第28話『運動会の会戦』第3部

第28話『運動会の会戦』第3部


「お前が本部から来た士官か」

低い声がした。

振り向く。

そこに、熊みたいな男が立っていた。

日に焼けた肌。

太い腕。

深い皺。

顔つきは、岩を削って作ったように厳つい。

手には傷だらけのクラリネット。

その存在感だけで、周囲の空気が一段重くなる。

「地元音響団の団長、グラーヴェだ」

男は短く名乗った。

「軍曹でいい」

俺は反射的に敬礼した。

「山陰西部方面第一トランペット遊撃隊、隊長のレッドであります!」

声が裏返った。

最悪だった。

グラーヴェ軍曹は、俺の頭から足元までをじろりと見る。

そして。

「……なんだ」

短く言った。

「ガキじゃねぇか」

胸に刺さった。

深く。

正確に。

「ぐっ……」

「軍曹」

カンタービレが一歩前に出る。

「レッド隊長は、本部より正式に派遣された音術師ですわ」

「知ってる」

「でしたら、もう少し言い方があるのではなくて?」

「ガキをガキと言って何が悪い」

「その率直すぎる物言いは感心しませんわ」

「お前も相変わらず教範みたいな女だな」

「褒め言葉として受け取っておきますわ」

静かな火花が散っていた。

リアルダが俺の袖を小さく引く。

「レッド様。グラーヴェ軍曹は、言葉は怖いですが、信頼できる方です」

「信頼できる人は、初対面でガキって言うのか」

「北方戦線では、わりと」

「帰りたい」

「まだ到着したばかりです」

グラーヴェ軍曹は、校庭へ視線を戻した。

「あれが現状だ」

その声から、冗談が消えた。

「悪のみなさんの大軍勢。戦闘員多数。ランク持ちも混じっている。だが、今のところ攻めてくる気配はない」

「なぜです」

「依り代の調律が安定していない」

軍曹は、泣いている子供たちを見る。

「泣く。走る。騒ぐ。怪人を叩く。角を引っ張る。子供ってのは、敵にとっても厄介なんだよ」

その言葉を、リアルダが引き継いだ。

「悪のみなさんは、子供たちの純粋な心を依り代にしています」

カンタービレも静かに続ける。

「怪人の核は、その依り代の中に隠れますわ。だから銃も刃も決定打にはなりません」

「生の楽器による音響攻撃だけが、核の調律を乱せる」

俺は、士官学校で習った通りの答えを口にした。

カンタービレが頷く。

「その通りですわ」

リアルダは校庭を見つめた。

「ですが、子供を傷つければ、怪人側も困ります。核が不安定になりますから」

つまり。

奴らは子供を人質にしながら。

同時に、子供を守らなければならない。

だから。

「待つのだー!」

「やだー!」

「走ると転ぶのだー!」

「つかまえてみろー!」

という、意味不明な光景になる。

笑える。

笑えるはずだった。

けれど。

校門の外。

規制線の向こう。

母親らしき女性が泣いていた。

泣いている子供に向かって、必死に手を振っている。

その手は、届かない。

万国旗が風に揺れる。

白い校舎の窓が、静かに光っている。

俺は、笑えなくなった。

リアルダが静かに言う。

「子供は、守らなければいけませんから」

風が吹いた。

運動場の土が、薄く舞った。


第29話『運動会の会戦』第4部
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2026年07月04日