・・・お姉ちゃん・・・


   「ざーんねんでした。いい? どんなに上手くターゲットに近づいたとしてもね。当たらなきゃそれは『はずれ』なのよ。
分かってるとは思うけど、つまりあなたの撃った弾は見事に『はずれ』ちゃったわけ。大事なだーいじな最後の一発を
 外すなんて、よっぽどまぬけなのねぇ。呆れてものが言えないわ」
 そう、俺は外してしまった。銃弾はブレンダの髪を少し剃っただけで、彼女自身はまったく無傷だった。俺はゲームに負けたのだ。
 「ブレンダァ!」俺は死ぬ覚悟で飛び込んだ。せめて、せめて零奈だけは守らないとっ
 「いいわよ、相手してあげるぅ」身長差は20cmといったところか、そんな俺の蹴りをブレンダは簡単に跳ね除けた。そのお返しに、強烈なボディーブローが俺の腹を打った。これが14歳の少女の力か──俺は改めてキャリアの違いを感じた。こいつとは今までの経験の差が違いすぎる。俺はあっという間に首をとられてしまった。このままじゃ折られる──
 「お兄さんまったくだめねぇ。どうやら空手をやってたみたいだけど、そんな動きじゃ私に勝てないわよ」
 ぐぇ、やべぇどんどん力をいれてきやがる。首がミシミシ音を立てているのが分かる……これ以上は死ぬ。

 ──「やめなさいブレンダ!」零奈がそう叫んだ。でも、何を言ったところでこいつが止めるわけない。
 「うるさいわねぇ、次はアンタの番よ。あんたの大事な人が死ぬところを、じっくり見てなさい」
 「──私の大事な人を?」そう言うと、零奈がこっちへ歩き始めた。馬鹿、こいつはまだ銃を持ってるんだぞ。
 「なによ、来たら撃つわよ!」「撃ってみなさいよ! この馬鹿むすめぇ!」零奈が突進してきた。
 「うるさい!」ブレンダが零奈に向けて撃った。しかし、零奈は軌道を予測していたように軽がると避け、ブレンダの銃を蹴り上げた。俺もそれに乗じて地獄固めからなんとか脱出した。銃は窓ガラスを超えて、はるか地上へと吸い込まれるように落ちていった。
 「あっあ、あああ……」驚いたことにブレンダが悲しげな声を出している。その先には怒りに打ち震える零奈の顔があった。
 「ごっごめんなさい、ごめんなさいお姉ちゃん」おねぇちゃん?
 「私の大事な人を殺すですって? そんな事私が許すと思っているの?」けして感情的ではなく、母親が子どもを叱る時のような雰囲気である。
 「ごめんなさい、もうしません、もうしません。しませんから、許してぇ」
 「どうかしらね?」零奈がブレンダに手をかけた──



 ・・・バイバイ、ブレンダ・・・



 あたしは生まれたときからこの基地にいる。基地はあたしのいえだ。周りにはおおきな人ばかりで、いつもいらいらしてる。あたしがまちがえたりすると、すごく怒る。あたしはそれがとっても怖いから、まちがえないようにがんばる。
 楽しいことなんてない。女の人も男の人も、みんな悪い奴らだ。
 でもお姉ちゃんはちがう。お姉ちゃんは、私のことを可愛がってくれる。お姉ちゃんは私より2才年上で、だけどお母さんみたい。私はほんとうのお母さん知らないんだけど、きっとお母さんってこんな人だ。ブレンダ、ブレンダって優しく話しかけてくれるし、私のことが好きなんだってすごく感じる。私はお姉ちゃんが大好きだ。だけど、お姉ちゃん──
 
 「どうしてあの時私を置いていったの? 私はお姉ちゃんと居たかった。それなのに、なんで1人で出て行ったの?お姉ちゃんは私のことが嫌いなの?」零奈はブレンダを抱きしめていった。
 「ごめんね、私は自分勝手だった。大事なあなたを置いていくなんて、どうかしてたんだ。もう置いていかないから、許して」
 「もう置いていかないで、本当に。あなたが私を裏切ったのかと思った。だから殺してやろうと、一緒に死んでやろうって……」
 「もう私たちは本当の道を生きていこう。SAFを捨てるのよ。みんなきっと協力してくれる」
 「無理よ。私はもう許される立場にない──」

 部屋のドアが開いた。入ってきたのはヘンリーたちだった。
 「兄さん、ここは大丈夫か?」
 「大丈夫だが、あれを……」その場の全員が驚いた。話には確か《生まれながらの殺人者》として、我々の脳に刻み込まれていたはずである。確かにランチャーを撃ってきたし、ひどく凶暴に見えた少女だった。間違いなく我々の敵だったはず。
 しかし、目の前に居るのは母の胸に抱かれて泣く、幼い少女だった。
 「どういうことだい、兄さん?」
 ヘンリーもわけが分からないようである。
 「さあ、みんなのところに──」零奈がブレンダを起こし、歩き始める。
 「無理だって言ったはずよ」ブレンダは両手いっぱい零奈を弾き飛ばした。そして窓ガラスの向こうへと駆け寄って、こう言った。
 「それではみなさん、さようなら。私はここで人生を、あは、終わらせることにしたわ。ナチュラルボーンキラーは、愛に負けたの。そうよね、お姉ちゃん。今日は今まで生きてきた中で、一番幸せな夜だったわ。だって私、本当に愛されていたことが分かったから。あなたたちには色々迷惑かけたけど、これで勘弁してね」下界へと歩み寄るブレンダ──死ぬ気だ!
 「駄目よ!もう置いていかないから。ブレンダ……死なないで」「ありがとう、お姉ちゃん」本当にありがとう、今まで──



・・・手紙・・・



 ──あれから数ヵ月後、俺は零奈と元のアパートで暮らしている。前と変わりない生活をとり戻したのだ。オクトパスたちは今も兵隊として戦っているらしい。心配だけど、あの人たちなら上手くやるだろう。そしてヘンリーはカリブへ戻り、また女をあさりだしたとの事。好きにしなよ弟、お前のことは好きだったぜ。
 「リョータ、ロバートさんから手紙が来てるよ」零奈が嬉しそうに持ってきた。俺たちはそれを2人で読んだ。
 『親愛なる良太、零奈さんへ。あれからブレンダは、少しずつこちらの生活に慣れてきたようだ。彼女はしっかりと第2の人生を歩みだした。ブレンダの今までしてきた事、これは我々大人の責任でもある。
 私はこれ以上不幸な子どもが増えないように、ブレンダと一緒に世界をめぐることにした。父として今まで接することができなかった償いは、一生をかけてしていくつもりだ。そういえばブレンダは零奈さんにも会いたがっていた。いつか日本に立ち寄ることもあるだろう。それまで、2人とも元気で。 ロバート・マコール』
 もう1枚手紙が入っていた。
『こんにちは。私は今お父さんと一緒に暮らしてるわ。お姉ちゃんと暮らせないのは寂しいけど、お姉ちゃんには素敵な人が居るし、邪魔しちゃ悪いよね。それにお父さんはすごく優しいの。最初は私、すごく嫌いだったのよ。だけどだんだん分かってきたの。本当のお父さんだったんだって。私は自分が今までしてきたこと、忘れずに生きていきます。どうか私の幸せを願って──ブレンダ・鳴海』
 飛び降りようとする彼女を救ったのは、零奈でも俺でもなく、ロバートさんだった。あの距離なら、ブレンダは楽に飛び降りることができただろうに、彼女を止めたのは遺伝子だった。今まで隠していたが、ロバートさんはブレンダの本当の父親だったのだ。
 その昔ロバートは日本の女性と恋に落ちた。その当時仕事を始めたばかりのロバートは、彼女と一緒に過ごす時間がなかった。決して愛していなかったわけではない。
 しかしそれを悲観した彼女は、生まれたばかりの娘と一緒に行方をくらました──物語の始まりは、悲しい愛のすれ違いからだった。
 「リョータなんで泣いてるの?」零奈が心配そうに聞いてきた。
 「いや別になんでもないよ。なあ零奈、俺たちは、俺たちはいつまでも一緒に……」
 「当たり前でしょ。いつまでも、あなたを愛してる。そしてあなたも、いつまでも私を愛してね」

 平凡な大学生と、平凡じゃない暗殺者が出会った物語は、ここで終わりだ。いつまでも、幸せに。

 
   NoveL