はじめまして、伊藤まゆ工房 よひらです。
 我が家の工房は、山口県山口市にあり、両側が山々に囲まれる深い谷底に位置しています。
 養蚕から製品化まで、すべて行っています。

伊藤まゆ工房 よひら

photo by Yoko Ito

著者 伊藤陽子

まだ肌寒い春の午後です。

カッタン コットン カッタン コットン 

お母さんは、お百姓と家事の合間を縫ってせっせと反物を織っていました。薪ストーブのそばには犬のハナちゃんと、猫の龍之介が暖をとっています。

「ただいまー、お母さん、お腹すいた!なんかない?」

 小学生のヨヒラが小学校から帰ってきました。

「台所に、おやつがあるから手を洗って食べなさい。」

 お母さんは、そう言うと手を止めて背伸びをした後、また続きを織り始めました。

「やったぁ〜。凍りもちだぁ〜。」

台所から大きな声がしました。

 

伊藤家は、山口県山口市の山々に囲まれた深い谷底にあります。石州街道沿いに位置し、江戸時代から続く養蚕農家です。古い家屋にはお蚕様の精霊が住みついています。家が人里離れた場所にある為、ヨヒラはバス通学で小学校に通っています。近所に同じ年頃の友達がいない為、いつも一人で花を摘んだり山を歩いたり本を読んだり絵を描いています。ヨヒラには見えませんが、お蚕様はいつもそばで見守っていました。

「お花の妖精さん、今日ね、学校で仲間はずれにされちゃった。ヨヒラが山の中に住んでるからなんだって。でもね、いいの。だってヨヒラには鳥さんも、お花も、森もみんなが友達だもん。寂しくなんかないよ。」

親に心配をかけないように、いつも泣くときは桑畑の中です。つぶらな瞳からは涙がポタポタ落ちていきました。スミレやタンポポの妖精も、お蚕様もみんなが心配していました。

『泣かないで、時には素直にならなきゃ自分が可哀想だよ。ヨヒラちゃんには、私達がいるじゃない。見えなくても聞こえなくてもずっとずっと友達だよ。そばにいるからね。』

 ヨヒラは、こうして花や草木の妖精やお蚕様の精霊に見守られてすくすくと成長してきました。

 

 ♪ドンドンヒャララ〜ドンヒャララ〜 今日は朝から晩までお祭りだぁ〜♪

 

 今日は、伊藤家の繭玉を神社に奉納するお祭りです。お祭りの巫女は高校生になったヨヒラです。繭のような白い肌に、ほっぺたは緊張のせいかほんのりピンク色に染まっています。お蚕様は朝から自分のことのように大喜びです。

 ヨヒラちゃんの今日の着物は、お父さんとお母さんが手塩にかけて育てた繭玉を糸に紡いで一本一本丁寧に織り上げたものです。お母さんが山から採取してきた茜やビワの葉の草木で染めました。

「さあさあ、奉納の舞がはじまるよ。・・・何年経っても奉納祭にみんなで来れますように祈るんだぞ。」

 お父さんが言いました。

ヨヒラの奉納の舞を見守るお父さんとお母さんのそばには、精霊達が寄り添っています。

 

 あっという間に、十数年の歳月が過ぎました。時代の流れで繭玉を出荷する工場も閉鎖してしまい、伊藤家は県内で最後の養蚕農家になりました。

「母さんや、うちも養蚕を辞める時がきたんかな。」

「・・・そうじゃねぇ〜。時代の流れには逆らえんね。」

「嫌よ!絶対に嫌!ヨヒラがどうにかして、養蚕を続けられる方法を考えるからもう少し待って!お願い。」

「そんなこと言ったって、そんな方法があるかしら。困ったわね・・・。」

家族みんな途方に暮れました。ヨヒラは、来る日も来る日も何か良い方法がないかと考え続けました。神社に通っては氏神様に何か良い知恵を授けてもらえないかお願いし続けました。

「神様、ヨヒラに何かできることはありませんか?早く良い方法を見つけなければ養蚕をやめなけばなりません。どうか良い知恵を授けて下さい。」

 お蚕様も、このままでは伊藤家から自分が出て行かなければならない運命を悟り悩んでいました。

 その日の夜、お蚕様は神社にお参りに行きました。

『織姫様、お願いに参りました。どうか話を聴いて下さい。』

織姫様は答えました。

『蚕の精霊や、貴方の言いたいことは分かります。でもね、私は何もしてあげられないのよ。時代の流れには逆らえないの。いずれ時代は繰り返されます。人々が自ら養蚕に目を向ける日が来るまで見守るしかないのよ。辛い話かもしれませんが今はそれしか言えません。』

『・・・織姫様・・・。』

 お蚕様の目から涙がぽろぽろ流れました。その涙は、白くて柔らかくて上質な繭玉になりました。お蚕様が去った後、織姫様は涙でできた繭玉を大切そうに眺めてから、そっと着物の袂に入れました。

 

 それから半年の月日が過ぎました。ヨヒラは、仕事帰りに神社へ通っていました。内心、半分あきらめていましたが、まだ希望は捨てていませんでした。

「絶対に何か良い方法があるはず。はぁっ〜。それにしてもなんだかやけに眠いなぁ・・・少し眠ってから帰ろう。ムニャムニャ・・・。」

 いつのまにか、ヨヒラは神社の神殿の中にいました。ほのかに甘くて懐かしい御香の匂いがします。すると、奥から光に包まれながら、この世の人とは思えないような美しい天女が現れました。天女は、白い花の形をした自分の髪飾りをそっとはずしてヨヒラの髪に結いました。そして、その天女は着物の袂からなにやら小物を取り出して見せてくれました。その繭でできた小物には大内菱が描いてありました。すると、その小物を揺らして、チリーン チリーンと音をたてながら龍になって飛んで行きました。

 

 ハッと目が覚めると神社の階段で自分が寝ていたことに気づきました。外は満月で星が出ています。

「な〜んだ。夢だったのか。それにしても不思議な夢だったなぁ。帰ろう。あれっ?髪の毛に何かついてる・・・繭で作った花だ。変だなぁ。」

 ヨヒラは眠かったので深く考えずに帰宅しました。

 次の日、仕事中にヨヒラはふっと昨夜の夢を思い出しました。

「あっ、もしかしたら、昨夜の夢の中の天女は織姫様で私に何か伝えたかったのかも。あの髪飾り・・・、それに、あの鈴の音のする繭玉の小物を私に作れといっていたのかも!」

 帰宅すると、さっそく繭玉を何度も何度も切ったり貼ったり染めたりしながら、あの夜の夢の中で見たものを復元してみました。記憶もおぼろげになっており、なかなか思うような物が作れません。しかし小さな頃から、お母さんやおばあちゃんと一緒に小物を作ったり、雑巾を縫ったりして和裁をして育ったヨヒラは手先が器用で苦にはなりませんでした。ましてや、自分の手の平の中で次々と姿を変えていく繭玉に不思議な魅力を感じていました。無我夢中で三日三晩作り続けました。お蚕様もそばで見守っていました。

「できた!お父さん、お母さん!できたよ。見て見て!」

ヨヒラの手の平の中には、繭玉からできた可愛らしい髪飾りがありました。

「なんかね、ヨヒラは騒がしいね。まぁ、よくできちょるね。お父さん、見に来てあげてちょうだい。」

 ヨヒラは、夢の中で出会った天女が導いてくれているような気がしていました。

 

 ある日、ヨヒラは繭工房を開いて繭玉を加工して商品化する決心しました。お父さんとお母さんも、応援してくれました。

 その晩、お蚕様や花や草木の妖精たちもみんなでお祭り騒ぎです。

 

♪ドンドンヒャララ〜 ドンヒャララ〜♪

『お蚕様、良かったね、これからもずっとみんな一緒だね!』

『まだまだ、気が早いぞ。ヨヒラちゃんはこれからが大変なんだぞ。売れるかどうかわからんし、なんせ商売がわかるもんは伊藤家には誰もおらんしのぉ〜。』

 

 精霊達の宴会は伊藤家の人達が寝た後も朝まで続きましたとさ。チャンチャン。

童話  よひらとお蚕様の物語