TOPICS


 続きまして、山口県中央部・・・西の小京都山口市付近の情報第2弾だじょ〜。(このページは音がでまへん、スマソ)

  写真は、「うぐいす張りの石畳」です。

  向かって左手前の灯籠付近で、手を叩くか、強く足踏みをすると
 前の石段に反響して美しい音が帰ってきます。
  
  人為的に造られたものではないそうなんですが、前方の石垣や
 (写っていましぇん、スマソ)石段などに反響して美しい音色を出す
 ものと思われているみたいっす。
 
  反響して聞こえる乾いた音は、例えば手を叩いた時「パチ〜ン」が
 「パキ〜ン」(とにかく音が乾いてて、反響するイメージ)、足踏みは、
 「ダ〜ン」が「タ〜ン」(とにかく音が乾いてて、反響するイメージA)
 なのですが、『へぇ〜』 って、何故か感心しちゃうわよん。 【地図】


  んでもってコリは、上の写真「ウグイス張りの石畳」の真ん中奥の
 階段から上がった所にある「史跡 萩藩主 毛利家 墓所」で通称
 「香山墓地」と言われてます。
 
  この墓地は、萩藩主(毛利本家)の墓所で、13代毛利敬親公が
 文久年間に藩庁を萩から山口に移して以降の墓として使用するために
 造成されたものです。

  明治4年に敬親公が、山口で没してこの地に葬られて以降の墓地
 として使用されておりマッスル。
 
  正面に向かって左からの撮影です。




  んで、これが正面に向かって右からの撮影ね!説明続けるわヨン!
 
   萩市に所在する旧天樹院、大照院、東光寺、毛利家墓所とともに
  長州藩主(毛利本家)の墓所である萩市に所在する墓が、いずれも
  五輪塔笠塔婆形であるのに比べて、この墓所は、土まんじゅうの
  (上の写真見てね)前面に墓石を立てる形式なのですヨ。
  
  ここの墓所には、七基の墓が有りんす。

  上の写真左手前から(一番初めは見えてないケロ、灯籠参照だじょ〜)
     14代夫人 毛利安子、  14代当主 毛利元徳公
     13代夫人 毛利妙子、  13代当主 毛利敬親公
     15代夫人 毛利美佐子、15代当主 毛利元昭公
 という順番で葬られておりますよ。南無〜。   【地図】


  それでは、納涼感?あふれる?「滝巡り」にご案内いたしま〜す。雨が少なくて水枯れの感が有ります。トホホ


  これは、山口市下小鯖(しもおさば)に有ります名勝「鳴滝」(なるたき)
 です。
  
  山口市棯畑から流れる鳴滝川がつくった自然の景観は、大中小三つ
 の瀑(ばく)が連なって、四季折々に合わせた表情を見せています。
 
  生憎、真夏日が続き、水枯れの状態なので勇壮な滝の姿がUPできま
 せんが、許してちょ。
  
  この写真の滝は、約10mの落差がある三の滝のようです。この滝の
 説明は一切無く、中原中也の詩「悲しき朝」の石碑が有ります。 【地図】
  中原中也は、明治40年4月29日、山口市湯田に生まれ、S12.10.
 22、30歳の若さで没しましたが、昭和の代表的な叙情詩人として全国に
 知られています。


  水枯れで、超貧弱な写真になっちゃいました。トホホA
  気を取り直して説明するザンス。
 
  これは「錦鶏(きんけい)の滝」の雄滝(おだき)ザンス。
  一の坂川の上流の谷に雄滝、雌滝の大滝があります。
 雄滝は、高さ約60m、幅は約15mで白い布をさらしたような
 滝の水は岩に当たって雪と散り涼しさを増すんですケロ・・・どうよ

  滝のそばに不動明王が有るんですケロ見えませんね。スマソ

  場所は、国道9号線から県道62号線に入り、錦鶏湖を過ぎて
 道が右に曲がる所に滝の案内板があります。
  そこを直進すると駐車場があるのですが、そこから約500m
 歩いてね。(軽四なら、ぐぐっっと約500m登ってもいいよん。)

 すると、滝見道が分岐するので、左に行くと写真の雄滝があり、
 右に行くと雌滝があるんだよん。

  雌滝は、露光不足でUP出来ませんでした。心からスマソ。
 それにしても、本当に品素な写真でごめんなさい。

 もっと勇壮な写真をUP出来ればいいのですが、ごめんね。
                                【地図】



  水枯れで、超貧弱な写真になっちゃいました。トホホB

  写真は、山口市仁保に有ります「犬鳴きの滝」です。

  椹野(ふしの)川の支流、二保川に沿ってさかのぼると、一寸法師の
 からくり水車が右手に見えますが、そこから左手に約500m入っていくと
 この滝がありますよ。

  犬鳴きの由来は、昔、仁保に住んでいた座頭(目の視力を失った人)
 が、隣村の篠目(しのめ)に逃げた奥さんの様子を見に行くため、愛犬を
 連れてこの峡谷に入り、足を取られて滝壺に落ち込んで亡くなった。

  それを見た犬は、里に聞こえるようにと悲しい声で三日三晩鳴きとおした。
 その声は四方の山々にこだましたけど、段々蝉しぐれにかき消されるように
 弱々しくなり、力尽きて岸から淵をめがけて飛び込んだ。
  四日目、谷川で変わり果てた主人の体にだきついている犬の姿を村人が
 見つけたそうです。(南無〜
  これは、滝の入り口から200m位の所の渓流の
 そばに有る、放浪の俳人種田山頭火の句碑で、
 『分け入れば水音』刻まれています。
  この句は、生前親交のあった詩人和田健所蔵の
 短冊にある山頭火の直筆だそうです。
                          【地図】
       【戻る】