・・・若者よ 書を捨てトレーニングを始めよう・・・


 使える人間とは? ヘンリー曰くこういう人間だ。
 「必要とあらばためらいなく人を殺せて、1人だけでも行動できて、ユーモアを忘れない。簡単にいえばこういう奴だ。そして言うまでもなく、俺はそういう人間だ。特にユーモアだけには絶対の自信がある」
 ユーモアはこいつのこだわりか。
 「まあそれは置いといて、トレーニングを始めよう。時間がないからSAFに進入し、零奈を救い出せるためのスキルを集中的にアップさせるんだ。これをかるってくれ」手渡されたバッグはずしんとくる重さだった。かなりウェイトがあるようだが
 ヘンリーは同じバッグを軽々とかるっている。すげぇ。
 「さぁ、トレーニングの始まりだ。まず基地の裏の山へ出ようか」
 基地をでると、あたりはまるで恐竜の出てきそうな森だった。さわやかな朝の光が木々の間からこぼれている。
 俺たちはおそろいのミリタリーパンツをはいて、厳しいアップダウンを走る。
 「なあ、ここはどこなんだ?」実は今、俺はどこにいるのか知らない。日本か? アメリカか? オーストラリアか? 
 「んー、トレーニングには必要ない質問だ。まあこれだけ入っておこう。ここは小さな島だ。残念ながら可愛い女はどこにもいない」
 確かにどうでもいい質問だな……ヘンリーの受け答えに、ますますそう感じた。
 
 さて、どのくらい走っただろうか……俺はもう息も絶え絶えだった。
 そろそろ死ぬかと思ったら、やっとヘンリーが歩き出した。
 「OK兄さん。クールダウンだ。よくそんな重いものかるって走れたな。見上げた体力だ」ヘンリーはそう言って、かるっていた自分のバッグを俺の手に渡した。なんだこれ? 軽いぞ。そう思って中を見ると、形作るためだけの空き箱が一つ入っているだけだった。
 「だから言ったろ? ユーモアを忘れるなって」
 俺も思わず笑ってしまった。よく考えたら零奈がさらわれて以来、こんなに笑うのは初めてである。
 
 次に来たのは──射撃場である。森の中にひっそりとたたずむここは、古びた施設だった。周りの壁にはコケやらなんやらの植物が生えていた。 
 「ドンパチやるならここが一番だ。兄さんは結構体力あるみたいだが、銃の扱いは初めてだろ?」そう言うと、ヘンリーが俺に銃を渡した。零奈の持っていた銃と同じである。
 「こいつはグロック17。ほとんどプラスチックでできているんだ。試しに撃ってみなよ」
 俺はターゲットに狙いを定めて──うう、緊張するぜ。すげぇ音がするのかな? 反動で手首傷めたりしないかな?手に汗握るとはこんな感じだ。
 照準を前後しっかりつけて、俺は引き金を引いた。

 ──パンッ。
 「はい、出たのはプラスチックの、そう、BB弾でした」ヘンリーは笑いながらそう言った。まじでおもちゃかよ、このやろう……
 「兄さん、本物もおもちゃもたいして変わらない、そう思えたら一人前だ」
 そう言うと今度は本物の銃を出し、慣れた手つきで5発撃った。
 弾は全部当たったかのように見えたが、しかし穴は1つだけだった。
 「よーく見てくれ、全てまったく同じところに当てたんだ。だから穴は1つだけだよ」すげぇ。こいつ口だけじゃないんだな。
 「おし、やってみる」今度は本物の銃だ。
 「1発を大事にするんだ。弾切れはすなわち死を意味する。最初は当たらないだろうけど、最終的には当たるようになってもらうよ。いいかい、これは兄さんのためでもある」

 よし……ん?クラッカーを鳴らしたような軽い音だ。
 銃は思ったよりは反動が少なかったが、全く的外れである。駄目だこりゃ。
 「その調子だ。最初から当たったんじゃ、今までの俺たちの訓練はなんだったんだ、てことになるからな」
 わかっちゃいるが、あれだけ狙いを定めても当たらなかった。どうすれば上手くなるんだろうか?
 「先の話になるが、実際の銃撃戦になったら兄さんは、真っ先に死ぬことになるね。ターゲットを狙うのに12秒もかかってたら、その間に敵は2マガジン以上ラクに撃ってるからな。
 いいかい、俺たちはSAFの基地に潜入するんだ。大体待ち伏せされているだろう。そうなると必要な技術は、見つけたら即撃つという技術だ。これを『即応射撃』と呼ぶ。標的を見つけたら、照準の前の部分だけを標的に合わせるんだ。
 ちょっと見ててくれ」
 ヘンリーが側にあったスイッチを押すと、ターゲットがランダムに出現するようになった。ほんの一瞬出ると、またすぐバタンと倒れて消えてしまう。
 「つまりね、バタンと倒れた時撃ち損ねてたら、あなたは撃たれましたってことなんだ。ゲームセンターにあるワニワニパニックだと思えばいい」そう言うと、ヘンリーは銃を構えた。
 ターゲットは撃たれたら動きが止まる仕組みのようだ。ものの7秒でヘンリーは12体のターゲットを打ち倒した。
 「こんなところだ。まあこれはあくまでデモ。兄さんはまず1発当たるようになってくれ」
 結局その一時間で当たったのは、1割りか2割りてところである。自分のことだが先が思いやられる。
 
 ──夜はテントを張って過ごす。男2人が入ると非常に狭いが、そんな中でもヘンリーは俺に指導をした。ランプの光だけで授業である。
 「人を撃つってのはな。後から考えると嫌なもんだ。しかし戦闘中は違うんだ。上手い具合になると、人を撃つのが平気になる。気の持ちようだな。俺はいつもこう考えている。『こいつらは今撃たれないと、のちのち癌で苦しみながら死ぬことになる。今撃たれて死んだほうが楽なんだ』てね。都合のいい考えだろ? でも気持ちはずっと楽だ……」
 俺にできるのか? はたして。いや、できなきゃ駄目なんだった。
 そうして2時間ほどたっぷり授業をして、ヘンリーが最後にこう言った。
 「ちょっと海へ出ようか」

 俺は言われるままに海へ出た。街に比べてずっと星が輝いて見える。足元では、波音が静かに響いていた。
 「──兄さん、後悔はしてないか?」ヘンリーがうつむきながらこう言った。その言い方はちょっと胸にくるぜ。
 「俺の父親はもういないんだが、母親に姉が健在でね。そうだな──大学でも友達は多かったし。やり残したことはたくさんある。後悔していると言えばそんな気もするが、でもな。零奈がいないのに、表の世界でのんびり暮らしてたら、俺はその生活に違和感を感じてただろう。『零奈は確かに存在するのに、なぜ世界が違うんだ』てね。俺はあいつを取り戻す。表の世界へな」
 俺がそう言うと、ヘンリーは笑ってこう言った。
 「俺は兄さんのそういう馬鹿っぷりが好きだな。だから協力するんだがね。大抵、表の人間は『もういい、これ以上は迷惑だ』『関わりになりたくない』て思うもんなんだ。しかし、違うねぇ。そうさ、表があるから裏がある。世界はひとつなんだよ」
 ヘンリーの言葉は真理であった。そうか、世界はひとつ。どこで戦争が起ころうが、どこで奇跡が起きようが世界はひとつだけ。俺と零奈も、同じ世界の人間なんだ!
 それが分かってからは、俺はもう悩まなくなった。トレーニング終了までまだまだ時間がある。俺は身につけられるものは全て身につけてやる、とこの海に誓った。