第83話『秋芳洞へ』

第83話『秋芳洞へ』


三台の車両は益田駐屯地を出発し、国道九号線を山口県へ向けて走っていた。

先頭車両の運転席にはリアルダ。

助手席ではグラン閣下が腕を組み、静かに目を閉じている。

後部座席には俺とカンタービレ軍曹、ソステヌート。

後ろの二台には、第一遊撃トランペット隊の隊員たちが分乗していた。



「閣下、寝てるんですか?」

俺が小声で尋ねると、リアルダは前を向いたまま答えた。

「休息も任務です。」

「上級音術師様には、万全の状態で戦っていただかなければなりません。」

なるほど。

そういう考え方もあるのか。

リアルダは静かに続ける。

「音術師様は国家の財産です。」

聞き慣れた言葉なのに、

今日は妙に重く聞こえた。



無線機が鳴った。

『隊長ー!』

アクセントだ。

「何だ?」

『隊長! 昼飯は美祢名物っスか!?』

思わず笑ってしまう。

「戦いが終わってからだ。」

『了解っス!』

すぐ横からスタッカートの声が割り込む。

『ペザンテが、もう腹減ったって言ってるっス!』

『……減った。』

『まだ出発して一時間っスよ!』

車内が笑いに包まれる。

カンタービレ軍曹は無線機を手に取った。

「エネルジコ。」

『はい!』

「あなたまで食事の話に乗らなくて結構ですわ。」

『す、すみません!』

リアルダが小さく笑う。

こういう何気ない時間が、

俺は好きだった。



車は山口県へ入り、美祢市へ近づく。

やがて視界が一気に開けた。

六月の陽射しを浴びた若草の大地。

その中に、白い石灰岩が羊の群れのように点々と顔をのぞかせている。

秋吉台カルスト台地。

どこまでも続く雄大な景色は、

何度見ても心を奪われる。

「あ……。」

思わず声が漏れた。

リアルダも窓の外へ目を向ける。

「綺麗ですね。」

「ああ。」

「子どもの頃、母さんによく連れて来てもらったんだ。」

母さんは、この景色が好きだった。

車を止めては風に吹かれ、

遠くまで続く草原を静かに眺めていた。

当時の俺は、

景色より遊ぶことばかり考えていたけれど、

今なら少しだけ、

母さんの気持ちが分かる気がする。

車はカルストロードを抜け、

秋芳洞へ向かう。

夏になると、

何度も訪れた場所だ。

ひんやりとした空気。

鍾乳石。

静かな地下世界。

母さんは決まって言っていた。

「静かな場所ほど、大切にしなさい。」

あの頃は意味なんて分からなかった。

でも今なら、

少しだけ分かる気がする。



「レッド様。」

リアルダが端末へ目を落とした。

「現地指揮官は、山口北部方面第一軍団長、ナガト様です。」

「中級音術師だったな。」

「はい。」

「現在、山口支部の上級音術師様は各方面へ出動中です。」

「秋芳洞へ派遣できる上級音術師様がおられません。」

だから山陰支部。

だからグラン閣下。

「なるほど……。」

ようやく応援要請の理由が見えてきた。



三台の車両が秋芳洞の駐車場へ入る。

迷彩服姿の音響士たちが整列し、

ボランティアの音響団も慌ただしく動き回っていた。

その中央で、

紺の士官服を着た男性が俺たちを待っている。

俺たちが車を降りると、

その人はグラン閣下へ敬礼した。

「お待ちしておりました。」

グラン閣下は軽く頷く。

「状況は。」

「Aランク土地神《ミズチ》が秋芳洞最深部に留まっています。」

「一般市民への被害はありません。」

「しかし、我々が近づくと追い返されます。」

「地元音響団とは昔から顔なじみとのことです。」

俺は思わず聞き返した。

「顔なじみ?」

軍団長は静かに頷く。

「ええ。」

「山焼きや祭りも見守ってきた土地神だそうです。」

敵というより――

この土地の一員なんだな。



軍団長は秋芳洞の入口へ視線を向けた。

「洞内は狭く、大軍は展開できません。」

「上級音術師による少数戦闘が最善と判断しました。」

俺は思わず口にする。

「なら、なおさら俺たちは足手まといじゃ……。」

言い終わる前だった。

ドゴォンッ!!

「うわぁっ!」

「きゃあっ!」

俺とリアルダは、また仲良く吹き飛ばされた。

アクセントが車から飛び降りる。

「隊長ーーっ!」

スタッカートは苦笑する。

「またっスか……。」

ブリランテが駆け寄った。

「隊長様! リアルダさん! 大丈夫ですか!」

リアルダは制服についた砂を払いながら、小さくつぶやく。

「二回目です。」

「……何か理由があるのでしょう。」

俺は頭をさすりながら立ち上がった。

「俺には、さっぱり分からない。」

グラン閣下は何も言わない。

ただ静かに秋芳洞へ向かって歩き出す。

その小さな背中を追って、

俺たちも静かな鍾乳洞へ足を踏み入れた。


第84話『静寂の守り神』
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2026年07月15日