第10話『一つのハーモニー』
第10話『一つのハーモニー』
掌の上で、金メッキのマウスピースが小さく光っていた。
初夏の陽射しを受けて、柔らかく輝く。
「16C4GPカスタム……。」
ソステヌートが眼鏡へそっと手を添える。
「教範では見たことがあります。」
「ですが、実物は初めてです。」
アクセントも身を乗り出した。
「隊長、それ重いんですか?」
「普通の16C4よりはな。」
俺は掌の上で、マウスピースを少し転がす。
「リムは少し広い。」
「カップも深い。」
「そのぶん息は必要になる。」
ブリランテが目を輝かせる。
「隊長様の音の秘密ですね!」
「秘密ってほどじゃない。」
俺は苦笑した。
「扱いづらい時もある。」
グラヴィオーソが短く呟く。
「でも、鳴る。」
「鳴るな。」
俺は頷く。
「倍音が増える。」
「音に厚みが出る。」
ソステヌートが小さく頷いた。
「理論通りですね。」
「大型個体への防御弾幕にも向いています。」
グラヴィオーソも静かに言う。
「遠距離なら、差が出る。」
「狙撃にも使える。」
その一言に、アクセントが目を丸くする。
「やっぱり本部の装備ってすごいんですね……。」
「そうとも限らない。」
俺は首を横に振った。
「お前たちの支給品も十分いい。」
「16C4は名器だ。」
「癖が少なくて、扱いやすい。」
スタッカートが笑う。
「じゃあ、俺たちも本部仕様ってことでいいですか?」
「調子に乗るな。」
思わずそう返すと、演習場に小さな笑いが起きた。
その横で、リアルダは手帳に細かく書き込んでいる。
金メッキ。
重量。
倍音。
大型個体。
小さな文字が、びっしりと並んでいく。
相変わらず、よく見ている。
その時、レガートが遠慮がちに手を挙げた。
「隊長。」
「一つ、聞いてもいいですか?」
「もちろん。」
「もし隊長だったら。」
レガートは隊員たちを見回す。
「僕たち全員のマウスピース、何を選びますか?」
演習場が静かになる。
難しい質問だった。
俺は十人を見渡した。
さっき聴いた音が、まだ耳に残っている。
明るく飛ぶ音。
柔らかく支える音。
少し荒いが、前へ出る音。
静かに周囲へ溶ける音。
同じトランペットでも、同じ音は一つもない。
「……全員違う。」
「え?」
アクセントが目を丸くする。
「全員ですか?」
「ああ。」
俺はソステヌートを見る。
「ソステヌートは、今のままでいい。」
「耳がいい。」
「今の16C4が、一番バランスを取りやすいはずだ。」
「ありがとうございます。」
ソステヌートは静かに頷いた。
次にアクセントを見る。
「アクセントは、少し浅めでもいい。」
「反応が速くなる。」
「本当ですか!」
「ただし、飛び出しすぎるな。」
スタッカートが吹き出した。
「ほら、言われてるぞ。」
「うるさい!」
ブリランテが期待いっぱいの目で見上げてくる。
「隊長様!」
「ボクは?」
「ブリランテは今のままでいい。」
「え?」
少し意外そうな顔をする。
「お前は反応が速い。」
「その良さを潰さない方がいい。」
「変えるより、精度を上げろ。」
ブリランテの顔がぱっと明るくなる。
「はいっ!」
「頑張ります、隊長様!」
俺は続いて、大柄な青年へ視線を向ける。
「ペザンテ。」
「……はい。」
「お前は、もう少し深くてもいい。」
「低音がもっと生きる。」
「……了解。」
短い返事。
それだけで十分だった。
ドルチェが穏やかに微笑む。
「本当に、お一人ずつ見てくださるのですね。」
俺は少しだけ首を横に振った。
「高いから強いわけじゃない。」
「重いから偉いわけでもない。」
掌のマウスピースを見つめる。
「楽器も。」
「マウスピースも。」
「人に合わせるものだ。」
誰も口を挟まない。
「十人が同じ音を出す必要はない。」
「十人が、一つのハーモニーになればいい。」
風が吹いた。
演習場の砂が、静かに流れる。
隊員たちは、ただ頷いていた。
俺はマウスピースをケースへ戻した。
カチリ。
小さな音が響く。
「よし。」
「機材の話はここまで。」
「次は一人ずつ吹いてもらう。」
「みんなの癖を見ていこう。」
「はい!」
隊員たちが一斉にケースを開け始める。
ブリランテは嬉しそうにトランペットを抱え、アクセントは早く吹きたくて仕方がない様子だった。
その輪から、少し離れた場所で。
リアルダも、そっと自分のトランペットケースへ手を伸ばしていた。
まだ誰も、その仕草には気付いていない。
第11話『音で人を見る隊長』
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