・・・俺を連れて行け・・・
目が覚めると、俺はベッドの上で寝ていた。病院?──最初はそう思ったが、どうやら違うらしい。
照明はとてもきらびやかで、部屋の中は花の香りのようないい匂いで充満していた。今までの経験から、たぶんここはどこかのホテルなんじゃないかと予想した。ちらっと辺りを見回すと、かなり簡素だが小学校の教室くらいの広さがあった。
「目が覚めたかね?」不意に男の声がした。
あわてて飛び起きると、そこには40歳くらいの中年男性が立っていた。どうやら外国人のようである。アメリカ人? イギリス人? 俺が思考をめぐらせていると、男がしゃべりだした。かなり流暢な日本語である。
「良太君、実に災難だったね。でも君の自動車は我々が回収しておいた。新しい物をちゃんと用意しよう。事故処理も警察にはうまく言っておいた。君には一切の迷惑はかからない。安心してくれたまえ」男はそう言い終えると、扉の前に立っていたボディーガードに指示を出した。
「あんたもSAFなのか? 零奈をどうしたんだ!?」俺がそう聞くと、男がこう答えた。
「おっと、それは誤解だ。私は立場的にはSAFと敵となる。そうだ君『007』という映画を知っているか?」
007と言えば、ジェームズ・ボンドというスパイが世界をまたに駆けて活躍するあれだろう? それくらいなら知っている。
「そうだ、私はそのジェームズ・ボンドの所属する、MI6(イギリス情報局秘密情報部)のロバート・マコールという者だ。もっとも映画のような派手な仕事はしたことがないがね」
「そのMI6が俺に何の用ですか?」俺はまだ状況を飲み込めていない。
「ちょっとまってくれ、今1人の男を呼んでいるんだが、何しろ時間にルーズでね。3度の飯より女が好きな奴なんだ」仕方なく、俺は待つことにした。どうやら部屋を出ることはできないらしく、ボディーガードが無言で首を横に振った。
「話が終われば、君を元の世界へ戻してあげるから」ロバートは優しくこう言った。
それから10分くらいたっただろうか(なにしろ部屋には時計がなかった)1人の男が入ってきた。
「んー、すまない。このホテルには美人が多すぎて困ったよ。うん、まさに八方塞って奴だ」サングラスをかけたこの男は見るからに優男と言った感じだった。身長が180cmの俺に比べて若干低いくらいだ。
「ヘンリー、彼が西塔君だ」ロバートがそう言うと、ヘンリーと呼ばれたサングラスはやっと俺の存在に気づいたようだった。
「あー、なるほど。兄さん、無時零奈と暮らしてたんだって?
いやあ俺も実はSAFの隊員なんだが、ある時、そうある時このローバートのおっさんに拾われてね。
と言うのも、俺がカリブの任務途中で女をあさってたら、いつの間にか金もブラックカードも無くなってて。いや、漫画のような失敗だ。そこでおっさんに出会って助けてもらい、俺は今、二重スパイになったと言うわけだ。MI6側のね」
なるほど、女好きというのはほんとらしい。しかし、任務の途中で女あさりに夢中とは、こいつ欠陥品だろ。
「そこでだ。俺たちは今SAFを消す計画を立てている。どうやら最近のSAFは日本のためではなく、政府のお偉いさん方のために、いいように使われているっていう事実を知ったんだ。
俺は可愛い女の子のためなら火の中にだって飛び込むが、未来のないおっさん達のためには、たとえ楽しい遊園地にだって飛び込む気はないんだ。わかるかな?」
俺は静かにうなずいた。
「それにこれは日本のためにならない。もし、このままSAFの存在が外部に漏れようものなら……世界はこの小さな島国をどっかの国のように、非難しまくるだろう。こいつはやばいんだ」ヘンリーがそう言うと、ロバートが口を挟んだ。
「そこでだ。我々の作戦にはSAFを嫌う人物、つまり無時零奈がいればまさに鬼に金棒。すばらしい協力者となってくれるだろう。だから君に彼女の事を教えてもらいたいんだ」鬼に金棒なんて言葉、どこで覚えたんだろうか? 俺はそう考えつつこう言った。
「教えてあげてもいいけど、どれも取るに足らない内容だと思う。それと──1つ条件がある」
「条件?」
「あんたたちは零奈を救出するんだろう? 俺もそれに連れて行ってくれ」俺がそう言うと、ロバートは困った顔をした。ヘンリーは何も関係ない、と言ったように、あさっての方向を向いている。
「君のように何も訓練を受けていない者がいては、作戦には邪魔になってしまうんだが」それはそうだろう。
「しかし、あんたたちが零奈をどうするのかわかったもんじゃない。信用できない相手には何も話すことはないですね」ロバートはますます困った顔をした。するとヘンリーがこう話してきた。
「困ってるね、ロバートのおっさん。俺のじいちゃんの話ではね『どんな時にもユーモアだ。この言葉を忘れるな』だってさ。いいじゃないか、この兄さんは俺が面倒見るよ。そうだな、3ヵ月だ。3ヵ月で俺が兄さんを『使える人間』にしてやるから」そう言うとヘンリーはこっちを向いた。
「兄さん。歳はいくつだ?」
「21歳」
「俺は19。ほらやっぱり兄さんだ。これからよろしく頼むよ」ヘンリーはそう言うとさっと手を差し出した。
俺はそれをしっかり握り返した。頼むぜ弟。
「しかし良太君。君はそれでいいのか?」ロバートが真剣な表情でこう言った。「そうすると君はもう、表の世界には戻れんかもしれないんだぞ? 学校、家族、友達、これまで生きていた存在さえも捨てられるのか?──今ならまだ間に合うんだ」
……でも零奈を置いてはいけない。他に誰があいつを救うって言うんだ?
「零奈と出会った時点で、俺はすでに裏の世界に足を突っ込んでいたんだ。どうせなら全部突っ込んでみるよ。なかなかない人生だと思うね」
「いいぞ兄さん。ユーモアを忘れなければ、この世界だって生きていける」
ロバートは仕方ないと言った感じで、うなずいた。
──俺は真夜中に地下の世界へ入ったんだ。そう思うと、どこからかブレンダの声が聞こえた。
「こんにちは。ようこそUndergroundへ。あなたも私と一緒に遊びましょう」──
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