俺のアパートに零奈が飛び込んで来てはや4ヵ月。今ではすっかりここでの生活になれて、近所付き合いも盛んである。
偽りの履歴書で始めたセブンイレブンのアルバイトも相変わらずで、今ではすっかり店長さんに頼りにされているらしい。
「リョータ、燃えるゴミはこれだっけ?」
ゴミ袋をよっと持ち上げる零奈。うん、燃えないゴミだよそれは。
「いいって、俺が出しとくから」
「ジャンケンで負けたんだから、私が出すの! 負けは負けなんだから」
やっぱりコイツは馬鹿正直だ。でもそこが可愛い。
零奈がゴミを出そうとドアを開けようとしたら、ドンドンとノックの音がした。──その瞬間、バッと壁に背をつける零奈。す、素早い……まだ昔の習性が抜けないんだな。
「大家じゃが、西塔さん、おるかねー?」声の主はアパートの大家さんだった。
零奈はホーッとため息をつくと、ドアを開けた。
「はい、いますよ」
「おっ零奈ちゃんか。今月の家賃なんじゃがね」
「あー、ちょうど持ってますよ」さっと用意していた家賃を渡す零奈。彼女のバイト代である。
「おっ用意がいいのう。いやあ、あんたが来てから家賃が遅れることがなくなって本当にたすかっとるよ。あの小僧もええお嬢さんを見つけたのう。あいつにはもったいない事だ。はっはっは……」
いやあ、すっごく楽しそうに去っていくなあ。俺、部屋に居るんですけどね大家さん。
和やかな日常である。
春の穏やかな気候が、心地よい。夕方の散歩が、毎週土、日のお決まりとなった。
近くの川原、草を踏みつつ歩く、歩く。
「リョータ、つくしがいっぱい出てるよ」
散歩の途中、零奈は事あるごとに立ち止まる。まるで幼児だ、これじゃ。
「あっ、あっちには魚がいたっ」
何か見つけ次第、現場へダッシュ。幼児というよりは、犬か猫か……そんな純粋な姿を見ると、彼女が暗殺者なんてことはまるで嘘のようである。
いや、もうこいつは暗殺者じゃなくなったんだ。今ここに居るのは無時零奈という少女だ。そうだよ、なんとかって組織は一向に姿を現さんし、零奈のことは諦めたんだろうな。そう、それがいい。こんな少女を、殺しの世界に引き戻すなんて間違ってるんだよ。彼女は今、自由なんだ。
夕陽は傾き、工場の煙突に突き刺さった。すべてがオレンジ色に染まる。そういえば昔、俺もじいちゃんと散歩してたな。
じいちゃん疲れてるのに、なんとか俺のダッシュについてこようと必死だったのは、あれは小学生のころだった。
零奈が普通の生活をしていたころは、どんな思い出があったのだろうか?
「私が3歳の頃の4月8日だったかな。その頃はまだお母さん、おばあちゃん、おじいちゃんと一緒に住んでたんだ。
おじいちゃんはとっても活発な人で、よく2人で魚釣りとか言ってた気がする」
ふむ、こいつにもこういう思い出があるんだよな……こんな話を聞く度に、いつもよりぐっと零奈を身近に感じることができて嬉しかった。
散歩は続く。緩やかな時間の流れが、俺たちをいつまでも包み込んでいた。
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