・・・彼女は世間知らず・・・


 さて一体これからどうするつもりなのだろうか。
ずっと部屋にいるわけでもあるまいし、かといってこいつはトントンと外に出て良い存在なのだろうか? なんとかって組織がこいつを探してるんだろうし。
 「私が聞きたい。普通の女の生活ってどんなのだ?私はそんな生活を送りたいのだ」
 えー、俺女じゃないし……うん、それなら姉貴に聞いてみるか……と言う事で、携帯のメールで訳の分からない文章を打ちすぐに送った。
 『姉貴へ 普通の女の生活ってどんなのだ?』
 程なくしてメールが戻ってきた。
 『あんたの言いたいこと、よくわからないんだけど』

 おっしゃるとおりです。自分でも何が言いたいのかわかりません。よし、それならば。
 「とりあえず、街へ出るか。色々買い物あるだろうし、街の女でも見て参考にしろよ」
 「そうか、その手があったな」
 街へは車で5分。とりあえず駅近くの商店街へ行くことにした。
 「ほう、巨大なトンネルだな」
 ……こいつはアーケードってもんを知らんのか。
 そうしてとっとこ歩いていると、零奈はまた新しいものを見つけた。今度は楽器店前のTVで、ジョン・レノンが「Watching The Wheels 」を歌っている映像だった。ちょっと見るともう歌詞を覚えたらしく、イントロから軽く歌いだした。その声がだんだんでかくなってくるので、周りの視線が零奈に集まりだした。透き通っていて、それでいてシャウトの聞いた力強い声だった。

 ……でも一緒に歩く俺は恥ずかしい!!
 「おい!ストリートミュージシャンになりたいんなら、ギターは俺が教えてやるから!大声で歌うなよ! 」
 「あ?ああすまん。つい、な。で、ストリートミュージシャンてなんだ? 」
 なんていうか、こいつには1から10まで教えにゃならんのか。ああ、頭が痛い。とりあえず買い物済ましてさっさと帰ろう。
 「そうだ、おまえこれから生活するのに何買っとくべきだと思う? 」
 零奈はピタリと立ち止まり考え出した。ものすごく難しい顔で物々言っている。怖い。
たぶんこいつの脳内では今、膨大な計算や、知識の検索がなされてるのだろう。そしてそのスーパーコンピューターが弾き出した答えがこれである! 皆さんも心して聞いてほしい。

 「……ナイトビジョン」
 なんで? なんで? 普通の女の子が生活するのに、どうして暗闇で確実に任務を遂行するために必要な特殊部隊御用達の機械が、必要なの? それは普通の生活には特に必要じゃないよ。
 「そうか。いや暗闇で敵が見えんと危険だから必要だと思ったんだが」
 だから敵って何よ? それ普通の生活じゃないよ。
 「……よし、じゃとりあえず布団とか買っていくか」
 「そうしてくれ」
 買い物を済まして、駐車場へ戻った。いやいやキューブは広いから便利だな。布団もすんなり入ってくれた。
 「おい、今度は私に運転させてくれ」

 とたんに零奈がこんなことを言い出した。
 「最近乗ってなかったから、なまってしまわないうちにな」
俺は眠いのもあったので、零奈に運転を任せることにした。零奈はさっと車に乗ると、勢い良くエンジンをかけた。空ぶかしで車が唸っている。
 「なぁ、ゆっくり運転しろよ?ここは駐車場なんだからな」
 「ゆっくり? ……わかった、ゆっくりか」
 
 こいつはゆっくりの意味が分かっていたのだろうか。5階から1階に降りるまで、ありえないスピードだった。立体駐車場〜早く降りよう選手権なんてものがあったら、間違いなくこいつが優勝である。
 この非常識な車は、俺が止めなければ料金所を吹っ飛ばしてそのまま進みそうであった。料金所のおっさんを驚かせつつ、なんとか広い道路へ出た。そしたら、こいつはこんな事を言い出した。
 「なあ   ゆっくりてなんだ? 」
 何故にそれを今聞く!? それは発進する前に聞けよ!いや、落ち着け俺。こいつはすごい世間知らずなんだ。アニメでよくあるどっかのお嬢様と思えばいいんだ。

 ……て思えるか!
 しかし、何気なくこいつは運転が上手い。少々危なっかしいところもあるが。
 「で、今日街の女見て参考になったか?」
 「ん?ああ、そうだな。私と同じ16歳ごろの女はあんな感じなのだな。これからも研究が必要だ。服装とか、話し方とか」
 「そうか、まあちょっと見たくらいじゃ分からんよな。そうかおまえ16なのかぁ。じゃバリバリ高校生じゃん」
 「普通の子が通う教育機関か……私も行って見たいな」
 「難しいな。俺はお前の保護者じゃないし。あ、それよりお前、車止めろ。横によって左にウィンカーだして」
 零奈は俺の指示通り車を止めた。
 「何だ急に? 」
 「世間一般の16歳は、車を運転しちゃいけないんだよ。おまえは運転したら、警察にしょっぴかれるぞ」
 「それは知らなかった。教えてくれてありがとうな」
 いえいえ、もうどうでもいいですよ。君の世間知らずっぷりには脱帽だ!