・・・一人暮らしは終わった・・・




 俺の名前は西塔良太(さいとうりょうた)。大学2二年生で今、独り暮らしをしている。
 大学の友人達と飲みに出てはや6時間。ただいま深夜2時。 俺は歩いて2kmほど離れたアパートへ千鳥足で帰っていた。 道路がグネグネ曲がり、何度か電信柱にぶつかりそうになった。
 それでもなんとかたどり着いたが、その頃にはもう3時をまわっていた。鍵をさして部屋の中に入る。
 「あー、もう風呂入らんで寝るかな」そんな独り言を言いながら、靴を脱いで上がる。
 「ありゃ、俺電気を消し忘れたかな?」 確か電気を消して部屋を出たはずだが……
 「お帰りお兄ちゃん。お風呂沸いたから、先に入っていい?」
 なんだお前がいたのか。
 「いいよ、俺入らんで寝るから、栓抜いといてくれよ」
 「わかった」
 鼻歌交じりに風呂に向かってる。暢気な妹だ、俺に似ないで……俺はとりあえずテーブルについて、一息ついた。

 ──この違和感はなんだろうか?何かがおかしい。部屋を見回して、すぐに俺はこの違和感が
 なんなのか分かった。 そう、今風呂に入ってるあの女だ。俺には妹なんていない。じゃあ今風呂に入ってる奴はだれだ!? あわてて俺は風呂場へ駆け込んだ。
 ギリギリセーフ(?)女は着替えを済ませていなかった。見知らぬ他人とはいえ、風呂場へ駆け込むにはかなり勇気が必要なもんだなぁ。
 「おい、お前誰だよ!」
 俺がそう聞くとこいつはこんな事を言い出した。
 「……まぁ、その話は後にしてくれ。私は今風呂に入りたいんだよ。それともなにか? おまえ私と一緒に入りたいのか?」
 「ッバカ。勝手に入りやがれ! 」
 なんて傲慢な! 人の部屋に勝手に入り込んでおいて! それに加えてなんだあのいきなり男言葉は? この不可解な状況、今一度冷静に戻ってみようじゃないか。

 ──ここは確かに俺の部屋だ。そして俺に妹はいない。知り合いの女にあんな奴はいないし、第一なんで俺の部屋に入り込めてる? 何者だ?
 新手の泥棒か? テロリスト? いやいや泥棒はともかくテロリストはないだろう。
 じゃ泥棒か?いくらなんでもあんなに堂々とした奴はいない。……じゃ俺の許婚かも!? そうか俺の両親が昔から決めてたとかなんとかの。
 ほら、アニメとかであるじゃないか、そんな無理矢理な展開が。そうに違いない! だから合鍵を持っていたんだ!親父達め、いつのまにあんな美少女を……目がくりくりで、すっげー小顔。しかもあの口調には合わないくらい可愛らしい声だ。あれか? アニメ声って奴か?

 「なんだ? 考え事か?」後ろを振り向くとあの女がいた。こいつ、いつのまに俺の背後に?
 「おまえ、一体何者だよ?」許婚だということは分かっている!しかし、ここは確認のために聞かなければな。
 「私は今日からここに住ませてもらうことにした」ほらみろ! やっぱり許婚だよ!
 「名前は無時零奈(なしときれいな)。職業は……お前はこれから私と住むことになるからいっておく。俗に言う暗殺者だ」

 なるほど。俺の許婚は暗殺者かっておーいまてや! この女は何を言ってるんだ? この世の中に、好き好んで職業は暗殺者でーすなんて口走る女がいるか? この女、見た目はいいが内面は崩壊してるんじゃ?いい病院に連れて行ってやった方がいいのかもしれない。
 「よし、今から病院行こうか」
 「なんだ信用してないのか」
 突然現れた奴を信用できるか!この妄想女が。本来なら警察呼ぶところを、美少女だから許してやろう!美少女だから……ゴトッ
 「なんだこれは……?」
 「グロック17。ほとんどプラスチックでできているが、本物の銃だ」 嘘だろ? こいつ本当に暗殺者なのか?

 ──部屋に戻ってたった10分のうちに、俺は深い混乱に飲み込まれた。独り暮らしの俺の部屋にいないはずの女がいてビックリ。しかも傲慢な態度でビックリ。しかも暗殺者だとか言ってビックリ。
 この女一人で三度びっくりできるが、こんなんじゃ心臓がいくらあっても足りやしない。俺は激しく鼓動を打つ心臓を沈めながら、できるかぎり強気に言ってみた。
 「なっなんだよ暗殺者って。とにかく帰れよ。自分の家に帰れ!」

 ──不意に零奈の顔が強張った。
 「帰る家はないんだよ。私は組織を脱走した身なんだ.。普通の人の生活にあこがれてな。
 SAF(Special   Assassination force=特殊暗殺部隊)は私を探している。私に協力してくれ」
 協力するたって……俺は空手をやってるが、人を殺したりはしないし、銃だって使えない。俺に何をしろというのだ。「あなたは私をここに住まわせて、そして私の存在をできるかぎり周囲に気づかれないようにしてくれればそれでいいんだ。もちろんただでとは言わない。ちょっと最寄りの金融機関に案内してくれ」

 俺は半信半疑で近くのコンビニのATMへ零奈を案内した。彼女が取り出したのはきらっと光る黒色のカードだ。
「こいつは私の組織の者だけが持てるブラックカードだ。こいつを使えばどこででも金を、しかも好きなだけ下ろせる」
 うそだろ? と呆然とする俺を尻目に、零奈はカードを差込み、暗証番号を押し始めた。 カタカタカタ……と素早く打ち込む。しかし、長い。一体どのくらい打ち込んでいる? こいつが込み合ったATMの最前線で操作してたらきっと
ブーイングが出るに違いない。
 「いつまで打ってるんだよ? 間違えたのか?」
 「あぁ、このカードの暗証番号は77桁あるんだ。しかもその番号を元に特殊な計算式を当てるから、毎回暗証番号が変わるのだ」

 信じられん。とても並の人間には使えない。少なくとも小銭の計算が苦手な俺には とてもとても無理だ。
 「ほらとりあえず500万円だ。これで私を住まわせてくれ」
 手に渡されたお札の束。こんな札束は持ったことない。重いなんてことはないが、それでも一万円一枚と比べれば、ずしっとくる。
 「おいおい、何でも金で解決ってわけにはいかねーだろ? 」
 とりあえず、金にこだわりを見せないことを意思表示した。
 「そうか? ずいぶん嬉しそうだが」
 だが、見透かされてる。はっきりいって嬉しいのだ。これだけあれば溜まった家賃どころか、他にも色んな物が買える。
 「そうだ。お前の部屋にパソコンがあっただろ? あれを使わせてくれ。
 組織のデータにハッキングして、今下ろした金はこの山口……だったか?ではなくて沖縄でおろしたことにするからな。これで奴らは私の場所を特定できないはずだ」

 俺は札束を持ってコンビニをでた。そのまま、まっすぐアパートへ帰る。とりあえず、これはどうしようか……押入れの中に? 冷蔵庫の中に? 財布には入らないし、金庫もない。だからといって机の上に置きっぱなしなんて考えられん。
 「おい、零奈。この札束どうすりゃいいんだ? 」

 零奈はパソコンに向かってなにやら難しい作業をしているようだ。こちらをちらと向いたが、すぐにパソコンの方へ頭が向いてしまった。まぁ邪魔しちゃ悪いし、とりあえずこれは今度俺の口座に振り込むことにするか。
 あ、そういえばこいつの分の布団がないな。食器くらいなら何とかなるけど。
 「よし、終わったぞ」零奈がたちあがる。
 「どうなった?」
 「この500万は無事、沖縄でおろした事になった。奴らは今頃沖縄に飛ぶ準備でもしてるだろうな」
 「そうかぁ、(そんなことを聞くと落ち着かない)じゃ俺は寝るけど、お前どうする? 布団で寝るか?」
 零奈は首を横にフリ、壁に背をつけ座り、そのままスッと眠りに入ってしまった。やれやれ、よく他人の部屋で寝れるなぁ。
 そして俺も、よく見ず知らずの他人を部屋に入れてるよな……