第56話『笑顔を守る』
第56話『笑顔を守る』
運動場いっぱいに笑い声が響く。
吹き飛ばされたスタッカートが芝生へ寝転び、大きく息を吐いた。
「いてて……。」
エネルジコも起き上がる。
「すげぇ……。」
ドルチェは制服についた土を払いながら苦笑した。
「本当に遊びだったのですね。」
リアルダは崩壊した防御弾幕の残響を測定している。
「残留振動……ゼロ。」
信じられなかった。
防御弾幕が消えた。
――違う。
消えたのではない。
消された。
音そのものを、押し流されたのだ。
リアルダは端末を見つめたまま、小さく呟く。
「……計算外。」
その言葉を、俺は聞いていた。
珍しい。
彼女がそう口にするのは。
隊長になってから初めて見る表情だった。
「リアルダ。」
「はい。」
「ありがとう。」
リアルダが端末から顔を上げる。
「十分だ。」
その一言だけで、彼女の肩から力が抜けた。
「……はい。」
それだけで良かった。
◇
「もっと遊ぶコン!」
カプリッチョが子どもたちを追い掛けている。
さっきまで音術師たちを吹き飛ばしていたとは、とても思えない。
転んだ子どもを抱き起こし、
頭をぽんぽんと優しく叩く。
「泣かないコン!」
「もう一回だコン!」
運動場に笑い声が戻る。
俺は静かにその光景を見つめていた。
「隊長。」
カンタービレ軍曹が隣へ立つ。
「どうされますか。」
俺は少しだけ考えた。
本部教範では。
神獣は討伐対象。
遭遇した場合は戦力を分析し、可能であれば討伐する。
それが音術師の任務だ。
だが。
目の前にいるのは。
子どもたちと笑い合う、一柱の神獣だった。
町を荒らしているわけでもない。
人を傷付けているわけでもない。
ただ。
子どもたちの笑顔を守るように、一緒になって遊んでいる。
俺は帽子を深くかぶり直した。
「……今日は帰ろう。」
カンタービレ軍曹が少し驚く。
「よろしいので?」
「ああ。」
短く答える。
「戦う理由がない。」
軍曹は静かに頷いた。
「承知しました。」
誰一人として異論はなかった。
◇
帰り支度を始める。
その時だった。
「お兄ちゃん!」
カプリッチョが元気よく駆け寄ってきた。
「もう帰るコン?」
「ああ。」
「そっかー。」
少しだけ残念そうな顔になる。
俺は笑った。
「また遊びに来るよ。」
その瞬間。
ぱっと表情が明るくなる。
「約束コン!」
小さな手が差し出された。
俺も手を伸ばす。
指切りを交わす。
「約束。」
「約束コン!」
その笑顔は。
どこにでもいる子どもと、何も変わらなかった。
◇
車へ戻る。
スタッカートが苦笑する。
「隊長。」
「名代様、強すぎっス。」
「そうだな。」
少し笑う。
「何とかなるさ。」
リアルダが窓の外へ目を向ける。
運動場では。
カプリッチョがまた子どもたちと走り回っていた。
その姿を見ながら、ふと思う。
この子は守っている。
神社ではない。
町でもない。
子どもたちの笑顔を。
それが。
津和野大明神様の名代として授かった役目なのかもしれない。
車がゆっくりと走り出す。
バックミラーの中で。
紫色の尻尾が小さくなっていく。
その姿が見えなくなるまで。
俺は静かに手を振り続けていた。
― 津和野編・完 ―
第57話『アラクネ戦記/東の国より』
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