第100話『コン・ブリオという男』
第100話『コン・ブリオという男』
ホテルのラウンジ。
大きな窓の向こうで、広島の夜景が静かに光っていた。
ソファに座っていたコン・ブリオが、俺を見る。
「ふふっ。」
「来てくれてありがとう。」
「待たせたな。」
向かいへ座る。
そして。
真っ先に聞いた。
「あの部屋は何だ。」
「……部屋?」
「スイートルームだよ。」
コン・ブリオが目を丸くする。
「えっ?」
「僕は、静かな部屋をお願いしただけなんだけど。」
「普通の部屋のつもりだったよ。」
「……。」
やっぱり。
あいつじゃない。
俺はため息をついた。
「やりすぎなんだよ。」
「僕に言われても。」
コン・ブリオが困ったように笑う。
「ふふっ。」
「成り行きさ。」
「その成り行きで。」
俺も笑った。
「軍団長になったんだろ。」
コン・ブリオが頭を掻く。
「ふふっ。」
「誰にも言えないけど。」
一拍。
「その通りさ。」
目が合う。
二人で笑った。
◇
肩書きは変わった。
こいつは今。
広島西部方面軍、第3軍団長。
俺は山陰の小さな遊撃隊長。
それでも。
こうして話していると。
士官学校の頃と、あまり変わらない。
鬼教官。
卒業試験。
失敗ばかりだった毎日。
今では。
どれも懐かしかった。
◇
笑いが落ち着く。
コン・ブリオがコーヒーカップを置いた。
「リゾルート支部長から聞いたよ。」
「何を。」
「昇級試験。」
少し笑う。
「断ったそうだね。」
「ああ。」
「どうして?」
「俺の力じゃないから。」
コン・ブリオが黙って聞いている。
「みんなの力だ。」
「俺一人が上がるのは。」
「何か違う。」
少しの沈黙。
コン・ブリオが頷いた。
「君らしいね。」
「そうか?」
「うん。」
そして。
穏やかに続けた。
「だから今回。」
「その“みんな”の力を借りた。」
俺は顔を上げる。
「広島には。」
「君たちが必要だから。」
「買いかぶりすぎだ。」
「違うよ。」
即答だった。
コン・ブリオは。
いつもの柔らかな笑みを崩さない。
「君は。」
少しだけ間を置く。
「自分では気づいていないから。」
「何に。」
「ふふっ。」
「何だよ。」
「そのうちね。」
「気持ち悪いな。」
「ひどいなあ。」
また。
少しだけ笑った。
◇
時計を見る。
もう遅い。
「そろそろ戻るよ。」
「ああ。」
二人で立ち上がる。
どちらからともなく。
右手を差し出した。
固い握手。
その時。
気づいた。
「……。」
コン・ブリオの手が。
ほんの少し。
震えていた。
俺は顔を見る。
いつもの笑顔。
いつもの穏やかな目。
でも。
手だけが。
隠せていなかった。
明日。
こいつは。
数百人を率いる。
その一つ一つの命を背負って。
俺は何も聞かなかった。
ただ。
握った手へ少し力を込める。
「なんとかなるさ。」
コン・ブリオが。
一瞬だけ目を見開いた。
やがて。
肩から力が抜ける。
「ふふっ。」
「ああ。」
小さく頷いた。
「そうだったね。」
手を離す。
「じゃあ、また明日。」
「ああ。」
「おやすみ。」
「おやすみ。」
俺はラウンジを後にした。
◇
コン・ブリオは。
閉じた扉を、しばらく見つめていた。
やがて。
窓の外へ目を向ける。
広島の夜。
その向こうに。
明日の戦場がある。
「……女神様。」
小さな声。
卒業試験で聞いた。
あの一音。
広島のYAMAHAで。
もう一度聞いた音。
コン・ブリオは。
静かに目を閉じた。
「偶然じゃない。」
それ以上は。
誰にも聞こえなかった。
窓の外で。
広島の街が。
いつもと変わらず輝いていた。
第101話『夜明けの平和公園』
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