偉大なる言語学者達

(順不同)

トルベツコイ(1890〜1938)
   Trubetzkoy,N.S.



 ロシア出身の言語学者で、プラハ言語学サークルを代表する理論家の一人。 著書『音韻論要綱』を中心とする音韻論の諸業績により、世界的な名声を確立したが、比較言語学、 特にスラブ語比較文法とロシア語史、カフカース諸語、フィン・ウゴル諸語、古シベリア諸語などの記述と比較対照研究 、また、一般言語学、特に類型論と言語連合の理論、詩学、民族学、民族心理学などの分野でもすぐれた多数の業績を残した。

 トルベツコイの音韻論は、それ以前のボードアン・ド・クルトネとクルシェフスキ、スウィート、パッシー、ジョ−ンズ、 シチェルバらの音韻論と比較して、はるかに体系的な思考と科学的な方法に立脚しており、ソシュール後の一般言語学、 すなわち言語構造の共時論に具体的な研究対象と、その方法を与える役割を果たした。音素論としては不徹底な形態音韻論の 立場にとどまったこと、二項対立の論理的な枠組みや、通時音韻論における目的論的立場の主張に先験論への傾斜が認められることなど、 当初から批判を受けた点はあったにせよ、1940年代から50年代の世界的な音韻論研究の発展に、トルベツコイの音韻論が 決定的な影響を与えたことは、多くの学史的著作の指摘するところである。


ヤコブソン(1896〜1982)
   Roman Jakobson



 ロシア生まれの世界的な言語学者。20世紀を代表する知性の一人で、詩学を中心に文芸作品の言語を追究した。その才能は幅広い読書と稀にみる勤勉さによって開花し、言語、とりわけ文芸作品の中に「構造」を見いだして、言語の研究を言語学の周辺領域へと絶えず推し進めた。


ウォーフ(1897〜1941)
   Benjamin Lee Wholf



 アメリカ、マサチューセッツ州生まれ。サピアに師事。「サピア・ウォーフの仮説」の主唱者で、アステカ語、ホピ語、マヤ語を研究。

 〜サピア・ウォーフの仮説〜
 言語はそれぞれ独自の構造を持っており、その言語構造は、その言語を母語とする話者の思考や認識に影響を及ぼす。あるいは思考や認識を決定する。という仮説。言語相対論とも言う。



ソシュール(1857〜1913)
   Ferdinand-Mongin de Saussure



 スイスの言語学者。14歳の頃に「ギリシャ語、ラテン語、ドイツ語の単語を少数の語根に還元するための試論」という論文を書いた。
 ジュネーブ大学では、理科系の学生であったが、やがてパリの言語学会に入り、ライプツィヒ大学に学んだ。1878年暮れに「印欧諸語における母音の原始組織に関する覚え書き」を出版。
 その後、内向的になり、学会からも遠ざかり酒にひたるときが多かった。また、数年間アナグラムに没頭したりした。彼はますます自分だけの閉ざされた世界に生き、1913年2月に他界した。



マテジウス(1882〜1945)
   Vilem Mathesius



 チェコの英語・英文学者、一般言語学者。プラーグ言語学サークルの創立者で、終身会長。その理論面および組織面での指導者として活躍。構造主義者というより、言語の微妙なニュアンスを捉える彗眼の研究者として数々の画期的な論文を発表した。


イェルムスレウ(1889〜1965)
   Louis Hjelmslev



 デンマークの言語学者。文法は心理に属するというセシェエなどの立場を排し、文法はあくまでも形式のものであるとし、形式範疇は辞項間の機能によって成立すると結論づけた。
 1931年、イェルムスレウはコペンハーゲンで音韻論研究と文法研究に従事する2つの委員会を設立し、若手の言語学者を結集した。これが、コペンハーゲン言語学サークルの発祥である。



マルティネ(1908〜)
   Andre Martinet



 マルティネの言語学に対する貢献は共時・通事言語学の両面にわたっていて、その著書は23冊、論文は300以上におよぶ。
 彼は言語およびその構成要素を「機能」という観点から統一的に記述しようという立場をとっており、その機能主義的言語論はプラーグ学派のそれに近い。



ボアズ(1858〜1942)
   Franz Boas



 「アメリカ人類学の父」と評され、学際的性格をもつアメリカ人類学の性格・方向づけにもっとも大きな影響を残した人類学・言語学者である。
 ドイツに生まれ、1887年にアメリカに移住した後は、インディアンの言語研究にも傾倒し、重要な寄与を残している。コロンビア大学にあって、人類学研究を組織化し、クローバーやサピアなどの多くの人類学者、言語学者などを育てた。



サピア(1884〜1939)
   Edward Sapir



 アメリカの言語学者、人類学者。プロシア・ドイツ生まれ。
 自然科学的正確を否めないボアズの人類学に対し、言語は「社会現実のへの道案内」であると言明した。サピアにとって言語学と文化人類学は何よりも社会科学であった。
 サピアは、教職にあった期間が短かった割には、多くの弟子や研究者に強い感化と深い印象を与えている。



ブルームフィールド(1887〜1949)
   Leonard Bloomfield



 アメリカ、シカゴに生まれる。アメリカ言語学会の設立発起人のひとり。
 「唯一の有用な一般化は帰納的に一般化である」という言葉が示しているように、彼の基本姿勢は実証主義的かつ経験主義的であり、言語研究の基本は形式の分析であった。彼自身は意味の研究が言語研究の重要な一部であることを否定しなかったが、彼の行動主義的かつ実証主義的方法論は意味の科学的研究について彼に悲観的態度をとらせ、後に多くの言語学者の間に意味の研究を敬遠したり、拒否したりする傾向を生んだ。



チョムスキー(1928〜)
    Abram Noam Chomsky



 アメリカの一般言語学者。変形生成文法の創始者・先導者としてばかりでなく、哲学・心理学・数学など周辺科学の学識を備え、他科学の専門家たちに言語を軸とする多角的な興味を刺激し、ひいては心理言語学・社会言語学・数理言語学などのいわゆるハイフン付き言語学や、最近では認知科学のような学際的学問分野の台頭を誘発した。
 彼の信奉者は多く、その著作の翻訳やその理論の解説は数知れない。彼の理論の変遷や動向に左右される人が多すぎる、という批判さえ聞かれる。



服部四郎(明治45〜平成7)



 明治41年、三重県に生まれる。東京帝国大学言語学科を卒業。昭和16年 6〜7月には北京大学講師として言語学・音声学を講ずる。昭和18年 文学博士の学位を授与。昭和46年 文化功労者として顕彰される。昭和53年 勲二等旭日重光賞を授与される。昭和58年 文化勲章を受章。
参考文献:20世紀言語学入門(講談社現代新書)