第11話『音で人を見る隊長』
第11話『音で人を見る隊長』
「じゃあ、一人ずつ見ていこう。」
隊員たちがトランペットを構え、演習場へ並ぶ。
山から吹き下ろす風が、譜面台のない広い空間を静かに渡っていった。
まずはファースト。
ブリランテが一歩前へ出る。
「一音だけ。」
「はいっ!」
『パァ────』
澄んだ高音が、初夏の青空へ真っ直ぐ伸びた。
明るい音だった。
少し急いでいる。
けれど、前へ前へ進もうとする音。
「いい音だ。」
ブリランテの表情がぱっと明るくなる。
「お前らしい音だ。」
「ありがとうございます、隊長様!」
「でも。」
俺は少し笑う。
「少し急ぎすぎる。」
「高音は追いかけるんじゃない。」
「待つんだ。」
ブリランテは目を丸くした。
「待つ……ですか?」
「ああ。」
「力で当てにいくと、音が逃げる。」
「楽に鳴る場所がある。」
「そこを探してみろ。」
ブリランテは何度も頷きながら、必死にメモを取る。
「はいっ!」
「もう一回お願いします!」
その様子を見て、スタッカートが苦笑した。
「お前、本当に隊長様が好きだな。」
「もちろん!」
ブリランテは即答する。
「隊長様だよ?」
「尊敬しない理由がないじゃん!」
「はいはい。」
スタッカートは肩をすくめた。
「俺にもその熱意、少し分けてくれ。」
演習場に小さな笑いが広がった。
「次。」
セカンドの二人が一歩前へ出る。
ソステヌートが、静かにトランペットを構えた。
『パァ────』
安定した音だった。
周囲をよく聴いている。
崩れない。
だが、少し遠慮している。
「周りを聴ける。」
「それは才能だ。」
ソステヌートが静かに頷く。
「ありがとうございます。」
「でも。」
「自分の音まで小さくするな。」
眼鏡の奥の瞳が、わずかに揺れた。
「お前の音が、基準になる時がある。」
「セカンドは、周りを見る。」
「だからこそ、自分の音を見失うな。」
ソステヌートは姿勢を正した。
「了解しました。」
隣のレガートが穏やかに笑う。
「自分を信じる、ですね。」
「そういうこと。」
レガートも一音吹く。
『パァ────』
柔らかい音だった。
押しつけない。
誰かの音へ、そっと寄り添うような響き。
「レガートは、そのままでいい。」
「え?」
「お前の音は、人の音を邪魔しない。」
「それは簡単なようで難しい。」
レガートは少し照れたように笑った。
「ありがとうございます。」
「ただ。」
「遠慮しすぎるな。」
「必要な時は、前へ出ろ。」
「はい。」
レガートは静かに頷いた。
「次。」
サード。
ペザンテが一歩前へ出る。
大きな身体に似合う、落ち着いた構えだった。
『ボォ────』
低く太い音が、演習場を包む。
地面に根を張るような音だった。
「いい低音だ。」
ペザンテは黙って頷く。
「あと少し息が流れれば、もっと伸びる。」
「ロングトーンを増やそう。」
「……了解。」
その横で、アクセントがにやりと笑った。
「もっと腹からいけ、ペザンテ!」
ペザンテは一瞬だけアクセントを見る。
「……腹なら減ってる。」
一拍、静まる。
次の瞬間、スタッカートが吹き出した。
「そこかよ!」
演習場に笑いが広がる。
ペザンテは少しだけ目を逸らした。
「……うるさい。」
さらに笑いが大きくなる。
カンタービレ軍曹は、その様子を静かに見守っていた。
そして、ほんの少しだけ微笑む。
「皆さん。」
「仲が良いのは結構ですが、隊長のお話は最後まで聞きましょう。」
「はい!」
全員の返事が揃う。
俺は思わず笑った。
「ありがとうございます、カンタービレ軍曹。」
「いえ。」
彼女は落ち着いた声で答える。
「副官として当然ですわ。」
その姿を見て、改めて思う。
この人がいるから、左翼は崩れない。
一人ずつ。
ゆっくり。
音を聴きながら、癖を見ていく。
アクセントは勢いがある。
少し荒い。
でも、前へ進む力がある。
スタッカートは軽い。
ふざけているようで、周りを見るのが上手い。
エネルジコは真っ直ぐだ。
音にも迷いがない。
ドルチェは柔らかい。
その音が入るだけで、空気が少し温かくなる。
グラヴィオーソは鋭い。
無駄がない。
少し冷たいくらいに、狙いが正確だった。
音を聴けば、人が見える。
誰が一番上手いか。
そんなことは、あまり気にならなかった。
その人が、一番自然に鳴る場所。
その音が、一番輝く場所。
それだけを考えていた。
風が吹いた。
どこか懐かしい感覚だった。
その時だった。
「レッド様!」
聞き慣れた元気な声が響く。
リアルダだった。
いつの間にか、自分のトランペットケースを抱えて立っている。
「私もお願いします!」
隊員たちが一斉に振り向いた。
アクセントが目を丸くする。
「えっ。」
「リアルダさん、吹くんですか?」
「もちろんです!」
リアルダは胸を張った。
「昔からトランペット、大好きです!」
スタッカートが小声で囁く。
「吹けたっけ?」
レガートも困ったように笑う。
「応援しているところは、よく見るけどね。」
リアルダ本人だけが、満面の笑みだった。
俺は笑いをこらえながら頷く。
「じゃあ、その前に。」
「まずは口輪筋の確認をしようか。」
「あっ!」
リアルダの目が一気に輝いた。
「毎日やってます!」
「そうか。」
俺は少し笑う。
「じゃあ、見せてもらおう。」
リアルダは、自信満々に一歩前へ出た。
第12話『最初のハーモニー』
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