第8話『開かれたケース』

第8話『開かれたケース』


「隊長。」

カンタービレ軍曹が、完成した隊列を見渡した。

「はい。」

「さすがは、隊長。」

少しだけ微笑む。

「ファーストが負傷した時のことも、お考えですのね。」

「すごいですよー!」

ブリランテが、ぱっと身を乗り出した。

「すごいですよ! 隊長様!」

「いや。」

俺は首を振った。

「別に、凄くない。」

ソステヌートが眼鏡を押し上げる。

「教範通りですね。」

「ちぇっ。」

少し笑いが起きた。

俺もつられて笑う。

その時だった。

「隊長様。」

ブリランテが、俺の足元へ目を向ける。

「ん?」

「そのケース……。」

俺も視線を落とした。

黒いファイバーケース。

「ニューヨークモデルですよー!」

「よく分かったな。」

ブリランテの目が輝く。

「分かりますよー!」

一歩近づく。

「あの……。」

ケースと俺の顔を交互に見る。

「少し、吹かせて欲しいですよ……。」

アクセントも覗き込んだ。

「俺も気になってました。」

スタッカートが笑う。

「ずっと見てたもんな。」

「見てない!」

「見てた。」

「少しだけだ!」

また笑いが起きる。

俺も笑った。

「そんなに気になるなら――」

ケースへ手を伸ばす。

指先が。

止まった。

「……?」

ブリランテが首を傾げる。

山から風が吹いた。

黒いケースの表面を、陽射しが滑っていく。

卒業式の日から。

一度も開けていない。

「隊長様?」

「ああ。」

俺は小さく笑った。

「悪い。」

留め具へ指を掛ける。

カチリ。

もう一つ。

カチリ。

ゆっくりと蓋を開く。

ラッカーのベルが。

初夏の陽射しを受けて、柔らかく光った。

「……綺麗。」

ブリランテが息を呑む。

俺は楽器を持ち上げた。

右手が。

ほんの少しだけ震えた。

「大事な相棒なんだ。」

ブリランテは両手を差し出す。

「大事にします。」

俺は。

その手へ、ニューヨークモデルを預けた。


第9話『母の遺したトランペット』
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2026年07月04日