第10話『音の入口』

第10話『音の入口』


ニューヨークモデルをケースへ戻した。

カチリ。

留め具を閉じた、その時だった。

「隊長。」

スタッカートが、まだケースを見ている。

「ん?」

「マウスピースも、見せてもらっていいッスか?」

アクセントが呆れた。

「おい。」

「厚かましいぞ。」

「いいだろ、ちょっとくらい。」

二人を見て、少し笑った。

「大丈夫だ。」

もう一度ケースを開く。

今度は、何のためらいもなかった。

ニューヨークモデルから、マウスピースを抜く。

「ほら。」

「ありがとうございます!」

スタッカートが受け取った。

「おお……。」

ソステヌートが眼鏡を押し上げる。

「YAMAHA 16C4 カスタムGP。」

「遠鳴りするタイプですね。」

グラヴィオーソが呟いた。

「……長距離狙撃用。」

ソステヌートが頷く。

「理論上、高威力の音響弾を放てます。」

レガートが覗き込んだ。

「でも、扱いは難しいね。」

エネルジコも頷く。

「嗚呼。」

「俺でも、これは手に余る。」

リアルダの目が輝いた。

「さすが本部の音術師様です♪」

「隊長様!」

ブリランテが身を乗り出す。

「さすがですよー!」

「さすがですよー!」

グラヴィオーソが顔をしかめた。

「……うるさい。」

「えー!」

笑いが起きた。

俺は頭を掻く。

「いや。」

「そんな、大袈裟なものじゃない。」

みんなが俺を見る。

「俺が選んだわけじゃないんだ。」

「え?」

「母親にもらったトランペットに。」

少し間を置く。

「最初から、ついてた。」

静かになった。

俺は話題を変える。

「みんなは?」

「どんなマウスピースを使ってるんだ?」

カンタービレ軍曹が答えた。

「基本的には、支給品ですわ。」

ソステヌートが続ける。

「戦闘が多いですからね。」

「マウスピースも消耗品です。」

アクセントが、自分のマウスピースを抜いた。

「益田駐屯地は。」

「YAMAHAのスタンダードが中心です。」

スタッカートも自分のものを見せる。

「その中から、吹きやすいのを選んでるッス。」

「同じ型番でも違うしな。」

俺が言うと。

ソステヌートが頷いた。

「僅かな個体差はあります。」

スタッカートが目を丸くする。

「隊長、詳しいッスね!」

「アカデミーで。」

少し間を置く。

「耳にタコができるほど習った。」

「なるほど……。」

レガートが穏やかに笑う。

「高いものが、一番とは限らない。」

「自分に合うものが、一番だね。」

「そうッス。」

スタッカートも笑った。

「実戦で吹きにくかったら、意味ないッスからね。」

少し離れたところから。

低い声がした。

「……命を守る。」

ペザンテだった。

「大事。」

スタッカートが振り向く。

「うわっ!」

「喋った!」

ペザンテが睨んだ。

「……。」

「ごめんって!」

また笑いが起きる。

俺も笑った。

「でも。」

ペザンテを見る。

「その通りだ。」

スタッカートの手にあるマウスピースを見る。

「マウスピースも。」

「命を預ける部品だ。」

言ってから。

少し気まずくなった。

「……まあ。」

「自分で選んだこともない俺が、言うのも何だけどな。」

「隊長様には、それが合ってますよー!」

ブリランテが笑う。

「そうなのか?」

「そうですよー!」

「なんで分かるんだ。」

「隊長様の音ですから!」

「……そうか。」

スタッカートから、マウスピースを受け取る。

手のひらで。

金色が光った。

「ちなみに。」

「はい?」

「近くのYAMAHAって。」

「どこにある?」

一瞬。

みんなが黙った。

カンタービレ軍曹が答える。

「品揃えを考えるのでしたら。」

「広島まで行かないと、難しいですわね。」

「広島……。」

ソステヌートも頷いた。

「試奏して選ぶのであれば。」

「その方が確実でしょうね。」

「……そうか。」

俺は、自分のマウスピースに視線を落とした。

その時。

少し離れたところで。

リアルダが、そっと自分のトランペットケースへ手を伸ばしていた。

まだ。

誰も気付いていなかった。


第11話『情報士のラッパ』
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2026年07月04日