樹成 山」 諸木山より開出す故か
井出至 三字で熟字訓 伐木地の意をあらわすヤマシロという語が存在したか
和名抄 山城国久世郡 京都府久世郡久御山町と城陽市、京都市伏見区淀
芳賀紀雄 渡来系の黄文連氏、栗隈氏 高度な文化地帯
久世の若殿様の意

あふさわに 原文 相狭丸 和爾氏を古事記 丸邇氏 あふさわにと訓む
08/1547H01さを鹿の萩に貫き置ける露の白玉あふさわに誰れの人かも手に巻かむちふ
軽はずみに 軽率に

#[説明]
歌垣の歌か。

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#[番号]11/2363
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]岡前 多未足道乎 人莫通 在乍毛 公之来 曲道為
#[訓読]岡の崎廻みたる道を人な通ひそありつつも君が来まさむ避き道にせむ
#[仮名],をかのさき,たみたるみちを,ひとなかよひそ,ありつつも,きみがきまさむ,よきみちにせむ
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]
#[鄣W],古歌集,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]岡の周囲をまわっている道を人は通うな。そのままにしておいてあなたがいらっしゃる回り道にしよう
#{語釈]
岡の崎 岡のめぐり

廻みたる道 ぐるっと回っている道

避き道 回り道 人目を避ける道
11/2379H01見わたせば近き渡りをた廻り今か来ますと恋ひつつぞ居る

#[説明]
歌垣歌か
古義 歌の意は、岡の岬を折り廻れるその路は、気遠くて、常に人のしらむ路なれば、わがしれる人の、ありありつつ吾が方へ通い座すとき、人目を避ける避路(よきみち)にせむを、たとひ他人は、その路のあることをしれりとも、そこをば通ることなかれ、となり

#[関連論文]


#[番号]11/2364
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]玉垂 小簾之寸鶏吉仁 入通来根 足乳根之 母我問者 風跡将申
#[訓読]玉垂の小簾のすけきに入り通ひ来ねたらちねの母が問はさば風と申さむ
#[仮名],たまだれの,をすのすけきに,いりかよひこね,たらちねの,ははがとはさば,かぜとまをさむ
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]
#[鄣W],古歌集,恋情,勧誘,旋頭歌
#[訓異]
#[大意]玉垂の簾の隙間を通って入って来て通ってください。たらちねの母が尋ねられると風だと申しましょう
#{語釈]
玉垂の 玉を緒に貫いて垂らすという意味で、「を」にかかる枕詞
02/0194H08玉垂の 越智の大野の 朝露に 玉藻はひづち 夕霧に 衣は濡れて 草枕
02/0195H01敷栲の袖交へし君玉垂の越智野過ぎ行くまたも逢はめやも
07/1073H01玉垂の小簾の間通しひとり居て見る験なき夕月夜かも
11/2556H01玉垂の小簾の垂簾を行きかちに寐は寝さずとも君は通はせ

小簾のすけきに 小は接頭語。簾の隙間
すけき すきまを意味する名詞か

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2365
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]内日左須 宮道尓相之 人妻<姤> 玉緒之 念乱而 宿夜四曽多寸
#[訓読]うちひさす宮道に逢ひし人妻ゆゑに玉の緒の思ひ乱れて寝る夜しぞ多き
#[仮名],うちひさす,みやぢにあひし,ひとづまゆゑに,たまのをの,おもひみだれて,ぬるよしぞおほき
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]垢 -> め [嘉][文][細]
#[鄣W],古歌集,旋頭歌,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]うちひさす宮に行く途中に逢った人妻だから、玉の緒のように思い乱れて寝る夜が多いことだ
#{語釈]
うちひさす 宮の枕詞
04/0532H01うちひさす宮に行く子をま悲しみ留むれば苦し遣ればすべなし
05/0886H01うちひさす 宮へ上ると たらちしや 母が手離れ 常知らぬ
07/1280H01うちひさす宮道を行くに我が裳は破れぬ玉の緒の思ひ乱れて家にあらましを

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2366
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]真十鏡 見之賀登念 妹相可聞 玉緒之 絶有戀之 繁比者
#[訓読]まそ鏡見しかと思ふ妹も逢はぬかも玉の緒の絶えたる恋の繁きこのころ
#[仮名],まそかがみ,みしかとおもふ,いももあはぬかも,たまのをの,たえたるこひの,しげきこのころ
#[左注](右五首古歌集中出)
#[校異]
#[鄣W],古歌集,枕詞,旋頭歌,恋情
#[訓異]
#[大意]まそ鏡を見るように逢いたいと思う妹にも逢わないことかなあ。玉の緒のように途絶えている恋が激しいこの頃であるよ
#{語釈]
見しか しか 願望の助詞
03/0343H01なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ

#[説明]
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#[番号]11/2367
#[題詞](旋頭歌)
#[原文]海原乃 路尓乗哉 吾戀居 大舟之 由多尓将有 人兒由恵尓
#[訓読]海原の道に乗りてや我が恋ひ居らむ大船のゆたにあるらむ人の子ゆゑに
#[仮名],うなはらの,みちにのりてや,あがこひをらむ,おほぶねの,ゆたにあるらむ,ひとのこゆゑに
#[左注]右五首古歌集中出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],古歌集,旋頭歌,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]海原の航路に乗ったように自分は行方がさだまらないで落ち着かないで恋い思っているのだろうか。大船のようにゆったりとしているあの人のせいで
#{語釈]
海原の道に乗りてや 海原の航路に乗って進むように 行方が定まらない恋のたとえ
自分は恋い思って動揺している

大船のゆたにあるらむ人の子 態度がはっきりしない

#[説明]
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#[番号]11/2368
#[題詞]正述心緒
#[原文]垂乳根乃 母之手放 如是許 無為便事者 未為國
#[訓読]たらちねの母が手離れかくばかりすべなきことはいまだせなくに
#[仮名],たらちねの,ははがてはなれ,かくばかり,すべなきことは,いまだせなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]たらちねの母の手を離れてこんなにもどうしようもないことはまだしたことがないよ
#{語釈]
たらちねの 母の枕詞

母が手離れ 母の養育の手を離れてから 物心がついて年頃になって
初めて母にはうち明けずに、ひとりでの意か

かくばかりすべなきこと 恋の苦しさ

#[説明]
女性の立場の歌 本来女性の歌が収録されていたか、人麻呂が女性の立場で詠んだか

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#[番号]11/2369
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人所寐 味宿不寐 早敷八四 公目尚 欲嘆 [或本歌云 公矣思尓 暁来鴨]
#[訓読]人の寝る味寐は寝ずてはしきやし君が目すらを欲りし嘆かむ [或本歌云 君を思ふに明けにけるかも]
#[仮名],ひとのぬる,うまいはねずて,はしきやし,きみがめすらを,ほりしなげかむ,[きみをおもふに,あけにけるかも]
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]世間一般の人が寝る安眠もしないで、いとしいあなたの目だけでも見たいと思って嘆くことだ 或本歌云 あなたを思っていると夜が明けたことだ
#{語釈]
味寐は寝ずて 安眠もしないで
12/2963H01白栲の手本ゆたけく人の寝る味寐は寝ずや恋ひわたりなむ
13/3274H04人の寝る 味寐は寝ずて 大船の ゆくらゆくらに 思ひつつ
13/3329H09入り居恋ひつつ ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寝る 味寐は寝ずに
16/3810H01味飯を水に醸みなし我が待ちしかひはかつてなし直にしあらねば
いづれも女性の歌

はしきやし はしけやし 愛しけ・やし いとしい 愛すべき

#[説明]
女性の歌

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#[番号]11/2370
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀死 戀死耶 玉鉾 路行人 事告<無>
#[訓読]恋ひしなば恋ひも死ねとや玉桙の道行く人の言も告げなく
#[仮名],こひしなば,こひもしねとや,たまほこの,みちゆくひとの,こともつげなく
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]兼 -> 無 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]恋い死ぬのならば恋い死にせよというのだろうか。玉鉾の道を行く人が何も話してくれないことだ
#{語釈]
言も告げなく 全注 告げるは、自分が他人に話す意
告らなくと訓む

夕占問いをしている
折口信夫 日暮れ頃にする占い。辻に出て行き来の人の口うらを聞いて、自分の迷っていること、考えている事におし当てて判断する方法で、日の入った薄明かりのたそがれに、なるべく人通りのありそうな八街を選んで、話し放し過ぎる第一番目の人を待ったのである。夕方の薄明かりを選んだのは、精霊の最も力を得ている時刻だからであろう。遙かに時代が下がると、三つ辻と定めて、そこに白米を撒いて、区画をかいて、そこを通る人の話を神聖なものとして聴き、また禁厭の歌もあって、道祖の神に祈ったようである。
03/0420H05至れるまでに 杖つきも つかずも行きて 夕占問ひ 石占もちて
04/0736H01月夜には門に出で立ち夕占問ひ足占をぞせし行かまくを欲り
11/2506H01言霊の八十の街に夕占問ふ占まさに告る妹は相寄らむ
11/2613H01夕占にも占にも告れる今夜だに来まさぬ君をいつとか待たむ
11/2625H01逢はなくに夕占を問ふと幣に置くに我が衣手はまたぞ継ぐべき
11/2686H01夕占問ふ我が袖に置く白露を君に見せむと取れば消につつ
14/3469H01夕占にも今夜と告らろ我が背なはあぜぞも今夜寄しろ来まさぬ
16/3811H05母のみ言か 百足らず 八十の衢に 夕占にも 占にもぞ問ふ
17/3978H13思ひうらぶれ 門に立ち 夕占問ひつつ 我を待つと 寝すらむ妹を

#[説明]
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#[番号]11/2371
#[題詞](正述心緒)
#[原文]心 千遍雖念 人不云 吾戀つ 見依鴨
#[訓読]心には千重に思へど人に言はぬ我が恋妻を見むよしもがも
#[仮名],こころには,ちへにおもへど,ひとにいはぬ,あがこひづまを,みむよしもがも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,隠妻
#[訓異]
#[大意]心には幾重にも恋い思うが人には言わない自分の恋い思う妻に逢う手だてもあればなあ
#{語釈]
#[説明]
人麻呂の隠り妻というよりは、心密かに恋い思っている女のことを言ったもの

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#[番号]11/2372
#[題詞](正述心緒)
#[原文]是量 戀物 知者 遠可見 有物
#[訓読]かくばかり恋ひむものぞと知らませば遠くも見べくあらましものを
#[仮名],かくばかり,こひむものぞと,しらませば,とほくもみべく,あらましものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]こんなにも恋い思うものだとあらかじめ知っていたならば、遠くの方を見て逢わなければよかったのに
#{語釈]
遠くも見べく 遠くの方を見て離れていればよかった。なまじっか近くを見て逢ってしまったばっかりにの意
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2373
#[題詞](正述心緒)
#[原文]何時 不戀時 雖不有 夕方<任> 戀無乏
#[訓読]いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ひはすべなし
#[仮名],いつはしも,こひぬときとは,あらねども,ゆふかたまけて,こひはすべなし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]枉 -> 任 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]何時といって恋しくない時はないけれども、夕方がやって来て恋い心はどうしようもなくつのることだ
#{語釈]
かたまけて 一方で待ち設けて その時が来る
02/0191H01けころもを時かたまけて出でましし宇陀の大野は思ほえむかも
05/0838H01梅の花散り乱ひたる岡びには鴬鳴くも春かたまけて
10/2133H01秋の田の我が刈りばかの過ぎぬれば雁が音聞こゆ冬かたまけて
10/2163H01草枕旅に物思ひ我が聞けば夕かたまけて鳴くかはづかも
11/2373H01いつはしも恋ひぬ時とはあらねども夕かたまけて恋ひはすべなし
15/3619H01礒の間ゆたぎつ山川絶えずあらばまたも相見む秋かたまけて

すべなし 原文「無乏」
13/3257H01直不来 自此巨勢道柄 石椅跡 名積序吾来 戀天窮見
13/3320H01直不徃 此従巨勢道柄 石瀬踏 求曽吾来 戀而為便奈見
により「窮」を「すべ」と訓める。貧乏困窮の身はなんとも詮方ないものであるので、せんすべも無きという意味で訓ませたか(童蒙抄)
「窮」と「乏」とは意味的におなじであるので、「乏」一字で「すべなし」と訓めるが、「ともし」との訓まれる例が多いので、「無」字をつけて、「なし」を強調した。(注釈)

#[説明]
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#[番号]11/2374
#[題詞](正述心緒)
#[原文]是耳 戀度 玉切 不知命 歳經管
#[訓読]かくのみし恋ひやわたらむたまきはる命も知らず年は経につつ
#[仮名],かくのみし,こひやわたらむ,たまきはる,いのちもしらず,としはへにつつ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]このように恋い続けることなのであろうか。たまきはる命もわからないで、年月だけは過ぎて行って
#{語釈]
命も知らず 命もどうなるかわからない状態で

#[説明]
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#[番号]11/2375
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吾以後 所生人 如我 戀為道 相与勿湯目
#[訓読]我れゆ後生まれむ人は我がごとく恋する道にあひこすなゆめ
#[仮名],われゆのち,うまれむひとは,あがごとく,こひするみちに,あひこすなゆめ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]自分より後に生まれてくる人は、自分のように恋をする道に会ってはくれるな。決して
#{語釈]
あひこすな 「こす」希求の意味の補助動詞 「な」禁止の終助詞
~してくれるな
「与」 許す、与えるの意味 許 こそ と訓まれる
訓義弁證 乞い取る 乞と与は同義
04/0660H01汝をと我を人ぞ離くなるいで我が君人の中言聞きこすなゆめ
08/1437H01霞立つ春日の里の梅の花山のあらしに散りこすなゆめ
08/1507H04散りこすな ゆめと言ひつつ ここだくも 我が守るものを うれたきや
08/1560H01妹が目を始見の崎の秋萩はこの月ごろは散りこすなゆめ
08/1657H01官にも許したまへり今夜のみ飲まむ酒かも散りこすなゆめ
11/2375H01我れゆ後生まれむ人は我がごとく恋する道にあひこすなゆめ
11/2712H01言急くは中は淀ませ水無川絶ゆといふことをありこすなゆめ
15/3702H01竹敷の浦廻の黄葉我れ行きて帰り来るまで散りこすなゆめ

#[説明]
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#[番号]11/2376
#[題詞](正述心緒)
#[原文]健男 現心 吾無 夜晝不云 戀度
#[訓読]ますらをの現し心も我れはなし夜昼といはず恋ひしわたれば
#[仮名],ますらをの,うつしごころも,われはなし,よるひるといはず,こひしわたれば
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]立派な男としてのしっかりした心も自分はない。夜昼と言わないで恋い思い続けると
#{語釈]
現し心 恋いに心を奪われている状態
07/1343H02[紅の現し心や妹に逢はずあらむ]
11/2792H01玉の緒の現し心や年月の行きかはるまで妹に逢はずあらむ
12/2960H01うつせみの現し心も我れはなし妹を相見ずて年の経ぬれば

#[説明]
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#[番号]11/2377
#[題詞](正述心緒)
#[原文]何為 命継 吾妹 不戀前 死物
#[訓読]何せむに命継ぎけむ我妹子に恋ひぬ前にも死なましものを
#[仮名],なにせむに,いのちつぎけむ,わぎもこに,こひぬさきにも,しなましものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]何をしようとして命を長らえたのであろう。我妹子に恋い思わない前に死んだほうがましだったのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2378
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吉恵哉 不来座公 何為 不猒吾 戀乍居
#[訓読]よしゑやし来まさぬ君を何せむにいとはず我れは恋ひつつ居らむ
#[仮名],よしゑやし,きまさぬきみを,なにせむに,いとはずあれは,こひつつをらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]ままよ。いらっしゃらないあなたをどうしていやがらずに自分は恋い思っているのだろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2379
#[題詞](正述心緒)
#[原文]見度 近渡乎 廻 今哉来座 戀居
#[訓読]見わたせば近き渡りをた廻り今か来ますと恋ひつつぞ居る
#[仮名],みわたせば,ちかきわたりを,たもとほり,いまかきますと,こひつつぞをる
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]見渡すと近い渡し場であるのに、遠回りしてもういらっしゃるかと恋い続けていることだ
#{語釈]
渡りを 渡し場 「を」間投助詞

#[説明]
渡し場から船を使えば早いのであるが、人目につくので遠回りをして来るという気持ち。
七夕歌の場面にも当てはまる。

#[関連論文]


#[番号]11/2380
#[題詞](正述心緒)
#[原文]早敷哉 誰障鴨 玉桙 路見遺 公不来座
#[訓読]はしきやし誰が障ふれかも玉桙の道見忘れて君が来まさぬ
#[仮名],はしきやし,たがさふれかも,たまほこの,みちみわすれて,きみがきまさぬ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]いとしい誰がじゃまをしているのか。玉鉾の道を忘れてあなたはいらっしゃらない。
#{語釈]
誰が障ふれかも 誰がじゃまをしているのか あなたにとっていとしい人なのか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2381
#[題詞](正述心緒)
#[原文]公目 見欲 是二夜 千歳如 吾戀哉
#[訓読]君が目を見まく欲りしてこの二夜千年のごとも我は恋ふるかも
#[仮名],きみがめを,みまくほりして,このふたよ,ちとせのごとも,あはこふるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたの目を見たいと思って、この二晩は千年であるかのように自分は恋い思っていることであるよ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2382
#[題詞](正述心緒)
#[原文]打日刺 宮道人 雖満行 吾念公 正一人
#[訓読]うち日さす宮道を人は満ち行けど我が思ふ君はただひとりのみ
#[仮名],うちひさす,みやぢをひとは,みちゆけど,あがおもふきみは,ただひとりのみ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]うち日さす宮へ登る道は人は大勢行くけれども、自分が思うあなたはただ独りだけだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2383
#[題詞](正述心緒)
#[原文]世中 常如 雖念 半手不<忘> 猶戀在
#[訓読]世の中は常かくのみと思へどもはたた忘れずなほ恋ひにけり
#[仮名],よのなかは,つねかくのみと,おもへども,はたたわすれず,なほこひにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]忌 -> 忘 [文][紀][細]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]世の中はいつもこのように片思いするものだと思うけれども、一方では忘れられないで、やはり恋い思うことだ
#{語釈]
世の中は常かくのみ 片思いをすること

はたた忘れず 旧訓 はてはわすれず 童蒙抄、考 あたわすられず
古義 半は吾者の誤り われはわすれず
新考 半は哥の誤り うたてわすれず
茂吉評釈 半手は本名の誤り もとなわすれず
新訓、全釈、全註釈、大系 かたてわすれず
井手至 万象名義 半 物の半ば、わけるの意と同時にかたはしの意味
はし、はた(端)に相当する
一方では忘れずにの意

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2384
#[題詞](正述心緒)
#[原文]我勢古波 幸座 遍来 我告来 人来鴨
#[訓読]我が背子は幸くいますと帰り来と我れに告げ来む人も来ぬかも
#[仮名],わがせこは,さきくいますと,かへりくと,あれにつげこむ,ひともこぬかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]我が夫は元気でいると、ここに帰ってきて自分に告げてくる人も来ないことだろうか
#{語釈]
#[説明]
留守中の妻が夫の身を案じている様子。中国詩の情詩に多い。

#[関連論文]


#[番号]11/2385
#[題詞](正述心緒)
#[原文]<麁>玉 五年雖經 吾戀 跡無戀 不止恠
#[訓読]あらたまの五年経れど我が恋の跡なき恋のやまなくあやし
#[仮名],あらたまの,いつとせふれど,あがこひの,あとなきこひの,やまなくあやし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]簾 -> 麁 [嘉][文][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]あらたまの五年もたったが自分の恋の何の甲斐もない恋がやまないのも不思議なことだ
#{語釈]
<麁>玉 麁 荒いこと 粗末なこと アラ 普通「年」にかかる枕詞

五年 実際の年月か

我が恋 旧訓 わがこふる 全釈、注釈
代匠記 わがこひの 窪田評釈、全註釈、私注、大系
古義 あがこふる 全集

跡なき恋 痕跡もない恋 むなしい恋 甲斐もない恋

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2386
#[題詞](正述心緒)
#[原文]石尚 行應通 建男 戀云事 後悔在
#[訓読]巌すら行き通るべきますらをも恋といふことは後悔いにけり
#[仮名],いはほすら,ゆきとほるべき,ますらをも,こひといふことは,のちくいにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]巌ですら割って通るような頑強なますらをですら恋ということは後になって後悔するようだ
#{語釈]
巌すら行き通るべきますらを 岩石ですら踏み通ってしまう頑強な猛々しい男

後悔いにけり 西 こひてふことはのちのくいあり
考 こひとふことは
全註釈、全集、集成 こひといふことは
略解 のちくひにけり
注釈 のちにくひにけり

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2387
#[題詞](正述心緒)
#[原文]日<位> 人可知 今日 如千歳 有与鴨
#[訓読]日並べば人知りぬべし今日の日は千年のごともありこせぬかも
#[仮名],ひならべば,ひとしりぬべし,けふのひは,ちとせのごとも,ありこせぬかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]促 -> 位 [細]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]会う日が並んだならば(毎日行ったならば)人が知ってしまうだろう。会った今日の一日は千年のようにもあってはくれないだろうか
#{語釈]
日並べば 西 「促」 旧訓 ひくれなば
全注 「促」と考えるべき
万象名義 近也 速也 近づくの意味か せまらばの訓

注釈 色里ならばともかくも、日が暮れたら人が知るだろうちうのはおかしい
童蒙抄、考、新考 促は並の誤字 ひならべば
全註釈、注釈、私注、大系 ひならべば
「位」 万象名義 列也 ならぶ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2388
#[題詞](正述心緒)
#[原文]立座 <態>不知 雖念 妹不告 間使不来
#[訓読]立ちて居てたづきも知らず思へども妹に告げねば間使も来ず
#[仮名],たちてゐて,たづきもしらず,おもへども,いもにつげねば,まつかひもこず
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]熊 -> 態 [西(訂正)][文][細][温]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]立っても座っても手だてもわからないで恋い思うのだが、妹にそのことを告げていないので使いもやってこないことだ
#{語釈]
態不知 態 万象名義 意恣也姿也 新撰字鏡 意心恣也
「たづき」訓の関係不明。
「たづき」は手段、状態の意味があるので、姿と通じるところがあるか。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2389
#[題詞](正述心緒)
#[原文]烏玉 是夜莫明 朱引 朝行公 待苦
#[訓読]ぬばたまのこの夜な明けそ赤らひく朝行く君を待たば苦しも
#[仮名],ぬばたまの,このよなあけそ,あからひく,あさゆくきみを,またばくるしも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情,女歌,後朝
#[訓異]
#[大意]ぬばたまのこの夜は明けるなよ。赤みが指す朝に帰っていくあなたをまた今晩まで待つのは苦しいことだから
#{語釈]
あからひく 赤みがかった 朝の枕詞 普通 女性の白い肌に赤みのさした美しさ
04/0619H05なりぬれば いたもすべなみ ぬばたまの 夜はすがらに 赤らひく
10/1999H01赤らひく色ぐはし子をしば見れば人妻ゆゑに我れ恋ひぬべし
11/2399H01赤らひく肌も触れずて寐ぬれども心を異には我が思はなくに

待たば苦しも 略解 朝に別れて又来るを待つ間の苦しきがなり

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2390
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀為 死為物 有<者> 我身千遍 死反
#[訓読]恋するに死するものにあらませば我が身は千たび死にかへらまし
#[仮名],こひするに,しにするものに,あらませば,あがみはちたび,しにかへらまし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]<> -> 者 [嘉][文][紀][細]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]恋いをすることで死ぬものであったならば、自分は千回も死に返ることだろう
#{語釈]
#[説明]
類歌
04/0603H01思ふにし死にするものにあらませば千たびぞ我れは死にかへらまし

#[関連論文]


#[番号]11/2391
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉響 昨夕 見物 今朝 可戀物
#[訓読]玉かぎる昨日の夕見しものを今日の朝に恋ふべきものか
#[仮名],たまかぎる,きのふのゆふへ,みしものを,けふのあしたに,こふべきものか
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]玉がほのかに光るようにほのかに昨日の夕べに会ったものなのに、今日の朝恋い思うようなものだろうか
#{語釈]
玉かぎる 原文 玉響 西 たまゆらに
松岡静雄 響は隔の誤写 たまかぎる
佐竹昭広 光ると響くは密接な観念 玲瓏 類聚名義抄 となる、てる
両方の意味 そのままでかぎると訓める。

夕べの出会いの淡く短かったことを指すか。
#[説明]
11/2394H01朝影に我が身はなりぬ玉かきるほのかに見えて去にし子ゆゑに
11/2411H01白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
11/2449H01香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも
ちらっとだけ見て、後になって恋い思う様子 それと同様か

#[関連論文]


#[番号]11/2392
#[題詞](正述心緒)
#[原文]中々 不見有 従相見 戀心 益念
#[訓読]なかなかに見ずあらましを相見てゆ恋ほしき心まして思ほゆ
#[仮名],なかなかに,みずあらましを,あひみてゆ,こほしきこころ,ましておもほゆ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]なまじっか見なければよかったのに。共に会って以来恋しい気持ちがますます思われてならない
#{語釈]
なかなかに なまじっか かえって
03/0343H01なかなかに人とあらずは酒壷になりにてしかも酒に染みなむ
04/0612H01なかなかに黙もあらましを何すとか相見そめけむ遂げざらまくに
04/0681H01なかなかに絶ゆとし言はばかくばかり息の緒にして我れ恋ひめやも
09/1792H01白玉の 人のその名を なかなかに 言を下延へ 逢はぬ日の
11/2392H01なかなかに見ずあらましを相見てゆ恋ほしき心まして思ほゆ
11/2743H01なかなかに君に恋ひずは比良の浦の海人ならましを玉藻刈りつつ
11/2743H02なかなかに君に恋ひずは縄の浦の海人にあらましを玉藻刈る刈る
12/2899H01なかなかに黙もあらましをあづきなく相見そめても我れは恋ふるか
12/2940H01なかなかに死なば安けむ出づる日の入る別知らぬ我れし苦しも
12/3033H01なかなかに何か知りけむ我が山に燃ゆる煙の外に見ましを
12/3086H01なかなかに人とあらずは桑子にもならましものを玉の緒ばかり
17/3934H01なかなかに死なば安けむ君が目を見ず久ならばすべなかるべし

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2393
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉桙 道不行為有者 惻隠 此有戀 不相
#[訓読]玉桙の道行かずあらばねもころのかかる恋には逢はざらましを
#[仮名],たまほこの,みちゆかずあらば,ねもころの,かかるこひには,あはざらましを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]行為 (塙) 行
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]玉鉾の道を行かないであったならば、親密になって辛いこんな恋には会わなかったものなのに
#{語釈]
玉桙の道行かずあらば 旧訓 たまほこのみちをゆかずしあらませば 惻隠 は衍字
童蒙抄、考 みちゆかずして
新考 みちゆかずしあらば
全註釈、注釈 みちゆかずしてあらませば
大系、全集、集成 みちゆかずあらば

ねもころの 惻隠 考 ねもころ
本来、惻隠は、いたはしく思う、心を痛める 忍びがたく思う
ねもころ 親密なことの意にあわれだとか痛ましいという感覚を表現するために当てたか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2394
#[題詞](正述心緒)
#[原文]朝影 吾身成 玉垣入 風所見 去子故
#[訓読]朝影に我が身はなりぬ玉かきるほのかに見えて去にし子ゆゑに
#[仮名],あさかげに,あがみはなりぬ,たまかきる,ほのかにみえて,いにしこゆゑに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]朝日に映る影のようにはかなく自分の身はなってしまった。玉かぎるうっすらと見えて去っていったあの子のせいで
#{語釈]
朝影 朝日に映る影 頼りなくおぼつかない意
痩せた様子を言うか

ほのかに 原文 風 法華経単宇 風 ほのかの訓
02/210,12/3037,3085など 髣髴 ほのかにだにもからの影響か

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2395
#[題詞](正述心緒)
#[原文]行々 不相妹故 久方 天露霜 <沾>在哉
#[訓読]行き行きて逢はぬ妹ゆゑひさかたの天露霜に濡れにけるかも
#[仮名],ゆきゆきて,あはぬいもゆゑ,ひさかたの,あまつゆしもに,ぬれにけるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]沽 -> 沾 [文][細][温]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]どんなに行っても会わない妹ではあるのに、自分は空からの露霜に濡れていることだ
#{語釈]
行き行きて 行っても行っても 妹が旅に出たので、どんなに行っても

天の 露や霜は天から降ってくると考えられている。
10/2253H01色づかふ秋の露霜な降りそね妹が手本をまかぬ今夜は

#[説明]
妹が亡くなったか遠くの方へ行ったので、どんなに探してもこの世で会うことはない。そうではあるが会おうと思って、朝夜の露霜に濡れているという様子を詠んだものか。
或いは
妹が心変わりをしたか、片思いで振り向いてくれないので、どんなに行っても会ってはくれない

#[関連論文]


#[番号]11/2396
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉坂 吾見人 何有 依以 亦一目見
#[訓読]たまさかに我が見し人をいかならむよしをもちてかまた一目見む
#[仮名],たまさかに,わがみしひとを,いかならむ,よしをもちてか,またひとめみむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]偶然に自分と出会ったあの人をどのような縁でまた一目見られようか
#{語釈]
たまさかに 玉坂という地名
たまたま 思いがけず

#[説明]
一目ぼれの歌

#[関連論文]


#[番号]11/2397
#[題詞](正述心緒)
#[原文]蹔 不見戀 吾妹 日々来 事繁
#[訓読]しましくも見ぬば恋ほしき我妹子を日に日に来れば言の繁けく
#[仮名],しましくも,みぬばこほしき,わぎもこを,ひにひにくれば,ことのしげけく
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]ちょっとの間も会わないと恋しい我が妹を毎日毎日来るとうわさのひどいことだ
#{語釈]
しましくも ま 万象名義 不久也卒也 しばらく 少しの間の意

#[説明]
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#[番号]11/2398
#[題詞](正述心緒)
#[原文]<玉>切 及世定 恃 公依 事繁
#[訓読]たまきはる世までと定め頼みたる君によりてし言の繁けく
#[仮名],たまきはる,よまでとさだめ,たのみたる,きみによりてし,ことのしげけく
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]年 -> 玉 [万葉集略解]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞,うわさ
#[訓異]
#[大意]たまきはる我が生涯までと定めて頼みにしたあなたに寄ったことが世間のうわさのひどいことだ
#{語釈]
たまきはる 原文 年切 新考、全註釈、大系、注釈 としきはる
略解 年は玉の誤り たまきはる 全注、集成、釋注

世 自分の生涯

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2399
#[題詞](正述心緒)
#[原文]朱引 秦不經 雖寐 心異 我不念
#[訓読]赤らひく肌も触れずて寐ぬれども心を異には我が思はなくに
#[仮名],あからひく,はだもふれずて,いぬれども,こころをけには,わがおもはなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]赤みがかった美しいあなたの肌にも触れないで独りで寝たけれども、自分の気持ちが違っているとは自分は思ってはいないよ
#{語釈]
心を異には 気持ちが違っている あだし心を持っていない

#[説明]
全註釈 共に寝ないけれども、変わった心を持ってはいない旨を歌っている。初二句の表現が官能的で、その人を思う心をよくあらわしている。

#[関連論文]


#[番号]11/2400
#[題詞](正述心緒)
#[原文]伊田何 極太甚 利心 及失念 戀故
#[訓読]いで何かここだはなはだ利心の失するまで思ふ恋ゆゑにこそ
#[仮名],いでなにか,ここだはなはだ,とごころの,うするまでおもふ,こひゆゑにこそ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]どうして何かこんなにもひどく正気もなくなるまで思うのか。恋だからなのだろうか。
#{語釈]
利心 正気 しっかりした心
12/2894H01聞きしより物を思へば我が胸は破れて砕けて利心もなし
20/4479H01朝夕に音のみし泣けば焼き太刀の利心も我れは思ひかねつも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2401
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀死 戀死哉 我妹 吾家門 過行
#[訓読]恋ひ死なば恋ひも死ねとか我妹子が我家の門を過ぎて行くらむ
#[仮名],こひしなば,こひもしねとか,わぎもこが,わぎへのかどを,すぎてゆくらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]恋い死ぬならば恋い死にもせよというのか。我妹子が我が家の門を過ぎて行くのは
#{語釈]
#[説明]
通常は、待っている女が門を素通りする男に対して言う構図。これとは逆になっている。

#[関連論文]


#[番号]11/2402
#[題詞](正述心緒)
#[原文]妹當 遠見者 恠 吾戀 相依無
#[訓読]妹があたり遠くも見ればあやしくも我れは恋ふるか逢ふよしなしに
#[仮名],いもがあたり,とほくもみれば,あやしくも,あれはこふるか,あふよしなしに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]妹のあたりを遠くからでも見ると不思議にも自分は恋い思うことか。逢うてだてもなくて。
#{語釈]
あやしくも 原文 恠 万象名義 異也怪也 変だ、不思議だ
自分の心はそうでもないはずなのにの意を込めている。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2403
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉久世 清川原 身秡為 齊命 妹為
#[訓読]玉くせの清き川原にみそぎして斎ふ命は妹がためこそ
#[仮名],たまくせの,きよきかはらに,みそぎして,いはふいのちは,いもがためこそ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]秡 [万葉集略解](塙) 祓
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,京都,恋情
#[訓異]
#[大意]美しい久世の清らかな河原に禊ぎをして潔斎をする命は妹のためなのだ
#{語釈]
玉くせの 山城国久世郡 既出 2362 玉は美称

#[説明]
12/3201H01時つ風吹飯の浜に出で居つつ贖ふ命は妹がためこそ
20/4402H01ちはやぶる神の御坂に幣奉り斎ふ命は母父がため

#[関連論文]


#[番号]11/2404
#[題詞](正述心緒)
#[原文]思依 見依 物有 一日間 忘念
#[訓読]思ひ寄り見ては寄りにしものにあれば一日の間も忘れて思へや
#[仮名],おもひより,みてはよりにし,ものにあれば,ひとひのあひだも,わすれておもへや
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]心に思っては近寄り、会ってはさらに深く心が寄ったものであるから、一日の間も思いが忘れてしまうということがあろうか
#{語釈]
思ひ寄り 思っては近寄り

見ては寄り 会ってはさらに心が寄った

忘れて思へや
01/0068H01大伴の御津の浜なる忘れ貝家なる妹を忘れて思へや
04/0502H01夏野行く牡鹿の角の束の間も妹が心を忘れて思へや
11/2404H01思ひ寄り見ては寄りにしものにあれば一日の間も忘れて思へや
11/2410H01あらたまの年は果つれど敷栲の袖交へし子を忘れて思へや
15/3604H01妹が袖別れて久になりぬれど一日も妹を忘れて思へや
17/4020H02の浜を行き暮らし長き春日も忘れて思へや
18/4048H01垂姫の浦を漕ぐ舟梶間にも奈良の我家を忘れて思へや

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2405
#[題詞](正述心緒)
#[原文]垣廬鳴 人雖云 狛錦 紐解開 公無
#[訓読]垣ほなす人は言へども高麗錦紐解き開けし君ならなくに
#[仮名],かきほなす,ひとはいへども,こまにしき,ひもときあけし,きみならなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ,枕詞
#[訓異]
#[大意]垣根のように取り囲んで人はうわさをするが、高麗錦の紐をほどいて共寝をしたあなたではないことなのに。
#{語釈]
垣ほなす 垣根のように 垣根が家を取り囲むように人々が二人の間を囲む
04/0713H01垣ほなす人言聞きて我が背子が心たゆたひ逢はぬこのころ
09/1793H01垣ほなす人の横言繁みかも逢はぬ日数多く月の経ぬらむ
09/1809H03いぶせむ時の 垣ほなす 人の問ふ時 茅渟壮士 菟原壮士の 伏屋焚き
11/2405H01垣ほなす人は言へども高麗錦紐解き開けし君ならなくに

#[説明]
うわさには立っているが、実際には寝ていないことを恨んだ女の歌か。寝ることをせがんでいる気持ちもある

#[関連論文]


#[番号]11/2406
#[題詞](正述心緒)
#[原文]狛錦 紐解開 夕<谷> 不知有命 戀有
#[訓読]高麗錦紐解き開けて夕だに知らずある命恋ひつつかあらむ
#[仮名],こまにしき,ひもときあけて,ゆふへだに,しらずあるいのち,こひつつかあらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]戸 -> 谷 [万葉考]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]高麗錦の紐をほどいて、夕方までもあるかどうかわからないはなかい命で、あなたを恋い続けていることでしょう
#{語釈]
夕だに知らずある命 夕方まですらあるかどうかわからない命 はかない命の意

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2407
#[題詞](正述心緒)
#[原文]百積 船潜納 八占刺 母雖問 其名不謂
#[訓読]百積の船隠り入る八占さし母は問ふともその名は告らじ
#[仮名],ももさかの,ふねかくりいる,やうらさし,はははとふとも,そのなはのらじ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,女歌,占い
#[訓異]
#[大意]百尺もの船が隠れ入る浦ではないが多くの占いをして母は尋ねるとしてもその名前は言うまいよ
#{語釈]
百積の 百尺の船
百斛(さか) 百石のこと
大船のこと

隠り入る八占 大船が隠れ入る多くの浦ではないが、多くの占いの意で、占いの序詞
かづきいるる 潜き納(い)るる 水夫が潜って導き入れる浦

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2408
#[題詞](正述心緒)
#[原文]眉根削 鼻鳴紐解 待哉 何時見 念<吾>
#[訓読]眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我れを
#[仮名],まよねかき,はなひひもとけ,まつらむか,いつかもみむと,おもへるわれを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]吾君 -> 吾 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]眉根を掻き、くしゃみをし、衣の紐もほどけて、今頃は待っているだろうか。早く会おうと思っている自分であるのに
#{語釈]
眉根掻き
06/0993H01月立ちてただ三日月の眉根掻き日長く恋ひし君に逢へるかも
11/2408H01眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我れを
11/2575H01めづらしき君を見むとこそ左手の弓取る方の眉根掻きつれ
11/2614H01眉根掻き下いふかしみ思へるにいにしへ人を相見つるかも
11/2614H02眉根掻き誰をか見むと思ひつつ日長く恋ひし妹に逢へるかも
11/2614H03眉根掻き下いふかしみ思へりし妹が姿を今日見つるかも
11/2808H01眉根掻き鼻ひ紐解け待てりやもいつかも見むと恋ひ来し我れを

鼻ひ
11/2637H01うち鼻ひ鼻をぞひつる剣大刀身に添ふ妹し思ひけらしも
11/2808H01眉根掻き鼻ひ紐解け待てりやもいつかも見むと恋ひ来し我れを
11/2809H01今日なれば鼻ひ鼻ひし眉かゆみ思ひしことは君にしありけり

#[説明]
眉根を掻いたり、くしゃみをするというのは会いたい人と会える予兆であるという考えから、早く相手に会いたいと思う自分だから、相手に予兆がおこっているだろうと考えたもの

#[関連論文]


#[番号]11/2409
#[題詞](正述心緒)
#[原文]君戀 浦經居 悔 我裏紐 結手徒
#[訓読]君に恋ひうらぶれ居れば悔しくも我が下紐の結ふ手いたづらに
#[仮名],きみにこひ,うらぶれをれば,くやしくも,わがしたびもの,ゆふていたづらに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたに恋い思ってしょんぼりしていると悔しいことにも自分の下紐を結ぶ手は無駄にばかりであって
#{語釈]
我が下紐の結ふ手いたづらに 下紐が自然とほどけて君が来る予兆かと喜んだが、結局はむなしく結んでしまう。ぬか喜びを言ったもの。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2410
#[題詞](正述心緒)
#[原文]璞之 年者竟杼 敷白之 袖易子少 忘而念哉
#[訓読]あらたまの年は果つれど敷栲の袖交へし子を忘れて思へや
#[仮名],あらたまの,としははつれど,しきたへの,そでかへしこを,わすれておもへや
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]あらたまの一年は終わりになるが、敷妙の袖を交えて共寝したあの子を忘れて思うということがあろうか。
#{語釈]
あらたまの 原文「璞之」 掘り出したまま磨かれていない玉のこと

年は果つれど 年末になり今年も終わりになる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2411
#[題詞](正述心緒)
#[原文]白細布 袖小端 見柄 如是有戀 吾為鴨
#[訓読]白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
#[仮名],しろたへの,そでをはつはつ,みしからに,かかるこひをも,あれはするかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]白妙の袖をほんのちょっと見ただけでこんなつらい恋を自分はすることであるなあ
#{語釈]
はつはつ ほんのちょっと わづかに
04/0701H01はつはつに人を相見ていかにあらむいづれの日にかまた外に見む
07/1306H01この山の黄葉が下の花を我れはつはつに見てなほ恋ひにけり
11/2411H01白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも
11/2461H01山の端を追ふ三日月のはつはつに妹をぞ見つる恋ほしきまでに
14/3537H01くへ越しに麦食む小馬のはつはつに相見し子らしあやに愛しも
14/3537H02馬柵越し麦食む駒のはつはつに新肌触れし子ろし愛しも

見しからに 見ただけで
04/0624H01道に逢ひて笑まししからに降る雪の消なば消ぬがに恋ふといふ我妹

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2412
#[題詞](正述心緒)
#[原文]我妹 戀無乏 夢見 吾雖念 不所寐
#[訓読]我妹子に恋ひすべながり夢に見むと我れは思へど寐ねらえなくに
#[仮名],わぎもこに,こひすべながり,いめにみむと,われはおもへど,いねらえなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子に恋い思ってどうしようもないのでせめて夢に見ようと自分は思うが寝ることが出来ないことだ
#{語釈]
恋ひすべながり 恋いこがれてどうしようもない
全注、注釈 恋ひてすべなみ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2413
#[題詞](正述心緒)
#[原文]故無 吾裏紐 令解 人莫知 及正逢
#[訓読]故もなく我が下紐を解けしめて人にな知らせ直に逢ふまでに
#[仮名],ゆゑもなく,わがしたびもを,とけしめて,ひとになしらせ,ただにあふまでに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]わけもなく自分の下紐をほどけさせて、他人には知らせるなよ。直接に会うまでは
#{語釈]
故もなく我が下紐を解けしめて 眉根と同じように自分を恋い思っている人がいるので自然とほどけてしまうということ。俗信があるか。
04/0562H01暇なく人の眉根をいたづらに掻かしめつつも逢はぬ妹かも

人にな知らせ 下紐に言ったもの。ほどけたことを他人に知られてはならないよ。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2414
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀事 意追不得 出行者 山川 不知来
#[訓読]恋ふること慰めかねて出でて行けば山を川をも知らず来にけり
#[仮名],こふること,なぐさめかねて,いでてゆけば,やまをかはをも,しらずきにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]恋い思うことを慰めることが出来ないで、出て行ったので山も川もどことも知らないで来てしまったことである
#{語釈]

#[説明]
恋い心がいっぱいで上の空になっている様子。現し心がない状態

#[関連論文]


#[番号]11/2415
#[題詞]寄物陳思
#[原文]處女等乎 袖振山 水垣<乃> 久時由 念来吾等者
#[訓読]娘子らを袖振る山の瑞垣の久しき時ゆ思ひけり我れは
#[仮名],をとめらを,そでふるやまの,みづかきの,ひさしきときゆ,おもひけりわれは
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]<> -> 乃 [嘉][類]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,序詞,恋情,歌垣,奈良,天理,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]あの娘子に対して袖を振るその布留の山の神聖な玉垣のように長い昔から恋い思っていたことだ。自分は
#{語釈]
娘子らを 「ら」親称 「を」間投助詞

布留山 袖を振る布留山と掛けた
布留山 石上神宮付近の山

瑞垣 布留の社に廻らした玉垣を指す

#[説明]
天理布留地方の歌垣歌か。

04/0501D01柿本朝臣人麻呂歌三首
04/0501H01娘子らが袖布留山の瑞垣の久しき時ゆ思ひき我れは

#[関連論文]


#[番号]11/2416
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]千早振 神持在 命 誰為 長欲為
#[訓読]ちはやぶる神の持たせる命をば誰がためにかも長く欲りせむ
#[仮名],ちはやぶる,かみのもたせる,いのちをば,たがためにかも,ながくほりせむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]ちはやぶる神のお持ちになっている命を誰のためにというだろうか。長くと望むのは
#{語釈]
神の持たせる命 命は、神の支配するものであるから。

#[説明]
「命」をテーマにして、相手へ恋情を訴えたもの
寄物としては、「神」

#[関連論文]


#[番号]11/2417
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]石上 振神杉 神成 戀我 更為鴨
#[訓読]石上布留の神杉神さぶる恋をも我れはさらにするかも
#[仮名],いそのかみ,ふるのかむすぎ,かむさぶる,こひをもあれは,さらにするかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,恋情,奈良,天理,地名
#[訓異]
#[大意]石上の布留の神杉が年を経て神々しくなっているが、自分も長年に渡る恋いをさらにすることであることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2418
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]何 名負神 幣嚮奉者 吾念妹 夢谷見
#[訓読]いかならむ名負ふ神に手向けせば我が思ふ妹を夢にだに見む
#[仮名],いかならむ,なおふかみにし,たむけせば,あがおもふいもを,いめにだにみむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]どのような名前を背負っている神に手向けをしたならば、自分が恋い思う妹を夢にだけでも見ることが出来ようか。
#{語釈]
#[説明]
2415からここまでは、寄物は、「神」

#[関連論文]


#[番号]11/2419
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]天地 言名絶 有 汝吾 相事止
#[訓読]天地といふ名の絶えてあらばこそ汝と我れと逢ふことやまめ
#[仮名],あめつちと,いふなのたえて,あらばこそ,いましとあれと,あふことやまめ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]天地という名前がなくなったその時にこそあなたと自分は逢うことがなくなるだろう
#{語釈]
#[説明]
類歌
12/3004H01久方の天つみ空に照る月の失せなむ日こそ我が恋止まめ
寄物は、「天地」

#[関連論文]


#[番号]11/2420
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]月見 國同 山隔 愛妹 隔有鴨
#[訓読]月見れば国は同じぞ山へなり愛し妹はへなりたるかも
#[仮名],つきみれば,くにはおやじぞ,やまへなり,うつくしいもは,へなりたるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]月を見ると国は同じであるよ。山が隔たっていとしい妹は隔たっていることだ。
#{語釈]
#[説明]
伝誦歌か
18/4073H01月見れば同じ国なり山こそば君があたりを隔てたりけれ

寄物は「月」

#[関連論文]


#[番号]11/2421
#[題詞](寄物陳思)
#[原文](も)路者 石踏山 無鴨 吾待公 馬爪盡
#[訓読]来る道は岩踏む山はなくもがも我が待つ君が馬つまづくに
#[仮名],くるみちは,いはふむやまは,なくもがも,わがまつきみが,うまつまづくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]来る道は岩を踏む山がなくて欲しい。自分が待つ君の馬がつまづくから。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2422
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]石根踏 重成山 雖不有 不相日數 戀度鴨
#[訓読]岩根踏みへなれる山はあらねども逢はぬ日まねみ恋ひわたるかも
#[仮名],いはねふみ,へなれるやまは,あらねども,あはぬひまねみ,こひわたるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]岩根を踏んで隔たっている山はないけれども、会わない日が多くなったので恋い続けることであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2423
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]路後 深津嶋山 蹔 君目不見 苦有
#[訓読]道の後深津島山しましくも君が目見ねば苦しかりけり
#[仮名],みちのしり,ふかつしまやま,しましくも,きみがめみねば,くるしかりけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,広島,福山,地名
#[訓異]
#[大意]道の後の深津島山ではないが、しばらくの間もあなたの目を見ないと苦しいことだ
#{語釈]
道の後 吉備の道の後 備後の国のこと

深津島山 和名抄「深津 布加津」
養老五年「備後国安那郡を分かち、深津郡を置く」
地名辞書 後世地勢変化して、滄海多年は桑田となれば、今の福山近傍の田宅の間に、やや隆起したるは、古の島山の痕跡とも云うべきか。

現広島県福山市深津町、東深津町
注釈 山陽線福山駅の東郊線路の北の小丘

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2424
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]紐鏡 能登香山 誰故 君来座在 紐不開寐
#[訓読]紐鏡能登香の山も誰がゆゑか君来ませるに紐解かず寝む
#[仮名],ひもかがみ,のとかのやまも,たがゆゑか,きみきませるに,ひもとかずねむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情,地名
#[訓異]
#[大意]紐鏡の解くという能登香の山も誰のせいでか、あなたがいらっしゃるのに紐を解かないで寝るのだろう
#{語釈]
紐鏡 裏に紐の着いている鏡 紐鏡の(紐を)解か(な)ということで「のとか」に続けた
注釈 なとき(解くな)の意味
紐鏡の紐を解くなという山の名のように誰のせいであなたがいらっしゃるのに紐を解かないで寝ましょうか

能登香の山 岡山県英田郡作東町二子山 未詳
地名辞書 美作名所栞 二子山

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2425
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山科 強田山 馬雖在 歩吾来 汝念不得
#[訓読]山科の木幡の山を馬はあれど徒歩より我が来し汝を思ひかねて
#[仮名],やましなの,こはたのやまを,うまはあれど,かちよりわがこし,なをおもひかねて
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,地名,恋情,羈旅
#[訓異]
#[大意]山科の木幡の山を馬はあるが、歩いて自分は来たことだ。あなたを思うとじっとしていられなくて
#{語釈]
山科の木幡の山 山科は、京都市東山区
木幡は、宇治市北部
02/0148H01青旗の木幡の上を通ふとは目には見れども直に逢はぬかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2426
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]遠山 霞被 益遐 妹目不見 吾戀
#[訓読]遠山に霞たなびきいや遠に妹が目見ねば我れ恋ひにけり
#[仮名],とほやまに,かすみたなびき,いやとほに,いもがめみねば,あれこひにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]遠い山に霞みがたなびいてますます遠く見えるように、遠く久しく妹の目を見ないので自分は恋い思ってしまったことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2427
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]是川 瀬々敷浪 布々 妹心 乗在鴨
#[訓読]宇治川の瀬々のしき波しくしくに妹は心に乗りにけるかも
#[仮名],うぢかはの,せぜのしきなみ,しくしくに,いもはこころに,のりにけるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,京都,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]宇治川のあちらこちらの早瀬でしきりにうち寄せる波ではないが重ね重ね妹は心に乗ってしまったことであるよ
#{語釈]
宇治川の瀬々のしき波 しきりにうち寄せる波
11/2429H01はしきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらに宇治川の瀬に裳裾濡らしつ
人麻呂歌集 原文 是川 旧訓 このかわ 和訓栞 是と氏は通じる うじがわ

#[説明]
類歌
02/0100H01東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも
10/1896H01春さればしだり柳のとををにも妹は心に乗りにけるかも
11/2427H01宇治川の瀬々のしき波しくしくに妹は心に乗りにけるかも
11/2748H01大船に葦荷刈り積みしみみにも妹は心に乗りにけるかも
11/2749H01駅路に引き舟渡し直乗りに妹は心に乗りにけるかも
12/3174H01漁りする海人の楫音ゆくらかに妹は心に乗りにけるかも

#[関連論文]


#[番号]11/2428
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]千早人 宇治度 速瀬 不相有 後我つ
#[訓読]ちはや人宇治の渡りの瀬を早み逢はずこそあれ後も我が妻
#[仮名],ちはやひと,うぢのわたりの,せをはやみ,あはずこそあれ,のちもわがつま
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,地名,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]ちはや人宇治の船渡り場の流れが速いので渡れないように、障害が多くて会えないがずっと自分の妻であることだ
#{語釈]
千早人 宇治の枕詞 霊威の激しい人の意で氏をほめる

宇治の渡り 全注 どのあたりかは不明。現在の宇治川の流路は、文禄三年(1594)に秀吉の土木工事によって変えられたらしい。秀吉はまず宇治川を巨椋池から切り離し、さらに伏見城下の新しい宇治川に掛けた豊後橋から巨椋池の中を南下する小倉堤などを築いたという。人麻呂の時代には流れの勢いが激しく、その彼方に大きく広がる巨椋池が眺められたのである

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2429
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]早敷哉 不相子故 徒 是川瀬 裳襴潤
#[訓読]はしきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらに宇治川の瀬に裳裾濡らしつ
#[仮名],はしきやし,あはぬこゆゑに,いたづらに,うぢがはのせに,もすそぬらしつ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,地名,恋情
#[訓異]
#[大意]いとしいが会わないあの子のせいで、無駄に宇治川の早瀬に裳の裾を濡らしたことだ
#{語釈]
裳裾 男が着用

09/1759 裳羽服津の
全註釈「モハキに就いては、裳および服の字を使っているのは、語義の考慮に入れて然るばく、裳は、婦人の腰部に纏う衣装であることを思へば、ハキは、それを著る意だらうとの推量が為される。類従名義抄には、著帯佩などの字にハクの訓がある。モハキの語は、日本霊異記下巻第三十八条の歌謡に『法師等乎裾着□□侮(あなづりそ)、そが中に腰帯、薦槌懸(さがれり)』といふのがある。裾は、衣服の下部をいふ字であるが、本集では『紅の玉裳裾引き行くは誰が妻』(1672)の如く、裳の義に使用されている。この霊異記の歌謡の意は、法師等を裳はきと侮るなかれ、その裳の中に、腰帯や薦槌がさがっているといふ意である。裳は、婦人以外では、法師がこれを著けたことは、催馬楽の老鼠にも、『西寺の老鼠、若鼠、御裳つんづ、袈裟つんづ、法師に申さん、師に申せ』の句があるので確かめられる。そこで法師の裳の中には、薦槌が下がっているといふので、モハキ津をこれに準じて考えれば、筑波山の女峰の陰部であることが知られる。

#[説明]
恋いの川渡りを主題にしたもの

#[関連論文]


#[番号]11/2430
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]是川 水阿和逆纒 行水 事不反 思始為
#[訓読]宇治川の水泡さかまき行く水の事かへらずぞ思ひ染めてし
#[仮名],うぢかはの,みなあわさかまき,ゆくみづの,ことかへらずぞ,おもひそめてし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,京都,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]宇治川の水泡が逆巻いて流れていく水が逆流しないように、後戻りすることはなく、一途に思い始めたことだ
#{語釈]
事かへらずぞ 物事は後へ戻ることはない

思ひ染めてし 一途に思い始めた
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2431
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]鴨川 後瀬静 後相 妹者我 雖不今
#[訓読]鴨川の後瀬静けく後も逢はむ妹には我れは今ならずとも
#[仮名],かもがはの,のちせしづけく,のちもあはむ,いもにはわれは,いまならずとも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,京都,恋情,地名,序詞
#[訓異]
#[大意]鴨川の下流の早瀬が静かなように後にも逢おうよ。妹には自分は無理をして今でなくとも。
#{語釈]
鴨川 考 山城国鴨川か
続紀 天平一五年八月 鴨川に幸す。名を改めて宮川と為す。
加茂町あたりの木津川の名称か。

後瀬 下流の瀬

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2432
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]言出 云忌々 山川之 當都心 塞耐在
#[訓読]言に出でて言はばゆゆしみ山川のたぎつ心を塞かへたりけり
#[仮名],ことにいでて,いはばゆゆしみ,やまがはの,たぎつこころを,せかへたりけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,比喩
#[訓異]
#[大意]言葉に出して言うと不吉なので山川の激流のように激する心をこらえていることだ
#{語釈]
#[説明]
類歌
07/1383H01嘆きせば人知りぬべみ山川のたぎつ心を塞かへてあるかも

#[関連論文]


#[番号]11/2433
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]水上 如數書 吾命 妹相 受日鶴鴨
#[訓読]水の上に数書くごとき我が命妹に逢はむとうけひつるかも
#[仮名],みづのうへに,かずかくごとき,わがいのち,いもにあはむと,うけひつるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,無常,誓約,水占
#[訓異]
#[大意]水の上に数字を書くようなはかない自分の命であるのに、妹に逢おうと神に誓いを立てたことだ
#{語釈]
うけひ 神と誓約すること。4/0767

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2434
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]荒礒越 外徃波乃 外心 吾者不思 戀而死鞆
#[訓読]荒礒越し外行く波の外心我れは思はじ恋ひて死ぬとも
#[仮名],ありそこし,ほかゆくなみの,ほかごころ,われはおもはじ,こひてしぬとも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]荒磯を越えて外へ出ていく波のように浮気な心を自分は思わないよ。あなたを恋い思って死ぬとも
#{語釈]
恋ひて死ぬとも なかなか逢えずに恋い思って死ぬとしても

#[説明]
類歌
11/2833H01葦鴨のすだく池水溢るともまけ溝の辺に我れ越えめやも
11/2451H01天雲の寄り合ひ遠み逢はずとも異し手枕我れまかめやも

#[関連論文]


#[番号]11/2435
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]淡海々 奥白浪 雖不知 妹所云 七日越来
#[訓読]近江の海沖つ白波知らずとも妹がりといはば七日越え来む
#[仮名],あふみのうみ,おきつしらなみ,しらずとも,いもがりといはば,なぬかこえこむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,琵琶湖,滋賀,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]近江の海の沖の白波ではないがあなたの家を知らなくとも、妹のもとへと言うのならば七日かかっても山を越えて来ましょう
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2436
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大船 香取海 慍下 何有人 物不念有
#[訓読]大船の香取の海にいかり下ろしいかなる人か物思はずあらむ
#[仮名],おほぶねの,かとりのうみに,いかりおろし,いかなるひとか,ものもはずあらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,茨城,地名,枕詞,比喩,恋情
#[訓異]
#[大意]大船の香取の海にいかりを下ろし、そのいかではないがどのような人が物思いをしないであろうか
#{語釈]
大船の 楫取を香取にかけた枕詞

いかり 原文「慍」音 ウン 怒る、怒り 借訓文字
いかなる に音で続く序詞

物思はずあらむ 誰も物思いをしないということはないだろう

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2437
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]奥藻 隠障浪 五百重浪 千重敷々 戀度鴨
#[訓読]沖つ裳を隠さふ波の五百重波千重しくしくに恋ひわたるかも
#[仮名],おきつもを,かくさふなみの,いほへなみ,ちへしくしくに,こひわたるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]沖の藻を隠し続ける波のその幾重もの波ではないが幾重にもしきりに恋い続けることであることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2438
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]人事 蹔吾妹 縄手引 従海益 深念
#[訓読]人言はしましぞ我妹綱手引く海ゆまさりて深くしぞ思ふ
#[仮名],ひとごとは,しましぞわぎも,つなてひく,うみゆまさりて,ふかくしぞおもふ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,うわさ,恋情
#[訓異]
#[大意]人のうわさはしばらくの間だぞ。我妹よ。船の引き綱を引く海よりもまさって深く思っているのだから
#{語釈]
人言は 人のうわさ

綱手引く 引き船の綱
18/4062S01右件歌者御船以綱手泝江遊宴之日作也 傳誦之人田邊史福麻呂是也

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2439
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]淡海 奥嶋山 奥儲 吾念妹 事繁
#[訓読]近江の海沖つ島山奥まけて我が思ふ妹が言の繁けく
#[仮名],あふみのうみ,おきつしまやま,おくまけて,あがおもふいもが,ことのしげけく
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,琵琶湖,滋賀,序詞,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]近江の海の沖の島山ではないが、奥つまり将来を約束して自分が思う妹のうわさがひどいことだ
#{語釈]
沖つ島山 万葉見安 竹主島
拾穂抄 おきの島とて別に在
神名帳 蒲生郡奥津嶋神社 比良の東の沖 近江八幡市の沖の島か

奥まけて 奥を準備して 大系 将来をいろいろと考えて

#[説明]
異伝
11/2728H01近江の海沖つ島山奥まへて我が思ふ妹が言の繁けく
奥まへて 心の底から 深く

#[関連論文]


#[番号]11/2440
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]近江海 奥滂船 重下 蔵公之 事待吾序
#[訓読]近江の海沖漕ぐ舟のいかり下ろし隠りて君が言待つ我れぞ
#[仮名],あふみのうみ,おきこぐふねの,いかりおろし,こもりてきみが,ことまつわれぞ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]重 [古] 重石
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,地名,琵琶湖,滋賀,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]近江の海の沖を漕ぐ船がいかりをおろして港に停泊しているように、家に滞在して隠ってあなたの便りを待つ自分であるぞ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2441
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]隠沼 従裏戀者 無乏 妹名告 忌物矣
#[訓読]隠り沼の下ゆ恋ふればすべをなみ妹が名告りつ忌むべきものを
#[仮名],こもりぬの,したゆこふれば,すべをなみ,いもがなのりつ,いむべきものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]隠り沼のように隠って密かに恋い思っているとどうしようもないので妹の名前を言ってしまった。慎むべきであるのに
#{語釈]
隠り沼 人に知られていない沼 下の枕詞

下ゆ 心の中で 人に知られないで 密かに

忌むべきものを 慎むべきもの うわさになるので

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2442
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大土 採雖盡 世中 盡不得物 戀在
#[訓読]大地は取り尽すとも世の中の尽しえぬものは恋にしありけり
#[仮名],おほつちは,とりつくすとも,よのなかの,つくしえぬものは,こひにしありけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]大地の土は取り尽くすとしても世の中の無くならないものは恋いであることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2443
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]隠處 澤泉在 石根 通念 吾戀者
#[訓読]隠りどの沢泉なる岩が根も通してぞ思ふ我が恋ふらくは
#[仮名],こもりどの,さはいづみにある,いはがねも,とほしてぞおもふ,あがこふらくは
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]水の滞った所の沢の泉にある岩根も水は貫き通すように、自分は貫き通して思うことだ。自分が恋い思うことは。
#{語釈]
隠りどの 隠った所 水の滞る所

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2444
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]白檀 石邊山 常石有 命哉 戀乍居
#[訓読]白真弓石辺の山の常磐なる命なれやも恋ひつつ居らむ
#[仮名],しらまゆみ,いしへのやまの,ときはなる,いのちなれやも,こひつつをらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞,序詞
#[訓異]
#[大意]白真弓を射るその石辺の山は常磐にずっとあるが、そのようにずっとそのままの命であろうか。限られた命でも恋い思っていよう
#{語釈]
白真弓 射ると石のイをかけた枕詞

石辺の山 所在未詳
延喜式神名帳 甲賀郡石部鹿塩上神社 蒲生郡 石部神社
愛智郡 石部神社 野洲郡 馬路石部神社

命なれやも 「や」反語 長久の命であろうか。限られた命であるから悠長な気持ちになれないという意を含む

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2445
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]淡海々 沈白玉 不知 従戀者 今益
#[訓読]近江の海沈く白玉知らずして恋ひせしよりは今こそまされ
#[仮名],あふみのうみ,しづくしらたま,しらずして,こひせしよりは,いまこそまされ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,琵琶湖,滋賀,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]近江の海に沈んでいる白玉のシラではないが、知らないで恋いをしていたよりは今こそ思いのまさることであるよ
#{語釈]
白玉 淡水であるから海の鮑玉のような真珠ではない。
カラスガイからも真珠が出来る。
白い石か

知らずして 親しく会わないで遠目に見ていた

今こそ こうして会って親しくした

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2446
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]白玉 纒持 従今 吾玉為 知時谷
#[訓読]白玉を巻きてぞ持てる今よりは我が玉にせむ知れる時だに
#[仮名],しらたまを,まきてぞもてる,いまよりは,わがたまにせむ,しれるときだに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,比喩,恋情
#[訓異]
#[大意]白玉を手に巻いて持っている。今からは自分の玉にしよう。自分が会ってあなたを知っている時だけでも
#{語釈]
知れる時だに 会っている時だけでも
会っていないときは、何をしているかよくわからない気持ち

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2447
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]白玉 従手纒 不<忘> 念 何畢
#[訓読]白玉を手に巻きしより忘れじと思ひけらくは何か終らむ
#[仮名],しらたまを,てにまきしより,わすれじと,おもひけらくは,なにかをはらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]忌 -> 忘 [類][紀][細]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,比喩
#[訓異]
#[大意]白玉を手に巻いてあなたとつきあい始めた頃から忘れまいと思っていることなのにどうして終わるということがあろうか
#{語釈]
白玉を手に巻きしより つきあい始めること

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2448
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]<白>玉 間開乍 貫緒 縛依 後相物
#[訓読]白玉の間開けつつ貫ける緒もくくり寄すれば後もあふものを
#[仮名],しらたまの,あひだあけつつ,ぬけるをも,くくりよすれば,のちもあふものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]烏 -> 白 [万葉考] [西(右書)] 焉 / 後 (塙) 復
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,比喩,恋情
#[訓異]
#[大意]白玉の間を開けながら通した糸も、たぐり寄せると玉が寄り合うように自分たちもまた後で会うものであるのに
#{語釈]
後もあふものを 例え時間が空いても必ず後には逢えると言ったもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2449
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]香山尓 雲位桁曵 於保々思久 相見子等乎 後戀牟鴨
#[訓読]香具山に雲居たなびきおほほしく相見し子らを後恋ひむかも
#[仮名],かぐやまに,くもゐたなびき,おほほしく,あひみしこらを,のちこひむかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,飛鳥,地名,奈良,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]香具山に雲がたなびいてぼんやりとしている、そのようにちょっと見たあの子を後になって恋い思うことであろうか
#{語釈]
#[説明]
類歌
10/1909H01春霞山にたなびきおほほしく妹を相見て後恋ひむかも
10/1921H01おほほしく君を相見て菅の根の長き春日を恋ひわたるかも

#[関連論文]


#[番号]11/2450
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]雲間従 狭侄月乃 於保々思久 相見子等乎 見因鴨
#[訓読]雲間よりさ渡る月のおほほしく相見し子らを見むよしもがも
#[仮名],くもまより,さわたるつきの,おほほしく,あひみしこらを,みむよしもがも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]雲の間より渡る月がぼんやりとしているようにぼんやりと見たあの子を見る手だてもあればなあ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2451
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]天雲 依相遠 雖不相 異手枕 吾纒哉
#[訓読]天雲の寄り合ひ遠み逢はずとも異し手枕我れまかめやも
#[仮名],あまくもの,よりあひとほみ,あはずとも,あたしたまくら,われまかめやも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]天の雲の地面と寄り合うほど遠くにへだたって会わなくとも、他の女の手枕を自分は枕とすることがあろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2452
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]雲谷 灼發 意追 見乍<居> 及直相
#[訓読]雲だにもしるくし立たば慰めて見つつも居らむ直に逢ふまでに
#[仮名],くもだにも,しるくしたたば,なぐさめて,みつつもをらむ,ただにあふまでに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]為 -> 居 [万葉考]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]雲だけでもはっきりと立ったならば心を慰めて見続けていよう。直接会うまでは
#{語釈]
しるく 原文「灼」 万象名義 熱明也熱也 やけてきらきら輝く様子。
義訓

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2453
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]春楊 葛山 發雲 立座 妹念
#[訓読]春柳葛城山に立つ雲の立ちても居ても妹をしぞ思ふ
#[仮名],はるやなぎ,かづらきやまに,たつくもの,たちてもゐても,いもをしぞおもふ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,奈良,地名,枕詞
#[訓異]
#[大意]春柳を頭にかずらにするその葛城山に立ち上る雲ではないが、立っても座っても妹のことを思っている
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2454
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]春日山 雲座隠 雖遠 家不念 公念
#[訓読]春日山雲居隠りて遠けども家は思はず君をしぞ思ふ
#[仮名],かすがやま,くもゐかくりて,とほけども,いへはおもはず,きみをしぞおもふ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,奈良,地名,恋情,羈旅,望郷
#[訓異]
#[大意]春日山は雲居に隠れて遠いけれども、家は思わないであなたのことばかり思うことだ
#{語釈]
#[説明]
旅に出ている女が春日山を遠く望むあたりで詠んだものか

#[関連論文]


#[番号]11/2455
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]我故 所云妹 高山之 峯朝霧 過兼鴨
#[訓読]我がゆゑに言はれし妹は高山の嶺の朝霧過ぎにけむかも
#[仮名],わがゆゑに,いはれしいもは,たかやまの,みねのあさぎり,すぎにけむかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]自分のためにうわさを立てられた妹は、高い山の峰の朝霧が消えていくように、自分から遠ざかってしまったのだろうか
#{語釈]
過ぎにけむかも 折口、全釈、全註釈 亡くなってしまった

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2456
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]烏玉 黒髪山 山草 小雨零敷 益々所<思>
#[訓読]ぬばたまの黒髪山の山菅に小雨降りしきしくしく思ほゆ
#[仮名],ぬばたまの,くろかみやまの,やますげに,こさめふりしき,しくしくおもほゆ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]念 -> 思 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,奈良,地名,植物,枕詞,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]ぬばたまの黒髪山の山菅に小雨が降り敷くように、しきりに思われてならない。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2457
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大野 小雨被敷 木本 時依来 我念人
#[訓読]大野らに小雨降りしく木の下に時と寄り来ね我が思ふ人
#[仮名],おほのらに,こさめふりしく,このもとに,ときとよりこね,わがおもふひと
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]大野に小雨がしきりに降ると雨宿りで木の下に寄り来るように、今が時節だとして寄って来てください。自分の恋い思う人よ。
#{語釈]
大野ら 広い野の意で特定の地名ではない
大野一帯に

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2458
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]朝霜 消々 念乍 何此夜 明鴨
#[訓読]朝霜の消なば消ぬべく思ひつついかにこの夜を明かしてむかも
#[仮名],あさしもの,けなばけぬべく,おもひつつ,いかにこのよを,あかしてむかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]朝露のように消えるならば消えてしまいそうに恋い思い続けて、どのようにこの夜を明かそうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2459
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾背兒我 濱行風 弥急 急事 益不相有
#[訓読]我が背子が浜行く風のいや早に言を早みかいや逢はずあらむ
#[仮名],わがせこが,はまゆくかぜの,いやはやに,ことをはやみか,いやあはずあらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,うわさ
#[訓異]
#[大意]吾が背子が浜を行く風のようにますます早くうわさが早いのでか、ますます逢わないでいるのだろうか
#{語釈]
言を早みか うわさが早く伝わる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2460
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]遠妹 振仰見 偲 是月面 雲勿棚引
#[訓読]遠き妹が振り放け見つつ偲ふらむこの月の面に雲なたなびき
#[仮名],とほきいもが,ふりさけみつつ,しのふらむ,このつきのおもに,くもなたなびき
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,望郷
#[訓異]
#[大意]遠く離れている妹が振り仰いで見て自分を偲んでいるであろうこの月の面に雲よたなびくなよ
#{語釈]
#[説明]
類歌
11/2669H01我が背子が振り放け見つつ嘆くらむ清き月夜に雲なたなびき

#[関連論文]


#[番号]11/2461
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山葉 追出月 端々 妹見鶴 及戀
#[訓読]山の端を追ふ三日月のはつはつに妹をぞ見つる恋ほしきまでに
#[仮名],やまのはを,おふみかつきの,はつはつに,いもをぞみつる,こほしきまでに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]山の端を追って間もなく隠れる三日月のように、やっとかろうじて妹を見たことだ。恋しいまでに
#{語釈]
山の端を追ふ三日月 山の稜線を追うようにして入る三日月

はつはつに ちょっと ほんのわづかに
11/2411H01白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2462
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]我妹 吾矣念者 真鏡 照出月 影所見来
#[訓読]我妹子し我れを思はばまそ鏡照り出づる月の影に見え来ね
#[仮名],わぎもこし,われをおもはば,まそかがみ,てりいづるつきの,かげにみえこね
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情
#[訓異]
#[大意]我が妹が自分のことを恋い思っているのならば、まそ鏡の照り出している月の光のように姿が見えて来て欲しい
#{語釈]
影に見え来ね 面影に見えて欲しい

#[説明]
面影として見える
02/0149H01人はよし思ひやむとも玉葛影に見えつつ忘らえぬかも
03/0396H01陸奥の真野の草原遠けども面影にして見ゆといふものを
04/0602H01夕されば物思ひまさる見し人の言とふ姿面影にして
04/0754H01夜のほどろ我が出でて来れば我妹子が思へりしくし面影に見ゆ
08/1630H01高円の野辺のかほ花面影に見えつつ妹は忘れかねつも
20/4322H01我が妻はいたく恋ひらし飲む水に影さへ見えてよに忘られず

#[関連論文]


#[番号]11/2463
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]久方 天光月 隠去 何名副 妹偲
#[訓読]久方の天照る月の隠りなば何になそへて妹を偲はむ
#[仮名],ひさかたの,あまてるつきの,かくりなば,なにになそへて,いもをしのはむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]久方の空に照っている月が隠れたならば、何になぞえて妹を偲ぼう
#{語釈]
何になそへて 月に妹の面影を見る
#[説明]
月に妹の面影を見ることを基本にしているか。
06/0994H01振り放けて三日月見れば一目見し人の眉引き思ほゆるかも

#[関連論文]


#[番号]11/2464
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]若月 清不見 雲隠 見欲 宇多手比日
#[訓読]三日月のさやにも見えず雲隠り見まくぞ欲しきうたてこのころ
#[仮名],みかづきの,さやにもみえず,くもがくり,みまくぞほしき,うたてこのころ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,鬱屈,序詞
#[訓異]
#[大意]三日月がはっきりとも見えないで雲に隠れて見たいと思うように、最近は妹に会わなくて見たいと思う。どうしようもないこの頃だ。
#{語釈]
うたて 程度の甚だしい様子

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2465
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]我背兒尓 吾戀居者 吾屋戸之 草佐倍思 浦乾来
#[訓読]我が背子に我が恋ひ居れば我が宿の草さへ思ひうらぶれにけり
#[仮名],わがせこに,あがこひをれば,わがやどの,くささへおもひ,うらぶれにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,恋情,女歌,植物
#[訓異]
#[大意]我が背子に自分が恋い思っていると、我家の草までも物思いになりしょんぼりとしてしまっていることだ
#{語釈]
うらぶれ しょんぼりとしている
05/0877H01ひともねのうらぶれ居るに龍田山御馬近づかば忘らしなむか
07/1119H01行く川の過ぎにし人の手折らねばうらぶれ立てり三輪の桧原は
07/1409H01秋山の黄葉あはれとうらぶれて入りにし妹は待てど来まさず
10/2143H01君に恋ひうらぶれ居れば敷の野の秋萩しのぎさを鹿鳴くも
10/2144H01雁は来ぬ萩は散りぬとさを鹿の鳴くなる声もうらぶれにけり
10/2298H01君に恋ひ萎えうらぶれ我が居れば秋風吹きて月かたぶきぬ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2466
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]朝茅原 小野印 <空>事 何在云 公待
#[訓読]浅茅原小野に標結ふ空言をいかなりと言ひて君をし待たむ
#[仮名],あさぢはら,をのにしめゆふ,むなことを,いかなりといひて,きみをしまたむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]室 -> 空 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,野遊び,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]浅茅原の小野にしめ縄を張るようなむなしい嘘をどのような事情だと言ってあなたを待とうか
#{語釈]
#[説明]
来るよという言葉が嘘だったならば、どのように周りの人にいいわけしようかとなじったもの。

#[関連論文]


#[番号]11/2467
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]路邊 草深百合之 後云 妹命 我知
#[訓読]道の辺の草深百合の後もと言ふ妹が命を我れ知らめやも
#[仮名],みちのへの,くさふかゆりの,のちもといふ,いもがいのちを,われしらめやも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,植物
#[訓異]
#[大意]道のほとりの草深い中で咲いている百合の名前ではないが、後でとも言う妹の命をいつまでと自分は知っていようか。
#{語釈]
道の辺の草深百合
07/1257H01道の辺の草深百合の花笑みに笑みしがからに妻と言ふべしや

ゆり
08/1503H01我妹子が家の垣内のさ百合花ゆりと言へるはいなと言ふに似る

妹が命を我れ知らめやも
いつまでも長らえているとは思えないから、今会いたいという気持ちを言ったもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2468
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]<湖>葦 交在草 知草 人皆知 吾裏念
#[訓読]港葦に交じれる草のしり草の人皆知りぬ我が下思ひは
#[仮名],みなとあしに,まじれるくさの,しりくさの,ひとみなしりぬ,わがしたもひは
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]潮 -> 湖 [類][古]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,うわさ,序詞,恋情,植物
#[訓異]
#[大意]河口あたりの葦に混じっている草である尻草のしりではないが人はみんな知ってしまっている。自分の心密かな思いは。
#{語釈]
湖 みなと 和名抄 湖 大陂 おおきな堤
07/1288H01港の葦の末葉を誰れか手折りし我が背子が振る手を見むと我れぞ手折りし
"#[番号]03/0274"
"#[原文]吾船者 枚乃湖尓 榜将泊 奥部莫避 左夜深去来"
"#[訓読]我が舟は比良の港に漕ぎ泊てむ沖へな離りさ夜更けにけり"

"#[番号]03/0352"
"#[原文]葦邊波 鶴之哭鳴而 湖風 寒吹良武 津乎能埼羽毛"
"#[訓読]葦辺には鶴がね鳴きて港風寒く吹くらむ津乎の崎はも"

港葦 水辺の葦

しり草 仙覚抄 鷺尻刺(さぎのしりさし)という草
和名抄 藺 弁色立成 鷺尻刺 莞に似て細堅、宜しく席を為すべき也
さんかくゐだ
編んでむしろのようにして尻に敷く草からか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2469
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山<萵>苣 白露重 浦經 心深 吾戀不止
#[訓読]山ぢさの白露重みうらぶれて心も深く我が恋やまず
#[仮名],やまぢさの,しらつゆおもみ,うらぶれて,こころもふかく,あがこひやまず
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]萬 -> 萵 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,植物
#[訓異]
#[大意]山ぢさの白露が重いのでしおれているように、そのようにしおれた心も深く自分は恋い思うことがやまないことだ
#{語釈]
山ぢさ ゑごの木
07/1360H01息の緒に思へる我れを山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2470
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]<湖> 核延子菅 不竊隠 公戀乍 有不勝鴨
#[訓読]港にさ根延ふ小菅ぬすまはず君に恋ひつつありかてぬかも
#[仮名],みなとに,さねばふこすげ,ぬすまはず,きみにこひつつ,ありかてぬかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]潮 -> 湖 [類][古]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]河口あたりで根を伸ばしている小菅のその根のように人目をぬすんで会うこともせず、あなたに恋い思い続けていると耐えられないことだ
#{語釈]
さ根延ふ さ 接頭語 根を延ばしている

ぬすまはず 人目をぬすんで会うこともせず
ふ 反復継続

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2471
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山代 泉小菅 凡浪 妹心 吾不念
#[訓読]山背の泉の小菅なみなみに妹が心を我が思はなくに
#[仮名],やましろの,いづみのこすげ,なみなみに,いもがこころを,わがおもはなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,序詞,恋情,地名,京都
#[訓異]
#[大意]山背の泉の小菅が風に靡いているように人並みに妹の心を自分は思っているわけではないことなのに
#{語釈]
山背の泉 木津あたり

なみなみに 靡くことと並にとを掛けた

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2472
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]見渡 三室山 石穂菅 惻隠吾 片念為 [一云 三諸山之 石小菅]
#[訓読]見わたしの三室の山の巌菅ねもころ我れは片思ぞする [一云 みもろの山の岩小菅]
#[仮名],みわたしの,みむろのやまの,いはほすげ,ねもころわれは,かたもひぞする,[みもろのやまの,いはこすげ]
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,奈良,三輪,地名,植物,序詞,恋情,片思い,異伝
#[訓異]
#[大意]見渡したところの三室の山の巌に生えている菅、その根ではないが、懇ろに、しみじみと片思いをすることだ 一云 みもろの山の巌の小菅
#{語釈]
見渡しの 見渡したところにある

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2473
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]菅根 惻隠君 結為 我紐緒 解人不有
#[訓読]菅の根のねもころ君が結びてし我が紐の緒を解く人もなし
#[仮名],すがのねの,ねもころきみが,むすびてし,わがひものをを,とくひともなし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情,失恋,枕詞
#[訓異]
#[大意]菅の根ではないが、ねんごろにあなたが結んだ自分の紐の緒をあなた以外に解く人もいない。
#{語釈]
#[説明]
浮気はしていませんよという歌

#[関連論文]


#[番号]11/2474
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山菅 乱戀耳 令為乍 不相妹鴨 年經乍
#[訓読]山菅の乱れ恋のみせしめつつ逢はぬ妹かも年は経につつ
#[仮名],やますげの,みだれこひのみ,せしめつつ,あはぬいもかも,としはへにつつ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]山菅のように心が乱れて恋い思うことばかりさせて逢わない妹であることだ。いたづらに年月はたって。
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2475
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]我屋戸 甍子太草 雖生 戀忘草 見未生
#[訓読]我が宿の軒にしだ草生ひたれど恋忘れ草見れどいまだ生ひず
#[仮名],わがやどは,のきにしだくさ,おひたれど,こひわすれくさ,みれどいまだおひず
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]我が家の軒にはしだ草が生えているが、恋い忘れ草を確かめたがまだ生えていないようだ
#{語釈]
#[説明]
まだ相手のことを思い切れない様子を歌ったもの

#[関連論文]


#[番号]11/2476
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]打田 稗數多 雖有 擇為我 夜一人宿
#[訓読]打つ田には稗はしあまたありといへど選えし我れぞ夜をひとり寝る
#[仮名],うつたには,ひえはしあまた,ありといへど,えらえしわれぞ,よをひとりぬる
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]打つ田には稗はたくさんあるというが、その稗のように選ばれて抜き取られた自分はは夜を一人で寝ることだ
#{語釈]
打つ田 他例なし 代匠記 鍬を以て打田なり

選えし我れぞ 稗のように選ばれて抜き取られた自分

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2477
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]足引 名負山菅 押伏 君結 不相有哉
#[訓読]あしひきの名負ふ山菅押し伏せて君し結ばば逢はずあらめやも
#[仮名],あしひきの,なおふやますげ,おしふせて,きみしむすばば,あはずあらめやも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]あしひきの山という名前を帯びている山菅を押し伏せるように押し伏せてあなたが縁を結ぼうというのならば逢わないではいられましょうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2478
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]秋柏 潤和川邊 細竹目 人不顏面 <公无>勝
#[訓読]秋柏潤和川辺の小竹の芽の人には忍び君に堪へなくに
#[仮名],あきかしは,うるわかはへの,しののめの,ひとにはしのび,きみにあへなくに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]君無 -> 公无 [嘉][類]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,地名,植物,枕詞,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]秋の柏の葉が霧に潤うその潤和川のほとりの篠竹の芽ではないが、忍ぶということは他人には出来るが、あなたにはこらえきれないことだ
#{語釈]
秋柏 潤和にかかる枕詞 係り方未詳 代匠記 秋霧で柏の葉が濡れている様子からか
07/1134H01吉野川巌と栢と常磐なす我れは通はむ万代までに
11/2478H01秋柏潤和川辺の小竹の芽の人には忍び君に堪へなくに
11/2754H01朝柏潤八川辺の小竹の芽の偲ひて寝れば夢に見えけり
16/3836H01奈良山の児手柏の両面にかにもかくにも侫人の伴
19/4169H05見が欲し御面 直向ひ 見む時までは 松柏の 栄えいまさね
20/4301H01印南野の赤ら柏は時はあれど君を我が思ふ時はさねなし
20/4387H01千葉の野の児手柏のほほまれどあやに愛しみ置きて誰が来ぬ

潤和川 未詳
古義 潤比とあって和名抄 上総国市原郡湿津 宇留比豆
地名辞書 潤川(ウルヒ) 一名古家川 富士山の西南、富士市田子の浦に注ぐ潤井川
新考 播磨国明石郡伊川谷 潤和(じゅんな)

人には忍び 他人には会わなくともこらえられる

堪へなくに こらえられない 逢いたくてしかたがない

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2479
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]核葛 後相 夢耳 受日度 年經乍
#[訓読]さね葛後も逢はむと夢のみにうけひわたりて年は経につつ
#[仮名],さねかづら,のちもあはむと,いめのみに,うけひわたりて,としはへにつつ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]さね葛のように後でも会おうと夢ばかりに神に誓って年が経っている
#{語釈]
うけひ
04/0767H01都路を遠みか妹がこのころはうけひて寝れど夢に見え来ぬ
11/2433H01水の上に数書くごとき我が命妹に逢はむとうけひつるかも
11/2479H01さね葛後も逢はむと夢のみにうけひわたりて年は経につつ
11/2589H01相思はず君はあるらしぬばたまの夢にも見えずうけひて寝れど

#[説明]
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#[番号]11/2480
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]路邊 壹師花 灼然 人皆知 我戀つ [或本歌<曰> 灼然 人知尓家里 継而之念者]
#[訓読]道の辺のいちしの花のいちしろく人皆知りぬ我が恋妻は [或本歌曰 いちしろく人知りにけり継ぎてし思へば]
#[仮名],みちのへの,いちしのはなの,いちしろく,ひとみなしりぬ,あがこひづまは,[いちしろく,ひとしりにけり,つぎてしおもへば]
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]歌 [西] 謌 / 云 -> 曰 [嘉][類]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,序詞,うわさ,露見,異伝
#[訓異]
#[大意]道のほとりのいちしの花の名のようにいちじるしくはっきりと人はみんな知ってしまった。自分の恋い思う妻は。或本歌曰 いちじるしくはっきりと他人が知ったことだ。ずっと思い続けていると
#{語釈]
いちしの花 未詳 注釈 すいば(すかんぽ)のことか

#[説明]
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#[番号]11/2481
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大野 跡状不知 印結 有不得 吾眷
#[訓読]大野らにたどきも知らず標結ひてありかつましじ我が恋ふらくは
#[仮名],おほのらに,たづきもしらず,しめゆひて,ありかつましじ,あがこふらくは
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,比喩
#[訓異]
#[大意]広い野原のあたりにとりとめもなく注連縄を張って、なんともどうしようもなく耐えられないだろう。自分が恋い思うことは
#{語釈]
大野らにたどきも知らず標結ひて 広い野原に注連縄を張ってもなんの意味もなく、とりとめもない そのようにとりとめもなく思ってることは耐えられないと言ったもの。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2482
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]水底 生玉藻 打靡 心依 戀比日
#[訓読]水底に生ふる玉藻のうち靡き心は寄りて恋ふるこのころ
#[仮名],みなそこに,おふるたまもの,うちなびき,こころはよりて,こふるこのころ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]水底に生えている玉藻のようにうち靡いて心はあなたに寄って恋い思うこの頃であるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2483
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]敷栲之 衣手離而 玉藻成 靡可宿濫 和乎待難尓
#[訓読]敷栲の衣手離れて玉藻なす靡きか寝らむ我を待ちかてに
#[仮名],しきたへの,ころもでかれて,たまもなす,なびきかぬらむ,わをまちかてに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,髪
#[訓異]
#[大意]敷栲の袖を離れて玉藻のように靡いて寝ているであろうか。自分を待ちかねて
#{語釈]
敷栲の衣手離れて 自分に逢わないで自分の袖から離れて
11/2607H01敷栲の衣手離れて我を待つとあるらむ子らは面影に見ゆ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2484
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]君不来者 形見為等 我二人 殖松木 君乎待出牟
#[訓読]君来ずは形見にせむと我がふたり植ゑし松の木君を待ち出でむ
#[仮名],きみこずは,かたみにせむと,わがふたり,うゑしまつのき,きみをまちいでむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,植物,勧誘,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたが来ないと偲ぶよすがにしようと自分たち二人で植えた松の木よ。その松ではないがあなたを待ちつけるであろう
#{語釈]
待ち出でむ 待って出る 待ちつける

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2485
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]袖振 可見限 吾雖有 其松枝 隠在
#[訓読]袖振らば見ゆべき限り我れはあれどその松が枝に隠らひにけり
#[仮名],そでふらば,みゆべきかぎり,われはあれど,そのまつがえに,かくらひにけり
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,女歌,後朝,別れ,植物
#[訓異]
#[大意]袖を振ったならば見えるはずの限り自分は見送っているが、その松の枝にあなたは次第に隠れて行ってしまった
#{語釈]
#[説明]
後朝の別れか

#[関連論文]


#[番号]11/2486
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]珍海 濱邊小松 根深 吾戀度 人子姤
#[訓読]茅渟の海の浜辺の小松根深めて我れ恋ひわたる人の子ゆゑに
#[仮名],ちぬのうみの,はまへのこまつ,ねふかめて,あれこひわたる,ひとのこゆゑに
#[左注]或本歌<曰> 血沼之海之 塩干能小松 根母己呂尓 戀屋度 人兒故尓 /(以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]歌 [西] 謌 / 云 -> 曰 [嘉][類][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,大阪,植物,恋情,序詞,掛詞,地名
#[訓異]
#[大意]茅渟の海の浜辺の小松は根を深く張って、そのように懇ろに自分は恋い続けることだ。人の子であるために。
#{語釈]
人の子ゆゑに
11/2367H01海原の道に乗りてや我が恋ひ居らむ大船のゆたにあるらむ人の子ゆゑに
12/3017H01あしひきの山川水の音に出でず人の子ゆゑに恋ひわたるかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2486S
#[題詞](寄物陳思)或本歌<曰>
#[原文]血沼之海之 塩干能小松 根母己呂尓 戀屋度 人兒故尓
#[訓読]茅渟の海の潮干の小松ねもころに恋ひやわたらむ人の子ゆゑに
#[仮名]ちぬのうみの,しほひのこまつ,ねもころに,こひやわたらむ,ひとのこゆゑに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,大阪,地名,植物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]茅渟の海の潮が引いた風景の小松の根、そのねではないが懇ろに心を尽くして恋い続けることであろうか。人の子であるから
#{語釈]
潮干の小松 潮が引いた風景の中の小松であって、潮が引いたら現れる小松の根ではない。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2487
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]平山 子松末 有廉叙波 我思妹 不相止<者>
#[訓読]奈良山の小松が末のうれむぞは我が思ふ妹に逢はずやみなむ
#[仮名],ならやまの,こまつがうれの,うれむぞは,あがおもふいもに,あはずやみなむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]看 -> 者 [嘉][文][類][紀] (塙) 去
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,奈良,地名,序詞,恋情,植物
#[訓異]
#[大意]奈良山の小松の梢であるうれではないが、どうして自分が恋い思う妹に逢わないで終わることがあろうか
#{語釈]
奈良山の小松
04/0593H01君に恋ひいたもすべなみ奈良山の小松が下に立ち嘆くかも

うれむぞ どうして~あろうか
03/0327H01海神の沖に持ち行きて放つともうれむぞこれがよみがへりなむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2488
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]礒上 立廻香<樹> 心哀 何深目 念始
#[訓読]礒の上に立てるむろの木ねもころに何しか深め思ひそめけむ
#[仮名],いそのうへに,たてるむろのき,ねもころに,なにしかふかめ,おもひそめけむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]瀧 -> 樹 [万葉考]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]磯のほとりに立っているむろの木の根ではないが、懇ろにどうして深くして思い始めたのだろう
#{語釈]
むろの木 天木香 ねず いぶき
03/0446H01我妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき
03/0447H01鞆の浦の礒のむろの木見むごとに相見し妹は忘らえめやも
03/0448H01礒の上に根延ふむろの木見し人をいづらと問はば語り告げむか
11/2488H01礒の上に立てるむろの木ねもころに何しか深め思ひそめけむ
15/3600H01離れ礒に立てるむろの木うたがたも久しき時を過ぎにけるかも
15/3601H01しましくもひとりありうるものにあれや島のむろの木離れてあるらむ
16/3830H01玉掃刈り来鎌麻呂むろの木と棗が本とかき掃かむため

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2489
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]橘 本我立 下枝取 成哉君 問子等
#[訓読]橘の本に我を立て下枝取りならむや君と問ひし子らはも
#[仮名],たちばなの,もとにわをたて,しづえとり,ならむやきみと,とひしこらはも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物
#[訓異]
#[大意]橘の木の下に自分を立てて、下の枝を手にとって実になるだろうか。あなたと尋ねたあの子はなあ(今頃どうしているのかなあ)
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2490
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]天雲尓 翼打附而 飛鶴乃 多頭々々思鴨 君不座者
#[訓読]天雲に翼打ちつけて飛ぶ鶴のたづたづしかも君しまさねば
#[仮名],あまくもに,はねうちつけて,とぶたづの,たづたづしかも,きみしまさねば
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,動物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]空の雲に羽を打ちつけて飛ぶ鶴ではないが、心細いことだ。あなたがいらっしゃらないので
#{語釈]
たづたづし 心細い
04/0575H01草香江の入江にあさる葦鶴のあなたづたづし友なしにして
04/0709H01夕闇は道たづたづし月待ちて行ませ我が背子その間にも見む
11/2490H01天雲に翼打ちつけて飛ぶ鶴のたづたづしかも君しまさねば
15/3626H01鶴が鳴き葦辺をさして飛び渡るあなたづたづしひとりさ寝れば
18/4062H01夏の夜は道たづたづし船に乗り川の瀬ごとに棹さし上れ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2491
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]妹戀 不寐朝明 男為鳥 従是此度 妹使
#[訓読]妹に恋ひ寐ねぬ朝明にをし鳥のこゆかく渡る妹が使か
#[仮名],いもにこひ,いねぬあさけに,をしどりの,こゆかくわたる,いもがつかひか
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]妹に恋い思って寝られない明け方に鴛鴦がここからこのように渡っていく。妹の使いだろうか。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2492
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]念 餘者 丹穂鳥 足<沾>来 人見鴨
#[訓読]思ひにしあまりにしかばにほ鳥のなづさひ来しを人見けむかも
#[仮名],おもひにし,あまりにしかば,にほどりの,なづさひこしを,ひとみけむかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]沽 -> 沾 [文][細][温]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,動物,うわさ,他人,恋情,難渋,枕詞
#[訓異]
#[大意]物思いにあまったのでにほ鳥のように難渋してやって来たのを人が見つけただろうか
#{語釈]
にほ鳥 かいつぶり
03/0443H06いかにあらむ 年月日にか つつじ花 にほへる君が にほ鳥の
04/0725H01にほ鳥の潜く池水心あらば君に我が恋ふる心示さね
05/0794H05妹の命の 我れをばも いかにせよとか にほ鳥の ふたり並び居
11/2492H01思ひにしあまりにしかばにほ鳥のなづさひ来しを人見けむかも
12/2947H04にほ鳥のなづさひ来しを人見けむかも
14/3386H01にほ鳥の葛飾早稲をにへすともその愛しきを外に立てめやも
15/3627H10水手も声呼び にほ鳥の なづさひ行けば 家島は
18/4106H10にほ鳥の ふたり並び居 奈呉の海の 奥を深めて さどはせる
20/4458H01にほ鳥の息長川は絶えぬとも君に語らむ言尽きめやも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2493
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]高山 峯行完 <友>衆 袖不振来 忘念勿
#[訓読]高山の嶺行くししの友を多み袖振らず来ぬ忘ると思ふな
#[仮名],たかやまの,みねゆくししの,ともをおほみ,そでふらずきぬ,わするとおもふな
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]支 -> 友 [嘉][文][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,動物,序詞,別離,送別
#[訓異]
#[大意]高い山の峰を行く鹿や猪が群をなしているように周りに人が多かったので袖を振らないで来たのだ。忘れているとは思わないでくれ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2494
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大船 真楫繁拔 榜間 極太戀 年在如何
#[訓読]大船に真楫しじ貫き漕ぐほともここだ恋ふるを年にあらばいかに
#[仮名],おほぶねに,まかぢしじぬき,こぐほとも,ここだこふるを,としにあらばいかに
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,船旅,羈旅
#[訓異]
#[大意]大きな船の両舷に楫をたくさん貫いて漕ぐ間もこんなにも恋い思うのに、一年もあったならばどうだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2495
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]足常 母養子 眉隠 隠在妹 見依鴨
#[訓読]たらつねの母が養ふ蚕の繭隠り隠れる妹を見むよしもがも
#[仮名],たらつねの,ははがかふこの,まよごもり,こもれるいもを,みむよしもがも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]たらつねの母が飼っている蚕が繭になって隠るように、家に閉じ籠もっている妹に逢う手だてもあればなあ
#{語釈]
繭隠り
12/2991H01たらちねの母が飼ふ蚕の繭隠りいぶせくもあるか妹に逢はずして
13/3258H02天地に 思ひ足らはし たらちねの 母が飼ふ蚕の 繭隠り 息づきわたり

#[説明]
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#[番号]11/2496
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]肥人 額髪結在 染木綿 染心 我忘哉 [一云 所忘目八方]
#[訓読]肥人の額髪結へる染木綿の染みにし心我れ忘れめや [一云 忘らえめやも]
#[仮名],こまひとの,ぬかがみゆへる,しめゆふの,しみにしこころ,われわすれめや,[わすらえめやも]
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,肥前,熊本,地名,序詞,植物,恋情,思い出,餞別,異伝
#[訓異]
#[大意]肥の国の人たちが額の髪を結んでいる染めた木綿ではないが、あなたに染まった心を自分は忘れることがあろうか 一云 われることが出来ようか
#{語釈]
肥人の 仙覚 こまひと 目安 高麗人也
管見、拾穂抄 うまひと 鳥も魚も肥えているのはうまい
地名辞書 コマビトとは熊人にて、求磨の国人の謂のみ。・・ ・其肥人(ひびと)とも書せるは、正しく肥国を本拠とせるが故にて、熊人と同義異文なるを知る

額髪 旧訓 ひたひかみ 古義 ぬかかみ
喜田貞吉 古代九州の風俗。魏志倭人伝 木綿を以て頭を招く
はちまきのようなもので額の髪を結ぶことか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2497
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]早人 名負夜音 灼然 吾名謂 つ恃
#[訓読]隼人の名に負ふ夜声のいちしろく我が名は告りつ妻と頼ませ
#[仮名],はやひとの,なにおふよごゑの,いちしろく,わがなはのりつ,つまとたのませ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,序詞,薩摩,地名,露見,恋情,女歌,名告り
#[訓異]
#[大意]隼人の人たちの有名な夜の警護の声ではないが、はっきりと自分の名前は言いました。だから妻だと頼みにしてください。
#{語釈]
隼人 隼人の人 薩摩隼人

名に負ふ夜声 神代紀 是を以てホスセリの命の苗裔諸隼人等、今に至るまで天皇の宮垣の傍を離れず、吠狗に代わりて仕え奉る

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2498
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]剱刀 諸刃利 足踏 死々 公依
#[訓読]剣大刀諸刃の利きに足踏みて死なば死なむよ君によりては
#[仮名],つるぎたち,もろはのときに,あしふみて,しなばしなむよ,きみによりては
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]剣大刀の諸刃の鋭利なのに足を踏んで死ぬのならば死のうものを。あなたのためならば
#{語釈]
#[説明]
類歌
11/2636H01剣大刀諸刃の上に行き触れて死にかもしなむ恋ひつつあらずは

#[関連論文]


#[番号]11/2499
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]我妹 戀度 劔刀 名惜 念不得
#[訓読]我妹子に恋ひしわたれば剣大刀名の惜しけくも思ひかねつも
#[仮名],わぎもこに,こひしわたれば,つるぎたち,なのをしけくも,おもひかねつも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,うわさ,名前,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子に恋い続けていると剣太刀の刃ではないが名が惜しいということも思うことも出来ないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2500
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]朝月 日向黄楊櫛 雖舊 何然公 見不飽
#[訓読]朝月の日向黄楊櫛古りぬれど何しか君が見れど飽かざらむ
#[仮名],あさづきの,ひむかつげくし,ふりぬれど,なにしかきみが,みれどあかざらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,恋情,序詞,宮崎,時間
#[訓異]
#[大意]朝月の日向の黄楊櫛が古くなるようにつきあってから年月が経ったが、どうしてあなたが見ても見飽きるということがあろうか
#{語釈]
朝月の 日の枕詞
07/1294H01朝月の日向の山に月立てり見ゆ遠妻を待ちたる人し見つつ偲はむ

日向黄楊櫛 日向が黄楊櫛の産地だったか

古りぬれど 黄楊櫛が古びていくように、古くはなったがの序詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2501
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]里遠 眷浦經 真鏡 床重不去 夢所見与
#[訓読]里遠み恋ひうらぶれぬまそ鏡床の辺去らず夢に見えこそ
#[仮名],さとどほみ,こひうらぶれぬ,まそかがみ,とこのへさらず,いめにみえこそ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]里が遠いので恋い思ってしょんぼりとしている。まそ鏡ではないが寝床のあたりを離れないで夢に見えたいものだ
#{語釈]
まそ鏡 見えるにかかるのと床の辺去らずを形容している

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2502
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]真鏡 手取以 朝々 雖見君 飽事無
#[訓読]まそ鏡手に取り持ちて朝な朝な見れども君は飽くこともなし
#[仮名],まそかがみ,てにとりもちて,あさなさな,みれどもきみは,あくこともなし
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]真澄の鏡を手に取り持って毎朝毎朝見るように、いつも見ているがあなたは見飽きることもないよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2503
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]夕去 床重不去 黄楊枕 <何>然汝 主待固
#[訓読]夕されば床の辺去らぬ黄楊枕何しか汝れが主待ちかたき
#[仮名],ゆふされば,とこのへさらぬ,つげまくら,なにしかなれが,ぬしまちかたき
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]射 -> 何 [万葉考]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,植物,女歌,空虚,
#[訓異]
#[大意]夕方になると寝床のあたりを離れない黄楊枕よ。どうしてお前はその主を待つことが出来ないでいるのか
#{語釈]
黄楊枕 2/216 木枕 注釈 長方形の木の枕が私の家にも子供の頃いくつも残っていた

#[説明]
男を待っている女の心境

#[関連論文]


#[番号]11/2504
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]解衣 戀乱乍 浮沙 生吾 <有>度鴨
#[訓読]解き衣の恋ひ乱れつつ浮き真砂生きても我れはありわたるかも
#[仮名],とききぬの,こひみだれつつ,うきまなご,いきてもわれは,ありわたるかも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]戀 -> 有 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]ほどいた着物が乱れているように恋い乱れ続けて水に浮いた砂ではないが生きながらえても自分はい続けていることだ
#{語釈]
浮き真砂 水に浮くほど小さい砂 ウキとイキの類似音繰り返しの枕詞
11/2734H01潮満てば水泡に浮かぶ真砂にも我はなりてしか恋ひは死なずて

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2505
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]梓弓 引不許 有者 此有戀 不相
#[訓読]梓弓引きてゆるさずあらませばかかる恋にはあはざらましを
#[仮名],あづさゆみ,ひきてゆるさず,あらませば,かかるこひには,あはざらましを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情,嘆き,女歌
#[訓異]
#[大意]梓弓を引いて緩めないように、心を許さないであったならばこんな辛い恋いには会わなかったのに
#{語釈]
引きてゆるさず 引いて緩めない 心を許さない
12/2987H01梓弓引きて緩へぬ大夫や恋といふものを忍びかねてむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2506
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]事霊 八十衢 夕占問 占正謂 妹相依
#[訓読]言霊の八十の街に夕占問ふ占まさに告る妹は相寄らむ
#[仮名],ことだまの,やそのちまたに,ゆふけとふ,うらまさにのる,いもはあひよらむ
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,占い,恋情
#[訓異]
#[大意]言霊が飛び交う多くの辻で夕占を問う。占いがまさに現れる。妹は寄ってくることだろう
#{語釈]
言霊の 言葉の霊 夕占の原因

夕占 折口信夫 日暮れ頃にする占い。辻に出て行き来の人の口うらを聞いて、自分の迷っていること、考えている事におし当てて判断する方法で、日の入った薄明かりのたそがれに、なるべく人通りのありそうな八街を選んで、話し放し過ぎる第一番目の人を待ったのである。夕方の薄明かりを選んだのは、精霊の最も力を得ている時刻だからであろう。遙かに時代が下がると、三つ辻と定めて、そこに白米を撒いて、区画をかいて、そこを通る人の話を神聖なものとして聴き、また禁厭の歌もあって、道祖の神に祈ったようである。

#[説明]
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#[番号]11/2507
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]玉桙 路徃占 占相 妹逢 我謂
#[訓読]玉桙の道行き占に占なへば妹に逢はむと我れに告りつも
#[仮名],たまほこの,みちゆきうらに,うらなへば,いもにあはむと,われにのりつも
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,占い,恋情
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]玉鉾の道を行く人の占いで占うと妹に逢うだろうと自分に告げたことだ
#[説明]

11/2613H01夕占にも占にも告れる今夜だに来まさぬ君をいつとか待たむ
14/3469H01夕占にも今夜と告らろ我が背なはあぜぞも今夜寄しろ来まさぬ
6/3811H05母のみ言か 百足らず 八十の衢に 夕占にも 占にもぞ問ふ

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#[番号]11/2508
#[題詞]問答
#[原文]皇祖乃 神御門乎 懼見等 侍従時尓 相流公鴨
#[訓読]すめろぎの神の御門を畏みとさもらふ時に逢へる君かも
#[仮名],すめろぎの,かみのみかどを,かしこみと,さもらふときに,あへるきみかも
#[左注](右二首 / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,序詞
#[訓異]
#[大意]すめろぎの神の御殿を恐れ多いと伺候していた時に会ったあなたであるよ。
#{語釈]
すめろぎ すめらみこと 澄めら命、澄めるギ
政治的・宗教的に聖別された神的超越性をいいあらわす特殊な尊称
すめろぎ 本来は地域の首長、統率する神
すめかみ 天皇が幣帛を奉る神 班幣制度のもとでの神

#[説明]
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#[番号]11/2509
#[題詞](問答)
#[原文]真祖鏡 雖見言哉 玉限 石垣淵乃 隠而在つ
#[訓読]まそ鏡見とも言はめや玉かぎる岩垣淵の隠りたる妻
#[仮名],まそかがみ,みともいはめや,たまかぎる,いはがきふちの,こもりたるつま
#[左注]右二首( / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]真澄鏡ではないがたとえ会ったとしても言うことがあろうか。玉かぎる岩で囲まれた淵の水のように隠っている妻よ
#{語釈]
岩垣淵
02/0207H04岩垣淵の 隠りのみ 恋ひつつあるに 渡る日の 暮れぬるがごと
11/2509H01まそ鏡見とも言はめや玉かぎる岩垣淵の隠りたる妻
11/2700H01玉かぎる岩垣淵の隠りには伏して死ぬとも汝が名は告らじ

#[説明]
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#[番号]11/2510
#[題詞](問答)
#[原文]赤駒之 足我枳速者 雲居尓毛 隠徃序 袖巻吾妹
#[訓読]赤駒が足掻速けば雲居にも隠り行かむぞ袖まけ我妹
#[仮名],あかごまが,あがきはやけば,くもゐにも,かくりゆかむぞ,そでまけわぎも
#[左注](右三首 / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,通い
#[訓異]
#[大意]赤駒の足の運びが速いので雲居はるかに隠れて行きそうだ。今のうちに袖を枕にしなさいよ。我が妹よ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2511
#[題詞](問答)
#[原文]隠口乃 豊泊瀬道者 常<滑>乃 恐道曽 戀由眼
#[訓読]こもりくの豊泊瀬道は常滑のかしこき道ぞ恋ふらくはゆめ
#[仮名],こもりくの,とよはつせぢは,とこなめの,かしこきみちぞ,こふらくはゆめ
#[左注](右三首 / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]消 -> 滑 [西(訂正)][嘉][文][紀]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,枕詞,女歌,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]隠口のりっぱな初瀬の道はつねにぬかるんですべりやすい危ない道ですよ。恋い思うのならば気をつけて。
#{語釈]
恋ふらくはゆめ 原文 戀由眼 尓心由眼 と解釈して「なが心ゆめ」と訓む

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2512
#[題詞](問答)
#[原文]味酒之 三毛侶乃山尓 立月之 見我欲君我 馬之<音>曽為
#[訓読]味酒のみもろの山に立つ月の見が欲し君が馬の音ぞする
#[仮名],うまさけの,みもろのやまに,たつつきの,みがほしきみが,うまのおとぞする
#[左注]右三首( / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]足音 -> 音 [嘉]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,女歌,枕詞,三輪山,奈良,地名
#[訓異]
#[大意]味酒の三諸の山に立ち上る月のように会いたいと思うあなたの馬の音がすることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2513
#[題詞](問答)
#[原文]雷神 小動 刺雲 雨零耶 君将留
#[訓読]鳴る神の少し響みてさし曇り雨も降らぬか君を留めむ
#[仮名],なるかみの,すこしとよみて,さしくもり,あめもふらぬか,きみをとどめむ
#[左注](右二首 / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,女歌,後朝
#[訓異]
#[大意]雷が少し鳴ってさし曇って雨も降ってはくれないだろうか。そうすればあなたを留めようものなのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2514
#[題詞](問答)
#[原文]雷神 小動 雖不零 吾将留 妹留者
#[訓読]鳴る神の少し響みて降らずとも我は留まらむ妹し留めば
#[仮名],なるかみの,すこしとよみて,ふらずとも,わはとどまらむ,いもしとどめば
#[左注]右二首( / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,後朝
#[訓異]
#[大意]雷が少し鳴って雨が降らなくとも自分は留まろう。妹が留めるのならば
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2515
#[題詞](問答)
#[原文]布細布 枕動 夜不寐 思人 後相物
#[訓読]敷栲の枕響みて夜も寝ず思ふ人には後も逢ふものを
#[仮名],しきたへの,まくらとよみて,よるもねず,おもふひとには,のちもあふものを
#[左注](以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]敷妙の枕が鳴って夜も寝られない。恋い思う人には後々会うものであるのに
#{語釈]
敷栲の枕響みて 代匠記 枕動は下にもよめり。展転反側する故なり。
寝返りを打って枕がきしむ意か

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2516
#[題詞](問答)
#[原文]敷細布 枕人 事問哉 其枕 苔生負為
#[訓読]敷栲の枕は人に言とへやその枕には苔生しにたり
#[仮名],しきたへの,まくらはひとに,こととへや,そのまくらには,こけむしにたり
#[左注]右二首 / 以前一百四十九首柿本朝臣人麻呂之歌集出
#[校異]歌 [西] 謌
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,略体,枕詞,答歌
#[訓異]
#[大意]敷妙の枕は人に話しかけるだろうか。その枕はあなたが来られないので苔が生えているよ
#{語釈]
苔生しにたり
11/2630H01結へる紐解かむ日遠み敷栲の我が木枕は苔生しにけり

#[説明]
枕が鳴ると言ったのに対して、相手に問いかけていると解釈して、言問うと言ったもの。

#[関連論文]


#[番号]11/2517
#[題詞]正述心緒
#[原文]足千根乃 母尓障良婆 無用 伊麻思毛吾毛 事應成
#[訓読]たらちねの母に障らばいたづらに汝も我れも事なるべしや
#[仮名],たらちねの,ははにさはらば,いたづらに,いましもあれも,ことなるべしや
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,障害,母親
#[訓異]
#[大意]たらちねのあなたのお母さんが障害となって遠慮していたならば、あなたも自分も結婚出来ようか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2518
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吾妹子之 吾呼送跡 白細布乃 袂漬左右二 哭四所念
#[訓読]我妹子が我れを送ると白栲の袖漬つまでに泣きし思ほゆ
#[仮名],わぎもこが,われをおくると,しろたへの,そでひつまでに,なきしおもほゆ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,送別,後朝,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子が自分を見送るとして、白妙の袖がずくずくになるまでに泣いたことが思われてならない。
#{語釈]
#[説明]
旅に出た時のうたか、後朝の時か。

#[関連論文]


#[番号]11/2519
#[題詞](正述心緒)
#[原文]奥山之 真木乃板戸乎 押開 思恵也出来根 後者何将為
#[訓読]奥山の真木の板戸を押し開きしゑや出で来ね後は何せむ
#[仮名],おくやまの,まきのいたとを,おしひらき,しゑやいでこね,のちはなにせむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]奥山の立派な木の板戸を押し開いて、とにかく出ていらっしゃいよ。後々になったらどうするのですか。今が大事なのです。
#{語釈]
奥山の真木の板戸 深遠とした奥山の立派な木で造った頑丈な板の扉

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2520
#[題詞](正述心緒)
#[原文]苅薦能 一重S敷而 紗眠友 君共宿者 冷雲梨
#[訓読]刈り薦の一重を敷きてさ寝れども君とし寝れば寒けくもなし
#[仮名],かりこもの,ひとへをしきて,さぬれども,きみとしぬれば,さむけくもなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,共寝
#[訓異]
#[大意]刈った薦の一枚だけの敷物を敷いて寝ているが、あなたと寝ているので寒くもないことだ
#{語釈]
刈り薦の一重 刈った薦の一枚だけの敷物。ゴザみたいなもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2521
#[題詞](正述心緒)
#[原文]垣幡 丹<頬>經君S 率尓 思出乍 嘆鶴鴨
#[訓読]かきつはた丹つらふ君をいささめに思ひ出でつつ嘆きつるかも
#[仮名],かきつはた,につらふきみを,いささめに,おもひいでつつ,なげきつるかも
#[左注]
#[校異]刺 -> 頬 [類][紀][細][温]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]かきつばたのように美しい紅顔のあなたをふと思い出して嘆息していることだ
#{語釈]
かきつはた カキツバタのように美しい

いささめに かりそめに ついちょっと
大系 ゆくりなく 突然 出し抜けに
原文 率 名義抄 にはかに ゆくりなし

#[説明]
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#[番号]11/2522
#[題詞](正述心緒)
#[原文]恨登 思狭名<盤> 在之者 外耳見之 心者雖念
#[訓読]恨めしと思ふさなはにありしかば外のみぞ見し心は思へど
#[仮名],うらめしと,おもふさなはに,ありしかば,よそのみぞみし,こころはおもへど
#[左注]
#[校異]磐 -> 盤 [嘉][文][紀]
#[鄣W],恨み,恋歌
#[訓異]
#[大意]恨めしいと思っていた折りであったので、外からばかり見ていたことだ。内心は恋い思っていたが
#{語釈]
思ふさなはに 西 しさないはさらは
さなはに 不明 注釈 恨めしく思う気持ちであったので
私注 思う折から
「たけなは」のように時をあらわす「なは」があり、それに接頭語「さ」が付いた語か
代匠記 うらみんとおもひてせなは有しかはとよむべし。心は、せながつらさをかねてうらみむとおもひて有しかば
古義 うらみむと思ひなづみてありしかば
全註釈 おもほさくなは 思ほさく汝はの意か


#[説明]
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#[番号]11/2523
#[題詞](正述心緒)
#[原文]散<頬>相 色者不出 小文 心中 吾念名君
#[訓読]さ丹つらふ色には出でず少なくも心のうちに我が思はなくに
#[仮名],さにつらふ,いろにはいでず,すくなくも,こころのうちに,わがおもはなくに
#[左注]
#[校異]刺 -> 頬 [嘉][文][紀]
#[鄣W],枕詞,恨み,恋歌
#[訓異]
#[大意]美しい顔色には出ないが、少なくとも気持ちの中で自分が思っていないということはないよ
#{語釈]
さ丹つらふ 「さ」接頭語 「丹つら」美しい顔色 「ふ」は経る
色にかかる枕詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2524
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吾背子尓 直相者社 名者立米 事之通尓 何其故
#[訓読]我が背子に直に逢はばこそ名は立ため言の通ひに何かそこゆゑ
#[仮名],わがせこに,ただにあはばこそ,なはたため,ことのかよひに,なにかそこゆゑ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ,女歌
#[訓異]
#[大意]我が背子に直接会ったらこそうわさに名前は立つでしょうが、言葉を交わしただけなのにどうして立つのだろう。それだけのために
#{語釈]
立ため 已然条件法

そこゆゑ それだけのために

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2525
#[題詞](正述心緒)
#[原文]懃 片<念>為歟 比者之 吾情利乃 生戸裳名寸
#[訓読]ねもころに片思ひすれかこのころの我が心どの生けるともなき
#[仮名],ねもころに,かたもひすれか,このころの,あがこころどの,いけるともなき
#[左注]
#[校異]思 -> 念 [嘉][細][京]
#[鄣W],片思い,恋歌
#[訓異]
#[大意]懇ろに片思いをするからだろうか、この頃の自分の心が生きているともないのは
#{語釈]
心ど
03/0457H01遠長く仕へむものと思へりし君しまさねば心どもなし
03/0471H01家離りいます我妹を留めかね山隠しつれ心どもなし
11/2525H01ねもころに片思ひすれかこのころの我が心どの生けるともなき
12/3055H01山菅のやまずて君を思へかも我が心どのこの頃はなき
13/3275H01ひとり寝る夜を数へむと思へども恋の繁きに心どもなし
17/3972H01出で立たむ力をなみと隠り居て君に恋ふるに心どもなし
19/4173H01妹を見ず越の国辺に年経れば我が心どのなぐる日もなし

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2526
#[題詞](正述心緒)
#[原文]将待尓 到者妹之 懽跡 咲儀乎 徃而早見
#[訓読]待つらむに至らば妹が嬉しみと笑まむ姿を行きて早見む
#[仮名],まつらむに,いたらばいもが,うれしみと,ゑまむすがたを,ゆきてはやみむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋歌
#[訓異]
#[大意]待っているだろうところ、自分がやって来たらうれしいのでとニコニコする姿を行って早く見よう
#{語釈]
待つらむに いつになったら来るだろうか、まだしばらくは来ないのだろうかと待っている 自分がいきなり訪ねることで、予期していなかった嬉しさがあるだろうという想像

#[説明]
類歌
11/2546H01思はぬに至らば妹が嬉しみと笑まむ眉引き思ほゆるかも


#[関連論文]


#[番号]11/2527
#[題詞](正述心緒)
#[原文]誰此乃 吾屋戸来喚 足千根乃 母尓所嘖 物思吾呼
#[訓読]誰れぞこの我が宿来呼ぶたらちねの母に嘖はえ物思ふ我れを
#[仮名],たれぞこの,わがやどきよぶ,たらちねの,ははにころはえ,ものもふわれを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],障害,恋歌,母親,枕詞
#[訓異]
#[大意]誰だ。この自分の家にやって来て自分の名前を呼ぶのは。たらちねの母に叱られて物思いをしている自分なのに。(ほかでもないあなたのせいなのに)
#{語釈]
嘖はえ 責め叱られる
14/3529H01等夜の野に兎ねらはりをさをさも寝なへ子ゆゑに母に嘖はえ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2528
#[題詞](正述心緒)
#[原文]左不宿夜者 千夜毛有十万 我背子之 思可悔 心者不持
#[訓読]さ寝ぬ夜は千夜にありとも我が背子が思ひ悔ゆべき心は持たじ
#[仮名],さねぬよは,ちよにありとも,わがせこが,おもひくゆべき,こころはもたじ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋歌
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]共寝をしない夜が長くあろうともあなたが後悔するような気持ちは持ちませんよ
#[説明]
類歌
03/0437H01妹も我れも清みの川の川岸の妹が悔ゆべき心は持たじ

#[関連論文]


#[番号]11/2529
#[題詞](正述心緒)
#[原文]家人者 路毛四美三荷 雖<徃>来 吾待妹之 使不来鴨
#[訓読]家人は道もしみみに通へども我が待つ妹が使来ぬかも
#[仮名],いへびとは,みちもしみみに,かよへども,わがまついもが,つかひこぬかも
#[左注]
#[校異]<> -> 徃 [嘉][紀]
#[鄣W],嘆き,恋歌,使者
#[訓異]
#[大意]家の人は道もいっぱいに通うが、自分が待つ妹の使いが来ないことだろうか
#{語釈]
家人 代匠記 妹の家の人
童蒙抄 人の使い人をさす
古義 此方の家内の人は、めしつかふ者まで
新考 里人
全註釈 使用人、家の人 増訂本 奴婢のこと

道もしみみに 量の多いこと 一杯に しみら
03/0460H02なき国に 渡り来まして 大君の 敷きます国に うち日さす 都しみみに
10/2124H01見まく欲り我が待ち恋ひし秋萩は枝もしみみに花咲きにけり
11/2529H01家人は道もしみみに通へども我が待つ妹が使来ぬかも
11/2748H01大船に葦荷刈り積みしみみにも妹は心に乗りにけるかも
12/3062H01忘れ草垣もしみみに植ゑたれど醜の醜草なほ恋ひにけり
13/3270H02醜の醜手を さし交へて 寝らむ君ゆゑ あかねさす 昼はしみらに
13/3297H02昼はしみらに ぬばたまの 夜はすがらに 寐も寝ずに 妹に恋ふるに
13/3324H01かけまくも あやに畏し 藤原の 都しみみに 人はしも 満ちてあれども
13/3324H06しぐれの秋は 大殿の 砌しみみに 露負ひて 靡ける萩を 玉たすき

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2530
#[題詞](正述心緒)
#[原文]璞之 寸戸我竹垣 編目従毛 妹志所見者 吾戀目八方
#[訓読]あらたまの寸戸が竹垣網目ゆも妹し見えなば我れ恋ひめやも
#[仮名],あらたまの,きへがたけがき,あみめゆも,いもしみえなば,あれこひめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]あらたまの寸戸の竹垣の編み目からでも妹が見えたならば自分は恋い思うということがあろうか
#{語釈]
あらたまの 地名説 遠江国麁玉郡寸戸 未詳 序詞となる
14/3353H01あらたまの伎倍の林に汝を立てて行きかつましじ寐を先立たね
14/3354H01伎倍人のまだら衾に綿さはだ入りなましもの妹が小床に
14/3354S01右二首遠江國歌
正述心緒なので序詞はそぐわない
竹垣をめぐらした建造物 あらたまのは枕詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2531
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吾背子我 其名不謂跡 玉切 命者棄 忘賜名
#[訓読]我が背子がその名告らじとたまきはる命は捨てつ忘れたまふな
#[仮名],わがせこが,そのなのらじと,たまきはる,いのちはすてつ,わすれたまふな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,うわさ,名前,恋情
#[訓異]
#[大意]我が背子のその名前は他には言わないとして、自分はたまきはる命も捨てたことだ。だから自分を忘れなさらないでね
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2532
#[題詞](正述心緒)
#[原文]凡者 誰将見鴨 黒玉乃 我玄髪乎 靡而将居
#[訓読]おほならば誰が見むとかもぬばたまの我が黒髪を靡けて居らむ
#[仮名],おほならば,たがみむとかも,ぬばたまの,わがくろかみを,なびけてをらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋歌,女歌
#[訓異]
#[大意]いいかげんだったならば誰が見ようというので、自分の黒髪を靡かせていようか。ほかでもないあなたに見せようというからなのだ。
#{語釈]
おほならば 大凡ならば よい加減であったならば

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2533
#[題詞](正述心緒)
#[原文]面忘 何有人之 為物焉 言者為<金>津 継手志<念>者
#[訓読]面忘れいかなる人のするものぞ我れはしかねつ継ぎてし思へば
#[仮名],おもわすれ,いかなるひとの,するものぞ,われはしかねつ,つぎてしおもへば
#[左注]
#[校異]念 -> 金 [嘉][文][紀] / 金 -> 念 [西(訂正右書)][嘉][文][紀]
#[鄣W],女歌,疎遠,恋情
#[訓異]
#[大意]顔を忘れてしまうというのはどのような人がするものなのだろうか。自分は出来ないことだ。いつも思い続けて
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2534
#[題詞](正述心緒)
#[原文]不相思 人之故可 璞之 年緒長 言戀将居
#[訓読]相思はぬ人のゆゑにかあらたまの年の緒長く我が恋ひ居らむ
#[仮名],あひおもはぬ,ひとのゆゑにか,あらたまの,としのをながく,あがこひをらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恨み,女歌,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]共に恋い思ってくれない人ではあるのに、あらたまの年月長く自分は恋い思っていることだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2535
#[題詞](正述心緒)
#[原文]凡乃 行者不念 言故 人尓事痛 所云物乎
#[訓読]おほろかの心は思はじ我がゆゑに人に言痛く言はれしものを
#[仮名],おほろかの,こころはおもはじ,わがゆゑに,ひとにこちたく,いはれしものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ,恋情
#[訓異]
#[大意]いい加減な気持ちでは思ってはいるまいよ。自分のために人にひどくうわさを立てられたものなのだから。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2536
#[題詞](正述心緒)
#[原文]氣緒尓 妹乎思念者 年月之 徃覧別毛 不所念鳧
#[訓読]息の緒に妹をし思へば年月の行くらむ別も思ほえぬかも
#[仮名],いきのをに,いもをしおもへば,としつきの,ゆくらむわきも,おもほえぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],片恋い,恋情
#[訓異]
#[大意]命にかけて妹のことを思うと年月の経っていく分別も思われないことだ
#{語釈]
息の緒に
04/0644H01今は我はわびぞしにける息の緒に思ひし君をゆるさく思へば
04/0681H01なかなかに絶ゆとし言はばかくばかり息の緒にして我れ恋ひめやも
07/1360H01息の緒に思へる我れを山ぢさの花にか君がうつろひぬらむ
08/1453H01玉たすき 懸けぬ時なく 息の緒に 我が思ふ君は うつせみの
08/1507H03息の緒に 我が思ふ妹に まそ鏡 清き月夜に ただ一目 見するまでには
11/2359H01息の緒に我れは思へど人目多みこそ吹く風にあらばしばしば逢ふべきものを
11/2536H01息の緒に妹をし思へば年月の行くらむ別も思ほえぬかも
11/2788H01息の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも
12/3045H01朝霜の消ぬべくのみや時なしに思ひわたらむ息の緒にして
12/3115H01息の緒に我が息づきし妹すらを人妻なりと聞けば悲しも
12/3194H01息の緒に我が思ふ君は鶏が鳴く東の坂を今日か越ゆらむ
13/3255H04息の緒にして
13/3272H06人知れず もとなや恋ひむ 息の緒にして
18/4125H02袖振り交し 息の緒に 嘆かす子ら 渡り守 舟も設けず
19/4281H01白雪の降り敷く山を越え行かむ君をぞもとな息の緒に思ふ


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2537
#[題詞](正述心緒)
#[原文]足千根乃 母尓不所知 吾持留 心<者>吉恵 君之随意
#[訓読]たらちねの母に知らえず我が持てる心はよしゑ君がまにまに
#[仮名],たらちねの,ははにしらえず,わがもてる,こころはよしゑ,きみがまにまに
#[左注]
#[校異]<> -> 者 [嘉][文][紀]
#[鄣W],枕詞,母親,女歌
#[訓異]
#[大意]たらちねの母に知られないで自分の持っている心は、ええいままよ。あなたのお好きなように。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2538
#[題詞](正述心緒)
#[原文]獨寝等 茭朽目八方 綾席 緒尓成及 君乎之将待
#[訓読]ひとり寝と薦朽ちめやも綾席緒になるまでに君をし待たむ
#[仮名],ひとりぬと,こもくちめやも,あやむしろ,をになるまでに,きみをしまたむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情,植物
#[訓異]
#[大意]独りで寝たとしても薦がすり切れるということがあろうか。しかし綾の筵は紐になってしまうまであなたを待とう
#{語釈]
薦朽ちめやも 薦を下敷きにして綾筵を敷いているので、転々反惻して筵がすり切れるとしても薦は大丈夫ということか。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2539
#[題詞](正述心緒)
#[原文]相見者 千歳八去流 否乎鴨 我哉然念 待公難尓
#[訓読]相見ては千年やいぬるいなをかも我れやしか思ふ君待ちかてに
#[仮名],あひみては,ちとせやいぬる,いなをかも,われやしかおもふ,きみまちかてに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]会ってから千年も過ぎただろうか。違うのだろうか。自分はそのように思うことだ。あなたを待ちがてにして。
#{語釈]
#[説明]
重出
14/3470H01相見ては千年やいぬるいなをかも我れやしか思ふ君待ちがてに
14/3470I01[柿本朝臣人麻呂歌集出也]

#[関連論文]


#[番号]11/2540
#[題詞](正述心緒)
#[原文]振別之 髪乎短弥 <青>草乎 髪尓多久濫 妹乎師<僧>於母布
#[訓読]振分けの髪を短み青草を髪にたくらむ妹をしぞ思ふ
#[仮名],ふりわけの,かみをみじかみ,あをくさを,かみにたくらむ,いもをしぞおもふ
#[左注]
#[校異]春 -> 青 [嘉][紀] / 曽 -> 僧 [嘉][文][細]
#[鄣W],植物,恋情
#[訓異]
#[大意]振り分けた髪が短いので青草を髪に束ねる妹のことをひたすら思うことだ
#{語釈]
振分けの髪 かむろ髪
02/0123H01たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか
07/1244H01娘子らが放りの髪を由布の山雲なたなびき家のあたり見む
伊勢物語
  筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに
 女、返し、
  くらべこし振分髪も肩すぎぬ君ならずして誰かあぐべき

#[説明]
万葉考
いときなき女の児の長き髪をうらやっみて、かつら草と名つけて、わかく長き草をおのが髪にゆひそへなどすると今もあり

#[関連論文]


#[番号]11/2541
#[題詞](正述心緒)
#[原文]徊俳 徃箕之里尓 妹乎置而 心空在 土者踏鞆
#[訓読]た廻り行箕の里に妹を置きて心空にあり地は踏めども
#[仮名],たもとほり,ゆきみのさとに,いもをおきて,こころそらにあり,つちはふめども
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,恋情
#[訓異]
#[大意]徘徊する行箕の里に妹を置いて心は空にあることだ。土は踏んでいるが
#{語釈]
た廻り 行箕の里の枕詞

行箕の里 未詳

心空にあり地は踏めども
12/2887H01立ちて居てたどきも知らず我が心天つ空なり地は踏めども
12/2950H01我妹子が夜戸出の姿見てしより心空なり地は踏めども

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2542
#[題詞](正述心緒)
#[原文]若草乃 新手枕乎 巻始而 夜哉将間 二八十一不在國
#[訓読]若草の新手枕をまきそめて夜をや隔てむ憎くあらなくに
#[仮名],わかくさの,にひたまくらを,まきそめて,よをやへだてむ,にくくあらなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]若草の妻の初めての手枕を巻き始めて一夜でも隔てていられようか。いやではないことなのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2543
#[題詞](正述心緒)
#[原文]吾戀之 事毛語 名草目六 君之使乎 待八金手六
#[訓読]我が恋ふることも語らひ慰めむ君が使を待ちやかねてむ
#[仮名],あがこふる,こともかたらひ,なぐさめむ,きみがつかひを,まちやかねてむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情,使者
#[訓異]
#[大意]自分が恋い思うこともいろいろ話して慰めようと思うあなたの使いを待ちかねていることだ
#{語釈]
待ちやかねてむ
04/0619H08君が使を 待ちやかねてむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2544
#[題詞](正述心緒)
#[原文]<寤>者 相縁毛無 夢谷 間無見君 戀尓可死
#[訓読]うつつには逢ふよしもなし夢にだに間なく見え君恋ひに死ぬべし
#[仮名],うつつには,あふよしもなし,いめにだに,まなくみえきみ,こひにしぬべし
#[左注]
#[校異]寐 -> 寤 [嘉][文][紀][細]
#[鄣W],女歌,恋情,夢
#[訓異]
#[大意]現実には会う手だてもない。夢だけでも絶えず見えてくれあなたよ。そうでなければ恋いに死にそうだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2545
#[題詞](正述心緒)
#[原文]誰彼登 問者将答 為便乎無 君之使乎 還鶴鴨
#[訓読]誰ぞかれと問はば答へむすべをなみ君が使を帰しやりつも
#[仮名],たぞかれと,とはばこたへむ,すべをなみ,きみがつかひを,かへしやりつも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,使者,母親
#[訓異]
#[大意]あの人は誰だと問われると答えるすべがないので、あなたの使いを帰しやってしまったことだ
#{語釈]
誰ぞかれ
10/2240H01誰ぞかれと我れをな問ひそ九月の露に濡れつつ君待つ我れを

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2546
#[題詞](正述心緒)
#[原文]不念丹 到者妹之 歡三跡 咲牟眉曵 所思鴨
#[訓読]思はぬに至らば妹が嬉しみと笑まむ眉引き思ほゆるかも
#[仮名],おもはぬに,いたらばいもが,うれしみと,ゑまむまよびき,おもほゆるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]思いがけない時に行ったならば妹がうれしいだろうからとほほえむ眉引きが思われてならないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2547
#[題詞](正述心緒)
#[原文]如是許 将戀物衣常 不念者 妹之手本乎 不纒夜裳有寸
#[訓読]かくばかり恋ひむものぞと思はねば妹が手本をまかぬ夜もありき
#[仮名],かくばかり,こひむものぞと,おもはねば,いもがたもとを,まかぬよもありき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]こんなにも恋い思うものだとはあの時は思ってもいなかったので、妹のたもとを枕にしない時もあったよ
#{語釈]
#[説明]
類歌
12/2924H01世の中に恋繁けむと思はねば君が手本をまかぬ夜もありき
12/2867H01かくばかり恋ひむものぞと知らませばその夜はゆたにあらましものを

#[関連論文]


#[番号]11/2548
#[題詞](正述心緒)
#[原文]如是谷裳 吾者戀南 玉梓之 君之使乎 待也金手武
#[訓読]かくだにも我れは恋ひなむ玉梓の君が使を待ちやかねてむ
#[仮名],かくだにも,あれはこひなむ,たまづさの,きみがつかひを,まちやかねてむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,枕詞,使者
#[訓異]
#[大意]こんなにも自分は恋い思っているだろう。玉梓のあなたの使いを待ちかねることでしょうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2549
#[題詞](正述心緒)
#[原文]妹戀 吾哭涕 敷妙 木枕通而 袖副所沾 [或本歌<曰> 枕通而 巻者寒母]
#[訓読]妹に恋ひ我が泣く涙敷栲の木枕通り袖さへ濡れぬ [或本歌曰 枕通りてまけば寒しも]
#[仮名],いもにこひ,わがなくなみた,しきたへの,こまくらとほり,そでさへぬれぬ,[まくらとほりて,まけばさむしも]
#[左注]
#[校異]通而 [嘉](塙) 通 / 歌 [西] 謌 / 云 -> 曰 [嘉][紀]
#[鄣W],恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]妹に恋い思って自分が泣く涙が、布団の木枕にしみ通って袖までも濡れたことである。或本歌にいう。枕を通って枕とすると寒いことだ
#{語釈]
木枕 02/0216
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2550
#[題詞](正述心緒)
#[原文]立念 居毛曽念 紅之 赤裳下引 去之儀乎
#[訓読]立ちて思ひ居てもぞ思ふ紅の赤裳裾引き去にし姿を
#[仮名],たちておもひ,ゐてもぞおもふ,くれなゐの,あかもすそびき,いにしすがたを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]立ってても思い、座っていても恋い思う紅の赤裳の裾を引いて去った妹の姿を
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2551
#[題詞](正述心緒)
#[原文]念之 餘者 為便無三 出曽行 其門乎見尓
#[訓読]思ひにしあまりにしかばすべをなみ出でてぞ行きしその門を見に
#[仮名],おもひにし,あまりにしかば,すべをなみ,いでてぞゆきし,そのかどをみに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]者思いが余ってしまったので、どうしようもなく出て行ったことである。その思っている人の門を見に
#{語釈]
#[説明]
類歌
12/2948H01明日の日はその門行かむ出でて見よ恋ひたる姿あまたしるけむ

#[関連論文]


#[番号]11/2552
#[題詞](正述心緒)
#[原文]情者 千遍敷及 雖念 使乎将遣 為便之不知久
#[訓読]心には千重しくしくに思へども使を遣らむすべの知らなく
#[仮名],こころには,ちへしくしくに,おもへども,つかひをやらむ,すべのしらなく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,使者
#[訓異]
#[大意]気持ちでは千重にも重ね重ねしきりに恋い思うが、使いをやろうにもどうしてよいかわからないことだ
#{語釈]
千重しくしくに
10/2234H01一日には千重しくしくに我が恋ふる妹があたりにしぐれ降れ見む
#[説明]
心には幾重にも思うが逢えない嘆き
03/0409H01一日には千重波しきに思へどもなぞその玉の手に巻きかたき
10/2234H01一日には千重しくしくに我が恋ふる妹があたりにしぐれ降れ見む
11/2371H01心には千重に思へど人に言はぬ我が恋妻を見むよしもがも
11/2437H01沖つ裳を隠さふ波の五百重波千重しくしくに恋ひわたるかも
12/2910H01心には千重に百重に思へれど人目を多み妹に逢はぬかも

#[関連論文]


#[番号]11/2553
#[題詞](正述心緒)
#[原文]夢耳 見尚幾許 戀吾者 <寤>見者 益而如何有
#[訓読]夢のみに見てすらここだ恋ふる我はうつつに見てばましていかにあらむ
#[仮名],いめのみに,みてすらここだ,こふるあは,うつつにみてば,ましていかにあらむ
#[左注]
#[校異]寐 -> 寤 [嘉][文][紀]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]夢ばかり見てすらこんなにもひどく恋い思う自分は現実に会ったならばましてどのようなものだろう
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2554
#[題詞](正述心緒)
#[原文]對面者 面隠流 物柄尓 継而見巻能 欲公毳
#[訓読]相見ては面隠さゆるものからに継ぎて見まくの欲しき君かも
#[仮名],あひみては,おもかくさゆる,ものからに,つぎてみまくの,ほしききみかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]面と向かっては顔を自然と隠されるものなのに続いて会いたいと思うあなたであることだ
#{語釈]
相見ては面隠さゆる 気恥ずかしくて

ものからに ~ではあるのに ~なのに
04/0766H01道遠み来じとは知れるものからにしかぞ待つらむ君が目を欲り
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2555
#[題詞](正述心緒)
#[原文]旦<戸>乎 速莫開 味澤相 目之乏流君 今夜来座有
#[訓読]朝戸を早くな開けそあぢさはふ目が欲る君が今夜来ませる
#[仮名],あさとを,はやくなあけそ,あぢさはふ,めがほるきみが,こよひきませる
#[左注]
#[校異]戸遣 -> 戸 [嘉]
#[鄣W],女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]朝の戸を早くは開けるなよ。会いたいと思っている君が今夜いらっしゃるから
#{語釈]
あぢさはふ 目の枕詞 語義未詳 あじ鴨が捕らえられて動けない網の目からの続きか

#[説明]
召使いに言ったという設定の歌か。今夜いとしい君が来られるので、朝は君の帰りを出来るだけひきとどめたいので、早々と朝扉を開けるなと言ったもの。

#[関連論文]


#[番号]11/2556
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉垂之 小簀之垂簾乎 徃褐 寐者不眠友 君者通速為
#[訓読]玉垂の小簾の垂簾を行きかちに寐は寝さずとも君は通はせ
#[仮名],たまだれの,をすのたれすを,ゆきかちに,いはなさずとも,きみはかよはせ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,母親
#[訓異]
#[大意]玉垂の簾の垂れているのを行きかねて、共寝をすることは出来なくとも、あなたはお通いください。
#{語釈]
玉垂の小簾 011/2364

行きかちに 原文「徃褐」 訓未詳 旧訓 ゆきかちに 代匠記 ゆきかてに
考 もちかゝげ
全註釈 かてに かちに 同じ 行きかねての意

#[説明]
11/2364H01玉垂の小簾のすけきに入り通ひ来ねたらちねの母が問はさば風と申さむ
と同じく、通ると簾が音がして人に知られるので出入りが出来ない様子を歌った

#[関連論文]


#[番号]11/2557
#[題詞](正述心緒)
#[原文]垂乳根乃 母白者 公毛余毛 相鳥羽梨丹 <年>可經
#[訓読]たらちねの母に申さば君も我れも逢ふとはなしに年ぞ経ぬべき
#[仮名],たらちねの,ははにまをさば,きみもあれも,あふとはなしに,としぞへぬべき
#[左注]
#[校異]者 [嘉] 七 / 羊 -> 年 [嘉][文][紀]
#[鄣W],女歌,母親,
#[訓異]
#[大意]たらちねの母に申し上げるとあなたも自分も会うことはなくて年ばかりが経ってしまうだろう。(だから秘密で会いましょう)
#{語釈]
#[説明]
類歌
11/2517H01たらちねの母に障らばいたづらに汝も我れも事なるべしや
男が女の母親の許可を得ようと言ったものに対する女の答え歌か

#[関連論文]


#[番号]11/2558
#[題詞](正述心緒)
#[原文]愛等 思篇来師 莫忘登 結之紐乃 解樂念者
#[訓読]愛しと思へりけらしな忘れと結びし紐の解くらく思へば
#[仮名],うつくしと,おもへりけらし,なわすれと,むすびしひもの,とくらくおもへば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]いとしいと思っているようだ。忘れるなと結んだ紐がほどけるのを思うと
#{語釈]
結びし紐の解く
11/2408H01眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我れを
人に思われると紐がほどける俗信

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2559
#[題詞](正述心緒)
#[原文]昨日見而 今日社間 吾妹兒之 幾<許>継手 見巻欲毛
#[訓読]昨日見て今日こそ隔て我妹子がここだく継ぎて見まくし欲しも
#[仮名],きのふみて,けふこそへだて,わぎもこが,ここだくつぎて,みまくしほしも
#[左注]
#[校異]<> -> 許 [西(右書)][嘉][文][紀]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]昨日会って、今日一日だけ隔てている。我妹子がこんなにひどく続いていつも会いたいと思うだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2560
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人毛無 古郷尓 有人乎 愍久也君之 戀尓令死
#[訓読]人もなき古りにし里にある人をめぐくや君が恋に死なする
#[仮名],ひともなき,ふりにしさとに,あるひとを,めぐくやきみが,こひにしなする
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]人もいない古びた里にいる人(自分)をかわいそうにあなたは恋死にさせるつもりなのか
#{語釈]
めぐくや めぐし 05/0800 いたわしい かわいそう

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2561
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人事之 繁間守而 相十方八 反吾上尓 事之将繁
#[訓読]人言の繁き間守りて逢ふともやなほ我が上に言の繁けむ
#[仮名],ひとごとの,しげきまもりて,あふともや,なほわがうへに,ことのしげけむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]人のうわさのはげしい合間をうかがって逢うとしても、やはり自分のまわりにうわさが激しいことだろうか
#{語釈]
人言の繁き間 人のうわさのはげしい合間 人のうわさがしばらくやんでいる間

守りて うかがって
11/2591H01人言の繁き間守ると逢はずあらばつひにや子らが面忘れなむ
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2562
#[題詞](正述心緒)
#[原文]里人之 言縁妻乎 荒垣之 外也吾将見 悪有名國
#[訓読]里人の言寄せ妻を荒垣の外にや我が見む憎くあらなくに
#[仮名],さとびとの,ことよせづまを,あらかきの,よそにやわがみむ,にくくあらなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ
#[訓異]
#[大意]里の人たちがうわさをして妻だという人を荒垣のよそながら自分は見よう。いやではないことなのに
#{語釈]
言寄せ妻 うわさをして自分の妻だと言い寄せる人
07/1109H01さ桧の隈桧隈川の瀬を早み君が手取らば言寄せむかも

荒垣の よその枕詞 荒垣 すきまが多い垣根 外が透けて見えることから言うか

#[説明]
実際とは違う残念さを言ったもの 本当はうわさ通りに自分の妻だったらいいのにという気持ち

#[関連論文]


#[番号]11/2563
#[題詞](正述心緒)
#[原文]他眼守 君之随尓 余共尓 夙興乍 裳<裾>所沾
#[訓読]人目守る君がまにまに我れさへに早く起きつつ裳の裾濡れぬ
#[仮名],ひとめもる,きみがまにまに,われさへに,はやくおきつつ,ものすそぬれぬ
#[左注]
#[校異]裙 -> 裾 [嘉][文][紀]
#[鄣W],恋情,女歌,後朝
#[訓異]
#[大意]人目をうかがうあなたに従って自分までも早く起きて、(帰りを見送ったら草の露に)裳の裾が濡れてしまったことだ
#{語釈]
人目守る 人目をうかがって早く帰る

#[説明]
人目にたたないように早めに起きて帰る恋人を見送るとして、まだ朝早いので草には露が一杯で裳の裾が濡れたという情景

#[関連論文]


#[番号]11/2564
#[題詞](正述心緒)
#[原文]夜干玉之 妹之黒髪 今夜毛加 吾無床尓 靡而宿良武
#[訓読]ぬばたまの妹が黒髪今夜もか我がなき床に靡けて寝らむ
#[仮名],ぬばたまの,いもがくろかみ,こよひもか,あがなきとこに,なびけてぬらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]ぬばたまの妹の黒髪は今夜もだろうか自分がいない寝床に靡かせて寝ていることだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2565
#[題詞](正述心緒)
#[原文]花細 葦垣越尓 直一目 相視之兒故 千遍嘆津
#[訓読]花ぐはし葦垣越しにただ一目相見し子ゆゑ千たび嘆きつ
#[仮名],はなぐはし,あしかきごしに,ただひとめ,あひみしこゆゑ,ちたびなげきつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,垣間見
#[訓異]
#[大意]花の美しい葦の垣根越しにただ一目だけともに見たあの子だけなのに、何度も嘆息したことであるよ
#{語釈]
花ぐはし 花が美しい
記紀歌謡
八島国 妻枕きかねて 遠々し 高志の国に 賢し女を 有りと聞かして 麗し女を 有りと聞こして さ婚ひに 在立たし 婚ひに 在通はせ

#[説明]
一目惚れの苦しさ

#[関連論文]


#[番号]11/2566
#[題詞](正述心緒)
#[原文]色出而 戀者人見而 應知 情中之 隠妻波母
#[訓読]色に出でて恋ひば人見て知りぬべし心のうちの隠り妻はも
#[仮名],いろにいでて,こひばひとみて,しりぬべし,こころのうちの,こもりづまはも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,隠妻
#[訓異]
#[大意]顔色に出して恋い思うと他人が見て知ってしまうだろう。だから心の内に密かに思っている隠り妻はなあ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2567
#[題詞](正述心緒)
#[原文]相見而<者> 戀名草六跡 人者雖云 見後尓曽毛 戀益家類
#[訓読]相見ては恋慰むと人は言へど見て後にぞも恋まさりける
#[仮名],あひみては,こひなぐさむと,ひとはいへど,みてのちにぞも,こひまさりける
#[左注]
#[校異]<> -> 者 [西(左書)][嘉][文][紀]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]ともに逢ったら恋い思う気持ちは慰むと人は言うが、逢って後にこそいっそう恋いがつのることであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2568
#[題詞](正述心緒)
#[原文]凡 吾之念者 如是許 難御門乎 退出米也母
#[訓読]おほろかに我れし思はばかくばかり難き御門を罷り出めやも
#[仮名],おほろかに,われしおもはば,かくばかり,かたきみかどを,まかりでめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]いい加減に自分が思っていたならば、こんなにも出入りの難しい御門を退出して来ようか
#{語釈]
難き御門 出入りの厳重な宮廷の門

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2569
#[題詞](正述心緒)
#[原文]将念 其人有哉 烏玉之 毎夜君之 夢西所見 [或本歌<曰> 夜晝不云 吾戀渡]
#[訓読]思ふらむその人なれやぬばたまの夜ごとに君が夢にし見ゆる [或本歌曰 夜昼と言はずあが恋ひわたる]
#[仮名],おもふらむ,そのひとなれや,ぬばたまの,よごとにきみが,いめにしみゆる,[よるひるといはず,あがこひわたる]
#[左注]
#[校異]歌 [西] 謌 / 云 -> 曰 [嘉]
#[鄣W],恋情,夢,女歌,異伝
#[訓異]
#[大意]自分を思うその人なのであろうか。そうでもないのに、ぬばたまの夜ごとにあなたが夢に見えることだ 或本の歌に曰く 夜昼と言わず自分は恋い続けることだ
#{語釈]
その人なれや や 反語的な意味 その人なのだろうか。そうでもないのに

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2570
#[題詞](正述心緒)
#[原文]如是耳 戀者可死 足乳根之 母毛告都 不止通為
#[訓読]かくのみし恋ひば死ぬべみたらちねの母にも告げずやまず通はせ
#[仮名],かくのみし,こひばしぬべみ,たらちねの,ははにもつげず,やまずかよはせ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,母親
#[訓異]
#[大意]こんなにも恋い思うと死にそうなので、たらちねの母にも言わないでやまないでお通いなさい。
#{語釈]
母毛告都 注釈、告げつ 告げました 母の許可を得た
告げず 母に言うと仲を引き裂かれそうなので言っていない。だから

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2571
#[題詞](正述心緒)
#[原文]大夫波 友之驂尓 名草溢 心毛将有 我衣苦寸
#[訓読]大夫は友の騒きに慰もる心もあらむ我れぞ苦しき
#[仮名],ますらをは,とものさわきに,なぐさもる,こころもあらむ,われぞくるしき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]男の人は友達と騒ぎ合って慰める気持ちもありましょう。しかし女である自分は友達と慰め合うこともなく、苦しいことだ
#{語釈]
大夫 殿方、男の人

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2572
#[題詞](正述心緒)
#[原文]偽毛 似付曽為 何時従鹿 不見人戀尓 人之死為
#[訓読]偽りも似つきてぞするいつよりか見ぬ人恋ふに人の死せし
#[仮名],いつはりも,につきてぞする,いつよりか,みぬひとごひに,ひとのしにせし
#[左注]
#[校異]尓 (塙)(楓) 等
#[鄣W],女歌,恨み
#[訓異]
#[大意]嘘もそれらしくするものだ。いつの頃から逢わない人を恋い思って人が死んだだろうか
#{語釈]
偽りも似つきてぞする 嘘、偽りもそれに似たようにすることだ
04/0771H01偽りも似つきてぞするうつしくもまこと我妹子我れに恋ひめや

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2573
#[題詞](正述心緒)
#[原文]情左倍 奉有君尓 何物乎鴨 不云言此跡 吾将竊食
#[訓読]心さへ奉れる君に何をかも言はず言ひしと我がぬすまはむ
#[仮名],こころさへ,まつれるきみに,なにをかも,いはずいひしと,わがぬすまはむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]心までも差し上げているあなたに、どうしてまあ言わないことを言っただどと自分が嘘を言いましょうか。
#{語釈]
奉れる 差し上げる 献上する

言はず言ひし 言わないことを言った

我がぬすまはむ ぬすむ 嘘を言う

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2574
#[題詞](正述心緒)
#[原文]面忘 太尓毛得為也登 手握而 雖打不寒 戀<云>奴
#[訓読]面忘れだにもえすやと手握りて打てども懲りず恋といふ奴
#[仮名],おもわすれ,だにもえすやと,たにぎりて,うてどもこりず,こひといふやつこ
#[左注]
#[校異]之 -> 云 [嘉][類]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]顔だけでも忘れもしようかと手を結んで打ってみるがそれでも懲りないことだ。恋いという奴は。
#{語釈]
手握りて 手を結ぶ げんこつにする

恋といふ奴
12/2907H01ますらをの聡き心も今はなし恋の奴に我れは死ぬべし
16/3816H01家にありし櫃にかぎさし蔵めてし恋の奴のつかみかかりて

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2575
#[題詞](正述心緒)
#[原文]希将見 君乎見常衣 左手之 執弓方之 眉根掻礼
#[訓読]めづらしき君を見むとこそ左手の弓取る方の眉根掻きつれ
#[仮名],めづらしき,きみをみむとこそ,ひだりての,ゆみとるかたの,まよねかきつれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]愛しいあなたを見ようとするからこそ、左手の弓を取る方の手で眉根を掻いたのだ
#{語釈]
めづらしき めづ(賞美する)べき 讃美すべき 愛しい

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2576
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人間守 蘆垣越尓 吾妹子乎 相見之柄二 事曽左太多寸
#[訓読]人間守り葦垣越しに我妹子を相見しからに言ぞさだ多き
#[仮名],ひとまもり,あしかきごしに,わぎもこを,あひみしからに,ことぞさだおほき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],垣間見,うわさ
#[訓異]
#[大意]人目をうかがって葦の垣根越しに我妹子をともに見ただけなのに、うわさがあれこれと多いことだ
#{語釈]
人間守り 人目を見守る 人のいない間をうかがって

からに ~だけなのに
09/1803H01語り継ぐからにもここだ恋しきを直目に見けむ古へ壮士
11/2411H01白栲の袖をはつはつ見しからにかかる恋をも我れはするかも

さだ 考 くさぐさといひ定むる人言ぞ多きという也
大系 たしかにの意か。さだは定む、さだかになどの語幹か

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2577
#[題詞](正述心緒)
#[原文]今谷毛 目莫令乏 不相見而 将戀<年>月 久家真國
#[訓読]今だにも目な乏しめそ相見ずて恋ひむ年月久しけまくに
#[仮名],いまだにも,めなともしめそ,あひみずて,こひむとしつき,ひさしけまくに
#[左注]
#[校異]羊 -> 年 [嘉][文][紀][細]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]せめて今だけでももの足りない思いをさせるなよ。ともに逢わなくて恋い思うであろう年月が長いだろうから
#{語釈]
目な乏しめそ 満足いかない思い 寂しい思いをさせるな
10/2017H01恋ひしくは日長きものを今だにもともしむべしや逢ふべき夜だに

#[説明]
男が長旅に出る直前か。
#[関連論文]


#[番号]11/2578
#[題詞](正述心緒)
#[原文]朝宿髪 吾者不梳 愛 君之手枕 觸義之鬼尾
#[訓読]朝寝髪我れは梳らじうるはしき君が手枕触れてしものを
#[仮名],あさねがみ,われはけづらじ,うるはしき,きみがたまくら,ふれてしものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,後朝
#[訓異]
#[大意]朝の寝起き髪を自分は梳らないよ。いとしいあなたの枕の手に触れたものなのだから
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2579
#[題詞](正述心緒)
#[原文]早去而 何時君乎 相見等 念之情 今曽水葱少熱
#[訓読]早行きていつしか君を相見むと思ひし心今ぞなぎぬる
#[仮名],はやゆきて,いつしかきみを,あひみむと,おもひしこころ,いまぞなぎぬる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,逢会
#[訓異]
#[大意]早く行っていつになったらあなたをともに逢うだろうかと思っていた心は、今平穏になったことだ
#{語釈]
#[説明]
やっと逢えたので、心が落ち着いた様子
#[関連論文]


#[番号]11/2580
#[題詞](正述心緒)
#[原文]面形之 忘戸在者 小豆鳴 男士物屋 戀乍将居
#[訓読]面形の忘るとあらばあづきなく男じものや恋ひつつ居らむ
#[仮名],おもかたの,わするとあらば,あづきなく,をとこじものや,こひつつをらむ
#[左注]
#[校異]戸 (塙)(楓) 左
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]顔形が忘れるとあるならば、つまらなく男であるのに恋い続けていようか。(忘れられないから男であるのにつまらなく恋い続けることになるのだ)
#{語釈]
面形 顔の形 おもかげ

あづきなく つまらない あじけない

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2581
#[題詞](正述心緒)
#[原文]言云者 三々二田八酢四 小九毛 心中二 我念羽奈九二
#[訓読]言に言へば耳にたやすし少なくも心のうちに我が思はなくに
#[仮名],ことにいへば,みみにたやすし,すくなくも,こころのうちに,わがもはなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]言葉に出して言うと耳には簡単に聞こえる。だから言葉には出さないが、心の中では自分は恋い思っていないということはないよ
#{語釈]
#[説明]
「好きだ」と言うことは簡単なことが軽薄に聞こえるので言わないが、心の中では思っていると言ったもの
#[関連論文]


#[番号]11/2582
#[題詞](正述心緒)
#[原文]小豆奈九 何<狂>言 今更 小童言為流 老人二四手
#[訓読]あづきなく何のたはこと今さらに童言する老人にして
#[仮名],あづきなく,なにのたはこと,いまさらに,わらはごとする,おいひとにして
#[左注]
#[校異]枉 -> 狂 [万葉集略解]
#[鄣W],自嘲
#[訓異]
#[大意]つまらなく何の戯言だろうか。今更子供のような物言いをする。老人であるのに
#{語釈]
あづきなく何のたはこと つまらなく何の戯言か。
相手を好きになったか、言われたのだろう

#[説明]
いい年をして、相手を好きになったか、「好きだ」と言われて、自問自答しているか、相手をなじっている
02/0129H01古りにし嫗にしてやかくばかり恋に沈まむたわらはのごと

#[関連論文]


#[番号]11/2583
#[題詞](正述心緒)
#[原文]相見而 幾久毛 不有尓 如<年>月 所思可聞
#[訓読]相見ては幾久さにもあらなくに年月のごと思ほゆるかも
#[仮名],あひみては,いくびささにも,あらなくに,としつきのごと,おもほゆるかも
#[左注]
#[校異]羊 -> 年 [嘉][紀][温]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]ともに出会っていくらも経っていないのに、長い年月のように思われることだ
#{語釈]
相見ては幾久さにもあらなくに 前にあってからそうも時間は経っていないのに
知り合ってからそれほど時間は経っていないのに

年月のごと ずいぶん逢っていないように
ずっと古くから付き合っていたように

#[説明]
04/0666H01相見ぬは幾久さにもあらなくにここだく我れは恋ひつつもあるか

#[関連論文]


#[番号]11/2584
#[題詞](正述心緒)
#[原文]大夫登 念有吾乎 如是許 令戀波 小可者在来
#[訓読]ますらをと思へる我れをかくばかり恋せしむるは悪しくはありけり
#[仮名],ますらをと,おもへるわれを,かくばかり,こひせしむるは,あしくはありけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]立派な男だと思っている自分をこんなにも恋い思わせるのは悪いことである
#{語釈]
#[説明]
大夫と恋い
12/2907H01ますらをの聡き心も今はなし恋の奴に我れは死ぬべし

#[関連論文]


#[番号]11/2585
#[題詞](正述心緒)
#[原文]如是為乍 吾待印 有鴨 世人皆乃 常不在國
#[訓読]かくしつつ我が待つ験あらぬかも世の人皆の常にあらなくに
#[仮名],かくしつつ,わがまつしるし,あらぬかも,よのひとみなの,つねにあらなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]このようにしながら自分が待つ甲斐があってはくれないか。世の中の人はみんな無常ではかないものなのに
#{語釈]
#[説明]
自分がこのように待っている甲斐があって逢うことが出来ないかという気持ちを言ったもの。無常であるからなおさら待つ甲斐がないかということ。

#[関連論文]


#[番号]11/2586
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人事 茂君 玉梓之 使不遣 忘跡思名
#[訓読]人言を繁みと君に玉梓の使も遣らず忘ると思ふな
#[仮名],ひとごとを,しげみときみに,たまづさの,つかひもやらず,わするとおもふな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ,
#[訓異]
#[大意]人のうわさがひどいのであなたに玉梓の使いもやらないだ。忘れたとは思うなよ
#{語釈]
#[説明]
12/2886H01人言はまこと言痛くなりぬともそこに障らむ我れにあらなくに

#[関連論文]


#[番号]11/2587
#[題詞](正述心緒)
#[原文]大原 <古>郷 妹置 吾稲金津 夢所見乞
#[訓読]大原の古りにし里に妹を置きて我れ寐ねかねつ夢に見えこそ
#[仮名],おほはらの,ふりにしさとに,いもをおきて,われいねかねつ,いめにみえこそ
#[左注]
#[校異]故 -> 古 [嘉][紀][細] / 乞 (塙)(楓) 乍
#[鄣W],地名,飛鳥,恋情
#[訓異]
#[大意]大原の古くなった里に妹を置いて自分は寝ることが出来ないことだ。夢に見えて欲しい
#{語釈]
大原の古りにし里
02/0103H01我が里に大雪降れり大原の古りにし里に降らまくは後

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2588
#[題詞](正述心緒)
#[原文]夕去者 公来座跡 待夜之 名凝衣今 宿不勝為
#[訓読]夕されば君来まさむと待ちし夜のなごりぞ今も寐ねかてにする
#[仮名],ゆふされば,きみきまさむと,まちしよの,なごりぞいまも,いねかてにする
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,待つ,女歌
#[訓異]
#[大意]夕方になるとあなたがいらっしゃると待った夜の習慣がついた。今も夜を寝られないでいることだ
#{語釈]
なごりぞ もうあなたと別れた今でも来るのを待って寝られなかった夜の名残

#[説明]
12/2945H01玉梓の君が使を待ちし夜のなごりぞ今も寐ねぬ夜の多き

#[関連論文]


#[番号]11/2589
#[題詞](正述心緒)
#[原文]不相思 公者在良思 黒玉 夢不見 受旱宿跡
#[訓読]相思はず君はあるらしぬばたまの夢にも見えずうけひて寝れど
#[仮名],あひおもはず,きみはあるらし,ぬばたまの,いめにもみえず,うけひてぬれど
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]ともに恋い思わないであなたはいるらしい。ぬばたまの夢にも見えないことだ。誓って寝るけれども
#{語釈]
うけひ 神に誓約する
04/0767H01都路を遠みか妹がこのころはうけひて寝れど夢に見え来ぬ
11/2433H01水の上に数書くごとき我が命妹に逢はむとうけひつるかも
11/2479H01さね葛後も逢はむと夢のみにうけひわたりて年は経につつ

#[説明]
4/0767H01都路を遠みか妹がこのころはうけひて寝れど夢に見え来ぬ

#[関連論文]


#[番号]11/2590
#[題詞](正述心緒)
#[原文]石根踏 夜道不行 念跡 妹依者 忍金津毛
#[訓読]岩根踏み夜道は行かじと思へれど妹によりては忍びかねつも
#[仮名],いはねふみ,よみちはゆかじ,とおもへれど,いもによりては,しのびかねつも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]岩根を踏んで夜道は行かないと思うが、妹に心が寄ってこらえることが出来ないことだ
#{語釈]
岩根踏み夜道は行かじ 夜の暗がりでつまづいて危ないので

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2591
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人事 茂間守跡 不相在 終八子等 面忘南
#[訓読]人言の繁き間守ると逢はずあらばつひにや子らが面忘れなむ
#[仮名],ひとごとの,しげきまもると,あはずあらば,つひにやこらが,おもわすれなむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ
#[訓異]
#[大意]人のうわさがひどいのでその間を盗んで逢おうと思って逢わないでいると遂にはあの子の顔を忘れてしまうことであろうか
#{語釈]
間守ると
11/2561H01人言の繁き間守りて逢ふともやなほ我が上に言の繁けむ
11/2576H01人間守り葦垣越しに我妹子を相見しからに言ぞさだ多き

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2592
#[題詞](正述心緒)
#[原文]戀死 後何為 吾命 生日社 見幕欲為礼
#[訓読]恋死なむ後は何せむ我が命生ける日にこそ見まく欲りすれ
#[仮名],こひしなむ,のちはなにせむ,わがいのち,いけるひにこそ,みまくほりすれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]恋い思って死んでしまったら後は何になろうか。自分の命が生きている日にこそ逢いたいと思うのだ
#{語釈]
#[説明]
04/0560H01恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ妹を見まく欲りすれ

#[関連論文]


#[番号]11/2593
#[題詞](正述心緒)
#[原文]敷細 枕動而 宿不所寝 物念此夕 急明鴨
#[訓読]敷栲の枕響みて寐ねらえず物思ふ今夜早も明けぬかも
#[仮名],しきたへの,まくらとよみて,いねらえず,ものもふこよひ,はやもあけぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]敷き妙の枕が動いて寝ることが出来ない。物思いをする今夜は早くも明けないことだろうか
#{語釈]
枕響みて
11/2515H01敷栲の枕響みて夜も寝ず思ふ人には後も逢ふものを

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2594
#[題詞](正述心緒)
#[原文]不徃吾 来跡可夜 門不閇 褁怜吾妹子 待筒在
#[訓読]行かぬ我れを来むとか夜も門閉さずあはれ我妹子待ちつつあるらむ
#[仮名],ゆかぬわれを,こむとかよるも,かどささず,あはれわぎもこ,まちつつあるらむ
#[左注]
#[校異]子 [細](塙) 之
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]行かない自分を来るだろうかと夜も門を閉ざさないで、ああ我妹子が待ち続けているのだろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2595
#[題詞](正述心緒)
#[原文]夢谷 何鴨不所見 雖所見 吾鴨迷 戀茂尓
#[訓読]夢にだに何かも見えぬ見ゆれども我れかも惑ふ恋の繁きに
#[仮名],いめにだに,なにかもみえぬ,みゆれども,われかもまとふ,こひのしげきに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]せめて夢だけでもどうして見えてくれないだろうか。見えていても自分が迷っているのだろうか。恋いが激しいので
#{語釈]
普通の文構造
夢にだになど見えぬかも。見ゆれども恋いの繁きに我れ惑ふかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2596
#[題詞](正述心緒)
#[原文]名草漏 心莫二 如是耳 戀也度 月日殊 [或本歌<曰> 奥津浪 敷而耳八方 戀度奈牟]
#[訓読]慰もる心はなしにかくのみし恋ひやわたらむ月に日に異に [或本歌曰 沖つ波しきてのみやも恋ひわたりなむ]
#[仮名],なぐさもる,こころはなしに,かくのみし,こひやわたらむ,つきにひにけに,[おきつなみ,しきてのみやも,こひわたりなむ]
#[左注]
#[校異]云 -> 曰 [嘉]
#[鄣W],恋情,異伝
#[訓異]
#[大意]慰める気持ちもなくてこのようにばかり恋い続けているのだろうか。月日の経つほどに
或本歌に曰う 沖の波のように重ね敷いてばかり恋い続けることだろうか
#{語釈]
慰もる 慰むるの古い形 自分の心を慰める

月に日に異に 月日とともにますます
04/0598H01恋にもぞ人は死にする水無瀬川下ゆ我れ痩す月に日に異に
04/0698H01春日野に朝居る雲のしくしくに我れは恋ひ増す月に日に異に

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2597
#[題詞](正述心緒)
#[原文]何為而 忘物 吾妹子丹 戀益跡 所忘莫苦二
#[訓読]いかにして忘れむものぞ我妹子に恋はまされど忘らえなくに
#[仮名],いかにして,わすれむものぞ,わぎもこに,こひはまされど,わすらえなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]どのようにして忘れるものだろうか。我妹子に恋いは勝るが忘れられないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2598
#[題詞](正述心緒)
#[原文]遠有跡 公衣戀流 玉桙乃 里人皆尓 吾戀八方
#[訓読]遠くあれど君にぞ恋ふる玉桙の里人皆に我れ恋ひめやも
#[仮名],とほくあれど,きみにぞこふる,たまほこの,さとひとみなに,あれこひめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,枕詞,女歌
#[訓異]
#[大意]遠くあってもあなたにだけ恋い思っている。玉鉾の里人のみんなにでも自分が恋い思うということがあろうか
#{語釈]
#[説明]
里遠く離れた男と恋愛しているのか。それとも男が旅に出ているのか。
同じ里の誰かに心が引かれることはないと言ったもの。

#[関連論文]


#[番号]11/2599
#[題詞](正述心緒)
#[原文]驗無 戀毛為<鹿> <暮>去者 人之手枕而 将寐兒故
#[訓読]験なき恋をもするか夕されば人の手まきて寝らむ子ゆゑに
#[仮名],しるしなき,こひをもするか,ゆふされば,ひとのてまきて,ぬらむこゆゑに
#[左注]
#[校異]無 [嘉][細] 无 / <> -> 鹿 [嘉][古][紀] / 暮 [西(上書訂正)][嘉][古][紀]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]甲斐もない恋いもすることか。夕方になると他人の手を枕として寝るだろうあの子なのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2600
#[題詞](正述心緒)
#[原文]百世下 千代下生 有目八方 吾念妹乎 置嘆
#[訓読]百代しも千代しも生きてあらめやも我が思ふ妹を置きて嘆かむ
#[仮名],ももよしも,ちよしもいきて,あらめやも,あがおもふいもを,おきてなげかむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]百年も千年も生きていられようか。自分が恋い思う妹をそのままにしておいて嘆くことだろうよ
#{語釈]
置きて嘆かむ 注釈 置きて嘆くも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2601
#[題詞](正述心緒)
#[原文]現毛 夢毛吾者 不思寸 振有公尓 此間将會十羽
#[訓読]うつつにも夢にも我れは思はずき古りたる君にここに逢はむとは
#[仮名],うつつにも,いめにもわれは,おもはずき,ふりたるきみに,ここにあはむとは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]現実にも夢にも自分は思わなかった。昔つきあったあなたにここで逢おうとは
#{語釈]
#[説明]
昔つきあっていた男に何かの機会に偶然会ったときの歌か

#[関連論文]


#[番号]11/2602
#[題詞](正述心緒)
#[原文]黒髪 白髪左右跡 結大王 心一乎 今解目八方
#[訓読]黒髪の白髪までと結びてし心ひとつを今解かめやも
#[仮名],くろかみの,しらかみまでと,むすびてし,こころひとつを,いまとかめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,浮気
#[訓異]
#[大意]黒髪が白髪になるまでと約束していた一心を今ほどくということをしようか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2603
#[題詞](正述心緒)
#[原文]心乎之 君尓奉跡 念有者 縦比来者 戀乍乎将有
#[訓読]心をし君に奉ると思へればよしこのころは恋ひつつをあらむ
#[仮名],こころをし,きみにまつると,おもへれば,よしこのころは,こひつつをあらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]心をあなたに差し上げたと思っているので、ままよこの頃は(逢えなくとも)恋い続けていよう
#{語釈]
奉る たてまつる 差し上げる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2604
#[題詞](正述心緒)
#[原文]念出而 哭者雖泣 灼然 人之可知 嘆為勿謹
#[訓読]思ひ出でて音には泣くともいちしろく人の知るべく嘆かすなゆめ
#[仮名],おもひいでて,ねにはなくとも,いちしろく,ひとのしるべく,なげかすなゆめ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]自分のことを思い出して大声を上げて泣くとしても、ひどく人が知ってしまうほどお嘆きにはなるな決して
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2605
#[題詞](正述心緒)
#[原文]玉桙之 道去夫利尓 不思 妹乎相見而 戀比鴨
#[訓読]玉桙の道行きぶりに思はぬに妹を相見て恋ふるころかも
#[仮名],たまほこの,みちゆきぶりに,おもはぬに,いもをあひみて,こふるころかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋情,片思い
#[訓異]
#[大意]玉鉾の道を行きずりに思ってもいなかったのことに妹を相見て恋い思うこの頃であるよ
#{語釈]
行きぶりに 行きずりに

#[説明]
11/2393H01玉桙の道行かずあらばねもころのかかる恋には逢はざらましを
同想
04/0624H01道に逢ひて笑まししからに降る雪の消なば消ぬがに恋ふといふ我妹

#[関連論文]


#[番号]11/2606
#[題詞](正述心緒)
#[原文]人目多 常如是耳志 候者 何時 吾不戀将有
#[訓読]人目多み常かくのみしさもらはばいづれの時か我が恋ひずあらむ
#[仮名],ひとめおほみ,つねかくのみし,さもらはば,いづれのときか,あがこひずあらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ,恋情
#[訓異]
#[大意]人目が多いのでいつもこのように逢えないで我慢していると、いつになったら自分は恋い思わないでいられる時が来るのだろうか
#{語釈]
さもらはば 侍ふ 様子をうかがう

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2607
#[題詞](正述心緒)
#[原文]敷細之 衣手可礼天 吾乎待登 在<濫>子等者 面影尓見
#[訓読]敷栲の衣手離れて我を待つとあるらむ子らは面影に見ゆ
#[仮名],しきたへの,ころもでかれて,わをまつと,あるらむこらは,おもかげにみゆ
#[左注]
#[校異]監 -> 濫 [西(右貼紙)][嘉][古][紀]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意](いつも交わす)敷妙の衣の袖から離れて自分を待つとしているあの子は面影に見えることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2608
#[題詞](正述心緒)
#[原文]妹之袖 別之日従 白細乃 衣片敷 戀管曽寐留
#[訓読]妹が袖別れし日より白栲の衣片敷き恋ひつつぞ寝る
#[仮名],いもがそで,わかれしひより,しろたへの,ころもかたしき,こひつつぞぬる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]妹の袖と別れた日から白妙の衣を片敷いて恋い思って寝ることだ
#{語釈]
片敷き 一人分だけ敷く 相手のことを意識している
08/1520H08い漕ぎ渡り 久方の 天の川原に 天飛ぶや 領巾片敷き 真玉手の
09/1692H01我が恋ふる妹は逢はさず玉の浦に衣片敷き独りかも寝む
10/2261H01泊瀬風かく吹く宵はいつまでか衣片敷き我がひとり寝む
11/2608H01妹が袖別れし日より白栲の衣片敷き恋ひつつぞ寝る
15/3625H06袖片敷きて ひとりかも寝む

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2609
#[題詞](正述心緒)
#[原文]白細之 袖者間結奴 我妹子我 家當乎 不止振四二
#[訓読]白栲の袖はまゆひぬ我妹子が家のあたりをやまず振りしに
#[仮名],しろたへの,そではまゆひぬ,わぎもこが,いへのあたりを,やまずふりしに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]白妙の袖はほつれてしまった。我妹子の家のあたりに向かって絶えず袖を振ったので
#{語釈]
まゆひぬ まよい 縫い糸がほつれる
07/1265H01今年行く新防人が麻衣肩のまよひは誰れか取り見む

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2610
#[題詞](正述心緒)
#[原文]夜干玉之 吾黒髪乎 引奴良思 乱而反 戀度鴨
#[訓読]ぬばたまの我が黒髪を引きぬらし乱れてさらに恋ひわたるかも
#[仮名],ぬばたまの,わがくろかみを,ひきぬらし,みだれてさらに,こひわたるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]ぬば玉の我が黒髪を引きほどいて、その髪が乱れるように心も乱れてさらに恋い続けることであろうか
#{語釈]
ぬらし ぬれる ほどける
02/0118H01嘆きつつますらをのこの恋ふれこそ我が髪結ひの漬ちてぬれけれ
02/0123H01たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2611
#[題詞](正述心緒)
#[原文]今更 君之手枕 巻宿米也 吾紐緒乃 解都追本名
#[訓読]今さらに君が手枕まき寝めや我が紐の緒の解けつつもとな
#[仮名],いまさらに,きみがたまくら,まきぬめや,わがひものをの,とけつつもとな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]今更にあなたの手枕を枕として寝ることがあろうか。それなのに自分の紐の緒がほどけ続けて。むやみに
#{語釈]
紐の緒の解けつつもとな 紐の緒が解けるということは恋い思う相手に会える前触れ
もう逢うことはないのに紐がほどけるという意味

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2612
#[題詞](正述心緒)
#[原文]白細布<乃> 袖觸而夜 吾背子尓 吾戀落波 止時裳無
#[訓読]白栲の袖触れてし夜我が背子に我が恋ふらくはやむ時もなし
#[仮名],しろたへの,そでふれてしよ,わがせこに,あがこふらくは,やむときもなし
#[左注]
#[校異]之 -> 乃 [嘉][文][紀] / 而 (塙) 西
#[鄣W],枕詞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]白妙の袖を触れた夜以来、我が背子に自分が恋い思うことは止む時もないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2613
#[題詞](正述心緒)
#[原文]夕卜尓毛 占尓毛告有 今夜谷 不来君乎 何時将待
#[訓読]夕占にも占にも告れる今夜だに来まさぬ君をいつとか待たむ
#[仮名],ゆふけにも,うらにものれる,こよひだに,きまさぬきみを,いつとかまたむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],占い,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]夕占にも他の占いにも逢えると出ている今夜。その今夜でさえいらっしゃらないあなたを何時お来しになるかと思って待とうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2614
#[題詞](正述心緒)
#[原文]眉根掻 下言借見 思有尓 去家人乎 相見鶴鴨
#[訓読]眉根掻き下いふかしみ思へるにいにしへ人を相見つるかも
#[仮名],まよねかき,したいふかしみ,おもへるに,いにしへひとを,あひみつるかも
#[左注]或本歌<曰> 眉根掻 誰乎香将見跡 思乍 氣長戀之 妹尓相鴨 / 一書歌曰 眉根掻 下伊布可之美 念有之 妹之容儀乎 今日見都流香裳
#[校異]云 -> 曰 [嘉][紀]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]眉毛をかき心の中ではおかしいと思っていたところ、過去の恋人に逢ったことだ
#{語釈]
眉根掻き 恋人に会える前兆 誰か恋い思っている人がいるかと思う

下いふかしみ 心の中では不思議だと 今は恋人はいないと思う

いにしへ人 昔付き合っていた人

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2614S1
#[題詞](正述心緒)或本歌<曰>
#[原文]眉根掻 誰乎香将見跡 思乍 氣長戀之 妹尓相鴨
#[訓読]眉根掻き誰をか見むと思ひつつ日長く恋ひし妹に逢へるかも
#[仮名],まよねかき,たれをかみむと,おもひつつ,けながくこひし,いもにあへるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],異伝
#[訓異]
#[大意]眉毛を掻き誰に会うのだろうかと思っていたところ、ずっと恋い思っていた妹に逢ったことであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2614S2
#[題詞](正述心緒)一書歌曰
#[原文]眉根掻 下伊布可之美 念有之 妹之容儀乎 今日見都流香裳
#[訓読]眉根掻き下いふかしみ思へりし妹が姿を今日見つるかも
#[仮名],まよねかき,したいふかしみ,おもへりし,いもがすがたを,けふみつるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],異伝
#[訓異]
#[大意]眉毛を掻き心の中ではおかしいと思っていた妹の姿を今日見たことであるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2615
#[題詞](正述心緒)
#[原文]敷栲乃 枕巻而 妹与吾 寐夜者無而 <年>曽經来
#[訓読]敷栲の枕をまきて妹と我れと寝る夜はなくて年ぞ経にける
#[仮名],しきたへの,まくらをまきて,いもとあれと,ぬるよはなくて,としぞへにける
#[左注]
#[校異]無 [嘉][細] 无 / 羊 -> 年 [嘉][文][紀]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]敷妙の枕をして妹と自分と寝る夜はなくて年がたったことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2616
#[題詞](正述心緒)
#[原文]奥山之 真木<乃>板戸乎 音速見 妹之當乃 <霜>上尓宿奴
#[訓読]奥山の真木の板戸を音早み妹があたりの霜の上に寝ぬ
#[仮名],おくやまの,まきのいたとを,おとはやみ,いもがあたりの,しものうへにねぬ
#[左注]
#[校異]之 -> 乃 [嘉][類] / 霜 [西(上書訂正)][嘉][文][類]
#[鄣W]
#[訓異]
#[大意]奥山の立派な木の板戸の音が大きいので妹の家のまわりの霜の上に寝たことであるよ
#{語釈]
音早み 全註釈 はやみは、鋭く激しい意の形容詞

#[説明]
妹の寝所に入ろうとして戸を開けると大きな音がするので、入ることが出来なくて、外の寒い霜の上で一晩過ごしたというもの。
おこ歌

#[関連論文]


#[番号]11/2617
#[題詞](正述心緒)
#[原文]足日木能 山櫻戸乎 開置而 吾待君乎 誰留流
#[訓読]あしひきの山桜戸を開け置きて我が待つ君を誰れか留むる
#[仮名],あしひきの,やまさくらとを,あけおきて,わがまつきみを,たれかとどむる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,植物,女歌
#[訓異]
#[大意]あしひきの山桜の戸を開けておいて自分が待つあなたを誰が引き留めているのだろうか。なかなかあなたが来ない
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2618
#[題詞](正述心緒)
#[原文]月夜好三 妹二相跡 直道柄 吾者雖来 夜其深去来
#[訓読]月夜よみ妹に逢はむと直道から我れは来つれど夜ぞ更けにける
#[仮名],つくよよみ,いもにあはむと,ただちから,われはきつれど,よぞふけにける
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]月夜がよいので妹に逢おうと一番近い道をまっすぐに来たけれども夜が更けたことだ
#{語釈]
直道 回り道ではない一番近い道

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2619
#[題詞]寄物陳思
#[原文]朝影尓 吾身者成 辛衣 襴之不相而 久成者
#[訓読]朝影に我が身はなりぬ韓衣裾のあはずて久しくなれば
#[仮名],あさかげに,あがみはなりぬ,からころも,すそのあはずて,ひさしくなれば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,序詞,衣
#[訓異]
#[大意]朝影のようにおぼつかなく自分の身はなった。唐衣の裾が合わなくて、そのように逢わないで年月長くなったので
#{語釈]
朝影 2394
朝影 朝日に映る影 頼りなくおぼつかない意
痩せた様子を言うか

韓衣 唐風の着物 外国の立派な衣 官服のことを言うか 合わないの枕詞的用法

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2620
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]解衣之 思乱而 雖戀 何如汝之故跡 問人毛無
#[訓読]解き衣の思ひ乱れて恋ふれどもなぞ汝がゆゑと問ふ人もなき
#[仮名],とききぬの,おもひみだれて,こふれども,なぞながゆゑと,とふひともなき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,女歌,衣
#[訓異]
#[大意]ほどいた衣が乱れるように思い乱れて恋い思うけれども、どうしてあなたのせいだと尋ねる人もいないのだろうか
#{語釈]
解き衣の 乱れるの枕詞的用法
10/2092H04むらきもの 心いさよひ 解き衣の 思ひ乱れて いつしかと
11/2504H01解き衣の恋ひ乱れつつ浮き真砂生きても我れはありわたるかも
11/2620H01解き衣の思ひ乱れて恋ふれどもなぞ汝がゆゑと問ふ人もなき
12/2969H01解き衣の思ひ乱れて恋ふれども何のゆゑぞと問ふ人もなし

なぞ汝がゆゑと 同一の歌
12/2969H01解き衣の思ひ乱れて恋ふれども何のゆゑぞと問ふ人もなし
注釈 なにの故ぞと 「汝」は衍字
類古 なにのゆへそととふ人もなし
古 なとながゆへと
西 なそなかゆえと

問ふ人もなき 恋人へのあてこすり
うわさにならない不思議さ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2621
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]摺衣 著有跡夢見津 <寤>者 孰人之 言可将繁
#[訓読]摺り衣着りと夢に見つうつつにはいづれの人の言か繁けむ
#[仮名],すりころも,けりといめにみつ,うつつには,いづれのひとの,ことかしげけむ
#[左注]
#[校異]寐 -> 寤 [西(貼紙)]
#[鄣W],衣,うわさ
#[訓異]
#[大意]摺り衣を着たと夢にみた。実際には誰とうわさがひどくなるだろうか
#{語釈]
摺り衣 こすって染めた衣
07/1156H01住吉の遠里小野の真榛もち摺れる衣の盛り過ぎゆく
09/1742H02山藍もち 摺れる衣着て ただ独り い渡らす子は 若草の

夢に見つ 全注 さまざまな人との関係を暗示するだろう
色が一定ではなく、まだらになっていることからの連想か。
単純に手摺りの衣で、だれに染められるだろうかと連想したもの

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2622
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]志賀乃白水<郎>之 塩焼衣 雖穢 戀云物者 忘金津毛
#[訓読]志賀の海人の塩焼き衣なれぬれど恋といふものは忘れかねつも
#[仮名],しかのあまの,しほやきころも,なれぬれど,こひといふものは,わすれかねつも
#[左注]
#[校異]浪 -> 郎 [西(右貼紙)][嘉][文][類][紀]
#[鄣W],福岡,地名,衣,序詞
#[訓異]
#[大意]志賀の海人の塩を焼く時の衣のよれよれのように、馴れ親しんだけれども、恋いというものは忘れることは出来ないでいることだ
#{語釈]
志賀の海人
03/0278H01志賀の海女は藻刈り塩焼き暇なみ櫛笥の小櫛取りも見なくに
07/1245H01志賀の海人の釣舟の綱堪へずして心に思ひて出でて来にけり
07/1246H01志賀の海人の塩焼く煙風をいたみ立ちは上らず山にたなびく
11/2622H01志賀の海人の塩焼き衣なれぬれど恋といふものは忘れかねつも
11/2742H01志賀の海人の煙焼き立て焼く塩の辛き恋をも我れはするかも
12/3170H01志賀の海人の釣りし燭せる漁り火のほのかに妹を見むよしもがも
12/3177H01志賀の海人の礒に刈り干すなのりその名は告りてしを何か逢ひかたき
15/3652H01志賀の海人の一日もおちず焼く塩のからき恋をも我れはするかも
16/3863H01荒雄らが行きにし日より志賀の海人の大浦田沼は寂しくもあるか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2623
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]呉藍之 八塩乃衣 朝旦 穢者雖為 益希将見裳
#[訓読]紅の八しほの衣朝な朝な馴れはすれどもいやめづらしも
#[仮名],くれなゐの,やしほのころも,あさなさな,なれはすれども,いやめづらしも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],衣,色,染色,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]紅を何度も染めた衣のように毎朝毎朝馴れ親しみはするけれども、ますますいとしく思われる
#{語釈]
紅の八しほの衣 紅に何度も染め直した衣
しほ 染め汁に浸す数
濃い紅色か、どす黒くなる

#[説明]
色の濃い紅色の立派な衣も毎日着ているとよれよれになってくるが、そのように毎日見ているとの意
紅色の衣も何度も染め直しているとどす黒くなって新鮮味が落ちてくるように、の意か

類歌
12/2971H01大君の塩焼く海人の藤衣なれはすれどもいやめづらしも

#[関連論文]


#[番号]11/2624
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]紅之 深染衣 色深 染西鹿齒蚊 遺不得鶴
#[訓読]紅の深染めの衣色深く染みにしかばか忘れかねつる
#[仮名],くれなゐの,こそめのころも,いろふかく,しみにしかばか,わすれかねつる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],染色,色,衣,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]紅色を濃く染めた衣は色濃く染まっているが、そのように心深く染みたからだろうか、あなたを忘れられないでいることだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2625
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]不相尓 夕卜乎問常 幣尓置尓 吾衣手者 又曽可續
#[訓読]逢はなくに夕占を問ふと幣に置くに我が衣手はまたぞ継ぐべき
#[仮名],あはなくに,ゆふけをとふと,ぬさにおくに,わがころもでは,またぞつぐべき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],衣,待つ
#[訓異]
#[大意]逢わないのに夕占を問うとして幣に置くので、自分の衣手はまた継ぐことだろう
#{語釈]
歌全体は意味不明
全注 自分の袖を切って幣として置いているので、また継ぎ足さなければならない

古今集 素性法師 たむけにはつづりの袖も切るべきに紅葉にあける神やかへさむ
幣には衣の袖を切って置いたか

私注 袖は切れば継がねばならぬ。その袖つぐを、共に寝る意の袖継ぐに言ひかけて、袖を幣に置くことによって、思ふ人に言い得るのであろうと歌った

#[説明]
逢わないにもかかわらず夕占をして逢えるかどうかを占う。
占には袖を切って幣にする。
そこで、また袖を継ぎ足す。------逢わないにもかかわらず、共寝をして袖を交わすことがあるだろうかと言ったものか。

#[関連論文]


#[番号]11/2626
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]古衣 打棄人者 秋風之 立来時尓 物念物其
#[訓読]古衣打棄つる人は秋風の立ちくる時に物思ふものぞ
#[仮名],ふるころも,うつつるひとは,あきかぜの,たちくるときに,ものもふものぞ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],衣,比喩
#[訓異]
#[大意]古い衣を捨て去る人は、秋風がやってくる時に物思いをするものであるぞ
#{語釈]
古衣打棄つる人 古女房を捨てる人

秋風の立ちくる時 老年が近づいた時

#[説明]
古女房を捨てる人は年老いた時に後悔するものだと言ったもの

#[関連論文]


#[番号]11/2627
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]波祢蘰 今為妹之 浦若見 咲見慍見 著四紐解
#[訓読]はねかづら今する妹がうら若み笑みみ怒りみ付けし紐解く
#[仮名],はねかづら,いまするいもが,うらわかみ,ゑみみいかりみ,つけしひもとく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W]
#[訓異]
#[大意]はねかづらを今する妹がまだ年若いので笑ったり怒ったりして付けた紐をほどいていることだ
#{語釈]
はねかづら
04/0705H01はねかづら今する妹を夢に見て心のうちに恋ひわたるかも
04/0706H01はねかづら今する妹はなかりしをいづれの妹ぞここだ恋ひたる
07/1112H01はねかづら今する妹をうら若みいざ率川の音のさやけさ
11/2627H01はねかづら今する妹がうら若み笑みみ怒りみ付けし紐解く

笑みみ怒りみ 妹の行動 注釈 わらったりすねたり
作者の行動 新考 脅したりすかしたり

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2628
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]去家之 倭文旗帶乎 結垂 孰云人毛 君者不益
#[訓読]いにしへの倭文機帯を結び垂れ誰れといふ人も君にはまさじ
#[仮名],いにしへの,しつはたおびを,むすびたれ,たれといふひとも,きみにはまさじ
#[左注]一書歌<曰> 古之 狭織之帶乎 結垂 誰之能人毛 君尓波不益
#[校異]歌 [西] 謌 / 云 -> 曰 [類][文][紀]
#[鄣W],衣,序詞,女歌
#[訓異]
#[大意]昔風の倭文機の帯を結んで垂らすのではないが、誰であってもあなたにはまさるということはあるまいよ
#{語釈]
#[説明]
武烈紀
大君の御帯の倭文機結び垂れ誰やし人も相思はなくに

#[関連論文]


#[番号]11/2628S
#[題詞](寄物陳思)一書歌<曰>
#[原文]古之 狭織之帶乎 結垂 誰之能人毛 君尓波不益
#[訓読]いにしへの狭織の紐を結び垂れ誰れしの人も君にはまさじ
#[仮名],いにしへの,さおりのひもを,むすびたれ,たれしのひとも,きみにはまさじ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],異伝,衣,序詞,女歌
#[訓異]
#[大意]昔風の狭織の紐を結んで垂れるのではないが、誰という人もあなたにはまさることはあるまい
#{語釈]
狭織の紐 幅を狭く織った紐か

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2629
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]不相友 吾波不怨 此枕 吾等念而 枕手左宿座
#[訓読]逢はずとも我れは恨みじこの枕我れと思ひてまきてさ寝ませ
#[仮名],あはずとも,われはうらみじ,このまくら,われとおもひて,まきてさねませ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]逢わなくとも自分は恨むことはないだろう。この枕を自分だと思って枕としてお寝になりなさい
#{語釈]
#[説明]
枕を贈った時に添えた歌か。
注釈 男の歌
全注 女の歌

#[関連論文]


#[番号]11/2630
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]結紐 解日遠 敷細 吾木枕 蘿生来
#[訓読]結へる紐解かむ日遠み敷栲の我が木枕は苔生しにけり
#[仮名],ゆへるひも,とかむひとほみ,しきたへの,わがこまくらは,こけむしにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,女歌,閨怨
#[訓異]
#[大意]結んでいる紐をほどくであろう日が遠いので、敷き妙の自分の木枕は苔が生えてしまっているよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2631
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]夜干玉之 黒髪色天 長夜S 手枕之上尓 妹待覧蚊
#[訓読]ぬばたまの黒髪敷きて長き夜を手枕の上に妹待つらむか
#[仮名],ぬばたまの,くろかみしきて,ながきよを,たまくらのうへに,いもまつらむか
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋愛,枕詞,
#[訓異]
#[大意]ぬばたまの黒髪を敷いて長い夜を手枕をして妹は待っているであろうか
#{語釈]
黒髪敷きて
04/0493H01置きていなば妹恋ひむかも敷栲の黒髪敷きて長きこの夜を
13/3274H03我が衣手を 折り返し ひとりし寝れば ぬばたまの 黒髪敷きて
13/3329H09入り居恋ひつつ ぬばたまの 黒髪敷きて 人の寝る 味寐は寝ずに
17/3962H08黒髪敷きて いつしかと 嘆かすらむぞ 妹も兄も 若き子どもは
20/4331H11袖折り返し ぬばたまの 黒髪敷きて 長き日を 待ちかも恋ひむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2632
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]真素鏡 直二四妹乎 不相見者 我戀不止 年者雖經
#[訓読]まそ鏡直にし妹を相見ずは我が恋やまじ年は経ぬとも
#[仮名],まそかがみ,ただにしいもを,あひみずは,あがこひやまじ,としはへぬとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]まそ鏡ではないが直接妹をともに見ないでは自分の恋いはやむことはないだろう。何年経ったとしても
#{語釈]
まそ鏡 「見る」にかかる枕詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2633
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]真十鏡 手取持手 朝旦 将見時禁屋 戀之将繁
#[訓読]まそ鏡手に取り持ちて朝な朝な見む時さへや恋の繁けむ
#[仮名],まそかがみ,てにとりもちて,あさなさな,みむときさへや,こひのしげけむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]まそ鏡のように手に取り持って毎朝毎朝見るようになった時でさえ恋いは激しいだろう
#{語釈]
#[説明]
同想歌
11/2502H01まそ鏡手に取り持ちて朝な朝な見れども君は飽くこともなし
家持
04/0745H01朝夕に見む時さへや我妹子が見れど見ぬごとなほ恋しけむ

#[関連論文]


#[番号]11/2634
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]里遠 戀和備尓家里 真十鏡 面影不去 夢所見社
#[訓読]里遠み恋わびにけりまそ鏡面影去らず夢に見えこそ
#[仮名],さとどほみ,こひわびにけり,まそかがみ,おもかげさらず,いめにみえこそ
#[左注]右一首上見柿本朝臣人麻呂之歌中也 但以句々相換 故載於茲
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂,枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]妹の家が遠いので恋いしくてわびしくなってしまった。まそ鏡ではないが面影が離れず夢に見えて欲しい
#{語釈]
#[説明]
人麻呂歌集
11/2501H01里遠み恋ひうらぶれぬまそ鏡床の辺去らず夢に見えこそ

#[関連論文]


#[番号]11/2635
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]剱刀 身尓佩副流 大夫也 戀云物乎 忍金手武
#[訓読]剣大刀身に佩き添ふる大夫や恋といふものを忍びかねてむ
#[仮名],つるぎたち,みにはきそふる,ますらをや,こひといふものを,しのびかねてむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]剣太刀を身に佩いて着けている大夫が恋いというものを耐えることが出来ないでいるのであろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2636
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]剱刀 諸刃之於荷 去觸而 所g鴨将死 戀管不有者
#[訓読]剣大刀諸刃の上に行き触れて死にかもしなむ恋ひつつあらずは
#[仮名],つるぎたち,もろはのうへに,ゆきふれて,しにかもしなむ,こひつつあらずは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]剣太刀の諸刃の上に行って触って死にでもしようか。恋い思ってはいずに
#{語釈]
#[説明]
同想歌
11/2498H01剣大刀諸刃の利きに足踏みて死なば死なむよ君によりては

#[関連論文]


#[番号]11/2637
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]<(ら)> 鼻乎曽嚏鶴 劔刀 身副妹之 思来下
#[訓読]うち鼻ひ鼻をぞひつる剣大刀身に添ふ妹し思ひけらしも
#[仮名],うちはなひ,はなをぞひつる,つるぎたち,みにそふいもし,おもひけらしも
#[左注]
#[校異]晒 -> (ら) [古]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]くしゃみをし、鼻をかんだ。剣太刀ではないが身に付き添う妹が恋い思っているらしい
#{語釈]
ら [西] 晒 笑也 ら テイ、タイ くしゃみをする

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2638
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]梓弓 末之腹野尓 鷹田為 君之弓食之 将絶跡念甕屋
#[訓読]梓弓末のはら野に鳥狩する君が弓弦の絶えむと思へや
#[仮名],あづさゆみ,すゑのはらのに,とがりする,きみがゆづるの,たえむとおもへや
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],比喩,枕詞,恋愛,地名,大阪府
#[訓異]
#[大意]梓弓の末の原野で鷹狩りをするあなたの弓弦のように私達の恋はなくなると思おうか。決して途絶えることはないよ。
#{語釈]
梓弓 末 引くの枕詞
11/2638H01梓弓末のはら野に鳥狩する君が弓弦の絶えむと思へや
12/2985H01梓弓末はし知らずしかれどもまさかは君に寄りにしものを
12/2985H02梓弓末のたづきは知らねども心は君に寄りにしものを
12/2988H01梓弓末の中ごろ淀めりし君には逢ひぬ嘆きはやめむ
12/3149H01梓弓末は知らねど愛しみ君にたぐひて山道越え来ぬ
14/3487H01梓弓末に玉巻きかくすすぞ寝なななりにし奥をかぬかぬ
14/3490H01梓弓末は寄り寝むまさかこそ人目を多み汝をはしに置けれ

末のはら野 未詳
考 大和添上郡陶の原野
古義 崇神紀 茅淳県陶邑 和泉國
日本後紀 遊猟陶野 山城國宇治郡山科
全釈 近江蒲生野郡

鳥狩 原文 田 佃と同じ。狩猟の意味
とがり 鷹狩り
07/1289H01垣越しに犬呼び越して鳥猟する君青山の茂き山辺に馬休め君
11/2638H01梓弓末のはら野に鳥狩する君が弓弦の絶えむと思へや
14/3438H01都武賀野に鈴が音聞こゆ可牟思太の殿のなかちし鳥猟すらしも
17/4011H12鳥猟すと 名のみを告りて 三島野を そがひに見つつ 二上の
19/4249H01石瀬野に秋萩しのぎ馬並めて初鷹猟だにせずや別れむ

弓食 ゆづる 訓の理由未詳


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2639
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]葛木之 其津彦真弓 荒木尓毛 憑也君之 吾之名告兼
#[訓読]葛城の襲津彦真弓新木にも頼めや君が我が名告りけむ
#[仮名],かづらきの,そつびこまゆみ,あらきにも,たのめやきみが,わがなのりけむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,女歌,うわさ,恋愛
#[訓異]
#[大意]葛城の襲津彦が持ったような強い弓の新しい弓のように頼みとしているからか、あなたが自分の名前を言ったのだろう
#{語釈]
葛城の襲津彦真弓 武内宿祢の子 磐姫の父、葛城氏の祖
武将として有名であったので、強弓のことを言ったか

新木 新しい木で作った弓 頼みとすることから頼むの序

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2640
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]梓弓 引見<弛>見 不来者<不来> 来者<来其>乎奈何 不来者来者其乎
#[訓読]梓弓引きみ緩へみ来ずは来ず来ば来そをなぞ来ずは来ばそを
#[仮名],あづさゆみ,ひきみゆるへみ,こずはこず,こばこそをなぞ,こずはこばそを
#[左注]
#[校異]絶 -> 弛 [嘉][類][古] / 々々 -> 不来 [嘉][類] / 其々 -> 来其 [古]
#[鄣W],枕詞,女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]梓弓を引いたり弛めたりするように来ないのならば来ない。来るならば来なさいというのをどうして(中途半端なのか)。来ないならば来るならばそれをどうして。
#{語釈]
来ずば、来ず。来ば、来。そを。| なぞ来ずは、来ば、そを

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2641
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]時守之 打鳴鼓 數見者 辰尓波成 不相毛恠
#[訓読]時守の打ち鳴す鼓数みみれば時にはなりぬ逢はなくもあやし
#[仮名],ときもりの,うちなすつづみ,よみみれば,ときにはなりぬ,あはなくもあやし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,時報
#[訓異]
#[大意]時守が打ち鳴らす鼓を数えてみると約束したその時になった。逢わないのもいぶかしいことだ
#{語釈]
時守 職員令 中務省、陰陽寮 漏刻博士二人 [掌率守辰丁 同漏刻之節] 守辰丁二十人 [掌同漏刻之節 以時撃鐘鼓]
04/0607H01皆人を寝よとの鐘は打つなれど君をし思へば寐ねかてぬかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2642
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]燈之 陰尓蚊蛾欲布 虚蝉之 妹蛾咲状思 面影尓所見
#[訓読]燈火の影にかがよふうつせみの妹が笑まひし面影に見ゆ
#[仮名],ともしびの,かげにかがよふ,うつせみの,いもがゑまひし,おもかげにみゆ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋愛
#[訓異]
#[大意]灯火の光に輝く実際の妹の笑顔が目にちらついて見える。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2643
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]玉戈之 道行疲 伊奈武思侶 敷而毛君乎 将見因<母>鴨
#[訓読]玉桙の道行き疲れ稲席しきても君を見むよしもがも
#[仮名],たまほこの,みちゆきつかれ,いなむしろ,しきてもきみを,みむよしもがも
#[左注]
#[校異]毛 -> 母 [嘉][文][類]
#[鄣W],枕詞,序詞,女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]玉鉾の道を行き疲れて稲わらの筵を敷くがそのように重ね重ねあなたを見る手だてもあればなあ
#{語釈]
むしろ
11/2538H01ひとり寝と薦朽ちめやも綾席緒になるまでに君をし待たむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2644
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]小墾田之 板田乃橋之 壊者 従桁将去 莫戀吾妹
#[訓読]小治田の板田の橋の壊れなば桁より行かむな恋ひそ我妹
#[仮名],をはりだの,いただのはしの,こほれなば,けたよりゆかむ,なこひそわぎも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,奈良県,明日香,恋愛
#[訓異]
#[大意]小治田の板田の橋が壊れたならば橋桁を通ってでも行こう。恋い思うなよ。我妹子よ。
#{語釈]
小治田の板田の橋 小治田 推古天皇の宮地
板田 所在未詳 考 板 坂の誤りか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2645
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]宮材引 泉之追馬喚犬二 立民乃 息時無 戀<渡>可聞
#[訓読]宮材引く泉の杣に立つ民のやむ時もなく恋ひわたるかも
#[仮名],みやぎひく,いづみのそまに,たつたみの,やむときもなく,こひわたるかも
#[左注]
#[校異]度 -> 渡 [嘉][文][類]
#[鄣W],地名,京都府,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]宮殿の材木を引いて運ぶ泉の切り出し地に立つ人びとが立ち止まらないように止む時もなく恋い続けることであるよ
#{語釈]
宮材引く泉 宮殿を造るための材木を引いて運ぶ
泉 木津から和束杣山のような木の切り出し地
11/2471H01山背の泉の小菅なみなみに妹が心を我が思はなくに

杣 木材を切り出す山

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2646
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]住吉乃 津守網引之 浮笶緒乃 得干蚊将去 戀管不有者
#[訓読]住吉の津守網引のうけの緒の浮かれか行かむ恋ひつつあらずは
#[仮名],すみのえの,つもりあびきの,うけのをの,うかれかゆかむ,こひつつあらずは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,大阪府,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]住吉の津を守る番人が引く網の浮きではないが浮かれて行こう。恋い続けてはいずに
#{語釈]
津守 住吉の津を守る番人

うけの緒 網につけた浮き

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2647
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]東細布 従空延越 遠見社 目言踈良米 絶跡間也
#[訓読]手作りを空ゆ引き越し遠みこそ目言離るらめ絶ゆと隔てや
#[仮名],てづくりを,そらゆひきこし,とほみこそ,めことかるらめ,たゆとへだてや
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]手作りの布を空高く延ばして晒すように(明け方の雲が空で長々と引いていて遠くにあるように)、遠いからこそ逢うことも話すことも離れているのだろうが、途絶えるとして隔たっているだろうか。(たとえ遠く隔たっているとしても関係がなくなるということはないよ)
#{語釈]
手作りを 原文「東細布」 仙覚 [西] よこくもの
代匠記 横雲は布をはへたるに似たる故にかくかけり
東は、明け方の雲
全註釈 東細布を横雲とすべき理由はない。ここは前後機材の武であるから、文字通り細布の類として読むべきである。東方の細布の義でてつくりのと訓むべきか
注釈 てつくりのとしては次の句に続かない

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2648
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]云<々> 物者不念 斐太人乃 打墨縄之 直一道二
#[訓読]かにかくに物は思はじ飛騨人の打つ墨縄のただ一道に
#[仮名],かにかくに,ものはおもはじ,ひだひとの,うつすみなはの,ただひとみちに
#[左注]
#[校異]云 -> 々 [嘉][文][細][京]
#[鄣W],序詞,恋愛,女歌
#[訓異]
#[大意]あれこれと物思いはしないよ。飛騨の匠が打つ墨縄のようにただ一筋にあなたを思うよ
#{語釈]
飛騨人の打つ墨縄 飛騨の大工の匠

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2649
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]足日木之 山田守翁 置蚊火之 <下>粉枯耳 余戀居久
#[訓読]あしひきの山田守る翁が置く鹿火の下焦れのみ我が恋ひ居らむ
#[仮名],あしひきの,やまたもるをぢが,おくかひの,したこがれのみ,あがこひをらむ
#[左注]
#[校異]<> -> 下 [西(訂正)][嘉][文][類][紀]
#[鄣W],枕詞,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]あしひきの山の田を守る翁が置く蚊遣火が下の方でくすぶっているように心の中で焦がれてばかりいて自分は恋い思っているのだろうか
#{語釈]
鹿火の
10/2265H01朝霞鹿火屋が下に鳴くかはづ声だに聞かば我れ恋ひめやも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2650
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]十寸板持 盖流板目乃 不<合>相者 如何為跡可 吾宿始兼
#[訓読]そき板もち葺ける板目のあはざらばいかにせむとか我が寝そめけむ
#[仮名],そきいたもち,ふけるいための,あはざらば,いかにせむとか,わがねそめけむ
#[左注]
#[校異]令 -> 合 [嘉][類][古][紀]
#[鄣W],序詞,恋愛,女歌,不安
#[訓異]
#[大意]薄くそいだ板で葺いた屋根の板目が合わないように、逢わないならばどのようにしようとして自分はあなたと初めて寝たのだろうか
#{語釈]
そき板 薄くそいで作った板

板目 屋根の板の目 板目が合わない
04/0779H01板葺の黒木の屋根は山近し明日の日取りて持ちて参ゐ来む

#[説明]
一回限りのものだったのならば、寝なければよかったという意

#[関連論文]


#[番号]11/2651
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]難波人 葦火燎屋之 酢<四>手雖有 己妻許増 常目頬次吉
#[訓読]難波人葦火焚く屋の煤してあれどおのが妻こそ常めづらしき
#[仮名],なにはひと,あしひたくやの,すしてあれど,おのがつまこそ,つねめづらしき
#[左注]
#[校異]原字不明 -> 四 [西(上書訂正)][嘉][文][類][紀]
#[鄣W],序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]難波の人びとが葦で火を焚く家のように煤けてはいるが、自分の妻こそいつも変わらずにかわいいことだ
#{語釈]
葦火焚く屋 難波は葦のイメージ
06/0928H01おしてる 難波の国は 葦垣の 古りにし里と 人皆の 思ひやすみて
20/4362H01海原のゆたけき見つつ葦が散る難波に年は経ぬべく思ほゆ
20/4398H06国を来離れ いや高に 山を越え過ぎ 葦が散る 難波に来居て

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2652
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]妹之髪 上小竹葉野之 放駒 蕩去家良思 不合思者
#[訓読]妹が髪上げ竹葉野の放れ駒荒びにけらし逢はなく思へば
#[仮名],いもがかみ,あげたかはのの,はなれごま,あらびにけらし,あはなくおもへば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,,恋愛,不安
#[訓異]
#[大意]妹の髪を上げてたくす竹葉野の放牧の馬のように荒くなって心が離れたらしい。逢わないことを思うと
#{語釈]
上げ竹葉野 旧訓 あけささはの 妹の髪を上げると「ささは」との関係がわからない
荒木田久老 7/1236 小竹嶋 たかしまと訓む たかはのと訓
注釈 しのと訓むべきであるが、たかと訓むならば小は衍文

妹の髪をたくし上げるそのたかと続く

所在未詳
和名抄 山城國綴喜郡多河 豊前國田河郡 出羽國田川郡田川
壹岐嶋壹岐郡田河

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2653
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]馬音之 跡杼登毛為者 松蔭尓 出曽見鶴 若君香跡
#[訓読]馬の音のとどともすれば松蔭に出でてぞ見つるけだし君かと
#[仮名],うまのおとの,とどともすれば,まつかげに,いでてぞみつる,けだしきみかと
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]馬の音がとつとつと聞こえでもすると、松陰に出て見たことであるよ。もしかしたらあなたかと思って
#{語釈]
とどとも 馬の足音の擬態語 とつとつと
14/3467H01奥山の真木の板戸をとどとして我が開かむに入り来て寝さね

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2654
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]君戀 寝不宿朝明 誰乗流 馬足音 吾聞為
#[訓読]君に恋ひ寐ねぬ朝明に誰が乗れる馬の足の音ぞ我れに聞かする
#[仮名],きみにこひ,いねぬあさけに,たがのれる,うまのあのおとぞ,われにきかする
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋愛,女歌
#[訓異]
#[大意]あなたに恋い思って寝られない朝明けに誰が乗っている馬の足音だろうか。自分に聞かせるのは
#{語釈]
誰が乗れる どこかへ通っていた別の男か帰る様子

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2655
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]紅之 襴引道乎 中置而 妾哉将通 公哉将来座 [一云 須蘇衝河乎 又曰 待香将待]
#[訓読]紅の裾引く道を中に置きて我れは通はむ君か来まさむ [一云 裾漬く川を 又曰 待ちにか待たむ]
#[仮名],くれなゐの,すそびくみちを,なかにおきて,われかかよはむ,きみかきまさむ,[すそつくかはを,まちにかまたむ]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]紅の裳の裾を引く道を中に置いて自分が通おうか、あなたかいらっしゃいますか
一云 裾が水漬く川を 又曰く ひたすら待ちましょうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2656
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]天飛也 軽乃社之 齊槻 幾世及将有 隠嬬其毛
#[訓読]天飛ぶや軽の社の斎ひ槻幾代まであらむ隠り妻ぞも
#[仮名],あまとぶや,かるのやしろの,いはひつき,いくよまであらむ,こもりづまぞも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,地名,奈良県,明日香,歌垣,忍び妻,秘密,恋愛,序詞,植物
#[訓異]
#[大意]天飛ぶや軽の社の神聖なケヤキの木が幾代までも続くことだが、いつまでそのままなのだろうか隠り妻はなあ
#{語釈]
軽の社 神名帳 高市郡軽樹村坐神社

斎ひ槻 神聖なけやきの木 軽の社の神木 歌垣の憑となるか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2657
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]神名火尓 紐呂寸立而 雖忌 人心者 間守不敢物
#[訓読]神なびにひもろき立てて斎へども人の心はまもりあへぬもの
#[仮名],かむなびに,ひもろきたてて,いはへども,ひとのこころは,まもりあへぬもの
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],怨み
#[訓異]
#[大意]神南備に神籬を立てて祭るけれども人の心は、移りゆくことがら守ることは出来ないものだ
#{語釈]
ひもろき 神籬 神の降臨のよりまし

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2658
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]天雲之 八重雲隠 鳴神之 音<耳尓>八方 聞度南
#[訓読]天雲の八重雲隠り鳴る神の音のみにやも聞きわたりなむ
#[仮名],あまくもの,やへくもがくり,なるかみの,おとのみにやも,ききわたりなむ
#[左注]
#[校異]尓耳 -> 耳尓 [嘉][類]
#[鄣W],序詞,うわさ,女歌
#[訓異]
#[大意]天雲の幾重にも重なっている雲に隠れて鳴っている雷の音ではないが、うわさにばかり聞き続けて、会えないことであろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2659
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]争者 神毛悪為 縦咲八師 世副流君之 悪有莫君尓
#[訓読]争へば神も憎ますよしゑやしよそふる君が憎くあらなくに
#[仮名],あらそへば,かみもにくます,よしゑやし,よそふるきみが,にくくあらなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]世間の人たちと言い争いをすると神もお憎みになる。ええいままよ。うわさをされているあなたはいやではないのだから
#{語釈]
争へば うわさを立てる世間の人たちとそんなことはないと言い争いをする

よそふる 関係があると世間がうわさをする
08/1641H01沫雪に降らえて咲ける梅の花君がり遣らばよそへてむかも


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2660
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]夜並而 君乎来座跡 千石破 神社乎 不祈日者無
#[訓読]夜並べて君を来ませとちはやぶる神の社を祷まぬ日はなし
#[仮名],よならべて,きみをきませと,ちはやぶる,かみのやしろを,のまぬひはなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]毎晩あなたがいらっしゃるようにとちはやぶる神の社を祈らない日はないことだ
#{語釈]
祷まぬ
03/0443H05片手には 和栲奉り 平けく ま幸くいませと 天地の 神を祈ひ祷み

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2661
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]霊治波布 神毛吾者 打棄乞 四恵也壽之 恡無
#[訓読]霊ぢはふ神も我れをば打棄てこそしゑや命の惜しけくもなし
#[仮名],たまぢはふ,かみもわれをば,うつてこそ,しゑやいのちの,をしけくもなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,怨み,恋愛
#[訓異]
#[大意]霊力があって加護をお加えになる神も自分を棄ててください。ええいままよ。命も惜しいことはありません
#{語釈]
霊ぢはふ ちはふ
09/1753H03君に見すれば 男神も 許したまひ 女神も ちはひたまひて 時となく
考 さちはひ(幸ひ)のさをはぶくのみ
全註釈 釋注 「ち」は、霊力のあること。「ちはふ」発揮する。
霊力を発揮するの意
11/2661H01霊ぢはふ神も我れをば打棄てこそしゑや命の惜しけくもなし
ここでは、加護をお加えになって

打棄てこそ 打ち棄てる こそ 願望の終助詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2662
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾妹兒 又毛相等 千羽八振 神社乎 不祷日者無
#[訓読]我妹子にまたも逢はむとちはやぶる神の社を祷まぬ日はなし
#[仮名],わぎもこに,またもあはむと,ちはやぶる,かみのやしろを,のまぬひはなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]我妹子にまたも逢おうとちはやぶる神の社を祈らない日はないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2663
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]千葉破 神之伊垣毛 可越 今者吾名之 惜無
#[訓読]ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし今は我が名の惜しけくもなし
#[仮名],ちはやぶる,かみのいかきも,こえぬべし,いまはわがなの,をしけくもなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,うわさ
#[訓異]
#[大意]ちはやぶる神の神聖な垣根も越えてしまおう。今は自分の名前も惜しいことはないよ
#{語釈]
#[説明]
類歌
07/1378H01木綿懸けて斎ふこの社越えぬべく思ほゆるかも恋の繁きに

#[関連論文]


#[番号]11/2664
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]暮月夜 暁闇夜乃 朝影尓 吾身者成奴 汝乎念金丹
#[訓読]夕月夜暁闇の朝影に我が身はなりぬ汝を思ひかねに
#[仮名],ゆふづくよ,あかときやみの,あさかげに,あがみはなりぬ,なをおもひかねに
#[左注]
#[校異]丹 [古義](塙)(楓) 手
#[鄣W],恋愛
#[訓異]
#[大意]夕月夜の時の暁の闇から昇る朝日の影のように自分の体はなった。あなたへの思いに耐えかねて
#{語釈]
夕月夜 夕方に月が出ている時は月の入りが早くて、明け方は闇。従って暁の闇に続く

暁闇の朝影 その闇の暁から日が昇って朝になる。その朝の影
11/2394H01朝影に我が身はなりぬ玉かきるほのかに見えて去にし子ゆゑに
11/2619H01朝影に我が身はなりぬ韓衣裾のあはずて久しくなれば

思ひかねに 原文「念金丹」 丹を手の誤字 思ひかねて 古義、注釈、全集、集成
原文のまま 思ひかねに 全注

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2665
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]月之有者 明覧別裳 不知而 寐吾来乎 人見兼鴨
#[訓読]月しあれば明くらむ別も知らずして寝て我が来しを人見けむかも
#[仮名],つきしあれば,あくらむわきも,しらずして,ねてわがこしを,ひとみけむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],うわさ,不安,恋愛
#[訓異]
#[大意]月があるので夜が明けたかどうか区別もわからないで寝過ごして自分が帰って来たのを他人は見ただろうか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2666
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]妹目之 見巻欲家口 <夕>闇之 木葉隠有 月待如
#[訓読]妹が目の見まく欲しけく夕闇の木の葉隠れる月待つごとし
#[仮名],いもがめの,みまくほしけく,ゆふやみの,このはごもれる,つきまつごとし
#[左注]
#[校異]久 -> 夕 [西(訂正)][嘉][類][紀]
#[鄣W],恋愛
#[訓異]
#[大意]妹の目を見たいと思うことは、夕闇で木の葉に隠れている月を待つようなものである
#{語釈]
木の葉隠れる月待つごとし 月が木の葉に隠れているのではなく、木の葉に遮られているわけだから一向に現れず、闇が一向に晴れないということ
窪田評釈
男が女のもとへ通おうと、夕闇の路を歩いている時の感と思われる。この場合の月は美観としてのものではなく、それを便りとして歩く実用としての月で、その月が木の葉隠れになると歩けなくなるというそれである

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2667
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]真袖持 床打拂 君待跡 居之間尓 月傾
#[訓読]真袖持ち床うち掃ひ君待つと居りし間に月かたぶきぬ
#[仮名],まそでもち,とこうちはらひ,きみまつと,をりしあひだに,つきかたぶきぬ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋愛,女歌,怨恨
#[訓異]
#[大意]両方の袖で床を掃除してあなたを待つとしている間に月が傾いてしまった
#{語釈]
真袖持ち床うち掃ひ 両方の袖を使うというのは丁寧に掃除をすること
床を掃き清めるの意で、君を待つ呪的な行為

月かたぶきぬ せっかく君を迎える準備を整えたのに来ないということを恨んだもの

#[説明]
同想
20/4311H01秋風に今か今かと紐解きてうら待ち居るに月かたぶきぬ

#[関連論文]


#[番号]11/2668
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]二上尓 隠經月之 雖惜 妹之田本乎 加流類比来
#[訓読]二上に隠らふ月の惜しけども妹が手本を離るるこのころ
#[仮名],ふたかみに,かくらふつきの,をしけども,いもがたもとを,かるるこのころ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,奈良県,恋愛,序詞
#[訓異]
#[大意]二上山に隠れていく月が名残惜しいように、心残りだが妹の袂から離れているこの頃であるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2669
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾背子之 振放見乍 将嘆 清月夜尓 雲莫田名引
#[訓読]我が背子が振り放け見つつ嘆くらむ清き月夜に雲なたなびき
#[仮名],わがせこが,ふりさけみつつ,なげくらむ,きよきつくよに,くもなたなびき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋愛,女歌
#[訓異]
#[大意]我が背子が振り仰いで見ながら嘆いているであろう清らかな月に雲よたなびくなよ
#{語釈]
#[説明]
類歌
11/2460H01遠き妹が振り放け見つつ偲ふらむこの月の面に雲なたなびき

#[関連論文]


#[番号]11/2670
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]真素鏡 清月夜之 湯<徙>去者 念者不止 戀社益
#[訓読]まそ鏡清き月夜のゆつりなば思ひはやまず恋こそまさめ
#[仮名],まそかがみ,きよきつくよの,ゆつりなば,おもひはやまず,こひこそまさめ
#[左注]
#[校異]徒 -> 徙 [寛]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]まそ鏡のような清らかな月夜が移って行ったならば、物思いは止まないで恋い思うことがいっそう勝ることだろう
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2671
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]今夜之 在開月夜 在乍文 公S置者 待人無
#[訓読]今夜の有明月夜ありつつも君をおきては待つ人もなし
#[仮名],こよひの,ありあけつくよ,ありつつも,きみをおきては,まつひともなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]今夜の有明の月ではないがそのままずっといて、あなた以外には待つ人もないことだ
#{語釈]
今夜の有明月夜 一晩待ち続けた

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2672
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]此山之 嶺尓近跡 吾見鶴 月之空有 戀毛為鴨
#[訓読]この山の嶺に近しと我が見つる月の空なる恋もするかも
#[仮名],このやまの,みねにちかしと,わがみつる,つきのそらなる,こひもするかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]この山の峰に近いと自分が見た月が空にあるように、うわのそらのような恋いもすることであるよ
#{語釈]
この山 臨場表現 作者の見ている山

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2673
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]烏玉乃 夜渡月之 湯移去者 更哉妹尓 吾戀将居
#[訓読]ぬばたまの夜渡る月のゆつりなばさらにや妹に我が恋ひ居らむ
#[仮名],ぬばたまの,よわたるつきの,ゆつりなば,さらにやいもに,あがこひをらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]ぬばたまの夜渡る月が移って行ったならば、さらに妹に自分は恋い思っていようか
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2674
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]朽網山 夕居雲 薄徃者 余者将戀名 公之目乎欲
#[訓読]朽網山夕居る雲の薄れゆかば我れは恋ひむな君が目を欲り
#[仮名],くたみやま,ゆふゐるくもの,うすれゆかば,あれはこひむな,きみがめをほり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,大分県,女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]朽網山に夕方かかっている雲が薄れていったら自分は恋い思うだろうよ。あなたの目を見たく思って
#{語釈]
朽網山 大分県直入郡 久住山
豊後国風土記
救覃(くたみ)の峯(みね) 郡(こほり)の北にあり。 此の峯(みね)の頂(いただき)に、火(ひ)、恒(つね)に燎(も)えたり。基(もと)に数(あまた)の川あり。名を神河(かみかは)といふ。亦(また)、二つの湯(ゆ)の河(かは)あり。流れて神河(かみかは)に会(あ)ふ。

大分河(おほきだがは) 郡(こほり)の南にあり。 此の河の源(みなもと)は、直入(なほり)の郡(こほり)の朽網(くたみ)の峯(みね)より出で、東(ひむがし)を指(さ)して下(くだ)り流れ、此の郡(こほり)を経過(す)ぎて、遂(はて)は東(ひむがし)の海に入(い)る。因(よ)りて大分(おほきだ)川といふ。年魚(あゆ)、多(さは)にあり。

夕居る雲の薄れゆかば 夕方にかかっている雲が日没で暗くなって見えなくなる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2675
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]君之服 三笠之山尓 居雲乃 立者継流 戀為鴨
#[訓読]君が着る御笠の山に居る雲の立てば継がるる恋もするかも
#[仮名],きみがきる,みかさのやまに,ゐるくもの,たてばつがるる,こひもするかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,奈良県,枕詞,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]あなたが着る御笠の山にいる雲が立ち上るとまた後が続いてくるように、あきらめてもまた後から恋心が湧き起こってくる恋いもすることであるよ
#{語釈]
#[説明]
類歌
03/0373H01高座の御笠の山に鳴く鳥の止めば継がるる恋もするかも
注釈 変形と見る

#[関連論文]


#[番号]11/2676
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]久堅之 天飛雲尓 在而然 君相見 落日莫死
#[訓読]ひさかたの天飛ぶ雲にありてしか君をば相見むおつる日なしに
#[仮名],ひさかたの,あまとぶくもに,ありてしか,きみをばあひみむ,おつるひなしに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]久方の天を飛ぶ雲にありたいものだ。そうすれば飛んでいってあなたを共に見よう。見ない日はなしに
#{語釈]
天飛ぶ雲にありてしか 雲だったら遠く離れた恋人のもとにすぐに飛んで行けると言ったもの 恋人は旅に出ているか。

おつる日なしに いつもいつも
01/0006H01山越しの風を時じみ寝る夜おちず家なる妹を懸けて偲ひつ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2677
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]佐保乃内従 下風之 吹礼波 還者胡粉 歎夜衣大寸
#[訓読]佐保の内ゆあらしの風の吹きぬれば帰りは知らに嘆く夜ぞ多き
#[仮名],さほのうちゆ,あらしのかぜの,ふきぬれば,かへりはしらに,なげくよぞおほき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,奈良県,女歌,閨怨
#[訓異]
#[大意]佐保の内を通って嵐の風が吹き通るので帰りをどうしようかと嘆く夜が多いことだ
#{語釈]
佐保の内 内裏が近いので言うか。佐保の里
06/0949H01梅柳過ぐらく惜しみ佐保の内に遊びしことを宮もとどろに
10/1827H01春日なる羽がひの山ゆ佐保の内へ鳴き行くなるは誰れ呼子鳥
10/2221H01我が門に守る田を見れば佐保の内の秋萩すすき思ほゆるかも
11/2677H01佐保の内ゆあらしの風の吹きぬれば帰りは知らに嘆く夜ぞ多き
17/3957H09朝庭に 出で立ち平し 夕庭に 踏み平げず 佐保の内の

帰りは知らに 帰りをどうしようかと思って 嵐がひどいと帰れなくなる心配を言う

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2678
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]級子八師 不吹風故 玉匣 開而左宿之 吾其悔寸
#[訓読]はしきやし吹かぬ風ゆゑ玉櫛笥開けてさ寝にし我れぞ悔しき
#[仮名],はしきやし,ふかぬかぜゆゑ,たまくしげ,あけてさねにし,あれぞくやしき
#[左注]
#[校異]子 [万葉考](塙)(楓) 寸
#[鄣W],枕詞,女歌,怨恨
#[訓異]
#[大意]なんともはや。吹かない風であるのに玉櫛笥ではないが開けて寝た自分が悔しいことである
#{語釈]
はしきやし 一般的にはいとしい、愛すべき ここでは何とも言えない感情
なんともはや ああ

吹かぬ風ゆゑ あなたがやって来ないのに

我れぞ悔しき 馬鹿を見た自分の自己嫌悪

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2679
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]窓超尓 月臨照而 足桧乃 下風吹夜者 公乎之其念
#[訓読]窓越しに月おし照りてあしひきのあらし吹く夜は君をしぞ思ふ
#[仮名],まどごしに,つきおしてりて,あしひきの,あらしふくよは,きみをしぞおもふ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]窓越しに月が照ってあしひきの山の嵐の吹く夜はあなたのことを恋い思うことだ
#{語釈]
あしひきの 山の枕詞 嵐が山から吹いてくることを示している

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2680
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]河千鳥 住澤上尓 立霧之 市白兼名 相言始而言
#[訓読]川千鳥棲む沢の上に立つ霧のいちしろけむな相言ひそめてば
#[仮名],かはちどり,すむさはのうへに,たつきりの,いちしろけむな,あひいひそめてば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,鳥,動物,うわさ
#[訓異]
#[大意]川千鳥の住む沢のほとりに立つ霧のようにはっきりと目立つだろう。共に話し始めると
#{語釈]
いちしろけむな 著しい 目立つ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2681
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾背子之 使乎待跡 笠毛不著 出乍其見之 雨落久尓
#[訓読]我が背子が使を待つと笠も着ず出でつつぞ見し雨の降らくに
#[仮名],わがせこが,つかひをまつと,かさもきず,いでつつぞみし,あめのふらくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]我が背子の使いを待つとして笠も付けずに出ては見、出ては見していたことだ。雨が降っているのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2682
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]辛衣 君尓内<著> 欲見 戀其晩師之 雨零日乎
#[訓読]韓衣君にうち着せ見まく欲り恋ひぞ暮らしし雨の降る日を
#[仮名],からころも,きみにうちきせ,みまくほり,こひぞくらしし,あめのふるひを
#[左注]
#[校異]原字不明 -> 著 [西(上書訂正)][嘉][類][紀]
#[鄣W],恋愛,女歌
#[訓異]
#[大意]韓衣をあなたに着せて見たいと思い恋い思って一日を暮らしていることだ。雨の降る一日を
#{語釈]
韓衣 仕立てた衣 唐風の立派な衣
06/0952H01韓衣着奈良の里の嶋松に玉をし付けむよき人もがも
10/2194H01雁がねの来鳴きしなへに韓衣龍田の山はもみちそめたり
11/2619H01朝影に我が身はなりぬ韓衣裾のあはずて久しくなれば
11/2682H01韓衣君にうち着せ見まく欲り恋ひぞ暮らしし雨の降る日を
14/3482H01韓衣裾のうち交へ逢はねども異しき心を我が思はなくに
14/3482H02韓衣裾のうち交ひ逢はなへば寝なへのからに言痛かりつも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2683
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]彼方之 赤土少屋尓 W<霂>零 床共所沾 於身副我妹
#[訓読]彼方の埴生の小屋に小雨降り床さへ濡れぬ身に添へ我妹
#[仮名],をちかたの,はにふのをやに,こさめふり,とこさへぬれぬ,みにそへわぎも
#[左注]
#[校異]<> -> 霂 [西(左貼紙)][類][細][紀]
#[鄣W],地名,大阪府,京都府,恋愛,逢会
#[訓異]
#[大意]あちらの土壁の小屋に小雨が降って床までも濡れてしまっている。自分の傍らにもっと寄りなさい。我妹子よ。
#{語釈]
をちかたの こちらに対するあちら
02/0110H01大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめや
11/2683H01彼方の埴生の小屋に小雨降り床さへ濡れぬ身に添へ我妹
16/3791H09稲置娘子が 妻どふと 我れにおこせし 彼方の 二綾下沓 飛ぶ鳥

埴生の小屋 土で造った小屋
神武紀 後其伊須気余理比売、参‐入宮内之時、天皇御歌曰、
阿斯波良能 志祁志岐袁夜迩 須賀多多美 伊夜佐夜斯岐弖 和賀布多理泥斯 をやと訓む

#[説明]
あちらの小屋 不明 新考 案ずるにこは埴生にある小屋即ち埴取場の小屋にて人の住む家にあらず。さて此次に女を率いて寝たるにといふことを補ひて聞くべし

#[関連論文]


#[番号]11/2684
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]笠無登 人尓者言<手> 雨乍見 留之君我 容儀志所念
#[訓読]笠なしと人には言ひて雨障み留まりし君が姿し思ほゆ
#[仮名],かさなしと,ひとにはいひて,あまつつみ,とまりしきみが,すがたしおもほゆ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋愛,追懐
#[訓異]
#[大意]笠がないと人には言って雨に降り込められて留まったあなたの姿が思われてならない
#{語釈]
#[説明]
帰ろうとしたときに雨が降っていて笠がないことを理由に一泊した恋人のことを思い出している

#[関連論文]


#[番号]11/2685
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]妹門 去過不勝都 久方乃 雨毛零奴可 其乎因将為
#[訓読]妹が門行き過ぎかねつひさかたの雨も降らぬかそをよしにせむ
#[仮名],いもがかど,ゆきすぎかねつ,ひさかたの,あめもふらぬか,そをよしにせむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋愛
#[訓異]
#[大意]妹の門前を行き過ぎることが出来ない。久方の雨も降ってはくれないか。それを理由にしようのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2686
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]夜占問 吾袖尓置 <白>露乎 於公令視跡 取者<消>管
#[訓読]夕占問ふ我が袖に置く白露を君に見せむと取れば消につつ
#[仮名],ゆふけとふ,わがそでにおく,しらつゆを,きみにみせむと,とればけにつつ
#[左注]
#[校異]<> -> 白 [嘉][細] / 清 -> 消 [西(訂正右書)][嘉][文][紀]
#[鄣W],女歌
#[訓異]
#[大意]夕占を問う自分の袖に置く白露をあなたに見せようと手に取ると消えてしまって
#{語釈]
夕方街角に出て占いをする 夕方なので夜露が落ちてくる

消につつ 何度も手に取ろうとするが消えてしまう

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2687
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]櫻麻乃 苧原之下草 露有者 令明而射去 母者雖知
#[訓読]桜麻の麻生の下草露しあれば明かしてい行け母は知るとも
#[仮名],さくらをの,をふのしたくさ,つゆしあれば,あかしていゆけ,はははしるとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]桜麻の麻の生えている畑の下草に露があるので、一夜を明かして行きなさい。母は知るとしても
#{語釈]
桜麻 不明 代匠記 桜のさく此まく物なるゆへにいふといへり
精撰 今案立たるさま、葉のさまの桜にやや似たれば云なるべし
冠辞考 をふを重ねる枕詞 さくらは所の名前
橘枝直 6/942 桜皮(かには) 麻の朱(あか)きをかにはをといふべきにや

麻生 をふ 麻の生えているところ 麻の畑
12/3049H01桜麻の麻生の下草早く生ひば妹が下紐解かずあらましを

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2688
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]待不得而 内者不入 白細布之 吾袖尓 露者置奴鞆
#[訓読]待ちかねて内には入らじ白栲の我が衣手に露は置きぬとも
#[仮名],まちかねて,うちにはいらじ,しろたへの,わがころもでに,つゆはおきぬとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]待つことが出来なくとも家の中には入るまい。たとえ白妙の我が衣手に露は置いたとしても
#{語釈]
#[説明]
類想
02/0087H01ありつつも君をば待たむうち靡く我が黒髪に霜の置くまでに

#[関連論文]


#[番号]11/2689
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]朝露之 消安吾身 雖老 又若反 君乎思将待
#[訓読]朝露の消やすき我が身老いぬともまたをちかへり君をし待たむ
#[仮名],あさつゆの,けやすきあがみ,おいぬとも,またをちかへり,きみをしまたむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]朝露のように消えやすい我が身であるが、年をとったとしてもまた若返ってあなたを待とう
#{語釈]
をちかへり 若返る
03/0331H01我が盛りまたをちめやもほとほとに奈良の都を見ずかなりなむ
04/0627H01我がたもとまかむと思はむ大夫は変若水求め白髪生ひにけり
04/0628H01白髪生ふることは思はず変若水はかにもかくにも求めて行かむ
04/0650H01我妹子は常世の国に住みけらし昔見しより変若ましにけり
\05/0847H01我が盛りいたくくたちぬ雲に飛ぶ薬食むともまた変若めやも
05/0848H01雲に飛ぶ薬食むよは都見ばいやしき我が身また変若ぬべし
06/1046H01岩綱のまた変若ちかへりあをによし奈良の都をまたも見むかも
11/2689H01朝露の消やすき我が身老いぬともまたをちかへり君をし待たむ
12/3043H01露霜の消やすき我が身老いぬともまたをちかへり君をし待たむ
13/3245H01天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てるをち水

#[説明]
重出
12/3043H01露霜の消やすき我が身老いぬともまたをちかへり君をし待たむ

#[関連論文]


#[番号]11/2690
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]白細布乃 吾袖尓 露者置 妹者不相 猶<豫>四手
#[訓読]白栲の我が衣手に露は置き妹は逢はさずたゆたひにして
#[仮名],しろたへの,わがころもでに,つゆはおき,いもはあはさず,たゆたひにして
#[左注]
#[校異]預 -> 豫 [西(左貼紙)][嘉][類][文]
#[鄣W],枕詞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]白妙の我が衣手に露は置くが、妹は逢ってはくれない。ためらっていて
#{語釈]
逢はさず 逢ふ す 尊敬 お逢いにならない

たゆたひ 滞っている ためらう

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2691
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]云<々> 物者不念 朝露之 吾身一者 君之随意
#[訓読]かにかくに物は思はじ朝露の我が身ひとつは君がまにまに
#[仮名],かにかくに,ものはおもはじ,あさつゆの,あがみひとつは,きみがまにまに
#[左注]
#[校異]云 -> 々 [嘉][類][文][細]
#[鄣W],枕詞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]あれやこれやと物は思わない。朝露のような消えやすい自分の身一つはあなたのお気のままに
#{語釈]
朝露の はかないの意で、我が身にかかる意味を含んだ枕詞

君がまにまに あなたの心のままに
03/0412H01いなだきにきすめる玉は二つなしかにもかくにも君がまにまに
04/0790H01春風の音にし出なばありさりて今ならずとも君がまにまに
07/1309H01風吹きて海は荒るとも明日と言はば久しくあるべし君がまにまに
10/1912H01たまきはる我が山の上に立つ霞立つとも居とも君がまにまに
11/2351H01新室の壁草刈りにいましたまはね草のごと寄り合ふ娘子は君がまにまに
11/2537H01たらちねの母に知らえず我が持てる心はよしゑ君がまにまに
11/2563H01人目守る君がまにまに我れさへに早く起きつつ裳の裾濡れぬ
11/2691H01かにかくに物は思はじ朝露の我が身ひとつは君がまにまに
11/2740H01大船の艫にも舳にも寄する波寄すとも我れは君がまにまに
11/2830H01梓弓弓束巻き替へ中見さしさらに引くとも君がまにまに
13/3285H01たらちねの母にも言はずつつめりし心はよしゑ君がまにまに
14/3377H01武蔵野の草葉もろ向きかもかくも君がまにまに我は寄りにしを
20/4505H01礒の裏に常呼び来住む鴛鴦の惜しき我が身は君がまにまに

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2692
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]夕凝 霜置来 朝戸出<尓> 甚踐而 人尓所知名
#[訓読]夕凝りの霜置きにけり朝戸出にいたくし踏みて人に知らゆな
#[仮名],ゆふこりの,しもおきにけり,あさとでに,いたくしふみて,ひとにしらゆな
#[左注]
#[校異]<> -> 尓 [嘉][文][紀]
#[鄣W],恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]昨夕から凍った霜が置いたことだ。朝戸を開けて出て行く時にひどく踏んで他人には知られるなよ
#{語釈]
夕凝り 昨夜から凝った 夕 昨日の夕方

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2693
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]如是許 戀乍不有者 朝尓日尓 妹之将履 地尓有申尾
#[訓読]かくばかり恋ひつつあらずは朝に日に妹が踏むらむ地にあらましを
#[仮名],かくばかり,こひつつあらずは,あさにけに,いもがふむらむ,つちにあらましを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]こんなにも恋い思ってはいずに毎朝毎朝妹が踏むであろう土でいた方がましだ
#{語釈]
朝に日に
03/0377H01青山の嶺の白雲朝に日に常に見れどもめづらし我が君
03/0403H01朝に日に見まく欲りするその玉をいかにせばかも手ゆ離れずあらむ
04/0668H01朝に日に色づく山の白雲の思ひ過ぐべき君にあらなくに
08/1507H02五月を近み あえぬがに 花咲きにけり 朝に日に 出で見るごとに
11/2693H01かくばかり恋ひつつあらずは朝に日に妹が踏むらむ地にあらましを
12/2897H01いかならむ日の時にかも我妹子が裳引きの姿朝に日に見む

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2694
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]足日木之 山鳥尾乃 一峰越 一目見之兒尓 應戀鬼香
#[訓読]あしひきの山鳥の尾の一峰越え一目見し子に恋ふべきものか
#[仮名],あしひきの,やまどりのをの,ひとをこえ,ひとめみしこに,こふべきものか
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,動物,恋情
#[訓異]
#[大意]あしひきの山鳥の尾のような遠く長い峰を越えてたった一目見ただけのあの子に恋い思うべきものだろうか
#{語釈]
山鳥の尾の一峰越え 注釈 山鳥が峰を越えて妻を相見るように 「一目見し」にかかる序
山鳥の尾といったのは、峰(を)という言葉と調子を合わせて添えただけ
山鳥の尾のように長い遠い一つの峰を越えて 峰の序詞
考 山の彼方の里などにて

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2695
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾妹子尓 相縁乎無 駿河有 不盡乃高嶺之 焼管香将有
#[訓読]我妹子に逢ふよしをなみ駿河なる富士の高嶺の燃えつつかあらむ
#[仮名],わぎもこに,あふよしをなみ,するがなる,ふじのたかねの,もえつつかあらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,静岡県,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]我妹子に逢うてだてもないので、駿河にある富士の高嶺のように心が燃え続けていることでもあるよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2696
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]荒熊之 住云山之 師齒迫山 責而雖問 汝名者不告
#[訓読]荒熊のすむといふ山の師歯迫山責めて問ふとも汝が名は告らじ
#[仮名],あらぐまの,すむといふやまの,しはせやま,せめてとふとも,ながなはのらじ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],動物,地名,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]荒々しい熊の住むという師歯迫山ではないが、しばしば責めて尋ねるとしてもあなたの名前は言うまいよ
#{語釈]
師歯迫山 所在未詳 八雲御抄 駿河
しはせ 略解 しばしば責める意

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2697
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]妹之名毛 吾名毛立者 惜社 布仕能高嶺之 燎乍渡
#[訓読]妹が名も我が名も立たば惜しみこそ富士の高嶺の燃えつつわたれ
#[仮名],いもがなも,わがなもたたば,をしみこそ,ふじのたかねの,もえつつわたれ
#[左注]或歌曰 君名毛 妾名毛立者 惜己曽 不盡乃高山之 燎乍毛居
#[校異]
#[鄣W],地名,静岡県,名前,うわさ,恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]妹の名も自分の名前もうわさになれば惜しいのでと、逢うことが出来なくて富士の高嶺のように心に燃え続けているのだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2697S
#[題詞](寄物陳思)或歌曰
#[原文]君名毛 妾名毛立者 惜己曽 不盡乃高山之 燎乍毛居
#[訓読]君が名も我が名も立たば惜しみこそ富士の高嶺の燃えつつも居れ
#[仮名],きみがなも,わがなもたたば,をしみこそ,ふじのたかねの,もえつつもをれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,序詞,地名,静岡県,名前,うわさ,恋情
#[訓異]
#[大意]あなたの名前も自分の名前も立ったならば惜しいのでと富士の高嶺のように心に燃え続けているのだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2698
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]徃而見而 来戀敷 朝香方 山越置代 宿不勝鴨
#[訓読]行きて見て来れば恋ほしき朝香潟山越しに置きて寐ねかてぬかも
#[仮名],ゆきてみて,くればこほしき,あさかがた,やまごしにおきて,いねかてぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,大阪府,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]行って見て帰ってきては恋しく思う朝香潟を山越に置いて寝ることが出来ないでいることだ
#{語釈]
朝香潟 大阪府大阪市住吉区浅香町 大阪府堺市浅香山町
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2699
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]安太人<乃> 八名打度 瀬速 意者雖念 直不相鴨
#[訓読]阿太人の梁打ち渡す瀬を早み心は思へど直に逢はぬかも
#[仮名],あだひとの,やなうちわたす,せをはやみ,こころはおもへど,ただにあはぬかも
#[左注]
#[校異]之 -> 乃 [嘉][古][紀]
#[鄣W],地名,奈良県,五条市,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]阿太の人が梁を掛け渡す川瀬が早いので、心には思っているが直接は逢わないことであるよ
#{語釈]
阿太 奈良県五条市東部

瀬を早み 略解 思いの切なるをいふ
全註釈 周囲が厳しくて逢い難い事情にあることを示している
私注 支障の多いことの譬喩

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2700
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]玉蜻 石垣淵之 隠庭 伏<雖>死 汝名羽不謂
#[訓読]玉かぎる岩垣淵の隠りには伏して死ぬとも汝が名は告らじ
#[仮名],たまかぎる,いはかきふちの,こもりには,ふしてしぬとも,ながなはのらじ
#[左注]
#[校異]以 -> 雖 [万葉考]
#[鄣W],恋情,枕詞,序詞,名前
#[訓異]
#[大意]玉かぎる岩垣淵で水が隠っているように隠れ忍んで寝込んで死ぬとしてもあなたの名前は言わないよ
#{語釈]
玉かぎる岩垣淵の隠り
02/0207H03人大船の 思ひ頼みて 玉かぎる 岩垣淵の 隠りのみ 恋ひつつあるに

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2701
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]明日香川 明日文将渡 石走 遠心者 不思鴨
#[訓読]明日香川明日も渡らむ石橋の遠き心は思ほえぬかも
#[仮名],あすかがは,あすもわたらむ,いしはしの,とほきこころは,おもほえぬかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,明日香,奈良県,序詞
#[訓異]
#[大意]明日香川ではないが明日にでも渡って行こう。その川の石橋の石のように隔たった気持ちは思われないことだ
#{語釈]
石橋の 飛び石の間隔が遠い 遠きに掛かる枕詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2702
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]飛鳥川 水徃増 弥日異 戀乃増者 在勝<申><自>
#[訓読]明日香川水行きまさりいや日異に恋のまさらばありかつましじ
#[仮名],あすかがは,みづゆきまさり,いやひけに,こひのまさらば,ありかつましじ
#[左注]
#[校異]甲 -> 申 [嘉][類][古] / 目 -> 自 [橋本進吉説]
#[鄣W],地名,明日香,奈良県,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]明日香川の水の行くのが増えるようにますます日を追って恋い心がまさったならばじっとしていることは出来ないだろう
#{語釈]
ありかつましじ
02/0094H01玉櫛笥みむろの山のさな葛さ寝ずはつひに有りかつましじ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2703
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]真薦苅 大野川原之 水隠 戀来之妹之 紐解吾者
#[訓読]ま薦刈る大野川原の水隠りに恋ひ来し妹が紐解く我れは
#[仮名],まこもかる,おほのがはらの,みごもりに,こひこしいもが,ひもとくわれは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,地名,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]ま薦を刈る大野川の川原が水で隠れるように、密かに恋い思ってきた妹の紐を解くことだ。自分は。
#{語釈]
ま薦刈る ま 接頭語 りっぱな
02/0096H01み薦刈る信濃の真弓我が引かば貴人さびていなと言はむかも
02/0097H01み薦刈る信濃の真弓引かずして強ひさるわざを知ると言はなくに

大野川 不明
大和志 奈良県生駒郡斑鳩町 富雄川
奈良県宇陀郡室生村大野 宇陀川

#[説明]
長い間恋い続けてきた妹とやっと共寝出来る喜びを言ったもの

#[関連論文]


#[番号]11/2704
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]悪氷木<乃> 山下動 逝水之 時友無雲 戀度鴨
#[訓読]あしひきの山下響み行く水の時ともなくも恋ひわたるかも
#[仮名],あしひきの,やましたとよみ,ゆくみづの,ときともなくも,こひわたるかも
#[左注]
#[校異]之 -> 乃 [嘉][類][古]
#[鄣W],枕詞,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]あしひきの山の下が響いて流れて行く水がいつも流れているように絶えず恋い続けていることであるよ
#{語釈]
あしひきの山下響み行く水の
10/2162H01神なびの山下響み行く水にかはづ鳴くなり秋と言はむとや
12/3014H01三輪山の山下響み行く水の水脈し絶えずは後も我が妻
19/4156H02山下響み 落ち激ち 流る辟田の 川の瀬に 鮎子さ走る 島つ鳥

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2705
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]愛八師 不相君故 徒尓 此川瀬尓 玉裳<沾>津
#[訓読]はしきやし逢はぬ君ゆゑいたづらにこの川の瀬に玉裳濡らしつ
#[仮名],はしきやし,あはぬきみゆゑ,いたづらに,このかはのせに,たまもぬらしつ
#[左注]
#[校異]沽 -> 沾 [文][細][温]
#[鄣W],女歌,川渡り,恋情
#[訓異]
#[大意]愛しいことにも会わないあなたなのに、無駄にこの川の早瀬に玉裳を濡らしたことだ
#{語釈]
#[説明]
類歌(異伝歌)
11/2429H01はしきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらに宇治川の瀬に裳裾濡らしつ

#[関連論文]


#[番号]11/2706
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]泊湍<川> 速見早湍乎 結上而 不飽八妹登 問師公羽裳
#[訓読]泊瀬川早み早瀬をむすび上げて飽かずや妹と問ひし君はも
#[仮名],はつせがは,はやみはやせを,むすびあげて,あかずやいもと,とひしきみはも
#[左注]
#[校異]河 -> 川 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],地名,奈良県,長谷,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]泊瀬川が早いのでその早瀬の水をすくい上げて、この水の味のようにいつまでも飽くことがないか妹よと尋ねたあなたはなあ(今どうしているのかなあ)
#{語釈]
むすび上げて 手で川の水をすくい上げて
07/1142H01命をし幸くよけむと石走る垂水の水をむすびて飲みつ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2707
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]青山之 石垣沼間乃 水隠尓 戀哉<将>度 相縁乎無
#[訓読]青山の岩垣沼の水隠りに恋ひやわたらむ逢ふよしをなみ
#[仮名],あをやまの,いはかきぬまの,みごもりに,こひやわたらむ,あふよしをなみ
#[左注]
#[校異]<> -> 将 [嘉][類]
#[鄣W],恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]青々とした山の岩に囲まれた沼の水が隠っているように、密かに恋い続けていることだろうか。会う手だてもなくて
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2708
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]四長鳥 居名山響尓 行水乃 名耳所縁之 内妻波母 [一云 名<耳>所縁而 戀管哉将在]
#[訓読]しなが鳥猪名山響に行く水の名のみ寄そりし隠り妻はも [一云 名のみ寄そりて恋ひつつやあらむ]
#[仮名],しながどり,ゐなやまとよに,ゆくみづの,なのみよそりし,こもりづまはも,[なのみよそりて,こひつつやあらむ]
#[左注]
#[校異]耳之 -> 耳 [嘉]
#[鄣W],動物,枕詞,大阪府池田市,序詞,恋情,異伝
#[訓異]
#[大意]しなが鳥の猪名山を響かせて流れていく水のように、うわさにばかり寄せられて、会うことの出来ない隠り妻はなあ(どうしているかなあ)。「名前ばかりうわさに立てられて恋い続けていることであろうか」
#{語釈]
しなが鳥 猪名の枕詞
真淵 しながとは息長であり、水に長く潜れる鳥を示し、にほ鳥(かいつぶり)のこと。雌雄引き居ることから率(い)と続く
尾長(尻長)のことか。尾長鳥も他を率(い)て歩くことから「い」に続く

居名山 兵庫県伊丹市 猪名川上流  未詳

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2709
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾妹子 吾戀樂者 水有者 之賀良三<超>而 應逝衣思 [或本歌發句云 相不思 人乎念久]
#[訓読]我妹子に我が恋ふらくは水ならばしがらみ越して行くべく思ほゆ [或本歌發句云 相思はぬ人を思はく]
#[仮名],わぎもこに,あがこふらくは,みづならば,しがらみこして,ゆくべくおもほゆ,[あひおもはぬ,ひとをおもはく]
#[左注]
#[校異]越 -> 超 [嘉][文][類][紀] / 衣 (塙)(楓) 所
#[鄣W],恋情,異伝
#[訓異]
#[大意]我妹子に自分が恋い思うことは、水であったならばしがらみを越えて行くように思われることだ
#{語釈]
しがらみ 塵、芥等で水の流れの抵抗物になるもの
02/0197H01明日香川しがらみ渡し塞かませば流るる水ものどにかあらまし
06/1047H06萩の枝を しがらみ散らし さを鹿は 妻呼び響む 山見れば
07/1380H01明日香川瀬々に玉藻は生ひたれどしがらみあれば靡きあはなくに
11/2721H01玉藻刈るゐでのしがらみ薄みかも恋の淀める我が心かも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2710
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]狗上之 鳥籠山尓有 不知也河 不知二五寸許瀬 余名告奈
#[訓読]犬上の鳥籠の山なる不知哉川いさとを聞こせ我が名告らすな
#[仮名],いぬかみの,とこのやまなる,いさやかは,いさとをきこせ,わがなのらすな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,滋賀県,彦根市,序詞,名前
#[訓異]
#[大意]犬上のとこの山にある不知哉川ではないが、いさ(さあ、知らない)と申し上げなさい。自分の名前を決しておっしゃるな。
#{語釈]
犬上の 犬上郡 近江国

鳥籠の山なる不知哉川 とこの山 滋賀県彦根市正法寺町
不知哉川 滋賀県犬上郡 大堀川 (芹川 )
04/0487H01近江道の鳥籠の山なる不知哉川日のころごろは恋ひつつもあらむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2711
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]奥山之 木葉隠而 行水乃 音聞従 常不所忘
#[訓読]奥山の木の葉隠りて行く水の音聞きしより常忘らえず
#[仮名],おくやまの,このはがくりて,ゆくみづの,おとききしより,つねわすらえず
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,恋情,うわさ
#[訓異]
#[大意]奥山の木の葉に隠れて流れて行く水の音ではないが、うわさに聞いてからはずっと忘れられないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2712
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]言急者 中波余騰益 水無河 絶跡云事乎 有超名湯目
#[訓読]言急くは中は淀ませ水無川絶ゆといふことをありこすなゆめ
#[仮名],こととくは,なかはよどませ,みなしがは,たゆといふことを,ありこすなゆめ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,うわさ,女歌
#[訓異]
#[大意]ひとのうわさが激しいのならば、中休みなさいませ。しかし水無川のように関係が途絶えてしまうということはあってはくださるな。決して
#{語釈]
言急くは 人のうわさがはげしい

中は淀ませ 中身は停滞させる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2713
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]明日香河 逝湍乎早見 将速登 待良武妹乎 此日晩津
#[訓読]明日香川行く瀬を早み早けむと待つらむ妹をこの日暮らしつ
#[仮名],あすかがは,ゆくせをはやみ,はやけむと,まつらむいもを,このひくらしつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,明日香,奈良県,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]明日香川の流れていく瀬が速いので、早く来るだろうと待っているだろう妹なのに。自分は逢えなくてこの一日を暮らしてしまった
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2714
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]物部乃 八十氏川之 急瀬 立不得戀毛 吾為鴨 [一云 立而毛君者 忘金津藻]
#[訓読]もののふの八十宇治川の早き瀬に立ちえぬ恋も我れはするかも [一云 立ちても君は忘れかねつも]
#[仮名],もののふの,やそうぢがはの,はやきせに,たちえぬこひも,あれはするかも,[たちてもきみは,わすれかねつも]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,地名,京都府,序詞,恋情,異伝
#[訓異]
#[大意]もののふの八十、その宇治川の速い瀬に立っていられないように、堪えきれない恋も自分はすることである。「一云 立って、流されそうな苦しい思いをしてもあなたは忘れることが出来ないことだ」
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2715
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]神名火 打廻前乃 石淵 隠而耳八 吾戀居
#[訓読]神なびの打廻の崎の岩淵の隠りてのみや我が恋ひ居らむ
#[仮名],かむなびの,うちみのさきの,いはぶちの,こもりてのみや,あがこひをらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,奈良県,明日香,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]明日香川の廻っている所の岩に囲まれた淵の水のように隠ってばかりいて自分は恋い続けていることであろうか
#{語釈]
神なびの打廻の崎 全註釈 04/0589H01衣手を打廻の里にある我れを知らにぞ人は待てど来ずける と同地 明日香川流域の雷丘付近か
注釈 うちみる うち 接頭語 みる 巡る、廻る
ぐるっと廻っている所の先 明日香川の雷丘の出崎の岩の淵

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2716
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]自高山 出来水 石觸 破衣念 妹不相夕者
#[訓読]高山ゆ出で来る水の岩に触れ砕けてぞ思ふ妹に逢はぬ夜は
#[仮名],たかやまゆ,いでくるみづの,いはにふれ,くだけてぞおもふ,いもにあはぬよは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,序詞
#[訓異]
#[大意]高い山から出てくる水が岩に触れて砕けるように心砕けて思うことだ。妹に逢わない夜は
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2717
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]朝東風尓 井<堤超>浪之 世<染>似裳 不相鬼故 瀧毛響動二
#[訓読]朝東風にゐで越す波の外目にも逢はぬものゆゑ瀧もとどろに
#[仮名],あさごちに,ゐでこすなみの,よそめにも,あはぬものゆゑ,たきもとどろに
#[左注]
#[校異]提越 -> 堤超 [類] / 蝶 -> 染 [万葉考]
#[鄣W],恋情,序詞,うわさ
#[訓異]
#[大意]朝の東風に井関を越す川の波がよそにあふれていくように、よそ目にでも逢わないものなのに、急流になって轟き渡るようにうわさがとどろに高いことだ
#{語釈]
朝東風 朝に東から吹いてくる風。「ち」は、風の意味 はやち(早風)
10/2125H01春日野の萩し散りなば朝東風の風にたぐひてここに散り来ね

ゐで 川の水の堰く所 井関のこと
07/1108H01泊瀬川流るる水脈の瀬を早みゐで越す波の音の清けく

瀧もとどろに 鳴り響くということで、うわさが高いこと

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2718
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]高山之 石本瀧千 逝水之 音尓者不立 戀而雖死
#[訓読]高山の岩もとたぎち行く水の音には立てじ恋ひて死ぬとも
#[仮名],たかやまの,いはもとたぎち,ゆくみづの,おとにはたてじ,こひてしぬとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,序詞,うわさ
#[訓異]
#[大意]高い山の岩の根元を激して行く水の音ではないが、うわさには立てるまいよ。恋い思って死ぬとしても
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2719
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]隠沼乃 下尓戀者 飽不足 人尓語都 可忌物乎
#[訓読]隠り沼の下に恋ふれば飽き足らず人に語りつ忌むべきものを
#[仮名],こもりぬの,したにこふれば,あきだらず,ひとにかたりつ,いむべきものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,うわさ,枕詞
#[訓異]
#[大意]隠り沼のように心密かに恋い思っていると物足らなくて人にしゃべったことだ。慎むべきであるのに
#{語釈]
#[説明]
類歌
11/2441H01隠り沼の下ゆ恋ふればすべをなみ妹が名告りつ忌むべきものを

#[関連論文]


#[番号]11/2720
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]水鳥乃 鴨之住池之 下樋無 欝悒君 今日見鶴鴨
#[訓読]水鳥の鴨の棲む池の下樋なみいぶせき君を今日見つるかも
#[仮名],みづとりの,かものすむいけの,したびなみ,いぶせききみを,けふみつるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],動物,序詞
#[訓異]
#[大意]水鳥の鴨の住む池の水を通す下樋がなくて水が滞るように心が晴れずにうっというしい気持ちで恋しているあなたを今日やっと逢ったことだ
#{語釈]
下樋 下を通す土管

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2721
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]玉藻苅 井<堤>乃四賀良美 薄可毛 戀乃余杼女留 吾情可聞
#[訓読]玉藻刈るゐでのしがらみ薄みかも恋の淀める我が心かも
#[仮名],たまもかる,ゐでのしがらみ,うすみかも,こひのよどめる,あがこころかも
#[左注]
#[校異]提 -> 堤 [西(訂正)][文]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]玉藻を刈る井関の芥が少しであるように、恋のしがらみが少ないために恋が滞りがちなのであろうか。それとも自分の心が薄いからなのだろうか。
#{語釈]
玉藻刈る ゐでの実質的枕詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2722
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾妹子之 笠乃借手乃 和射見野尓 吾者入跡 妹尓告乞
#[訓読]我妹子が笠のかりての和射見野に我れは入りぬと妹に告げこそ
#[仮名],わぎもこが,かさのかりての,わざみのに,われはいりぬと,いもにつげこそ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,岐阜県,関ヶ原,序詞,羈旅,恋愛,望郷
#[訓異]
#[大意]我妹子の笠のかりての輪ではないが、和射見野に自分は差し掛かったと妹に告げてほしい
#{語釈]
我妹子が笠のかりての 笠の内側に頭を乗せるための輪のことをかりて。そこに紐を通してあごで結ぶ
代匠記 笠に小さき輪を著けてそれに緒を著る其輪を借手と云に依て、和射見野の和のひともじにつづく

和射見野 関ヶ原の野

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2723
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]數多不有 名乎霜惜三 埋木之 下<従>其戀 去方不知而
#[訓読]あまたあらぬ名をしも惜しみ埋れ木の下ゆぞ恋ふるゆくへ知らずて
#[仮名],あまたあらぬ,なをしもをしみ,うもれぎの,したゆぞこふる,ゆくへしらずて
#[左注]
#[校異]徒 -> 従 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],恋情,うわさ,枕詞
#[訓異]
#[大意]多くはない名が惜しいので埋もれ木のように心の中から恋い思っているよ。行く末どうなるかもわからないで。
#{語釈]
あまたあらぬ たくさんはない 唯一の

埋れ木の 地面の下に埋もれていることから 下の枕詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2724
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]冷風之 千江之浦廻乃 木積成 心者依 後者雖不知
#[訓読]秋風の千江の浦廻の木屑なす心は寄りぬ後は知らねど
#[仮名],あきかぜの,ちえのうらみの,こつみなす,こころはよりぬ,のちはしらねど
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]秋風の吹く千江の浦のめぐりの木くずが岸辺に打ち寄せているように心は寄ってしまった。後のことは知らないけれども
#{語釈]
千江の浦廻 未詳 八雲御抄 石見か

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2725
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]白細<砂> 三津之黄土 色出而 不云耳衣 我戀樂者
#[訓読]白真砂御津の埴生の色に出でて言はなくのみぞ我が恋ふらくは
#[仮名],しらまなご,みつのはにふの,いろにいでて,いはなくのみぞ,あがこふらくは
#[左注]
#[校異]妙 -> 砂 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],地名,大阪府,序詞,うわさ,恋情
#[訓異]
#[大意]白砂の御津の埴生のように目立って表に出しては言わないだけだよ。自分が恋い思っていることは。
#{語釈]
白真砂 白砂の海岸である御津の枕詞

御津 難波の御津

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2726
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]風不吹 浦尓浪立 無名乎 吾者負香 逢者無二 [一云 女跡念而]
#[訓読]風吹かぬ浦に波立ちなき名をも我れは負へるか逢ふとはなしに [一云 女と思ひて]
#[仮名],かぜふかぬ,うらになみたち,なきなをも,われはおへるか,あふとはなしに,[をみなとおもひて]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,うわさ,恋愛,異伝
#[訓異]
#[大意]風が吹かないのに浦に波が立つような、何事も無いのに浮き名を自分は負っているのか。逢うということはなくて 一云 女だと思って
#{語釈]
無き名 無実の浮き名

女と思ひて 意味不明
代匠記 女の上に落字か。汝の誤りか
釋注 人を女だとみくびって

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2727
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]酢蛾嶋之 夏身乃浦尓 依浪 間文置 吾不念君
#[訓読]酢蛾島の夏身の浦に寄する波間も置きて我が思はなくに
#[仮名],すがしまの,なつみのうらに,よするなみ,あひだもおきて,わがおもはなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,三重県,菅島,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]菅島の夏身の浦に寄せる波ではないが、暇なく自分は思っていないということはないのに。絶えず思い続けているよ
#{語釈]
酢蛾島 全釈 鳥羽市菅島

夏身の浦 未詳 注釈 菅島の南の対岸 鳥羽市浦村町に小字夏見

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2728
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]淡海之海 奥津嶋山 奥間經而 我念妹之 言繁<苦>
#[訓読]近江の海沖つ島山奥まへて我が思ふ妹が言の繁けく
#[仮名],あふみのうみ,おきつしまやま,おくまへて,あがおもふいもが,ことのしげけく
#[左注]
#[校異]之海 [嘉][古] 之 / <> -> 苦 [嘉][類][古]
#[鄣W],地名,琵琶湖,滋賀県,序詞,うわさ,恋愛
#[訓異]
#[大意]近江の海の沖の島山ではないが心の奥深くから自分が思う妹のうわさのひどいことだ
#{語釈]
沖つ島山 万葉見安 竹主島
拾穂抄 おきの島とて別に在
神名帳 蒲生郡奥津嶋神社 比良の東の沖 近江八幡市の沖の島か

奥まへて 奥まへて 心の底から 深く

#[説明]
異伝歌
11/2439H01近江の海沖つ島山奥まけて我が思ふ妹が言の繁けく
奥まけて 奥を準備して 大系 将来をいろいろと考えて

#[関連論文]


#[番号]11/2729
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]霰零 遠<津>大浦尓 縁浪 縦毛依十万 憎不有君
#[訓読]霰降り遠つ大浦に寄する波よしも寄すとも憎くあらなくに
#[仮名],あられふり,とほつおほうらに,よするなみ,よしもよすとも,にくくあらなくに
#[左注]
#[校異]<> -> 津 [西(訂正)][嘉][文][類]
#[鄣W],枕詞,地名,滋賀県,西浅井町,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]霰降りトオトオと音がするその遠い大浦に寄せる波ではないが、よしや仲を寄せようとも、いやではないのだから
#{語釈]
霰降り 遠いにかかる枕詞 霰の降る音をトオと聞こえたのか。
07/1293H01霰降り遠つ淡海の吾跡川楊刈れどもまたも生ふといふ吾跡川楊

遠つ大浦 遠い大浦
大浦 滋賀県伊香郡西浅井町大浦

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2730
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]木海之 名高之浦尓 依浪 音高鳧 不相子故尓
#[訓読]紀の海の名高の浦に寄する波音高きかも逢はぬ子ゆゑに
#[仮名],きのうみの,なたかのうらに,よするなみ,おとだかきかも,あはぬこゆゑに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,和歌山県,海南市,序詞,うわさ,恋愛
#[訓異]
#[大意]紀伊の海の名高の浦に寄せる波の音が高いことではないが、うわさが高いことだ。逢わないあの子なのに
#{語釈]
紀の浦の名高の浦 和歌山県海南市名高
07/1392H01紫の名高の浦の真砂土袖のみ触れて寝ずかなりなむ
07/1396H01紫の名高の浦のなのりその礒に靡かむ時待つ我れを
11/2780H01紫の名高の浦の靡き藻の心は妹に寄りにしものを

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2731
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]牛窓之 浪乃塩左猪 嶋響 所依之<君> 不相鴨将有
#[訓読]牛窓の波の潮騒島響み寄そりし君は逢はずかもあらむ
#[仮名],うしまどの,なみのしほさゐ,しまとよみ,よそりしきみは,あはずかもあらむ
#[左注]
#[校異]君尓 -> 君 [嘉][類]
#[鄣W],地名,岡山県,牛窓町,うわさ,女歌,序詞
#[訓異]
#[大意]牛窓の波の潮騒で島が響き渡るようにうわさが高く言い寄せられたあなたは逢わないでいることだ
#{語釈]
牛窓 岡山県邑久郡牛窓町

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2732
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]奥波 邊浪之来縁 左太能浦之 此左太過而 後将戀可聞
#[訓読]沖つ波辺波の来寄る佐太の浦のこのさだ過ぎて後恋ひむかも
#[仮名],おきつなみ,へなみのきよる,さだのうらの,このさだすぎて,のちこひむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]沖の波や岸辺の波が寄ってくる佐太の浦のさだではないが、この時を過ぎて後になって恋い思うであろうか。
#{語釈]
佐太の浦 未詳
考 和泉、出雲
古義 高知県土佐清水市足摺岬
全釈 愛媛県西宇和郡三崎町佐田岬

さだ 古義 しだと同じく時の古語 好機を逸して
14/3461H01あぜと言へかさ寝に逢はなくにま日暮れて宵なは来なに明けぬしだ来る
14/3515H01我が面の忘れむしだは国はふり嶺に立つ雲を見つつ偲はせ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2733
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]白浪之 来縁嶋乃 荒礒尓毛 有申物尾 戀乍不有者
#[訓読]白波の来寄する島の荒礒にもあらましものを恋ひつつあらずは
#[仮名],しらなみの,きよするしまの,ありそにも,あらましものを,こひつつあらずは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]白波がやってくる島の荒磯にもあればよかったのに。恋い続けてはいずに
#{語釈]
荒磯 波が来寄せるが何の思いもないもの
自分は恋心が来寄せて物思いがある。従って来寄せることでは変わらない磯でありたいと思う。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2734
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]塩満者 水沫尓浮 細砂裳 吾者生鹿 戀者不死而
#[訓読]潮満てば水泡に浮かぶ真砂にも我はなりてしか恋ひは死なずて
#[仮名],しほみてば,みなわにうかぶ,まなごにも,わはなりてしか,こひはしなずて
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]潮が満ちると水泡に浮かぶ砂にでも自分はなりたいものだ。恋い死にはしないで
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2735
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]住吉之 城師乃浦箕尓 布浪之 數妹乎 見因欲得
#[訓読]住吉の岸の浦廻にしく波のしくしく妹を見むよしもがも
#[仮名],すみのえの,きしのうらみに,しくなみの,しくしくいもを,みむよしもがも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,大阪府,住吉,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]住吉の岸の浦のめぐりに重なり合う波のように重ね重ね妹を見るてだてもあればなあ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2736
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]風緒痛 甚振浪能 間無 吾念君者 相念濫香
#[訓読]風をいたみいたぶる波の間なく我が思ふ妹は相思ふらむか
#[仮名],かぜをいたみ,いたぶるなみの,あひだなく,あがおもふいもは,あひおもふらむか
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]風がひどいのでひどく立っている波ではないが間断なく自分が恋い思う妹は、お互い恋い思っているだろうか
いたぶる 波がひどく立つ
14/3550H01おしていなと稲は搗かねど波の穂のいたぶらしもよ昨夜ひとり寝て

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2737
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大伴之 三津乃白浪 間無 我戀良苦乎 人之不知久
#[訓読]大伴の御津の白波間なく我が恋ふらくを人の知らなく
#[仮名],おほともの,みつのしらなみ,あひだなく,あがこふらくを,ひとのしらなく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,大阪府,序詞,恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]大伴の御津の白波ではないが、間断なく自分が恋い思っていることをあの人は知らないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2738
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大船乃 絶多經海尓 重石下 何如為鴨 吾戀将止
#[訓読]大船のたゆたふ海にいかり下ろしいかにせばかも我が恋やまむ
#[仮名],おほぶねの,たゆたふうみに,いかりおろし,いかにせばかも,あがこひやまむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]大船が揺れている海にいかりを下ろしてゆったりしているように、そのいかりではないがどのようにすれば、自分は恋い心が止んでゆったりとするだろうか。
#{語釈]
いかり下ろし いかにを引き出す序詞
どうじに船が波にも動じていないように、恋い心に動じないことも示す

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2739
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]水沙兒居 奥<麁>礒尓 縁浪 徃方毛不知 吾戀久波
#[訓読]みさご居る沖つ荒礒に寄する波ゆくへも知らず我が恋ふらくは
#[仮名],みさごゐる,おきつありそに,よするなみ,ゆくへもしらず,あがこふらくは
#[左注]
#[校異]原字不明 -> 麁 [西(上書訂正)][嘉][文][類]
#[鄣W],動物,鳥,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]みさごのいる沖の荒磯に寄せる波の行方がわからないように、行く末どうなるともわからないことだ。自分が恋い思うことは。
#{語釈]
みさご 鳶ほどのミサゴ科の鳥。崖や水辺に住む
03/0362H01みさご居る磯廻に生ふるなのりその名は告らしてよ親は知るとも
03/0363H01みさご居る荒磯に生ふるなのりそのよし名は告らせ親は知るとも
11/2831H01みさご居る洲に居る舟の夕潮を待つらむよりは我れこそまされ
12/3077H01みさご居る荒礒に生ふるなのりそのよし名は告らじ親は知るとも
12/3203H01みさご居る洲に居る舟の漕ぎ出なばうら恋しけむ後は逢ひぬとも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2740
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大船之 <艫毛舳>毛 依浪 <依>友吾者 君之<任>意
#[訓読]大船の艫にも舳にも寄する波寄すとも我れは君がまにまに
#[仮名],おほぶねの,ともにもへにも,よするなみ,よすともわれは,きみがまにまに
#[左注]
#[校異]舳毛艫 -> 艫毛舳 [嘉][類][古] / <> -> 依 [西(訂正)][嘉][文][類][紀] / 随 -> 任 [嘉][類]
#[鄣W],恋情,序詞,女歌
#[訓異]
#[大意]大船の艫にも舳にも寄せる波ではないが、世間の人がうわさで自分たちを言い寄せるとしても自分はあなたの心のままよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2741
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大海二 立良武浪者 間将有 公二戀等九 止時毛梨
#[訓読]大船に立つらむ波は間あらむ君に恋ふらくやむ時もなし
#[仮名],おほぶねに,たつらむなみは,あひだあらむ,きみにこふらく,やむときもなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]大海に立つ波は間があろう。だけどあなたに恋い思うことは止む時もないよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2742
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]<壮>鹿海部乃 火氣焼立而 燎塩乃 辛戀毛 吾為鴨
#[訓読]志賀の海人の煙焼き立て焼く塩の辛き恋をも我れはするかも
#[仮名],しかのあまの,けぶりやきたて,やくしほの,からきこひをも,あれはするかも
#[左注]右一首或云石川君子朝臣作之
#[校異]牡 -> 壮 [古]
#[鄣W],作者:石川君子,作者異伝,地名,福岡県,志賀島,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]志賀の海人が煙を立てて焼く塩のような辛くてつらい恋を自分はすることであるよ
#{語釈]
石川君子
03/0278D01石川少郎歌一首
03/0278H01志賀の海女は藻刈り塩焼き暇なみ櫛笥の小櫛取りも見なくに
03/0278S01右今案 石川朝臣君子号曰少郎子也
和銅六年 従五位下
霊亀元年 播磨守
養老十年 兵部大輔
風流侍従
神亀三年 従四位下
神亀年中 太宰少弐

#[説明]
同想、改作歌
15/3652H01志賀の海人の一日もおちず焼く塩のからき恋をも我れはするかも
17/3932H01須磨人の海辺常去らず焼く塩の辛き恋をも我れはするかも

#[関連論文]


#[番号]11/2743
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]中々二 君二不戀者 <枚>浦乃 白水郎有申尾 玉藻苅管
#[訓読]なかなかに君に恋ひずは比良の浦の海人ならましを玉藻刈りつつ
#[仮名],なかなかに,きみにこひずは,ひらのうらの,あまならましを,たまもかりつつ
#[左注]或本歌曰 中々尓 君尓不戀波 留<牛馬>浦之 海部尓有益男 珠藻苅<々>
#[校異]牧 -> 枚 [類][古][紀] / 鳥 -> 牛馬 [嘉] / 苅 -> 々 [嘉][類][文][細]
#[鄣W],地名,滋賀県,比良,植物,恋愛
#[訓異]
#[大意]なまじっかあなたに恋い思っていずに比良の浦の海人であればよかったのに。ただ物思いもなく玉藻を刈り続けて
#{語釈]
比良の浦 滋賀県滋賀郡滋賀町南比良
01/0007S01右檢山上憶良大夫類聚歌林曰 一書戊申年幸比良宮大御歌 但紀曰 五年
01/0031H02[比良の]
03/0274H01我が舟は比良の港に漕ぎ泊てむ沖へな離りさ夜更けにけり
09/1715H01楽浪の比良山風の海吹けば釣りする海人の袖返る見ゆ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2743S
#[題詞](寄物陳思)或本歌曰
#[原文]中々尓 君尓不戀波 留<牛馬>浦之 海部尓有益男 珠藻苅<々>
#[訓読]なかなかに君に恋ひずは縄の浦の海人にあらましを玉藻刈る刈る
#[仮名],なかなかに,きみにこひずは,なはのうらの,あまにあらましを,たまもかるかる
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,兵庫県,相生市,恋愛,植物,異伝
#[訓異]
#[大意]なまじっかあなたに恋い思っていずに縄の浦の海人にあればよかったのに。ただ玉藻を刈り続けて物思いもなかったのに。
#{語釈]
縄の浦 未詳 兵庫県相生市相生湾
原文 [類][古」留牛馬浦 文 留鳥浦 訓 あみのうら
定本 留牛馬 ならば 縄または綱と訓める。
03/0354H01縄の浦に塩焼く煙夕されば行き過ぎかねて山にたなびく
03/0357H01縄の浦ゆそがひに見ゆる沖つ島漕ぎ廻る舟は釣りしすらしも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2744
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]鈴寸取 海部之燭火 外谷 不見人故 戀比日
#[訓読]鱸取る海人の燈火外にだに見ぬ人ゆゑに恋ふるこのころ
#[仮名],すずきとる,あまのともしび,よそにだに,みぬひとゆゑに,こふるこのころ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],動物,魚,枕詞,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]鱸を捕る海人の漁り火ではないが、余所にすら逢わないあの人なのに恋い思うこの頃であるよ
#{語釈]
鱸取る 海人の枕詞 めでたい魚なので、漁労の代表としたか
03/0252H01荒栲の藤江の浦に鱸釣る海人とか見らむ旅行く我れを

海人の燭火 海上はるかにあるので、外にかかる序詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2745
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]湊入之 葦別小<舟> 障多見 吾念<公>尓 不相頃者鴨
#[訓読]港入りの葦別け小舟障り多み我が思ふ君に逢はぬころかも
#[仮名],みなといりの,あしわけをぶね,さはりおほみ,あがおもふきみに,あはぬころかも
#[左注]
#[校異]船 -> 舟 [嘉][文] / 君 -> 公 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],序詞,うわさ,障害,恋情
#[訓異]
#[大意]港に入るのでと葦を掻き分けて行く小舟ではないが、障害が多くて自分が恋い思うあなたに逢わないこの頃であるよ
#{語釈]
小舟 岸辺に行くのに葦がじゃまになって掻き分けて進む様子

障り 人のうわさ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2746
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]庭浄 奥方榜出 海舟乃 執梶間無 戀為鴨
#[訓読]庭清み沖へ漕ぎ出る海人舟の楫取る間なき恋もするかも
#[仮名],にはきよみ,おきへこぎづる,あまぶねの,かぢとるまなき,こひもするかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]海面が清らかなので沖へ漕ぎ出る海人の舟の楫が絶え間なく動いているように絶え間ない恋もすることであるよ
#{語釈]
庭 海の面
03/0256H01笥飯の海の庭よくあらし刈薦の乱れて出づ見ゆ海人の釣船
03/0256H02武庫の海船庭ならし漁りする海人の釣船波の上ゆ見ゆ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2747
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]味鎌之 塩津乎射而 水手船之 名者謂手師乎 不相将有八方
#[訓読]あぢかまの塩津をさして漕ぐ船の名は告りてしを逢はざらめやも
#[仮名],あぢかまの,しほつをさして,こぐふねの,なはのりてしを,あはざらめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,滋賀県,塩津,序詞,恋愛,怨み
#[訓異]
#[大意]あぢかまの塩津を目指して漕いでいる船の名前ではないが、名前を言ったものなのに逢わないということがあろうか
#{語釈]

あぢかまの 代匠記 東国の地名 14/3551、3553 塩津 所在未詳
私注 枕詞とすると、あぢはあぢかも かまは、かもの転 港等水辺をあらわす語に続く 塩津は、琵琶湖北岸の地

名は告りてしを 結婚を許したのだから

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2748
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大<船>尓 葦荷苅積 四美見似裳 妹心尓 乗来鴨
#[訓読]大船に葦荷刈り積みしみみにも妹は心に乗りにけるかも
#[仮名],おほぶねに,あしにかりつみ,しみみにも,いもはこころに,のりにけるかも
#[左注]
#[校異]舟 -> 船 [嘉][類][京]
#[鄣W],序詞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]大きな舟に葦を刈って積んでいっぱいなように、妹は心いっぱい乗ってしまったことであるよ
#{語釈]
しみみ いっぱいに
03/0460H02なき国に 渡り来まして 大君の 敷きます国に うち日さす 都しみみに
10/2124H01見まく欲り我が待ち恋ひし秋萩は枝もしみみに花咲きにけり
11/2529H01家人は道もしみみに通へども我が待つ妹が使来ぬかも
11/2748H01大船に葦荷刈り積みしみみにも妹は心に乗りにけるかも
12/3062H01忘れ草垣もしみみに植ゑたれど醜の醜草なほ恋ひにけり
13/3324H01かけまくも あやに畏し 藤原の 都しみみに 人はしも 満ちてあれども
13/3324H06しぐれの秋は 大殿の 砌しみみに 露負ひて 靡ける萩を 玉たすき

妹は心に乗りにけるかも
02/0100H01東人の荷前の箱の荷の緒にも妹は心に乗りにけるかも
10/1896H01春さればしだり柳のとををにも妹は心に乗りにけるかも
11/2427H01宇治川の瀬々のしき波しくしくに妹は心に乗りにけるかも
11/2748H01大船に葦荷刈り積みしみみにも妹は心に乗りにけるかも
11/2749H01駅路に引き舟渡し直乗りに妹は心に乗りにけるかも
12/3174H01漁りする海人の楫音ゆくらかに妹は心に乗りにけるかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2749
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]驛路尓 引舟渡 直乗尓 妹情尓 乗来鴨
#[訓読]駅路に引き舟渡し直乗りに妹は心に乗りにけるかも
#[仮名],はゆまぢに,ひきふねわたし,ただのりに,いもはこころに,のりにけるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]駅路に引き船を渡して直接乗るように一途に妹は心に乗ってしまったことである。
#{語釈]
駅路 街道の馬、宿泊設備を備えた駅舎。
厩牧令 凡水駅馬を配せざる処、閑繁を量りて駅別に船四隻以下二隻以上を置け。船に随ひて丁を配せ。

引き舟 岸から綱で引いて動かす舟
10/2054H01風吹きて川波立ちぬ引き船に渡りも来ませ夜の更けぬ間に

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2750
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾妹子 不相久 馬下乃 阿倍橘乃 蘿生左右
#[訓読]我妹子に逢はず久しもうましもの安倍橘の苔生すまでに
#[仮名],わぎもこに,あはずひさしも,うましもの,あへたちばなの,こけむすまでに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子に逢わないで時長いことだ。うまいものである安倍橘の木が苔が生えてすっかり老木になるほどまでに
#{語釈]
うましもの おいしいものの意 橘の枕詞

安倍橘 和名抄 橙 安倍太知波奈 似柚而小者也
安倍というのは、産地の名か
全釈 駿河安倍の名産か
松田修 クネンボ ミカンの類

注釈 蜜柑はここ数十年の間に改良が加えられて、われわれが少年の日にたべたものと全く面目を一新している事を書き加えておく。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2751
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]味乃住 渚沙乃入江之 荒礒松 我乎待兒等波 但一耳
#[訓読]あぢの住む渚沙の入江の荒礒松我を待つ子らはただ独りのみ
#[仮名],あぢのすむ,すさのいりえの,ありそまつ,あをまつこらは,ただひとりのみ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],動物,地名,植物,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]あぢ鴨の住む渚ではないが渚沙の入り江の荒磯の松、自分を待つあの子はただ独りだけだよ
#{語釈]
あぢの住む あぢ鴨

渚沙の入江 代匠記 紀伊 神名帳 須佐神社
精撰本 東国 東歌
14/3547H01あぢの棲む須沙の入江の隠り沼のあな息づかし見ず久にして
松田好夫 知多半島先端の伊勢湾側にある須佐湾のこと
現 愛知県知多郡南知多町豊浜 須佐湾

我を待つ子ら 待つ女は遊行女婦か
須佐湾は航路の要地であり、風待ち、波待ちの港となる。

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2752
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾妹兒乎 聞都賀野邊能 靡合歡木 吾者隠不得 間無念者
#[訓読]我妹子を聞き都賀野辺のしなひ合歓木我れは忍びず間なくし思へば
#[仮名],わぎもこを,ききつがのへの,しなひねぶ,われはしのびず,まなくしおもへば
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,植物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子の事を聞き継ぐという都賀野のしなやかな合歓の木ではないが、自分は堪えることが出来ない。間断なく思っているので
#{語釈]
都賀野 つがの 大阪府大阪市天満川南北 或いは東国か 栃木県上下都賀郡

しなひねぶ しのび に掛かる序詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2753
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]浪間従 所見小嶋 濱久木 久成奴 君尓不相四手
#[訓読]波の間ゆ見ゆる小島の浜久木久しくなりぬ君に逢はずして
#[仮名],なみのまゆ,みゆるこしまの,はまひさぎ,ひさしくなりぬ,きみにあはずして
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]波の間から見える小島の浜に生える久木ではないが、久しくなった。あなたに逢わないで
#{語釈]
久木 木ささげ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2754
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]朝柏 閏八河邊之 小竹之眼笶 思而宿者 夢所見来
#[訓読]朝柏潤八川辺の小竹の芽の偲ひて寝れば夢に見えけり
#[仮名],あさかしは,うるやかはへの,しののめの,しのひてぬれば,いめにみえけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,地名,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]朝柏閏八川のほとりの篠竹の芽ではないが、忍んで寝ると夢に見えたことだ
#{語釈]
朝柏 朝露に潤う柏の意味で潤や川にかけた枕詞

閏八川 閏和と同じ
潤和川 未詳
古義 潤比とあって和名抄 上総国市原郡湿津 宇留比豆
地名辞書 潤川(ウルヒ) 一名古家川 富士山の西南、富士市田子の浦に注ぐ潤井川
新考 播磨国明石郡伊川谷 潤和(じゅんな)

#[説明]
同地の歌
11/2478H01秋柏潤和川辺の小竹の芽の人には忍び君に堪へなくに

#[関連論文]


#[番号]11/2755
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]淺茅原 苅標刺而 空事文 所縁之君之 辞鴛鴦将待
#[訓読]浅茅原刈り標さして空言も寄そりし君が言をし待たむ
#[仮名],あさぢはら,かりしめさして,むなことも,よそりしきみが,ことをしまたむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,うわさ,女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]浅茅原に仮に標しをするようなむなしい言葉でもうわさを立てられたあなたのお言葉を待ちましょう
#{語釈]
寄そりし 言い寄せられた うわさを立てられた
11/2708H01しなが鳥猪名山響に行く水の名のみ寄そりし隠り妻はも
11/2731H01牛窓の波の潮騒島響み寄そりし君は逢はずかもあらむ

#[説明]
あなたの嘘の言葉でもうわさになったが、嘘でもいいからあなたを待ちましょうという意

#[関連論文]


#[番号]11/2756
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]月草之 借有命 在人乎 何知而鹿 後毛将相<云>
#[訓読]月草の借れる命にある人をいかに知りてか後も逢はむと言ふ
#[仮名],つきくさの,かれるいのちに,あるひとを,いかにしりてか,のちもあはむといふ
#[左注]
#[校異]公 -> 云 [西(訂正)][嘉][文][類]
#[鄣W],植物,枕詞,女歌
#[訓異]
#[大意]露草のようにはかない仮の命である人間であるのに、どのように後のことを知って、後に逢おうと言うのか
#{語釈]
月草 露草 花の色が褪せやすいので 染料、花びらが枯れやすい

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2757
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]王之 御笠尓縫有 在間菅 有管雖看 事無吾妹
#[訓読]大君の御笠に縫へる有間菅ありつつ見れど事なき我妹
#[仮名],おほきみの,みかさにぬへる,ありますげ,ありつつみれど,ことなきわぎも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,枕詞,序詞,地名,兵庫県,有馬,恋愛
#[訓異]
#[大意]大君の御笠の材料として縫う有間の菅ではないが、居続けて見るけれども、言うところのない我妹子よ
#{語釈]
有間菅 有馬名産の菅か
11/2757H01大君の御笠に縫へる有間菅ありつつ見れど事なき我妹
12/3064H01人皆の笠に縫ふといふ有間菅ありて後にも逢はむとぞ思ふ

事なき 言うことのない 非難のしようのない

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2758
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]菅根之 懃妹尓 戀西 益卜<男>心 不所念鳧
#[訓読]菅の根のねもころ妹に恋ふるにし大夫心思ほえぬかも
#[仮名],すがのねの,ねもころいもに,こふるにし,ますらをごころ,おもほえぬかも
#[左注]
#[校異]思而 -> 男 [万葉集略解(宣長説)]
#[鄣W],植物,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]菅の根ではないが懇ろにしみじみと妹に恋い思っているところに大夫の気持ちは思われないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2759
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾屋戸之 穂蓼古幹 採生之 實成左右二 君乎志将待
#[訓読]我が宿の穂蓼古幹摘み生し実になるまでに君をし待たむ
#[仮名],わがやどの,ほたでふるから,つみおほし,みになるまでに,きみをしまたむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,比喩,女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]我が家の蓼の穂の古い茎から実を摘んで生やし、それが実になるほどの久しい間でもあなたを待とう
#{語釈]
穂蓼古幹 蓼の穂の古い茎

摘み生し 摘んでその種を植えて生やし

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2760
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]足桧之 山澤徊具乎 採将去 日谷毛相<為> 母者責十方
#[訓読]あしひきの山沢ゑぐを摘みに行かむ日だにも逢はせ母は責むとも
#[仮名],あしひきの,やまさはゑぐを,つみにゆかむ,ひだにもあはせ,はははせむとも
#[左注]
#[校異]将 -> 為 [嘉][類]
#[鄣W],枕詞,植物,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]あしひきの山の沢に生えるゑぐを摘みに行こう日だけでも逢ってください。母は責め叱ろうとも
#{語釈]
ゑぐ 10/1839 くろくわい。カヤツリグサ科の多年草。池や沢に群生する。
古名録「漢名紫雲英 今名ゲンゲ」
動植正名「くろぐわゐをゑぐとする説あれども、葉を食ふものにあらざれば然らず。げむげとする説あれど睺、澤に生ずるものにあらざれば然らず。せりとする説やや可なるに似たり。されど、ゑぐと名づくる義に於いて、其解を得ず。今水傍に多く生ずるたがらしと呼ぶもの、或いはゑぐならむ。春初一月頃、初生のものを採り、湯引きて浸し物として食ふ。柔脆(じゅうぜい:柔らかいこと)口に可なり。三月頃に至り梢長ずれば、微しく辛味を帯ぶ。其茎の如きは頗るゑぐ味あり。ゑぐの名に合へりとす。されど本草毒草部に載せたれば多く食ふべきものに非ず」
私注「ゑぐは、三菱草の塊茎、即ち水栗だといふ くろくわゐ 春水田を鋤き起こす時に、あらはれるのを、少年童女が拾ひ集めることは、私の幼時にも経験した。万葉の時代にも恐らくさうであったろう。私の郷里ではゑごと呼んだ。支那種は塊茎が大きく栽培に堪える程で、東京では春さき、青物店を注意すると手に入れることが出来た。千住あたりで作るらしい。味がえぐいのでえぐと呼ぶ説は、事実に反するようだ。三菱草は藺(りん)に近似して、時に藺(りん)に代用するから藺(りん)の実、藺(りん)の子の意でゐごの展訛かも知れぬ。・・・私が此の注に、ことさら多言を費やすのは、私を春の田に伴ってゑごを採り味はしめた、亡伯母ノブの思い出の為である。其の頃すでにゑごを知る者は、私の周囲にも多くはなかった。」

摘みに行かむ日だにも 普段は逢えないので、せめてそのように外出する時だけでも

逢はせ せ 尊敬

#[説明]
女がやっと外出出来る時に逢ってくれと男に頼んでいる歌
注釈 男が外出出来る時に逢ってくれと女に頼んでいる歌

#[関連論文]


#[番号]11/2761
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]奥山之 石本菅乃 根深毛 所思鴨 吾念妻者
#[訓読]奥山の岩本菅の根深くも思ほゆるかも我が思ひ妻は
#[仮名],おくやまの,いはもとすげの,ねふかくも,おもほゆるかも,あがおもひづまは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]山奥深い岩の根元に生えている菅の根が深く張っているように、心深くも恋い思えてならないことだ。自分の恋い思う妻は
#{語釈]
岩本菅
03/0397H01奥山の岩本菅を根深めて結びし心忘れかねつも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2762
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]蘆垣之 中之似兒草 尓故余漢 我共咲為而 人尓所知名
#[訓読]葦垣の中の和草にこやかに我れと笑まして人に知らゆな
#[仮名],あしかきの,なかのにこぐさ,にこやかに,われとゑまして,ひとにしらゆな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,うわさ,女歌,序詞
#[訓異]
#[大意]葦で作った垣根の中に交じっている柔らかい草のにこではないが、にこにこと自分とほほえみ合って自分たちの仲を他人には知られるなよ。
#{語釈]
葦垣の中の和草 和草 柔らかい草
垣根にする葦に交じって若い葦草があるからか
14/3370H01あしがりの箱根の嶺ろのにこ草の花つ妻なれや紐解かず寝む
16/3874H01射ゆ鹿を認ぐ川辺のにこ草の身の若かへにさ寝し子らはも
20/4309H01秋風に靡く川辺のにこ草のにこよかにしも思ほゆるかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2763
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]紅之 淺葉乃野良尓 苅草乃 束之間毛 吾忘渚菜
#[訓読]紅の浅葉の野らに刈る草の束の間も我を忘らすな
#[仮名],くれなゐの,あさはののらに,かるかやの,つかのあひだも,あをわすらすな
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,序詞,地名,女歌,恋愛
#[訓異]
#[大意]紅の浅葉の野のあたりに刈る草の束の間のようなわずかな間も自分をお忘れになるなよ
#{語釈]
紅の 浅いに続く
浅葉の野 未詳 拾穂抄 武蔵国 埼玉県入間郡坂戸町浅羽
略解 遠江 静岡県磐田郡浅羽町
12/2863H01浅葉野に立ち神さぶる菅の根のねもころ誰がゆゑ我が恋ひなくに

束の間も 02/0110H01大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我れ忘れめや

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2764
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]為妹 壽遺在 苅<薦>之 思乱而 應死物乎
#[訓読]妹がため命残せり刈り薦の思ひ乱れて死ぬべきものを
#[仮名],いもがため,いのちのこせり,かりこもの,おもひみだれて,しぬべきものを
#[左注]
#[校異]薦 [西(上書訂正)][嘉][文][類]
#[鄣W],植物,枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]妹のために命を残しているのだ。刈った薦が乱れるように思い乱れて死んでしまいそうなものなのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2765
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾妹子尓 戀乍不有者 苅薦之 思乱而 可死鬼乎
#[訓読]我妹子に恋つつあらずは刈り薦の思ひ乱れて死ぬべきものを
#[仮名],わぎもこに,こひつつあらずは,かりこもの,おもひみだれて,しぬべきものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]我妹子に恋い続けてはいずに刈った薦が乱れるように思い乱れて死んでしまおうものを
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2766
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]三嶋江之 入江之薦乎 苅尓社 吾乎婆公者 念有来
#[訓読]三島江の入江の薦を刈りにこそ我れをば君は思ひたりけれ
#[仮名],みしまえの,いりえのこもを,かりにこそ,われをばきみは,おもひたりけれ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,大阪府,大阪市,植物,序詞,恋愛,女歌
#[訓異]
#[大意]三島江の入り江を刈るようにかりそめにだけ自分をあなたは思っているのだろうよ
#{語釈]
三島江の入江 大阪府高槻市三島江 唐崎
07/1348H01三島江の玉江の薦を標めしより己がとぞ思ふいまだ刈らねど
11/2766H01三島江の入江の薦を刈りにこそ我れをば君は思ひたりけれ
11/2836H01三島菅いまだ苗なり時待たば着ずやなりなむ三島菅笠

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2767
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]足引乃 山橘之 色出而 吾戀南雄 <人>目難為名
#[訓読]あしひきの山橘の色に出でて我は恋なむを人目難みすな
#[仮名],あしひきの,やまたちばなの,いろにいでて,あはこひなむを,ひとめかたみすな
#[左注]
#[校異]八 -> 人 [万葉考]
#[鄣W],枕詞,植物,序詞,うわさ,恋情
#[訓異]
#[大意]あしひきの山橘のようにはっきりと顔色に出て自分は恋い思ってしまおうものをあなたは人目をはばかるようなことをしなさるな
#{語釈]
山橘 藪こうじ 秋に赤い実をつける
04/0669H01あしひきの山橘の色に出でよ語らひ継ぎて逢ふこともあらむ
07/1340H01紫の糸をぞ我が搓るあしひきの山橘を貫かむと思ひて
11/2767H01あしひきの山橘の色に出でて我は恋なむを人目難みすな
19/4226H01この雪の消残る時にいざ行かな山橘の実の照るも見む
20/4471H01消残りの雪にあへ照るあしひきの山橘をつとに摘み来な

人目難みすな 原文 八目難為名 やめかたみすな
代匠記 今は我忍ひかねぬればかくと色に出て恋なむ、其恋る心をやめむもやめざらむも君が心なれば、やめかたきやうにはすなとなり
全註釈 逢わないで恋をすることを止められなくするな。恋をさせないやうにしてくれの意
万葉考 八は人の字也 ひとめかたみすな
今よりわが顕れて恋んからは、そこにも人めをはばかることなくあらはれて相思ひてよといふ也
人目をはばかるようなことをするな


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2768
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]葦多頭乃 颯入江乃 白菅乃 知為等 乞痛鴨
#[訓読]葦鶴の騒く入江の白菅の知らせむためと言痛かるかも
#[仮名],あしたづの,さわくいりえの,しらすげの,しらせむためと,こちたかるかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],動物,鳥,植物,序詞,うわさ,恋愛
#[訓異]
#[大意]葦鶴の鳴き騒ぐ入り江の白菅ではないが私にあなたの恋いを知らせるためとして人のうわさがひどいのだなあ
#{語釈]
葦鶴 芦辺にいる鶴
03/0456H01君に恋ひいたもすべなみ葦鶴の哭のみし泣かゆ朝夕にして
04/0575H01草香江の入江にあさる葦鶴のあなたづたづし友なしにして
06/0961H01湯の原に鳴く葦鶴は我がごとく妹に恋ふれや時わかず鳴く
11/2768H01葦鶴の騒く入江の白菅の知らせむためと言痛かるかも

白菅 白っぽい菅
03/0280H01いざ子ども大和へ早く白菅の真野の榛原手折りて行かむ
03/0281H01白菅の真野の榛原行くさ来さ君こそ見らめ真野の榛原
07/1354H01白菅の真野の榛原心ゆも思はぬ我れし衣に摺りつ
11/2768H01葦鶴の騒く入江の白菅の知らせむためと言痛かるかも

知らせむ 注釈 知られむ 相手に知られるためとして


#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2769
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾背子尓 吾戀良久者 夏草之 苅除十方 生及如
#[訓読]我が背子に我が恋ふらくは夏草の刈り除くれども生ひしくごとし
#[仮名],わがせこに,あがこふらくは,なつくさの,かりそくれども,おひしくごとし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,女歌,恋愛,自嘲
#[訓異]
#[大意]我が恋人に自分が恋い思うことは、夏草を刈り除いてもさらに生えてくるようなものである
#{語釈]
生ひしく 生え茂る 生えてしきりになる

#[説明]
類歌
10/1984H01このころの恋の繁けく夏草の刈り掃へども生ひしくごとし

#[関連論文]


#[番号]11/2770
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]道邊乃 五柴原能 何時毛々々々 人之将縦 言乎思将待
#[訓読]道の辺のいつ柴原のいつもいつも人の許さむ言をし待たむ
#[仮名],みちのへの,いつしばはらの,いつもいつも,ひとのゆるさむ,ことをしまたむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]道のほとりのいつ柴の原ではないが、いつでもいつでもあの人の結婚を許す言葉を待とう
#{語釈]
いつ柴原 いつを引き出す序 厳柴の原 神聖な柴が生えている原
04/0513H01大原のこのいち柴のいつしかと我が思ふ妹に今夜逢へるかも
08/1643H01天霧らし雪も降らぬかいちしろくこのいつ柴に降らまくを見む

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2771
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾妹子之 袖乎憑而 真野浦之 小菅乃笠乎 不著而来二来有
#[訓読]我妹子が袖を頼みて真野の浦の小菅の笠を着ずて来にけり
#[仮名],わぎもこが,そでをたのみて,まののうらの,こすげのかさを,きずてきにけり
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,兵庫県,神戸市,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子の袖を頼みとして真野の浦の小菅の笠を着けないでやって来たことだ
#{語釈]
我妹子が袖を頼みて もし雨が降ったとしても妹の袖を傘に出来るとして

真野の浦 兵庫県長田区東尻池町 滋賀県大津市真野
04/0490H01真野の浦の淀の継橋心ゆも思へや妹が夢にし見ゆる

小菅の笠 菅の産地 他の女性の意味も隠しているか
03/0280H01いざ子ども大和へ早く白菅の真野の榛原手折りて行かむ
03/0281H01白菅の真野の榛原行くさ来さ君こそ見らめ真野の榛原
07/1354H01白菅の真野の榛原心ゆも思はぬ我れし衣に摺りつ
11/2768H01葦鶴の騒く入江の白菅の知らせむためと言痛かるかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2772
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]真野池之 小菅乎笠尓 不縫為<而> 人之遠名乎 可立物可
#[訓読]真野の池の小菅を笠に縫はずして人の遠名を立つべきものか
#[仮名],まののいけの,こすげをかさに,ぬはずして,ひとのとほなを,たつべきものか
#[左注]
#[校異]<> -> 而 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],地名,兵庫県,神戸市,うわさ,恋愛
#[訓異]
#[大意]真野の池の小菅を笠に縫わないで他人の浮き名を立ててよいものだろうか
#{語釈]
真野の池の小菅を笠に縫はずして 自分と結婚の約束をされないで

人の遠名 人は自分のこと うわさになる名

#[説明]
実際には何の関係も持たないで、自分のうわさをあなたは立ててよいものかと言ったもの
#[関連論文]


#[番号]11/2773
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]刺竹 齒隠有 吾背子之 吾許不来者 吾将戀八方
#[訓読]さす竹の世隠りてあれ我が背子が我がりし来ずは我れ恋めやも
#[仮名],さすたけの,よごもりてあれ,わがせこが,わがりしこずは,あれこひめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]さす竹の家に引き隠っていてください。あなたが自分の所へ来ないならば自分は恋い思うということがあろうか。(中途半端に来るから恋い思って苦しいのだ)
#{語釈]
さす竹の 突き刺したように立って繁り栄える竹 宮関連の枕詞
02/0167H18[さす竹の 皇子の宮人 ゆくへ知らにす]
02/0199H35[刺す竹の 皇子の御門を]
06/0955H01さす竹の大宮人の家と住む佐保の山をば思ふやも君
06/1047H11群鳥の 朝立ち行けば さす竹の 大宮人の 踏み平し 通ひし道は
06/1050H07吾が大君は 君ながら 聞かしたまひて さす竹の 大宮ここと
11/2773H01さす竹の世隠りてあれ我が背子が我がりし来ずは我れ恋めやも
16/3791H17道を来れば うちひさす 宮女 さす竹の 舎人壮士も 忍ぶらひ

世 竹の節と節との間

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2774
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]神南備能 淺小竹原乃 美 妾思公之 聲之知家口
#[訓読]神奈備の浅小竹原のうるはしみ我が思ふ君が声のしるけく
#[仮名],かむなびの,あさぢのはらの,うるはしみ,あがおもふきみが,こゑのしるけく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],序詞,恋愛,地名
#[訓異]
#[大意]神聖な浅茅が原に心引かれるように、心引かれて自分が恋い思うあなたの声がはっきりと聞こえることだ
#{語釈]
神奈備の浅小竹原 神の降臨する所の浅茅が原 斎庭

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2775
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山高 谷邊蔓在 玉葛 絶時無 見因毛欲得
#[訓読]山高み谷辺に延へる玉葛絶ゆる時なく見むよしもがも
#[仮名],やまたかみ,たにへにはへる,たまかづら,たゆるときなく,みむよしもがも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]山が高いので谷辺に生える玉葛ではないが絶える時がなく見る手だてがあればなあ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2776
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]道邊 草冬野丹 履干 吾立待跡 妹告乞
#[訓読]道の辺の草を冬野に踏み枯らし我れ立ち待つと妹に告げこそ
#[仮名],みちのへの,くさをふゆのに,ふみからし,われたちまつと,いもにつげこそ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋愛
#[訓異]
#[大意]道の辺の草を冬の野のように踏んで枯らし、そのぐらい長く自分は立って待っていると妹に告げて欲しい
#{語釈]
道の辺の草を冬野に踏み枯らし 冬の野原のように道の辺の草を踏み枯らすほど長く立っている様子

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2777
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]疊薦 隔編數 通者 道之柴草 不生有申尾
#[訓読]畳薦へだて編む数通はさば道の芝草生ひずあらましを
#[仮名],たたみこも,へだてあむかず,かよはさば,みちのしばくさ,おひずあらましを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]薦を畳にするのに隔てて並べる数ほど多くお通いになったら、道の芝草は生えないであったものなのに
#{語釈]
畳薦 薦を畳に編むときに一本づつ隔て並べて糸で編んでいく

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2778
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]水底尓 生玉藻之 生不出 縦比者 如是而将通
#[訓読]水底に生ふる玉藻の生ひ出でずよしこのころはかくて通はむ
#[仮名],みなそこに,おふるたまもの,おひいでず,よしこのころは,かくてかよはむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,序詞,うわさ,人目,恋愛
#[訓異]
#[大意]水底に生えている玉藻が水面に生え出ないように、ままよこの頃はこのように密かに通っていよう
#{語釈]
生ひ出でず 玉藻が水中にあって水面に現れないように、自分たちの仲も人に知られない

かくて 人に知られていないので、安心して

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2779
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]海原之 奥津縄乗 打靡 心裳<四>怒尓 所念鴨
#[訓読]海原の沖つ縄海苔うち靡き心もしのに思ほゆるかも
#[仮名],うなはらの,おきつなはのり,うちなびき,こころもしのに,おもほゆるかも
#[左注]
#[校異]原字不明 -> 四 [西(上書訂正)][嘉][文][類][紀]
#[鄣W],植物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]海原の沖の縄海苔がうち靡いているように、心もしおれるばかりに恋い思われてならないことだ
#{語釈]
縄海苔 未詳 縄のような海苔
品物解 うみそうめん
動植正名 ぼむめ 昆布の幅の狭いもの つるも

うち靡き
04/0505H01今さらに何をか思はむうち靡き心は君に寄りにしものを
11/2482H01水底に生ふる玉藻のうち靡き心は寄りて恋ふるこのころ
11/2779H01海原の沖つ縄海苔うち靡き心もしのに思ほゆるかも
13/3267H01明日香川瀬々の玉藻のうち靡き心は妹に寄りにけるかも

#[説明]


#[関連論文]


#[番号]11/2780
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]紫之 名高乃浦之 靡藻之 情者妹尓 因西鬼乎
#[訓読]紫の名高の浦の靡き藻の心は妹に寄りにしものを
#[仮名],むらさきの,なたかのうらの,なびきもの,こころはいもに,よりにしものを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,和歌山県,海南市,枕詞,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]紫の名高の浦の波に靡く藻ではないが靡いて心は妹に寄ってしまったものなのに
#{語釈]
紫の名高の浦 和歌山県海南市名高
07/1392H01紫の名高の浦の真砂土袖のみ触れて寝ずかなりなむ
07/1396H01紫の名高の浦のなのりその礒に靡かむ時待つ我れを
11/2730H01紀の海の名高の浦に寄する波音高きかも逢はぬ子ゆゑに
11/2780H01紫の名高の浦の靡き藻の心は妹に寄りにしものを

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2781
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]海底 奥乎深目手 生藻之 最今社 戀者為便無寸
#[訓読]海の底奥を深めて生ふる藻のもとも今こそ恋はすべなき
#[仮名],わたのそこ,おきをふかめて,おふるもの,もともいまこそ,こひはすべなき
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]海の底の沖を深くして生えている藻ではないが、もっとも今こそは恋いはどうしようもないことだ
#{語釈]
#[説明]
恋心の激しい様子を言っている

#[関連論文]


#[番号]11/2782
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]左寐蟹齒 孰共毛宿常 奥藻之 名延之君之 言待吾乎
#[訓読]さ寝がには誰れとも寝めど沖つ藻の靡きし君が言待つ我れを
#[仮名],さぬがには,たれともぬめど,おきつもの,なびきしきみが,ことまつわれを
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,女歌
#[訓異]
#[大意]寝るほどには誰とでも寝ようが、沖の藻のように靡いたあなたの言葉を待つ自分なのに
#{語釈]
さ寝がには さ 接頭語
がに ばかりに ほどに
04/0594H01我がやどの夕蔭草の白露の消ぬがにもとな思ほゆるかも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2783
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾妹子之 奈何跡裳吾 不思者 含花之 穂應咲
#[訓読]我妹子が何とも我れを思はねばふふめる花の穂に咲きぬべし
#[仮名],わぎもこが,なにともわれを,おもはねば,ふふめるはなの,ほにさきぬべし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],植物,比喩,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子が何とも自分を思わないので、つぼみの花のように目立って咲いてしまいそうだ
#{語釈]
#[説明]
思いあまって恋心を外に出してしまいそうだという男の脅迫

#[関連論文]


#[番号]11/2784
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]隠庭 戀而死鞆 三苑原之 鶏冠草花乃 色二出目八<方>
#[訓読]隠りには恋ひて死ぬともみ園生の韓藍の花の色に出でめやも
#[仮名],こもりには,こひてしぬとも,みそのふの,からあゐのはなの,いろにいでめやも
#[左注]
#[校異]目 -> 方 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],植物,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]隠ったままで恋い思ってたとえ死ぬことがあっても、ご庭の韓藍の花のようにめだって顔色に出ることがあろうか
#{語釈]
み園生 相手の庭園
10/2278H01恋ふる日の日長くしあればみ園生の韓藍の花の色に出でにけり

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2785
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]開花者 雖過時有 我戀流 心中者 止時毛梨
#[訓読]咲く花は過ぐる時あれど我が恋ふる心のうちはやむ時もなし
#[仮名],さくはなは,すぐるときあれど,あがこふる,こころのうちは,やむときもなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]咲く花は盛りが過ぎて散るときがあるが、自分が恋い思う心の中は止む時もないよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2786
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]山振之 尓保敝流妹之 翼酢色乃 赤裳之為形 夢所見管
#[訓読]山吹のにほへる妹がはねず色の赤裳の姿夢に見えつつ
#[仮名],やまぶきの,にほへるいもが,はねずいろの,あかものすがた,いめにみえつつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,植物,恋情
#[訓異]
#[大意]山吹のように美しい妹がはねず色の赤藻の姿が夢に見え続けて
#{語釈]
はねず色 はねず 初夏に花を開く植物。今の何かは不明
桃色に紅が交じった色
04/0657H01思はじと言ひてしものをはねず色のうつろひやすき我が心かも
08/1485H01夏まけて咲きたるはねずひさかたの雨うち降らば移ろひなむか
11/2786H01山吹のにほへる妹がはねず色の赤裳の姿夢に見えつつ
12/3074H01はねず色のうつろひやすき心あれば年をぞ来経る言は絶えずて

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2787
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]天地之 依相極 玉緒之 不絶常念 妹之當見津
#[訓読]天地の寄り合ひの極み玉の緒の絶えじと思ふ妹があたり見つ
#[仮名],あめつちの,よりあひのきはみ,たまのをの,たえじとおもふ,いもがあたりみつ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,羈旅,望郷,喜び,恋愛
#[訓異]
#[大意]天地が寄り合うそのような果てまで玉の緒のように切れまいと思う妹のあたりを見たことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2788
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]生緒尓 念者苦 玉緒乃 絶天乱名 知者知友
#[訓読]息の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも
#[仮名],いきのをに,おもへばくるし,たまのをの,たえてみだれな,しらばしるとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋情,人目
#[訓異]
#[大意]命がけで思っていると苦しい。玉の緒のように途絶えて乱れたい。人が知るならば知ろうとも
#{語釈]
息の緒に 命がけで 息が長く続くことで命

乱れな な 願望

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2789
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]玉緒之 絶而有戀之 乱者 死巻耳其 又毛不相為而
#[訓読]玉の緒の絶えたる恋の乱れなば死なまくのみぞまたも逢はずして
#[仮名],たまのをの,たえたるこひの,みだれなば,しなまくのみぞ,またもあはずして
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]玉の緒のように絶えた恋いが乱れたならば、死ぬことを思うだけだ。またも逢うこともなくて
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2790
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]玉緒之 久栗縁乍 末終 去者不別 同緒将有
#[訓読]玉の緒のくくり寄せつつ末つひに行きは別れず同じ緒にあらむ
#[仮名],たまのをの,くくりよせつつ,すゑつひに,ゆきはわかれず,おなじをにあらむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]玉の緒のしぼって寄せながらしまいには同じ緒にあるように、自分たちも行き別れしないで一つでいよう
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2791
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]片絲用 貫有玉之 緒乎弱 乱哉為南 人之可知
#[訓読]片糸もち貫きたる玉の緒を弱み乱れやしなむ人の知るべく
#[仮名],かたいともち,ぬきたるたまの,ををよわみ,みだれやしなむ,ひとのしるべく
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,比喩,序詞,人目
#[訓異]
#[大意]片糸で貫いた玉の緒が弱いので乱れるように自分の心も乱れるだろうか。他人が知っていまうまでに
#{語釈]
片糸 縒り合わせない糸
04/0516H01我が持てる三相に搓れる糸もちて付けてましもの今ぞ悔しき
07/1316H01河内女の手染めの糸を繰り返し片糸にあれど絶えむと思へや
10/1987H01片縒りに糸をぞ我が縒る我が背子が花橘を貫かむと思ひて
11/2791H01片糸もち貫きたる玉の緒を弱み乱れやしなむ人の知るべく

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2792
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]玉緒之 <寫>意哉 年月乃 行易及 妹尓不逢将有
#[訓読]玉の緒の現し心や年月の行きかはるまで妹に逢はずあらむ
#[仮名],たまのをの,うつしごころや,としつきの,ゆきかはるまで,いもにあはずあらむ
#[左注]
#[校異]嶋 -> 寫 [万葉集略解(宣長説)]
#[鄣W],恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]玉の緒のはっきりした気持ちで、年月が行って変わるまで妹に逢わないでいられようか
#{語釈]
玉の緒の 現し心の枕詞 霊の緒として、心にかかる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2793
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]玉緒之 間毛不置 欲見 吾思妹者 家遠在而
#[訓読]玉の緒の間も置かず見まく欲り我が思ふ妹は家遠くありて
#[仮名],たまのをの,あひだもおかず,みまくほり,あがおもふいもは,いへどほくありて
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,枕詞
#[訓異]
#[大意]玉の緒のように間も置かないで逢いたいと思う自分が恋い思う妹は家が遠くあって
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2794
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]隠津之 澤立見尓有 石根従毛 達而念 君尓相巻者
#[訓読]隠り津の沢たつみなる岩根ゆも通してぞ思ふ君に逢はまくは
#[仮名],こもりづの,さはたつみなる,いはねゆも,とほしてぞおもふ,きみにあはまくは
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],恋情,女歌,人目
#[訓異]
#[大意]奥まった船泊まりの沢泉の水のたまったところの岩根も貫くばかりの気持ちで思う。あなたに逢うことは。
#{語釈]
隠り津 隠れた港 湾になっていて奥まった所

沢たつみ 沢の泉 たつみ 2/176、7/1370庭たづみ と同じ。水たまり

#[説明]
11/2443H01隠りどの沢泉なる岩が根も通してぞ思ふ我が恋ふらくは
異伝か。

#[関連論文]


#[番号]11/2795
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]木國之 飽等濱之 礒貝之 我者不忘 <年>者雖歴
#[訓読]紀の国の飽等の浜の忘れ貝我れは忘れじ年は経ぬとも
#[仮名],きのくにの,あくらのはまの,わすれがひ,われはわすれじ,としはへぬとも
#[左注]
#[校異]羊 -> 年 [嘉][類][古][紀]
#[鄣W],地名,和歌山県,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]紀の国の飽等の浜の忘れ貝ではないが、自分は忘れるまいよ。年月がたってしまおうとも。
#{語釈]
紀の国の飽等の浜 未詳 和歌山県和歌山市加太南方田倉崎の海岸

忘れ貝 片方しかない二枚貝の殻 鮑のような一枚貝

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2796
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]水泳 玉尓接有 礒貝之 獨戀耳 <年>者經管
#[訓読]水くくる玉に交じれる磯貝の片恋ひのみに年は経につつ
#[仮名],みづくくる,たまにまじれる,いそかひの,かたこひのみに,としはへにつつ
#[左注]
#[校異]羊 -> 年 [嘉][類][古][紀]
#[鄣W],序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]水に沈んでいる玉に交じっている磯貝のように片恋いばかりで年は経ち続けて。
#{語釈]
水くくる 水に潜る くぐもる

玉 美しい石を指すか

磯貝 鮑などの一枚貝

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2797
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]住吉之 濱尓縁云 打背貝 實無言以 余将戀八方
#[訓読]住吉の浜に寄るといふうつせ貝実なき言もち我れ恋ひめやも
#[仮名],すみのえの,はまによるといふ,うつせがひ,みなきこともち,あれこひめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,大阪府,住吉,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]住吉の浜に寄るという貝殻のように実のない言葉だけで自分は恋い思おうか。
#{語釈]
うつせ貝 代匠記 からになりたる貝なり。うつせうつぼなど云うは嘘の字の心なり

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2798
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]伊勢乃白水郎之 朝魚夕菜尓 潜云 鰒貝之 獨念荷指天
#[訓読]伊勢の海人の朝な夕なに潜くといふ鰒の貝の片思にして
#[仮名],いせのあまの,あさなゆふなに,かづくといふ,あはびのかひの,かたもひにして
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,三重県,伊勢,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]伊勢の海人の朝晩に潜って採るという鮑の貝のように片思いであって。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2799
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]人事乎 繁跡君乎 鶉鳴 人之古家尓 相<語>而遣都
#[訓読]人言を繁みと君を鶉鳴く人の古家に語らひて遣りつ
#[仮名],ひとごとを,しげみときみを,うづらなく,ひとのふるへに,かたらひてやりつ
#[左注]
#[校異]誥 -> 語 [嘉][類][紀]
#[鄣W],動物,うわさ,恋情,女歌,枕詞,鳥
#[訓異]
#[大意]人のうわさがひどいのでとあなたを鶉の鳴く他人の古家で話をし合って帰したことだ。
#{語釈]
鶉鳴く 古いにかかる枕詞
04/0775H01鶉鳴く古りにし里ゆ思へども何ぞも妹に逢ふよしもなき
08/1558H01鶉鳴く古りにし里の秋萩を思ふ人どち相見つるかも
11/2799H01人言を繁みと君を鶉鳴く人の古家に語らひて遣りつ
17/3920H01鶉鳴く古しと人は思へれど花橘のにほふこの宿

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2800
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]旭時等 鶏鳴成 縦恵也思 獨宿夜者 開者雖明
#[訓読]暁と鶏は鳴くなりよしゑやしひとり寝る夜は明けば明けぬとも
#[仮名],あかときと,かけはなくなり,よしゑやし,ひとりぬるよは,あけばあけぬとも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],動物,女歌,自嘲,恋愛,鳥
#[訓異]
#[大意]暁だと鶏は鳴くようだ。ええいままよ。ひとりで寝ている夜は明けるならば明けるとしても
#{語釈]
同句
15/3662H01天の原振り放け見れば夜ぞ更けにけるよしゑやしひとり寝る夜は明けば明けぬとも

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2801
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]大海之 荒礒之渚鳥 朝名旦名 見巻欲乎 不所見公可聞
#[訓読]大海の荒礒の洲鳥朝な朝な見まく欲しきを見えぬ君かも
#[仮名],おほうみの,ありそのすどり,あさなさな,みまくほしきを,みえぬきみかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],動物,女歌,序詞,恋情,鳥
#[訓異]
#[大意]大海の荒磯の渚にいる鳥のように毎朝毎朝見たいと思うのに逢えないあなたであることだ
#{語釈]
洲鳥 毎朝毎朝同じ所にいるので下にかかる序

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2802
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]念友 念毛金津 足桧之 山鳥尾之 永此夜乎
#[訓読]思へども思ひもかねつあしひきの山鳥の尾の長きこの夜を
#[仮名],おもへども,おもひもかねつ,あしひきの,やまどりのをの,ながきこのよを
#[左注]或本歌<曰> 足日木乃 山鳥之尾乃 四垂尾乃 長永夜乎 一鴨将宿
#[校異]云 -> 曰 [嘉][類][紀]
#[鄣W],枕詞,動物,恋情,序詞,鳥
#[訓異]
#[大意]恋い思っても物思いに耐えかねていることだ。あしひきの山鳥の尾のように長いこの夜を
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2802S
#[題詞](寄物陳思)或本歌<曰>
#[原文]足日木乃 山鳥之尾乃 四垂尾乃 長永夜乎 一鴨将宿
#[訓読]あしひきの山鳥の尾のしだり尾の長々し夜をひとりかも寝む
#[仮名],あしひきの,やまどりのをの,しだりをの,ながながしよを,ひとりかもねむ
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],枕詞,動物,序詞,恋情,女歌,異伝,鳥
#[訓異]
#[大意]あしひきの山鳥の尾で垂れ下がっているのように長々しい夜を一人で寝ることだろうか
#{語釈]
しだり尾 しだれて垂れ下がっている尾
#[説明]
柿本人麻呂の歌として百人一首に出る

類歌
07/1413H01庭つ鳥鶏の垂り尾の乱れ尾の長き心も思ほえぬかも
#[関連論文]


#[番号]11/2803
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]里中尓 鳴奈流鶏之 喚立而 甚者不鳴 隠妻羽毛 [一云 里動 鳴成鶏]
#[訓読]里中に鳴くなる鶏の呼び立てていたくは泣かぬ隠り妻はも [一云 里響め鳴くなる鶏の]
#[仮名],さとなかに,なくなるかけの,よびたてて,いたくはなかぬ,こもりづまはも,[さととよめ,なくなるかけの]
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],動物,序詞,異伝,恋情,鳥
#[訓異]
#[大意]里の中で鳴き声が聞こえる鶏が相手を呼び立てて鳴くが、そのようにひどくは言い寄らない隠り妻はまあ(どうしているかなあ)
#{語釈]
鳴く 鶏のように相手を呼ぶ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2804
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]高山尓 高部左渡 高々尓 余待公乎 待将出可聞
#[訓読]高山にたかべさ渡り高々に我が待つ君を待ち出でむかも
#[仮名],たかやまに,たかべさわたり,たかたかに,わがまつきみを,まちいでむかも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],動物,鳥,序詞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]高い山にたかべが渡って行くように高々に今か今かと自分が待つあなたを待ち続けることが出来るであろうか
#{語釈]
たかべ 小ガモ
03/0258H01人漕がずあらくもしるし潜きする鴛鴦とたかべと船の上に棲む

高々に 今か今かと待つ
04/0758H01白雲のたなびく山の高々に我が思ふ妹を見むよしもがも
11/2804H01高山にたかべさ渡り高々に我が待つ君を待ち出でむかも
12/2997H01石上布留の高橋高々に妹が待つらむ夜ぞ更けにける
12/3005H01十五日に出でにし月の高々に君をいませて何をか思はむ
12/3220H01豊国の企救の高浜高々に君待つ夜らはさ夜更けにけり
13/3337H01母父も妻も子どもも高々に来むと待ちけむ人の悲しさ
13/3340H01母父も妻も子どもも高々に来むと待つらむ人の悲しさ
15/3692H01はしけやし妻も子どもも高々に待つらむ君や島隠れぬる
18/4107H01あをによし奈良にある妹が高々に待つらむ心しかにはあらじか

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2805
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]伊勢能海従 鳴来鶴乃 音杼侶毛 君之所聞者 吾将戀八方
#[訓読]伊勢の海ゆ鳴き来る鶴の音どろも君が聞こさば我れ恋ひめやも
#[仮名],いせのうみゆ,なきくるたづの,おとどろも,きみがきこさば,あれこひめやも
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],地名,三重県,伊勢,動物,鳥,序詞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]伊勢の海から鳴いてくる鶴のように鳴き声だけでもあなたが聞かせてくださったならば、自分は恋い思うということがあろうか
#{語釈]
音どろ 語義不明 拾穂抄 音とゝろにも也 童蒙抄 おとづれをもと云う儀
考 音だにも
音の響きとすると音沙汰

聞こす 相手が自分に聞かせてくださる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2806
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]吾妹兒尓 戀尓可有牟 奥尓住 鴨之浮宿之 安雲無
#[訓読]我妹子に恋ふれにかあらむ沖に棲む鴨の浮寝の安けくもなし
#[仮名],わぎもこに,こふれにかあらむ,おきにすむ,かものうきねの,やすけくもなし
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],動物,鳥,序詞,恋情
#[訓異]
#[大意]我妹子に恋い思っているからだろうか。川の真ん中に住む鴨が水に浮いて寝ているのが安定していないように、心は安らかではないことだ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2807
#[題詞](寄物陳思)
#[原文]可旭 千鳥數鳴 白細乃 君之手枕 未猒君
#[訓読]明けぬべく千鳥しば鳴く白栲の君が手枕いまだ飽かなくに
#[仮名],あけぬべく,ちとりしばなく,しろたへの,きみがたまくら,いまだあかなくに
#[左注]
#[校異]
#[鄣W],動物,鳥,枕詞,女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]夜が明けそうだと千鳥はさかんに鳴く。白妙のあなたの手枕はまだ満足していないのに
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2808
#[題詞]問答
#[原文]眉根掻 鼻火紐解 待八方 何時毛将見跡 戀来吾乎
#[訓読]眉根掻き鼻ひ紐解け待てりやもいつかも見むと恋ひ来し我れを
#[仮名],まよねかき,はなひひもとけ,まてりやも,いつかもみむと,こひこしわれを
#[左注]右上見柿本朝臣人麻呂之歌中 但以問答故累載於茲也 ( / 右二首)
#[校異]
#[鄣W],作者:柿本人麻呂歌集,非略体,恋情
#[訓異]
#[大意]眉毛を掻きくしゃみをし衣の紐がほどけて待っているだろうか。いつになったら逢えるかと恋い思ってきた自分を
#{語釈]
#[説明]
左注の歌
11/2408H01眉根掻き鼻ひ紐解け待つらむかいつかも見むと思へる我れを
#[関連論文]


#[番号]11/2809
#[題詞](問答)
#[原文]今日有者 鼻<火鼻火之> 眉可由見 思之言者 君西在来
#[訓読]今日なれば鼻ひ鼻ひし眉かゆみ思ひしことは君にしありけり
#[仮名],けふなれば,はなひはなひし,まよかゆみ,おもひしことは,きみにしありけり
#[左注]右二首
#[校異]之々々火 -> 火鼻火之 [万葉集略解]
#[鄣W],恋情,女歌
#[訓異]
#[大意]今日になるとくしゃみばかりし、眉毛がかゆくて思っていたことは、あなただったのだ。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2810
#[題詞](問答)
#[原文]音耳乎 聞而哉戀 犬馬鏡 <直目>相而 戀巻裳太口
#[訓読]音のみを聞きてや恋ひむまそ鏡直目に逢ひて恋ひまくもいたく
#[仮名],おとのみを,ききてやこひむ,まそかがみ,ただめにあひて,こひまくもいたく
#[左注](右二首)
#[校異]目直 -> 直目 [新校]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]うわさばかりを聞いて恋い思っていようか。まそ鏡ではないが直接目にかかって恋い思うのもひどいので。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2811
#[題詞](問答)
#[原文]此言乎 聞跡<平> 真十鏡 照月夜裳 闇耳見
#[訓読]この言を聞かむとならしまそ鏡照れる月夜も闇のみに見つ
#[仮名],このことを,きかむとならし,まそかがみ,てれるつくよも,やみのみにみつ
#[左注]右二首
#[校異]乎 -> 平 [万葉集新考]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]この言葉を聞くということらしい。まそ鏡のように照っている月夜も闇にばかり見ていたのは。
#{語釈]
#[説明]
男が理屈づけて逢わないという歌をよこしたので、女は悲しいと返している。
が本心ではない。

#[関連論文]


#[番号]11/2812
#[題詞](問答)
#[原文]吾妹兒尓 戀而為便無<三> 白細布之 袖反之者 夢所見也
#[訓読]我妹子に恋ひてすべなみ白栲の袖返ししは夢に見えきや
#[仮名],わぎもこに,こひてすべなみ,しろたへの,そでかへししは,いめにみえきや
#[左注](右二首)
#[校異]<> -> 三 [嘉][細]
#[鄣W],枕詞,恋情
#[訓異]
#[大意]我が妹子に恋い思ってどうしようもないので、白妙の袖を折り返したが、あなたは夢に見えましたか。
#{語釈]
白栲の袖返ししは 袖を折り返して寝ると相手を夢に見るという俗信
12/2937H01白栲の袖折り返し恋ふればか妹が姿の夢にし見ゆる

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2813
#[題詞](問答)
#[原文]吾背子之 袖反夜之 夢有之 真毛君尓 如相有
#[訓読]我が背子が袖返す夜の夢ならしまことも君に逢ひたるごとし
#[仮名],わがせこが,そでかへすよの,いめならし,まこともきみに,あひたるごとし
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],女歌,恋情
#[訓異]
#[大意]我が背子が袖を返した夜の夢であるらしい。本当にあなたに逢ったみたいだった。
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2814
#[題詞](問答)
#[原文]吾戀者 名草目金津 真氣長 夢不所見而 <年>之經去礼者
#[訓読]我が恋は慰めかねつま日長く夢に見えずて年の経ぬれば
#[仮名],あがこひは,なぐさめかねつ,まけながく,いめにみえずて,としのへぬれば
#[左注](右二首)
#[校異]羊 -> 年 [嘉][文][紀][細]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]
#{語釈]我が恋は慰められないでいる。日数長く夢に見えないで年が経ったので
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2815
#[題詞](問答)
#[原文]真氣永 夢毛不所見 雖絶 吾之片戀者 止時毛不有
#[訓読]ま日長く夢にも見えず絶えぬとも我が片恋はやむ時もあらじ
#[仮名],まけながく,いめにもみえず,たえぬとも,あがかたこひは,やむときもあらじ
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]日数長く夢にも見えない。このまま途絶えたとしても自分の片恋いは終わるときはないだろう
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2816
#[題詞](問答)
#[原文]浦觸而 物莫念 天雲之 絶多不心 吾念莫國
#[訓読]うらぶれて物な思ひそ天雲のたゆたふ心我が思はなくに
#[仮名],うらぶれて,ものなおもひそ,あまくもの,たゆたふこころ,わがおもはなくに
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]悲しく落ち込んで物を思うなよ。空の雲のように漂っている心を自分は思っていないことだから
#{語釈]
うらぶれて 悲しくしおれて 落ち込んで
11/2469H01山ぢさの白露重みうらぶれて心も深く我が恋やまず
11/2501H01里遠み恋ひうらぶれぬまそ鏡床の辺去らず夢に見えこそ

#[説明]
自分はしっかりとあなたのことを思っているのだから、物思いをすることはないと慰めたもの

#[関連論文]


#[番号]11/2817
#[題詞](問答)
#[原文]浦觸而 物者不念 水無瀬川 有而毛水者 逝云物乎
#[訓読]うらぶれて物は思はじ水無瀬川ありても水は行くといふものを
#[仮名],うらぶれて,ものはおもはじ,みなせがは,ありてもみづは,ゆくといふものを
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],恋愛
#[訓異]
#[大意]落ち込んで物思いはするまい。水無瀬川といっても水は流れるというものだから
#{語釈]
水無瀬川 水無瀬川で表面は水が無いように見えても、伏流になって中は水が流れているように、自分も外面ではわからないが、心の中ではあなたを恋い思っている

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2818
#[題詞](問答)
#[原文]垣津旗 開沼之菅乎 笠尓縫 将著日乎待尓 <年>曽經去来
#[訓読]かきつはた佐紀沼の菅を笠に縫ひ着む日を待つに年ぞ経にける
#[仮名],かきつはた,さきぬのすげを,かさにぬひ,きむひをまつに,としぞへにける
#[左注](右二首)
#[校異]羊 -> 年 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],植物,比喩,恋情,地名,奈良県,佐紀町
#[訓異]
#[大意]かきつはたが咲くという佐紀沼の菅を笠にに縫って着ける日を待っているのに年が経ったことだ
#{語釈]
佐紀沼 佐紀沢町
04/0675H01をみなへし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも

#[説明]
女の靡くのをひたすら待っている趣の男の歌

#[関連論文]


#[番号]11/2819
#[題詞](問答)
#[原文]臨照 難波菅笠 置古之 後者誰将著 笠有莫國
#[訓読]おしてる難波菅笠置き古し後は誰が着む笠ならなくに
#[仮名],おしてる,なにはすがかさ,おきふるし,のちはたがきむ,かさならなくに
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],植物,枕詞,大阪府,難波,怨恨
#[訓異]
#[大意]押し照る難波の菅笠を置いたままにして古くして、その後は誰が着けるという笠でもないのに
#{語釈]
#[説明]
いつまでも放って年老いることを恨んだ女の歌

#[関連論文]


#[番号]11/2820
#[題詞](問答)
#[原文]如是谷裳 妹乎待南 左夜深而 出来月之 傾二手荷
#[訓読]かくだにも妹を待ちなむさ夜更けて出で来し月のかたぶくまでに
#[仮名],かくだにも,いもをまちなむ,さよふけて,いでこしつきの,かたぶくまでに
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],恋情
#[訓異]
#[大意]このようにして妹をまっていよう。出てきた月が西に傾くまでも
#{語釈]
#[説明]
外での待ち合わせか

#[関連論文]


#[番号]11/2821
#[題詞](問答)
#[原文]木間従 移歴月之 影惜 俳徊尓 左夜深去家里
#[訓読]木の間より移ろふ月の影を惜しみ立ち廻るにさ夜更けにけり
#[仮名],このまより,うつろふつきの,かげををしみ,たちもとほるに,さよふけにけり
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],恋愛
#[訓異]
#[大意]木の間から動いていく月の光が惜しいので、あちらこちらと歩くうちに夜が更けたことだ
#{語釈]
#[説明]
遅刻して男がじれている中で、遅刻の原因を言ったもの。
釋注 このはぐらかしはちょっときつすぎて機知に乏しく、男を不快にさせてしまうのではないかと危惧される。

#[関連論文]


#[番号]11/2822
#[題詞](問答)
#[原文]栲領布乃 白濱浪乃 不肯縁 荒振妹尓 戀乍曽居 [一云 戀流己呂可母]
#[訓読]栲領布の白浜波の寄りもあへず荒ぶる妹に恋ひつつぞ居る [一云 恋ふるころかも]
#[仮名],たくひれの,しらはまなみの,よりもあへず,あらぶるいもに,こひつつぞをる,[こふるころかも]
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋情,異伝,序詞
#[訓異]
#[大意]楮領布の白浜に寄る波ではないが、近寄れないほど無愛想な妹に恋い続けていることだ
#{語釈]
栲領布の 楮の繊維で作った領布
領布は、女が方にかけていたショールのようなもの
色が白いので白いにかかる。 肩にかけるというので懸けるにもかかる
03/0285H01栲領巾の懸けまく欲しき妹が名をこの背の山に懸けばいかにあらむ
09/1694H01栲領巾の鷺坂山の白つつじ我れににほはね妹に示さむ
11/2822H01栲領布の白浜波の寄りもあへず荒ぶる妹に恋ひつつぞ居る
11/2823H01かへらまに君こそ我れに栲領巾の白浜波の寄る時もなき

白浜 砂の白い浜 固有名詞ではない。
浜辺に波が打ち寄せて近寄れないことから寄れないにかかる序詞

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2823
#[題詞](問答)
#[原文]加敝良末尓 君社吾尓 栲領巾之 白濱浪乃 縁時毛無
#[訓読]かへらまに君こそ我れに栲領巾の白浜波の寄る時もなき
#[仮名],かへらまに,きみこそわれに,たくひれの,しらはまなみの,よるときもなき
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],枕詞,怨恨
#[訓異]
#[大意]さかさまにあなたこそ自分に楮領布の白浜の波ではないが近寄る時もないことなのに
#{語釈]
かへらまに 代匠記 かえってなり さかさまに
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2824
#[題詞](問答)
#[原文]念人 <将>来跡知者 八重六倉 覆庭尓 珠布益乎
#[訓読]思ふ人来むと知りせば八重葎覆へる庭に玉敷かましを
#[仮名],おもふひと,こむとしりせば,やへむぐら,おほへるにはに,たましかましを
#[左注](右二首)
#[校異]徃 -> 将 [西(訂正右書)][嘉][文][類][紀]
#[鄣W],植物,女歌
#[訓異]
#[大意]恋い思う人が来るとあらかじめ知っていたならば、八重葎がおおっている庭に玉を敷いたのに
#{語釈]
#[説明]
06/1013H01あらかじめ君来まさむと知らませば門に宿にも玉敷かましを
19/4270H01葎延ふ賎しき宿も大君の座さむと知らば玉敷かましを
19/4271H01松蔭の清き浜辺に玉敷かば君来まさむか清き浜辺に

#[関連論文]


#[番号]11/2825
#[題詞](問答)
#[原文]玉敷有 家毛何将為 八重六倉 覆小屋毛 妹与居者
#[訓読]玉敷ける家も何せむ八重葎覆へる小屋も妹と居りせば
#[仮名],たましける,いへもなにせむ,やへむぐら,おほへるこやも,いもとをりせば
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],植物,恋愛
#[訓異]
#[大意]玉を敷いた家も何になろうか。八重葎が覆っている小屋であったとしても妹といたならば、どうでもいい。
#{語釈]
何せむ
04/0560H01恋ひ死なむ後は何せむ生ける日のためこそ妹を見まく欲りすれ
05/0803H01銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも
11/2378H01よしゑやし来まさぬ君を何せむにいとはず我れは恋ひつつ居らむ

#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2826
#[題詞](問答)
#[原文]如是為乍 有名草目手 玉緒之 絶而別者 為便可無
#[訓読]かくしつつあり慰めて玉の緒の絶えて別ればすべなかるべし
#[仮名],かくしつつ,ありなぐさめて,たまのをの,たえてわかれば,すべなかるべし
#[左注](右二首)
#[校異]
#[鄣W],枕詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]このようにしながらお互い心を慰めて、玉の緒のように途絶えて別れたならばどうしようもないことだろう
#{語釈]
#[説明]
旅に出て行く時の歌か

#[関連論文]


#[番号]11/2827
#[題詞](問答)
#[原文]紅 花西有者 衣袖尓 染著持而 可行所念
#[訓読]紅の花にしあらば衣手に染め付け持ちて行くべく思ほゆ
#[仮名],くれなゐの,はなにしあらば,ころもでに,そめつけもちて,ゆくべくおもほゆ
#[左注]右二首
#[校異]
#[鄣W],恋情,別れ
#[訓異]
#[大意]あなたが紅の花であったのならば、衣手に染め付けて持って行くように思われる
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2828
#[題詞]譬喩
#[原文]紅之 深染乃衣乎 下著者 人之見久尓 仁寳比将出鴨
#[訓読]紅の深染めの衣を下に着ば人の見らくににほひ出でむかも
#[仮名],くれなゐの,こそめのきぬを,したにきば,ひとのみらくに,にほひいでむかも
#[左注](右二首寄衣喩思)
#[校異]
#[鄣W],人目,うわさ,比喩
#[訓異]
#[大意]紅色で深く染めた衣を下に着ると、人が見るときに映り出るだろうかなあ
#{語釈]
紅の深染めの衣
07/1313H01紅の深染めの衣下に着て上に取り着ば言なさむかも
11/2624H01紅の深染めの衣色深く染みにしかばか忘れかねつる
11/2828H01紅の深染めの衣を下に着ば人の見らくににほひ出でむかも

にほひ 照り映える
01/0057H01引間野ににほふ榛原入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに
01/0069H01草枕旅行く君と知らませば岸の埴生ににほはさましを

#[説明]
美しい女とは如何に秘密にしていても、人のうわさに立つだろうなあと言ったもの

#[関連論文]


#[番号]11/2829
#[題詞](譬喩)
#[原文]衣霜 多在南 取易而 著者也君之 面忘而有
#[訓読]衣しも多くあらなむ取り替へて着ればや君が面忘れたる
#[仮名],ころもしも,おほくあらなむ,とりかへて,きればやきみが,おもわすれたる
#[左注]右二首寄衣喩思
#[校異]
#[鄣W],皮肉,恋愛
#[訓異]
#[大意]衣は多くあったらよい。しかし取り替えて着るからかあなたは私の顔を忘れているでしょう
#{語釈]
#[説明]
衣はたくさんあってよいが、衣のように取り替えて大勢の男と関係しているあなたと続く。
#[関連論文]


#[番号]11/2830
#[題詞](譬喩)
#[原文]梓弓 弓束巻易 中見刺 更雖引 君之随意
#[訓読]梓弓弓束巻き替へ中見さしさらに引くとも君がまにまに
#[仮名],あづさゆみ,ゆづかまきかへ,なかみさし,さらにひくとも,きみがまにまに
#[左注]右一首寄弓喩思
#[校異]
#[鄣W],比喩,恋愛
#[訓異]
#[大意]梓弓の弓束を巻き替えて中見をさし、さらに引いたとしてもあなたのお気のままに
#{語釈]
中見さし 不明 弓の弦の中仕掛けのことか
全註釈 東大寺献物帳に 弓 長七尺二寸七分 鹿毛漆 末弭継銅 目刺 紫皮纏弓把 名金弭 ここの目刺と関係あるか。弓に印をつけて、矢を番える時の目印とする。それをつけるのを目刺すというか。
大系 目はめ乙類、見はみ甲類で通用しない 中は途中の意。見さすは見ることを中止する意、途中で会うことを止めて さすを中止するの意は上代に用例はない。

#[説明]
自分がどんなに変わろうとあなたへの思いは変わらないといったもの

#[関連論文]


#[番号]11/2831
#[題詞](譬喩)
#[原文]水沙兒居 渚座船之 夕塩乎 将待従者 吾社益
#[訓読]みさご居る洲に居る舟の夕潮を待つらむよりは我れこそまされ
#[仮名],みさごゐる,すにゐるふねの,ゆふしほを,まつらむよりは,われこそまされ
#[左注]右一首寄船喩思
#[校異]
#[鄣W],動物,,恋情
#[訓異]
#[大意]みさごがいる洲に停まっている船が夕潮を待つであろうよりは自分のあなたを待つ心の方がまさっているよ
#{語釈]
#[説明]
#[関連論文]


#[番号]11/2832
#[題詞](譬喩)
#[原文]山河尓 筌乎伏而 不肯盛 <年>之八歳乎 吾竊儛師
#[訓読]山川に筌を伏せて守りもあへず年の八年を我がぬすまひし
#[仮名],やまがはに,うへをふせて,もりもあへず,としのやとせを,わがぬすまひし
#[左注]右一首寄魚喩思
#[校異]羊 -> 年 [嘉][文][類][紀]
#[鄣W],比喩,恋愛,戯笑
#[訓異]
#[大意]山川に筌を伏せて仕掛けをして番をするが番をしきれないように、長い年月をその魚を盗んで来たのだ
#{語釈]
筌 うへ 和名抄 野王案 筌[且沿反、字宇倍] 捕魚竹?也、?[古厚反] 捕魚竹器也

年の八年 実際の八年というよりも長い年月の意

ぬすまひし ふ 反復継続 盗み続ける

#[説明]
別の男の女であったのを、その男の目を盗んで長い間その女と逢い引きしていたのを自慢した歌か

#[関連論文]


#[番号]11/2833
#[題詞](譬喩)
#[原文]葦鴨之 多集池水 雖溢 儲溝方尓 吾将越八方
#[訓読]葦鴨のすだく池水溢るともまけ溝の辺に我れ越えめやも
#[仮名],あしがもの,すだくいけみづ,はふるとも,まけみぞのへに,われこえめやも
#[左注]右一首寄水喩思
#[校異]
#[鄣W],動物,鳥,恋愛
#[訓異]
#[大意]葦鴨が住んでいる池水があふれるとしても、あらかじめ用意された溝に流れていくでしょうが、自分はあなたへの思いがあふれたとしても別の方へ流れていくことはありませんよ
#{語釈]
#[説明]
人を恋う思いが強くても、他の女と浮気はしないと言ったもの。女から浮気心を問いつめられて弁解したものか

#[関連論文]


#[番号]11/2834
#[題詞](譬喩)
#[原文]日本之 室原乃毛桃 本繁 言大王物乎 不成不止
#[訓読]大和の室生の毛桃本繁く言ひてしものをならずはやまじ
#[仮名],やまとの,むろふのけもも,もとしげく,いひてしものを,ならずはやまじ
#[左注]右一首寄菓喩思
#[校異]
#[鄣W],地名,奈良県,室生,植物,序詞,恋愛
#[訓異]
#[大意]大和の室生の毛桃の根元が繁っているわけではないが、繁く言い交わしたものだから、毛桃のように実にならないではいられない
#{語釈]
大和の室生の毛桃 奈良県室生 中国輸入の桃 大粒で美味 表面に細かい毛がある
木は根本が葉が茂っているのが特徴か

#[説明]
07/1358H01はしきやし我家の毛桃本茂く花のみ咲きてならずあらめやも
10/1893H01出でて見る向ひの岡に本茂く咲きたる花のならずはやまじ

#[関連論文]


#[番号]11/2835
#[題詞](譬喩)
#[原文]真葛延 小野之淺茅乎 自心毛 人引目八面 吾莫名國
#[訓読]ま葛延ふ小野の浅茅を心ゆも人引かめやも我がなけなくに
#[仮名],まくずはふ,をののあさぢを,こころゆも,ひとひかめやも,わがなけなくに
#[左注](右四首寄草喩思)
#[校異]
#[鄣W],植物,恋愛
#[訓異]
#[大意]ま葛が延びている小野の浅茅を本気で人が引き抜こうか。自分がないというわけではないのに(自分がいるのに)
#{語釈]
心ゆも 心から 本気で
#[説明]
恋人を横取りされる不安をいったもの

#[関連論文]


#[番号]11/2836
#[題詞](譬喩)
#[原文]三嶋菅 未苗在 時待者 不著也将成 三嶋菅笠
#[訓読]三島菅いまだ苗なり時待たば着ずやなりなむ三島菅笠
#[仮名],みしますげ,いまだなへなり,ときまたば,きずやなりなむ,みしますがかさ
#[左注](右四首寄草喩思)
#[校異]
#[鄣W],植物,恋愛,地名,大阪府
#[訓異]
#[大意]三島の菅はまだ苗だ。しかし時を待つと着けないことになってしまうだろうか。三島菅の笠は。
#{語釈]
三島菅 大阪府高槻市三島江 唐崎
07/1348H01三島江の玉江の薦を標めしより己がとぞ思ふいまだ刈らねど
11/2766H01三島江の入江の薦を刈りにこそ我れをば君は思ひたりけれ

#[説明]
女がまだ年若く恋愛対象とはならないが、成長を待っていると他の男に取られるという不安を言った者
だから今着てしまおうという気持ちが含まれている

#[関連論文]


#[番号]11/2837
#[題詞](譬喩)
#[原文]三吉野之 水具麻我菅乎 不編尓 苅耳苅而 将乱跡也
#[訓読]み吉野の水隈が菅を編まなくに刈りのみ刈りて乱りてむとや
#[仮名],みよしのの,みぐまがすげを,あまなくに,かりのみかりて,みだりてむとや
#[左注](右四首寄草喩思)
#[校異]
#[鄣W],地名,奈良県,吉野,植物,恋愛,女歌
#[訓異]
#[大意]み吉野の川沿いの菅を編みもしないのに刈ってばかりにして散らかしておこうというのですか
#{語釈]
#[説明]
関係だけ持って、放っておかれた男の不誠実をなじる女の歌

#[関連論文]


#[番号]11/2838
#[題詞](譬喩)
#[原文]河上尓 洗若菜之 流来而 妹之當乃 瀬社因目
#[訓読]川上に洗ふ若菜の流れ来て妹があたりの瀬にこそ寄らめ
#[仮名],かはかみに,あらふわかなの,ながれきて,いもがあたりの,せにこそよらめ
#[左注]右四首寄草喩思
#[校異]
#[鄣W],植物,恋愛
#[訓異]
#[大意]川上で洗っている若菜が流れて行って妹のあたりの瀬に寄ったらいいように、自分も妹に寄れればいいのだが
#{語釈]
#[説明]
釋注 川で洗っている若菜が時々流れていくのを見て、これが自分であったらと下流のあこがれの女を思ったもの

#[関連論文]


#[番号]11/2839
#[題詞](譬喩)
#[原文]如是為哉 猶八成牛鳴 大荒木之 浮田之<社>之 標尓不有尓
#[訓読]かくしてやなほやまもらむ大荒木の浮田の社の標にあらなくに
#[仮名],かくしてや,なほやまもらむ,おほあらきの,うきたのもりの,しめにあらなくに
#[左注]右一首寄標喩思
#[校異]成 [紀] 戌 / 杜 -> 社 [嘉][類][紀][文]
#[鄣W],地名,奈良県,五条市,恋愛
#[訓異]
#[大意]このようにしてなお見守ってい続けなければならないのだろうか。自分は大荒木の浮田の杜のしめ縄ではないのに
#{語釈]
なほやまもらむ 原文 猶八成牛鳴 西 やみなむ
成 [紀] 戌 注釈、釋注 守ると訓
牛鳴 は 玉扁に 牟 亡候切 牛鳴 で「む」と訓む

大荒木の浮田の社 奈良県五条市今井町 荒木神社

#[説明]
類歌
07/1349H01かくしてやなほや老いなむみ雪降る大荒木野の小竹にあらなくに

#[関連論文]