第128話『レッド君♪』
第128話『レッド君♪』
広島市内へ戻った。
そごうの婦人服売り場。
タケハラの足が。
突然止まった。
「あっ! コレ、かわいいー!」
そのまま。
迷いなくブティックへ入っていく。
俺は。
入口で止まった。
「……。」
服。
バッグ。
女性客。
女性店員。
「隊長?」
タケハラが振り返る。
「どうされたんです?」
「いや……。」
店内を見る。
「なんだか、入れない。」
「空気というか……。」
タケハラも店内を見回した。
「防御弾幕は張ってませんよ。」
「そういう問題じゃない。」
クスッと笑う。
「市街地対人訓練です♪」
「またか……。」
「ほら。」
手招きされる。
「実践、実践♪」
俺は。
覚悟を決めて店へ入った。
◇
雑貨屋。
「あ、これもかわいい。」
「……ああ。」
タケハラが手に取った物を見る。
「こっちは?」
「いいんじゃないか。」
正直。
違いはよく分からない。
「これと、さっきのなら?」
「……。」
見る。
考える。
「こっち。」
「へえ♪」
何が違うのか。
やはり分からない。
だが。
相手の言葉に相槌を打つ。
興味があるように見る。
時々。
うなずく。
市街地対人訓練。
そう考えれば。
「訓練と思えば、楽なものだ。」
「……。」
タケハラが俺を見る。
「隊長。」
「なんだ?」
「今、それ口に出てましたよ。」
「そうか。」
「そうです。」
少し頬を膨らませた。
「でも。」
すぐに笑う。
「さっきより上手になってます♪」
「訓練だからな。」
「……訓練なんだ。」
◇
広島YAMAHA。
店へ入った瞬間。
今度は。
俺が先に歩いた。
「ちょっと待って。」
マウスピースの陳列ケースへ近づく。
タケハラが横から覗き込む。
「それ、気になります?」
「こっち。」
「そっちですか?」
「この形状なら、息の抵抗が……。」
「あ、それなら私、もう少し浅い方が好きです。」
「太い音なのに?」
「太いって言わないで下さい!」
「……褒めたら、怒られた。」
「言い方があります!」
「難しいな……。」
タケハラが笑う。
「レッド隊長は?」
「俺は、音の芯が残る方がいい。」
「あー……。」
タケハラが俺を見る。
「昨日の音、そういう感じでした。」
「昨日?」
「山ンバに撃ったやつ。」
「あれは、YAMAHAの16C4スタンダードで……。」
「そうじゃなくて。」
「?」
「音の話です。」
「ああ。」
そこから。
日本製と海外製の違い。
マウスピースの重さと抵抗。
カップ。
リム。
少しだけ話した。
タケハラが俺を見る。
「レッド隊長。」
「ん?」
「ここだと、本当に普通に喋れるんですね。」
「何が?」
「……なんでもないです♪」
よく分からない。
◇
鉄板の上で。
お好み焼きが焼ける音がする。
ひと口食べる。
「……お好み焼き、うまいな。」
タケハラの目が丸くなった。
「!」
「なんだ?」
「ちゃんと『お好み焼き』って言えましたね♪」
「……?」
次の瞬間。
頭に手が乗った。
ぽんぽん。
「流石は隊長。」
なでなで。
「偉いですね♪」
「……。」
俺は。
頭をなでられたまま考えた。
ドルチェが言った通り。
広島では。
かなり重要なことだったらしい。
「レッド隊長。」
「ん?」
「彼女とか、いるんですか?」
箸が止まった。
「……何で突然そうなる。」
「普通の会話ですよ。」
「普通なのか?」
「普通です。」
少し考える。
「いない。」
「へえ♪」
「タケハラは?」
「さて、どうでしょう♪」
「なんだそれ。」
「気になります?」
「聞かれたから聞いただけだ。」
「……。」
タケハラが黙った。
「?」
「レッド隊長。」
「なんだ?」
「その楽観的な考え方は感心しませんわ、って言われません?」
「なんで知ってる。」
「やっぱり♪」
笑われた。
◇
日が沈んだ頃。
タケハラの車は。
広島の街を一望できる場所へ着いた。
車を降りる。
遠くまで。
街の灯りが広がっている。
二人で並ぶ。
しばらく。
何も言わなかった。
風が吹く。
俺は夜景を見る。
「綺麗だな……。」
「……うん。」
タケハラの声が。
小さくなった。
また少し。
沈黙。
やがて。
独り言みたいに。
タケハラが話し始めた。
「軍団長ね。」
「ん?」
「私の第3トランペット遊撃隊が配置につく前に、顔を出してきたの。」
俺は黙って聞いた。
「一人一人、目を見て。」
「肩に手をかけて。」
「握手をして。」
「みんなと、一言二言話して。」
夜景を見たまま。
言葉を続ける。
「日頃、感情を出さない軍団長。」
少し間を置いた。
「握った手、わずかに震えてた。」
「……。」
「微笑んでいたけど、少し悲しい目をしていた。」
風が吹く。
タケハラの髪が揺れた。
「河太郎の軍勢を正面にした時。」
声が少し低くなる。
「正直、足がすくんだ。」
「喉が、カラカラに渇いた。」
「みんなには悟られないように、元気に振る舞った。」
少しの沈黙。
「……そして。」
「死にたくないと思った。」
俺は。
何も言わなかった。
「そしたら。」
タケハラが遠くを見る。
「軍団長の、いつもの合図が出た。」
「山ンバの陣に。」
「あの音響弾が吸い込まれていった。」
「しばらくして。」
「ものすごい轟音が届いた。」
胸元へ。
そっと手を置く。
「その轟音が、私たちの心を震わせた。」
「……。」
「そして。」
少し笑った。
「私も放った。」
「渾身の一撃をね♪」
静かだった。
街の灯りだけが揺れている。
タケハラが。
もう一度、夜景を見る。
「本当に。」
「夜景が綺麗ね……。」
「ああ。」
また。
しばらく無言になった。
その時。
タケハラが。
こちらへ身体を向けた。
小さな声で。
「ねぇ、レッド君♪」
「……。」
少しの沈黙。
タケハラが。
大きく息を吸った。
「今日はアタシのワガママに付き合ってくれて――」
夜景に向かって。
「ありがとぉぉー!」
「うおっ!」
思わず肩が跳ねた。
「あっ、嗚呼……。」
俺は頭をかいた。
「やはり、肺活量が凄い。」
「ソッチ!?」
タケハラが笑う。
「アハハッ!」
「ごめんごめん♪」
俺達は。
もう一度。
広島の夜景を見た。
◇
俺は。
タケハラと見た広島の夜景を想い出に。
益田駐屯地へ戻った。
――広島編 完
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