第100話『コン・ブリオという男』

第100話『コン・ブリオという男』


ホテルのラウンジ。

大きな窓の向こうで、広島の夜景が静かに光っていた。

ソファに座っていたコン・ブリオが、俺を見る。

「ふふっ。」

「来てくれてありがとう。」

「待たせたな。」

向かいへ座る。

そして。

真っ先に聞いた。

「あの部屋は何だ。」

「……部屋?」

「スイートルームだよ。」

コン・ブリオが目を丸くする。

「えっ?」

「僕は、静かな部屋をお願いしただけなんだけど。」

「普通の部屋のつもりだったよ。」

「……。」

やっぱり。

あいつじゃない。

俺はため息をついた。

「やりすぎなんだよ。」

「僕に言われても。」

コン・ブリオが困ったように笑う。

「ふふっ。」

「成り行きさ。」

「その成り行きで。」

俺も笑った。

「軍団長になったんだろ。」

コン・ブリオが頭を掻く。

「ふふっ。」

「誰にも言えないけど。」

一拍。

「その通りさ。」

目が合う。

二人で笑った。



肩書きは変わった。

こいつは今。

広島西部方面軍、第3軍団長。

俺は山陰の小さな遊撃隊長。

それでも。

こうして話していると。

士官学校の頃と、あまり変わらない。

鬼教官。

卒業試験。

失敗ばかりだった毎日。

今では。

どれも懐かしかった。



笑いが落ち着く。

コン・ブリオがコーヒーカップを置いた。

「リゾルート支部長から聞いたよ。」

「何を。」

「昇級試験。」

少し笑う。

「断ったそうだね。」

「ああ。」

「どうして?」

「俺の力じゃないから。」

コン・ブリオが黙って聞いている。

「みんなの力だ。」

「俺一人が上がるのは。」

「何か違う。」

少しの沈黙。

コン・ブリオが頷いた。

「君らしいね。」

「そうか?」

「うん。」

そして。

穏やかに続けた。

「だから今回。」

「その“みんな”の力を借りた。」

俺は顔を上げる。

「広島には。」

「君たちが必要だから。」

「買いかぶりすぎだ。」

「違うよ。」

即答だった。

コン・ブリオは。

いつもの柔らかな笑みを崩さない。

「君は。」

少しだけ間を置く。

「自分では気づいていないから。」

「何に。」

「ふふっ。」

「何だよ。」

「そのうちね。」

「気持ち悪いな。」

「ひどいなあ。」

また。

少しだけ笑った。



時計を見る。

もう遅い。

「そろそろ戻るよ。」

「ああ。」

二人で立ち上がる。

どちらからともなく。

右手を差し出した。

固い握手。

その時。

気づいた。

「……。」

コン・ブリオの手が。

ほんの少し。

震えていた。

俺は顔を見る。

いつもの笑顔。

いつもの穏やかな目。

でも。

手だけが。

隠せていなかった。

明日。

こいつは。

数百人を率いる。

その一つ一つの命を背負って。

俺は何も聞かなかった。

ただ。

握った手へ少し力を込める。

「なんとかなるさ。」

コン・ブリオが。

一瞬だけ目を見開いた。

やがて。

肩から力が抜ける。

「ふふっ。」

「ああ。」

小さく頷いた。

「そうだったね。」

手を離す。

「じゃあ、また明日。」

「ああ。」

「おやすみ。」

「おやすみ。」

俺はラウンジを後にした。



コン・ブリオは。

閉じた扉を、しばらく見つめていた。

やがて。

窓の外へ目を向ける。

広島の夜。

その向こうに。

明日の戦場がある。

「……女神様。」

小さな声。

卒業試験で聞いた。

あの一音。

広島のYAMAHAで。

もう一度聞いた音。

コン・ブリオは。

静かに目を閉じた。

「偶然じゃない。」

それ以上は。

誰にも聞こえなかった。

窓の外で。

広島の街が。

いつもと変わらず輝いていた。


第101話『夜明けの平和公園』
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/posts/blog102.html

ウルセンジャー小説ガイド
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/contact1.html

2026年08月18日