「ざーんねんでした。いい? どんなに上手くターゲットに近づいたとしてもね。当たらなきゃそれは『はずれ』なのよ。
分かってるとは思うけど、つまりあなたの撃った弾は見事に『はずれ』ちゃったわけ。大事なだーいじな最後の一発を
 外すなんて、よっぽどまぬけなのねぇ、あは、呆れてものが言えないわ」
 



・・・ブレンダ・・・


 日本政府が存在を闇に隠し、世界の表舞台には一切公表されない暗殺組織がある。
 SAF(Special Assassination force = 特殊暗殺部隊)はその組織の中で、暗殺を請け負うチームである。
 メンバーは10名以下。
 ここ4ヶ月、この部隊は騒然としている。理由は数少ないメンバーの1人、無時零奈(ナシトキ レイナ)が組織から脱走したからだ。
 政府もこれには非常に困惑しており、事を荒立てたくないのでSAFを一時凍結させた。
 凍結している間に脱走した無時零奈を連れ戻し、情報が他に漏れることのないようにしろと命令を下した。

 SAFは個人個人が高い技術を持った暗殺者で、10名以下なのはそれだけ選抜に厳しいからである。彼らに任せれば、無時零奈もすぐに捕まるだろうと思っていたが、簡単にはいかなかった。
 彼女が組織の者だけ持てるブラックカード(クレジットカードのようなもの)を使い、沖縄で逃走費用を下ろしたことがわかった時にはすぐに沖縄へ飛んだが、それは彼女の罠だった。組織のデータにハッキングして、データを改ざんしていたのだ。
 彼女のほうが一枚上手である。
 今、無時零奈は辺境の地山口県で、大学生 西塔良太(サイトウ リョウタ)とのびのび暮らしていたのだった。
 そうとは知らないSAFは彼女を探すために、海外まで飛んだというのに。
 しかも1人はカリブの方へ飛び、そのまま行方不明になってしまっているという体たらくだ。

 SAFの基地では、ある1人の少女が個人部屋にてある暗殺計画を練っていた。
 この少女、14才にしてSAFでトップレベルの暗殺技術を持つ、末恐ろしい少女である。
 一般に女性が読むのを苦手とする地図を、裏側からすかして正確に読んだり、
聞き手と反対側の手で銃を撃ち、40m離れたターゲットに命中させるという離れ業を持っている。
 また彼女は組織内でもかなりの権力を持っており、ベテランの隊員でも彼女には頭があがらないのである。
 いつしか彼女は「Natural born killer《生まれながらの殺人者》」と呼ばれるようになった。それは組織が敬意を払ってつけたニックネームであり、彼女もそれを気に入っていた。

 彼女の名はブレンダ鳴海。英国人の父と、元SAFメンバーの女性暗殺者 故 鳴海明(なるみ あきら)の娘である。
 雨が降り、雷鳴が轟く深夜にブレンダはイライラしていた。壁には怒りをぶつけた証に、コブシの血形がついていた。
 「無時零奈……今どこにいるって言うのよ。
 アンタが居なくなったせいでSAFは凍結。私の大好きなお仕事ができなくなっちゃったじゃないの! ああそれに、私の周りは馬鹿ばっかり。あいつ1人を探すのに4ヶ月も……それにまだ見つかってないですって?
 ふざけるのもいいかげんにっ……」

 もう一度壁を殴ろうとしてはたと気づいた。コブシがずたぼろだ。
 とりあえず、気持ちを落ち着かせて机へ座る。
 (そうよ。組織は零奈を捕まえ次第、またここで働かせるつもりだわ。
 なにせSAFのメンバーは貴重だもの。そうやすやすと処分したりはしないはず。
 でも、それじゃあ私は納得できない。私から仕事を奪い、さらには沖縄での
 理不尽な紫外線により変にお肌が焼けちゃった事に関して……制裁を与えなければいけないわ。
 私の中の判決では……死刑ね。間違いないわ。よし、誤って殺っちゃおう。待ってなさいよ)
 今ここで、ブレンダの暗殺計画が始動した。

 基地の長い廊下を早足で歩き、誤ってぶつかってきた科学者に鉄拳を喰らわして、ブレンダは会議室へ入った。
 ──「どういうことだブレンダ? 君は今休息期間のはずだが」
 「うっさいわねブロッサム! この私があいつを捕獲してあげるって言ってるのよ。感謝しなさいよ!」
 ブロッサムと呼ばれたこの男は、SAFの中で最年長40歳の男である。身長2m5cmと大柄で、しかもあらゆる格闘技に精通している。
 「まあ落ち着けブレンダ。彼女はSAFでも有数のシューターだ。何せ5発しかない弾で、8人の敵を撃ち殺したほどの実力だからな。君1人での捕獲は無理だ」
 「あんたは黙ってなさいよ! モーツァルト。重ね撃ちなんて私だってできるのよ!」
 もう1人、モーツァルトと呼ばれるこの男。一応SAFのリーダー格である。身長が158cmと小柄だがかなりのやり手だ。
 今彼にとって頭の痛い課題が2つある。ナシトキレイナを捕まえることと、もうひとつはこのワガママ娘の世話である。
 
 「ええい! あんたたちがその気なら、私は1人で捕まえにいくわ! さぁジープを出して、あとカウボーイの使ってたような縄でも用意しなさい。零奈をそのまま引きずってきてやるからぁ〜」
 参ったな……誰がこの娘をこんな風に育てたのだろうか。モーツァルトはしぶしぶこう言った。
 「わかった。上には俺から交渉しておこう。ブレンダ、また君にも彼女の捕獲を手伝ってもらおう」
 「(しめた、ワガママ攻撃効果ありだわ)あら、そういうことなら是非ぜひ協力させてもらおうかなぁ。ありがとねっ」
 「しかし、だ。我々の任務は零奈を連れ戻すことだ。ブレンダ、殺すんじゃないぞ?」
 (ギクッ私の計画ばれてたかしら……さすがはモーツァルト、鋭いわねぇ。でも大丈夫、誤って殺すんだからねっ!
 あは、あはははは。楽しみだわ、これ)
 降りしきる雨はいっそう強くなり、基地はまた深い闇へと包まれていった……