第27話『運動会の会戦』第2部
第27話『運動会の会戦』第2部
軍用車は、益田の街を抜けて走った。
車窓の外には、静かな生活が流れていた。
田んぼ。
家並み。
電柱。
自転車で走る高校生。
開店準備をする店。
朝の光を受けた川。
その全部が、あまりにも普通だった。
これから向かう場所が戦場だなんて、誰が信じるだろう。
車内では、隊員たちが手順を確認していた。
譜面は開かない。
全員、暗譜している。
「曲順確認」
カンタービレ軍曹の声が、後方車両から無線で入る。
「第一候補、児童向け行進曲。第二候補、地域指定曲。第三候補、即応ファンファーレ」
「右翼了解!」
アクセントが即答する。
「合図確認。赤旗で散開。白旗で停止。黄旗で後退。黒旗で防御陣形」
「了解っす」
スタッカートの声。
「ブリランテ、連弾は合図が出るまで待機」
「はい! 隊長様の合図まで我慢します!」
「ペザンテ、予備管と水」
「……確認済みです」
皆、慣れていた。
怖くないわけじゃないのだろう。
けれど、手が動いている。
言葉が出ている。
次に何をするかを知っている。
俺だけが、胸の奥で鳴る音を抑えられずにいた。
やがて、益田小学校が見えてきた。
市街地の中にある、白い校舎。
陽射しを受けた窓ガラスが、きらりと光っている。
校舎の向こうには体育館の屋根。
運動場の端には、鉄棒と遊具。
校門のそばには、朝のまま残された案内板が立っていた。
今日は、楽しい運動会のはずだった。
赤白の万国旗が、運動場の上で風に揺れている。
「……運動会?」
思わず声が漏れた。
校庭にはテントが並んでいた。
保護者席もある。
入退場門もある。
白線も引かれている。
もし何も知らずに来ていたら、ただの学校行事だと思っただろう。
だが、校庭の外周には、警察車両が並んでいた。
消防車。
救急車。
防衛隊車両。
無線機を抱えた隊員たちが、土埃の中を走っている。
校門の外では、保護者らしき人たちが規制線の向こうから、じっと運動場を見つめていた。
誰かが泣いていた。
誰かが、両手を合わせていた。
運動会と戦場。
混ざるはずのない二つが、同じグラウンドに押し込められていた。
車が停まる。
扉が開く。
土の匂いが入ってきた。
「降車」
カンタービレ軍曹の声が飛ぶ。
隊員たちが一斉に動いた。
俺もトランペットケースを掴んで、車外へ降りた。
その瞬間。
「お母さぁぁぁぁん!!」
校庭の中央から、幼い泣き声が響いた。
反射的に目を向ける。
小さな女の子が泣いていた。
その周囲に、黒い戦闘服を着た悪のみなさんの戦闘員が三人。
俺は息を呑んだ。
敵だ。
そう思った。
しかし。
「ど、どうするのだ!?」
「泣き止まないのだ!」
「飴を渡すのだ!」
「さっき渡したら、いらないって言われたのだ!」
「保育士ランクの戦闘員を呼ぶのだ!」
「今日は別の依り代の寝かしつけに行っているのだ!」
戦闘員たちは、完全にパニックだった。
女の子がさらに泣く。
「お母さぁぁぁん!」
「わ、我々は怖くないのだ!」
「怖い顔をするななのだ!」
「これ以上泣かれると、核の調律が乱れるのだ!」
俺は、しばらく黙った。
そして。
「……何やってるんだ、あいつら」
本音が漏れた。
スタッカートが横で小さく笑う。
「いつも通りっすね」
「いつもなのか」
「わりと」
嫌な情報だった。
少し離れた場所では、小学生くらいの男の子が全力疾走していた。
その後ろを、戦闘員が二人、必死に追いかけている。
「待つのだー!」
「依り代が逃げると困るのだー!」
「つかまえてみろー!」
「やめるのだー!」
「上司に怒られるのだー!」
完全に鬼ごっこだった。
しかも子供の方が楽しそうだった。
さらに校庭の隅。
鉄棒の近くに、巨大な怪人がいた。
二メートルを超える体。
角。
牙。
巨大な腕。
見た目だけなら、間違いなく恐怖の象徴だ。
だが、その周囲には幼稚園児たちが群がっていた。
「そのツノ本物ー?」
「しっぽ触っていいー?」
「だめなのだ!」
「つんつんするななのだ!」
「そこは調律器官なのだ!」
「がおー!」
「ぜんぜん怖くなーい!」
「困るのだー!」
怪人は泣きそうだった。
ブリランテがぽつりと言った。
「隊長様」
「何だ」
「ボク、ちょっと混ざりたいです」
「駄目だ」
「ですよね」
カンタービレ軍曹が、静かに咳払いをした。
「戦場ですわ」
その一言で、少しだけ空気が戻った。
俺は空を見上げた。
青かった。
嫌になるくらい、綺麗な青だった。
第28話『運動会の会戦』第3部
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/posts/blog13.html
ウルセンジャー小説ガイド
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/contact1.html
