第83話『秋芳洞へ』
第83話『秋芳洞へ』
三台の車両は益田駐屯地を出発し、国道九号線を山口県へ向けて走っていた。
先頭車両の運転席にはリアルダ。
助手席ではグラン閣下が腕を組み、静かに目を閉じている。
後部座席には俺とカンタービレ軍曹、ソステヌート。
後ろの二台には、第一遊撃トランペット隊の隊員たちが分乗していた。
◇
「閣下、寝てるんですか?」
俺が小声で尋ねると、リアルダは前を向いたまま答えた。
「休息も任務です。」
「上級音術師様には、万全の状態で戦っていただかなければなりません。」
なるほど。
そういう考え方もあるのか。
リアルダは静かに続ける。
「音術師様は国家の財産です。」
聞き慣れた言葉なのに、
今日は妙に重く聞こえた。
◇
無線機が鳴った。
『隊長ー!』
アクセントだ。
「何だ?」
『隊長! 昼飯は美祢名物っスか!?』
思わず笑ってしまう。
「戦いが終わってからだ。」
『了解っス!』
すぐ横からスタッカートの声が割り込む。
『ペザンテが、もう腹減ったって言ってるっス!』
『……減った。』
『まだ出発して一時間っスよ!』
車内が笑いに包まれる。
カンタービレ軍曹は無線機を手に取った。
「エネルジコ。」
『はい!』
「あなたまで食事の話に乗らなくて結構ですわ。」
『す、すみません!』
リアルダが小さく笑う。
こういう何気ない時間が、
俺は好きだった。
◇
車は山口県へ入り、美祢市へ近づく。
やがて視界が一気に開けた。
六月の陽射しを浴びた若草の大地。
その中に、白い石灰岩が羊の群れのように点々と顔をのぞかせている。
秋吉台カルスト台地。
どこまでも続く雄大な景色は、
何度見ても心を奪われる。
「あ……。」
思わず声が漏れた。
リアルダも窓の外へ目を向ける。
「綺麗ですね。」
「ああ。」
「子どもの頃、母さんによく連れて来てもらったんだ。」
母さんは、この景色が好きだった。
車を止めては風に吹かれ、
遠くまで続く草原を静かに眺めていた。
当時の俺は、
景色より遊ぶことばかり考えていたけれど、
今なら少しだけ、
母さんの気持ちが分かる気がする。
車はカルストロードを抜け、
秋芳洞へ向かう。
夏になると、
何度も訪れた場所だ。
ひんやりとした空気。
鍾乳石。
静かな地下世界。
母さんは決まって言っていた。
「静かな場所ほど、大切にしなさい。」
あの頃は意味なんて分からなかった。
でも今なら、
少しだけ分かる気がする。
◇
「レッド様。」
リアルダが端末へ目を落とした。
「現地指揮官は、山口北部方面第一軍団長、ナガト様です。」
「中級音術師だったな。」
「はい。」
「現在、山口支部の上級音術師様は各方面へ出動中です。」
「秋芳洞へ派遣できる上級音術師様がおられません。」
だから山陰支部。
だからグラン閣下。
「なるほど……。」
ようやく応援要請の理由が見えてきた。
◇
三台の車両が秋芳洞の駐車場へ入る。
迷彩服姿の音響士たちが整列し、
ボランティアの音響団も慌ただしく動き回っていた。
その中央で、
紺の士官服を着た男性が俺たちを待っている。
俺たちが車を降りると、
その人はグラン閣下へ敬礼した。
「お待ちしておりました。」
グラン閣下は軽く頷く。
「状況は。」
「Aランク土地神《ミズチ》が秋芳洞最深部に留まっています。」
「一般市民への被害はありません。」
「しかし、我々が近づくと追い返されます。」
「地元音響団とは昔から顔なじみとのことです。」
俺は思わず聞き返した。
「顔なじみ?」
軍団長は静かに頷く。
「ええ。」
「山焼きや祭りも見守ってきた土地神だそうです。」
敵というより――
この土地の一員なんだな。
◇
軍団長は秋芳洞の入口へ視線を向けた。
「洞内は狭く、大軍は展開できません。」
「上級音術師による少数戦闘が最善と判断しました。」
俺は思わず口にする。
「なら、なおさら俺たちは足手まといじゃ……。」
言い終わる前だった。
ドゴォンッ!!
「うわぁっ!」
「きゃあっ!」
俺とリアルダは、また仲良く吹き飛ばされた。
アクセントが車から飛び降りる。
「隊長ーーっ!」
スタッカートは苦笑する。
「またっスか……。」
ブリランテが駆け寄った。
「隊長様! リアルダさん! 大丈夫ですか!」
リアルダは制服についた砂を払いながら、小さくつぶやく。
「二回目です。」
「……何か理由があるのでしょう。」
俺は頭をさすりながら立ち上がった。
「俺には、さっぱり分からない。」
グラン閣下は何も言わない。
ただ静かに秋芳洞へ向かって歩き出す。
その小さな背中を追って、
俺たちも静かな鍾乳洞へ足を踏み入れた。
第84話『静寂の守り神』
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