第56話『笑顔を守る』

第56話『笑顔を守る』


運動場いっぱいに笑い声が響く。

吹き飛ばされたスタッカートが芝生へ寝転び、大きく息を吐いた。

「いてて……。」

エネルジコも起き上がる。

「すげぇ……。」

ドルチェは制服についた土を払いながら苦笑した。

「本当に遊びだったのですね。」

リアルダは崩壊した防御弾幕の残響を測定している。

「残留振動……ゼロ。」

信じられなかった。

防御弾幕が消えた。

――違う。

消えたのではない。

消された。

音そのものを、押し流されたのだ。

リアルダは端末を見つめたまま、小さく呟く。

「……計算外。」

その言葉を、俺は聞いていた。

珍しい。

彼女がそう口にするのは。

隊長になってから初めて見る表情だった。

「リアルダ。」

「はい。」

「ありがとう。」

リアルダが端末から顔を上げる。

「十分だ。」

その一言だけで、彼女の肩から力が抜けた。

「……はい。」

それだけで良かった。



「もっと遊ぶコン!」

カプリッチョが子どもたちを追い掛けている。

さっきまで音術師たちを吹き飛ばしていたとは、とても思えない。

転んだ子どもを抱き起こし、

頭をぽんぽんと優しく叩く。

「泣かないコン!」

「もう一回だコン!」

運動場に笑い声が戻る。

俺は静かにその光景を見つめていた。

「隊長。」

カンタービレ軍曹が隣へ立つ。

「どうされますか。」

俺は少しだけ考えた。

本部教範では。

神獣は討伐対象。

遭遇した場合は戦力を分析し、可能であれば討伐する。

それが音術師の任務だ。

だが。

目の前にいるのは。

子どもたちと笑い合う、一柱の神獣だった。

町を荒らしているわけでもない。

人を傷付けているわけでもない。

ただ。

子どもたちの笑顔を守るように、一緒になって遊んでいる。

俺は帽子を深くかぶり直した。

「……今日は帰ろう。」

カンタービレ軍曹が少し驚く。

「よろしいので?」

「ああ。」

短く答える。

「戦う理由がない。」

軍曹は静かに頷いた。

「承知しました。」

誰一人として異論はなかった。



帰り支度を始める。

その時だった。

「お兄ちゃん!」

カプリッチョが元気よく駆け寄ってきた。

「もう帰るコン?」

「ああ。」

「そっかー。」

少しだけ残念そうな顔になる。

俺は笑った。

「また遊びに来るよ。」

その瞬間。

ぱっと表情が明るくなる。

「約束コン!」

小さな手が差し出された。

俺も手を伸ばす。

指切りを交わす。

「約束。」

「約束コン!」

その笑顔は。

どこにでもいる子どもと、何も変わらなかった。



車へ戻る。

スタッカートが苦笑する。

「隊長。」

「名代様、強すぎっス。」

「そうだな。」

少し笑う。

「何とかなるさ。」

リアルダが窓の外へ目を向ける。

運動場では。

カプリッチョがまた子どもたちと走り回っていた。

その姿を見ながら、ふと思う。

この子は守っている。

神社ではない。

町でもない。

子どもたちの笑顔を。

それが。

津和野大明神様の名代として授かった役目なのかもしれない。

車がゆっくりと走り出す。

バックミラーの中で。

紫色の尻尾が小さくなっていく。

その姿が見えなくなるまで。

俺は静かに手を振り続けていた。

― 津和野編・完 ―


第57話『アラクネ戦記/東の国より』
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2026年07月04日