・・・いざSAF・・・
 

 作戦当日。本当にラッキーだ。すっごく雨が降ってて風が強くて、これならSAFだって俺たちの存在に気づ……ってあまりにも酷いだろこれは。周りを見ろ、風で木がしなってるぞ。台風レベルじゃねぇか。
 「いいや違う。最高の作戦日和だ」ヘンリーは嬉しそうにそう言った。
 「それよりリョータ? 装備はちゃんとー持ったの?」ガーベラが心配そうに聞いてきた。
 「あ? ああ、武器は持ったし、靴の紐はちゃんと結んだし、トイレは行ったし……」
 「あんまり緊張してないみたいだな、リョータ」オクトパスがニヤニヤしながらそう言った。
 「兄さんは俺の弟子だからな」ヘンリーは得意げに言った。誰が弟子だって?
 「ま、とりあえず出発しようぜ」
 フォックスの一言で俺たちは樹海へと足を踏み入れた。

 雨の日の樹海は非常に不気味だ。枝の間からシトシトとこぼれる雨が大地を湿らせ、
 勢いよく吹き抜ける風は俺たちの会話を阻んだ。今にも何か出てきそうである。枝を踏む音を聞くと、もしかしてこれは自殺者の遺骨なんじゃないかと思ってしまう。うーナンマイダブナンマイダブ。
 「どしたのリョータ。手をすり合わせちゃってー」ガーベラがなんでもないようにそう言った。
 「おまえ知らないか? 樹海は自殺者でいっぱいなんだ。SAFももっとマシなところに基地作ればいいのによぉ」
 「兄さん情けないぞ。気づいてないかもしれないが、俺はさっき仏さんを見つけたよ。なんでもないさ、あんなの」うわぁやめろよヘンリー。俺は嫌だ、絶対見ないぞ。
 「今から殺し合いに出るなんて時に、幽霊の話か? リョータは変わってるねぇ」フォックスがゲラゲラ笑った。
 「ホントリョータ、変わってるねぇ」ガーベラもクスクス笑うが、この中で1人だけ俺に同意するものがいた。オクトパスである。
 「いいや、俺は感じるぞ。ここには何かいるんだ……そうだゴーストだ」このごつい男は、意外にも真剣に霊とかを信じるタイプだった。物凄い顔で辺りを見回している。見つけ次第射殺って感じである。
 「……まったく困ったパーティだ」ヘンリーが呆れてそう言った。うん、類は友を呼ぶんだよ君。
 
 ──それから4時間ほど歩いたところで、ついに目の前に基地が現れた。鈍く光る金属製の壁でできた、いかにも最新って感じの基地だ。
 「おし、ここからは俺と兄さんの出番だ」ヘンリーはそう言うと、今まで着けていた装備を下ろし、俺も予め着ていた基地隊員のダミー戦闘服になった。いよいよ本番か。零奈、今行くぞ……
 「がんばってリョータ」ありがとよガーベラ。がんばるよ。
 「脱出は俺たちに任せとけ」OK、任したぜフォックス。
 「霊が……霊が……」…………。
 なるべく堂々とした態度で行こう。俺は基地の隊員なんだ。ん、隊員……てなんだ? 退院?はてはて。
 隊員の意味を考えていたら、いつの間にか門番のところまで来ていた。
 「む、貴様何者だ?」門番のいきなりな一言。緊張が頭からつま先にかけてビリビリと走った。
 「この顔に見覚えはないかな? なかったらちょっと困るんだけど」
 「んー……あ! ヘンリーさん。今までどこへ行ってたんですか!」急に門番の態度が変わった。
 「カリブさ。そこから泳いで帰ってきたんだ」
 「まさか、相変わらずですねぇ。とにかくお疲れでしょう。さぁ基地へどうぞ」
 「うん、ありがとね。あ、それと無時隊員は今どこにいるかな?」
 「無時隊員は今SAFの病室です。体調がすぐれないようですから、今はおやすみになられているかと」
 門番のこの変わりよう。どうやら、SAFはこの基地でかなり権威があるらしい。
 こうして思ったよりあっさりと基地へ入れた。

 「病室はこっちだ。もうすぐで感動のご対面だよ」
 長い廊下を歩いていくと、医者や科学者たちとすれ違った。みんなこちらに礼をする。
 何回か廊下を曲がると、その医務室へ着いた。その中の医者に話しかける。
 「零奈隊員は拒食症ってわけじゃないようだ。ただあんまり調子はよくないから、優しく接してくださいね」
 医者はそう言うと、ヘンリーに鍵を渡した。そのまま零奈の病室まで歩く。 
 「酷い作りだろ? これは外側からしか鍵がかけられないタイプの部屋だ。零奈が脱走しないようにしているんだな」
 ヘンリーは借りた鍵を使って、ドアを開けた。
 ──真っ白い部屋だった。ベッドやテレビやゴミ箱に床。窓にかけられた鉄格子まで、すべてが真っ白である。
 そのベッドで眠る少女。
 「零奈隊員、助けに来たぞー」ヘンリーが近くでこう呟いた、その途端だった。飛び起きた零奈が、両腕でしっかりとヘンリーに抱きついた。
 あー? えー、君たちそういう関係だったの? ちょっと待て、え? おいおいおいおいおいおいおい。
 「ありがとうっ助けに来てくれたのね」零奈の嬉しそうな声に、反比例して落ち込む俺。塩をかけられたナメクジのような気分だ。
 「いやいや、そんな小さい胸で抱きしめられたら嬉しいじゃないか……」ヘンリー殺す。俺が本気で引き金を引こうかと思った瞬間だった。

 「リョータじゃない……」零奈がそう言った。目をゴシゴシしてヘンリーをジッと見た。
 「なによー! 私を助けに来てくれるのはリョータだと思ったのに! なんでよりによってこんな女たらしな人がっ……
 あーもう嫌。はやく基地から出してー」
 散々ですねヘンリーさん。日ごろの女癖がたたってるんですよ。ザマーミロ。
 「まいったねこりゃ。零奈隊員、君を助けに来たのは俺だけじゃないぞ」ヘンリーがそう言うと、やっと零奈がこっちを見た。
 「あ……リョータ!」今度こそ……そう零奈は俺を抱きしめてくれた。ラブリー!
 甘い匂いが鼻をくすぐる。あは、クッパからピーチ姫を救い出したマリオの気分ってこんな感じかなぁ?
 「感動のご対面! おめでとう!……さあ脱出するよ」嫉妬かね? ヘンリー君。
 「王子は姫と出会った。そちらはどうだい?」ラジオで会話するヘンリー。
 「オクトパスがもう樹海は嫌だって言うんだ……だからヘリを拝借したよ」フォックスの呆れた声が漏れた。
 「OK、じゃ零奈隊員はこれを着て」取り出されたのは、レプリカ服と帽子だった。零奈は素早く服を着て帽子を深く被った。
 パッと見ただけでは、ただの訓練生のようだ。
 「いいね、今から誰にも悟られないようにヘリまで行くんだ」俺と零奈は頷いた。
 
 走ってはいないが、みんな歩くのが早い。緊張しているのだ。基地には訓練生がごろごろいるから、毎度まいど冷や汗ものである。
 「ヘンリーさん、今帰ったんですか?」「後にしてくれ」
 「あ! ヘンリーさんお久しぶりですね」「後にしてくれ」
 ついにヘリまでたどり着いた。
 「やあ上手くいったみたいだな」フォックスが操縦席に乗っている。周りの訓練生は、麻酔銃で全員眠らされていた。やっぱりこの3人はプロフェッショナルなんだな。
 「ああ、久しぶりに基地に戻れてよかったよ。もう来る事はないだろうけどね。みんな乗ったか? ……よし、ヘリを出そう」プロペラが回転して、爆音を出す。気がつくともう風はなく、空は雲っているだけだった。よかった……零奈はおれの側に
 いるし、みんな無事だ。本当によかった。
 
 ヘリは離陸成功、俺たちは全員安堵のため息をついた。あとはMI6のビルへ飛ぶだけ──それだけのはずだった。何か聞こえる。下から、あれは人の声だ。人の声と言うか、あれはそうブレンダの声だ。
 「まちなさいよ! 零奈を返せ。あいつは私が殺すんだあぁ! ちくしょう、みすみす逃すくらいならっ……」
 おいおい、あいつロケットランチャーかまえてるぞ。どこまでもクレイジーな奴だ。
 「これでもくらえー」なんてことだ。ごつい弾が俺たちのヘリめがけて飛んできた。絶体絶命である。
 「リョータッ銃を貸して!」
 零奈が俺の銃を取り、ランチャーの弾へ向けて乱射した。無理だ当たらない。
 しかし、フォックスの巧みな操作のおかげでヘリはかろうじて弾を避けた。しかしブレンダはもう1発ランチャーに弾をこめている。
 「距離がありすぎる──そこのおじさん、それをとって!」おじさんと呼ばれたのはオクトパスだ。可愛そうに、こいつまだ26歳なんだけどね。ショックを受けたオクトパスから渡された、象の牙のように長いスナイパーライフルを零奈はかまえた。
 「当たれっ」
 撃った弾が見えたような気がした。その弾はゆっくりとブレンダの方へ飛んでいき、彼女の手に命中した。見事にランチャーは彼女の手から離れた。
 「やったわ!」ガーベラが興奮して言った。
 「今がチャンスだ。さっさと逃げろ!」
 ヘリはスピードを上げて、樹海の上空を抜けていく、危機は脱した。
 初めての実戦は無事成功した。