・・・襲来・・・
 

 「おかわり」俺はご飯をついだ。「おかわひ(もぐもぐ)」またついだ。「おーかーわーりー」……ちょっと食べすぎじゃないか
 零奈? 基地からの脱出は成功。その夜の零奈の食欲は半端じゃなかった。ここじゃなくて、大食い大会へ連れて行けばよかったのかもしれない。ああそうだ、そうに違いない。
 「だって基地じゃ食べる気しなかったんだもん」そう言うと、今までの分を取り返すかのごとくまた食べ始めた。
 
 ──今俺たちは東京のMI6ビルにいる。零奈と俺がいるのはパーティーをするような広さと、壁の代わりの巨大窓ガラスを兼ね備えた部屋である。赤いカーペットがなんとなくなまめかしい。
 「なぁ、あのブレンダって奴は一体何なんだよ」俺がそう聞くと、零奈は食事をやめた。
 「あの子はあれでも私より2歳年下なの。初めて見たのは、あの子が赤ちゃんの時ね。母親に抱かれてたわ。その母親が実はSAFの隊員なの。彼女を基地へ連れてきて、そこで育てようとしてたんだと思う。でも、母親は任務の途中で亡くなってしまった。だからあの子は、親の愛を全く知らずに育ってきたの」
 「へー、たまに聞くような話だな」
 「私だって3歳までは母と生活してた。でも愛を知らずに生きてきた人って、どうなると思う? 人じゃなくなるのよ。彼女は一見髪がサラサラで、顔立ちがよくてすごく可愛いけど、その身体の中にはいつも周りに対する憎悪で渦巻いてるの。
 だからって、彼女が狂ったトラやライオンのようだとは考えないで。本当なら「愛を知らない」人は、もっともっと周りに残忍でこの世の者とは思えない人間になるのよ。私知ってるわ。
 あの子の生まれ持っての性格が、そこまでの残忍さを抑えているんだと思う。事実彼女は、自分より年下の人間はどんな任務でも絶対殺さないと言う、ポリシーを持っているわ。それがたとえ少年兵でもね」
 「そうかな。あれだけやったら立派なもんだよ。車ぶつけたり、ランチャー撃ったり。それにあいつはおまえの命を狙ってる」そう言うと零奈は答えた。
 「あの子も私と同じで、環境によって、生き方や性格を歪まされたのよ。あの時私は1人だけで逃亡してしまったけど、本当ならあの子も一緒に連れて行くべきだったんだ……私はあの子に酷いことしちゃった」
 ふうむ。あのハチャメチャ娘も、なかなか苦労してきたんだなぁ。しかし零奈の命を狙っているなど絶対に許せん。俺はあいつを倒すぞ。そんな俺の考えを零奈は感じとったのだろう。それ以上は何も言わなかった。

 ──また雨が強くなってきた。ビルの外はもう真っ暗である。
 「雨、強くなってきたね」
 「あー、これはひでぇな。街の明かりもろくに見えねぇや」まったく嫌な雰囲気だ。何かがまだ残ってるんだ。何かが──
 「リョータ、電話が光ってる」零奈の側にあった電話が点滅している。音が出ないのかな? 受話器をとると、ロバートの声が聞こえた。
 「リョータア! SAFがこのビルを──暗殺部隊だ──」俺は愕然とした。嘘だろ、ここはMI6のビルだぞ。そう簡単には入り込めないはずじゃ……その時、爆音とともに窓ガラスが弾けとんだ。爆弾!?
 いかにも丈夫そうなロープを使ってこの部屋に入り込んできたのは、ナイトビジョンを着けた特殊部隊風の人間だった。油断していた、今俺は銃を持っていないんだ。
 「こんばんは、お2人さん」
 この声はブレンダ。こいつはいつまで俺たちを追ってくるつもりなんだ。
 「あら、お兄さんも零奈も銃を持っていないみたいね。これじゃまったくもって私の勝ちだわ。今頃下では私の部下があなたたちの仲間を、あの世に送ってるところよ。どう、絶望したあ?」
 そのとおりだ。銃がない俺たちに勝機はない──このままじゃ2人ともやられちまう。
 「ブレンダ、リョータは貴方には関係ないはずよ。私と勝負するんでしょう?」零奈がブレンダに問いかけた。
 「駄目ね。私にしてみれば、このお兄さんもすでにゲームの参加者よ。そう、ゲームを始めましょう」ブレンダはそう言うと、俺の方に持っていた銃を渡した。
 「あのね、実はその中には銃弾は1発しか入ってないの。今私が持ってるのは全弾あるけどね。それでお兄さん、私を撃ってみて。さぁ今まで人を殺したことないでしょう? そんなあなたにできるかしらね。あなたに自分の手を汚すことが、はたしてはたしてできるでしょうかあ?」こいつは飛んだ心理ゲームだ。
 俺だって撃てるさ……撃てる、撃てる? 何を? 目の前にいるのは木のターゲットじゃない。血の通った人間だ。撃てば血しぶきが飛び、恐ろしい悲鳴とともに絶命するんじゃ? え、それを撃つのか。おまえそんなことできるのか。
 「さぁどうぞ、早く撃ってみて。当たればラッキーじゃない。勝てるのよ?」そうだ、勝てる……しかしどうだろう。たった2〜3mの距離が、まるで200〜300m離れているように感じる。この距離はなんだ? ブレンダお前一体どこにいる?
 「リョータ、私が撃つ」零奈が銃を手に取ろうとした瞬間だった。
 「お前は撃つな!」ブレンダが銃を構えた。何がなんでも俺に撃たせたいらしい。そうか、これはあいつの作ったゲームなんだ。そして俺は参加させられている。
 「撃つぞ」「どうぞ」
 闇夜に銃声が響いた──