・・・これが初めての実戦になる・・・

 
 トレーニングを始めて2ヶ月が過ぎようとしたある日のことだった。
 その日は雨で、島中が静かな音に包まれていた。俺がハンモックに寝そべり、ナイフについたうさぎの血を拭き取っていたころ、ヘンリーは古びた施設のコンピューターでMI6と連絡をしていた。
 「ああ、なんてこった」そう言うと頭をかきつつこちらへ歩いてきた。
 「どうしたんだい? ヘンリー」俺がそう言うと、困ったように話しだした。
 「まいった事になった。どうやら零奈はかなり体調を崩しているらしい、と言うのも食事を受けつけないんだな。拒食症って奴かな? まあ一刻も早く救出しないと、彼女の命が危ない。もちろんSAFだって医療を受けさせてるだろうが、たぶん『あの場所』にいることが問題なんだろうね」
 「と言うことは、トレーニングは……」
 「そうだな、予定が変わった。あと数日で、俺たちは東京にいるロバートのところへ行くことになった。
 ……つまり実戦が近いんだ」
 急に雨音が強くなった気がした。実戦が近い……
 
 数日後、ヘリで東京のとあるビルへと降り立った。ロバートは屋上で俺たちを待っていた。
 「良太君、ずいぶん厳しいトレーニングだったようだな。」
 「そうかな? よくわからんが」
 「いやあ兄さんは変わったよ。以前はあんなに嫌がってたゴキブリも、ためらいなくやっつけられるようになったじゃないか」ヘンリーはいつも口が軽い。余計なお世話だ。
 「では、私についてきてくれ」ロバートが歩き出した。俺たちもそれについていく。
 ──ビルはとても簡素なつくりだ。必要な照明、必要な壁、必要な曲がり角……それらを進んでいくと、会議室へ着いた。
 中には大きなホワイトボードと、白いテーブルがあり、そこには兵士らしき男が3人座っていた。
 「彼らが君たちと一緒にSAFへ侵入する仲間だ」ロバートがそう言うと、1人の男がこちらへ歩いてきた。大柄で丸坊主の男だ。
 「よろしくな、俺のことはオクトパスとでも呼んでくれ」そう言うと、周りの兵が軽く笑い出した。なるほど、タコ坊主か。
 「よろしくオクトパス。俺はルイージ、後ろの兄さんはマリオだ」ヘンリーはそう言ってタコに握手を求めた。タコはそれを快くぎゅっと握り返した。
 「さて、今回の作戦は元SAF隊員のヘンリーに考えてもらった。みんなしっかり聞いてくれ」俺は兵士たちと一緒の席に座った。
 「えー、今回の作戦は無時零奈の救出にある。
 あまり血を流したくはないので、できる限り隠密に事を進める方針だ。いいかな?」
 周りの兵は静かにうなずく。俺も遅れてうんうんとうなずいた。うんうん。
 「それで、SAFの基地ってのは樹海にあることは周知の事実だ。そんなに広い基地じゃあないが、設備は最新のものだ。そう簡単には入り込めない。
 SAFは通常、任務に行くときはヘリかジープで基地外へ出る。ジープには専用の地下通路があるんだ。そこを潜って行きたいんだが、何しろ何重にもなる扉を前には太刀打ち不能。仕方がないから、森林を歩いて抜けることにする。これにはひとつだけメリットがあるんだ」
 「おっと、メリットてなんだい?」長い右手を上げてタコが質問した。ヘンリーは静かに1回うなずくと、自信満々でこう言った。

 「マイナスイオンを、たっぷり浴びることができるところだ」
 一気に場がしらけるのを肌で感じることができた。おまえは馬鹿か。
 「ゴホン、まあ冗談は置いといてだな。実はラッキーな事に、あさってから富士周辺は天気が崩れるらしい。我々はその日を狙ってちゃっかり進入しちゃおうってわけだ」
 ほほう、なるほど。
 「基地内はな。訓練生たちが全部で50名程いる。こいつがやっかいだが、方法がないわけじゃない。実はSAFは俺がカリブで行方不明になったままだと思っているんだ。つまり、彼らにとって俺はまだ『味方』ってわけになる。そこをうまく利用するんだ」
 「利用するたって、どういう風にだい?」兵の1人がまた質問した。頬のこけた、いかにも熟練って感じの男である。
 「ああ、初めに言っておくがオクトパスさんとあなたとお嬢さんは、俺と西塔のサポートをお願いしたいんだ」
 お嬢さん? よく見てみると、ああなるほど。深く帽子を被っていたので分からなかったが、女の兵が1人いた。
 「樹海の基地まで行くだろ? そこからは俺と西塔ペアだけで基地へ侵入する。数が多いとそれだけ怪しまれるからな。その間に君たちで脱出経路を確保して欲しい。いいかい、君たちが待機するのはここで」
 ヘンリーは、ホワイトボードに簡単な基地を描いた。
 「そして、ジープやヘリが置いてあるところはここだ。そこでなんでもいいから、とにかく脱出に必要な物を確保していただきたい」
 「わかったわ。ところで、貴方たちが無時零奈を救出するのにかかる時間はどのくらいかしら?」女の兵が質問した。
 「そうだな。ま、長くて10分てところだな」10分か……
 「OK、では私たちがその間に脱出用のジープかヘリを確保しておくわ」
 「うん、任したよ。ではここで会議は終了だ。何か質問ある人は後で俺に聞いてくれ。では解散〜」
 ヘンリーがそう言うと、3人は俺のところへよってきた。
 「実戦は初めてだって? よろしくな。俺は仲間内からフォックスて呼ばれてるんだ。銃よりは機械をいじるのが好きだ」 頬のこけた男である。年齢は35……てところか?
 「よろしくね。私はガーベラ」ブロンドの白人少女である。ちょっとカタコトな日本語である。
 そう、この3人に共通して言えることは、みんな白人と言うことだった。

 その夜から天気が崩れはじめた。ビルの個室で眠くなるのを待っていたのだが、気が立ってなかなか寝られない。仕方がないのでラジオをかけた。
 ラジオからは元気な兄さんのいわゆる『いい声』が流れた。
 《やぁみんな、気分はどうだい?土曜の夜はハートフィーバー! 最高の時間を過ごそうぜ!
OKOK、気分が優れない奴もいるだろ? いいか。すべては気の持ちようなんだ。しっかりしろよ。さぁ今から流すのは老いも若きも大好きな……》
 俺はラジオを切った。もういいって。ホントもうどうでもいいって……