第67話『情報士乱入』

第67話『情報士乱入』


マエストロは一冊の本を閉じた。

「いいか、諸君。」

「女性との会話で一番大切なのは。」

俺たちは自然と姿勢を正す。

「聞くことだ。」

「喋ることじゃない。」

ソステヌートが真剣にメモを取る。

ペザンテも頷く。

「なるほど。」

「演奏と同じだ。」

マエストロは笑った。

「相手をよく聞いて。」

「呼吸を合わせる。」

「独りよがりじゃ続かない。」

俺も静かに頷く。

戦場の話に置き換えると、よく分かる。

「会話も。」

「合奏だ。」

「そういうことだ。」

マエストロは満足そうだった。



その時だった。

カラン――。

入口のベルが静かに鳴る。

「いらっしゃいませ。」

マスターの優しい声が店内へ響く。

俺は何気なく入口を見る。

ドルチェ。

グラヴィオーソ。

そして。

「……。」

リアルダ。

俺も。

リアルダも。

同時に固まった。

「レッド様?」

「リアルダ。」

店内が静まり返る。



「まあ!」

ドルチェが嬉しそうに笑う。

「レッド隊長!」

「偶然ですね〜。」

「こんばんは。」

俺は立ち上がる。

「みんなも来てたんだ。」

「はい。」

リアルダも小さく頭を下げた。

「こんばんは。」

「皆様、お疲れ様です。」

マエストロは涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。

まるで想定内だったかのように。



リアルダの視線が。

ゆっくり机へ落ちる。

そこには。

『初めてのファッション』

『女性心理入門』

『大人の身だしなみ』

『会話が続く聞き方』

『初めてのデート』

……。

「……。」

静かだった。

俺の背中を汗が伝う。

ソステヌートは眼鏡を押し上げたまま固まっている。

ペザンテだけがクッキーを食べ続けていた。

リアルダは本を一冊手に取る。

表紙を眺める。

裏表紙も見る。

そして。

顔を上げた。

「軍団長殿。」

「何だ。」

「こちらは……。」

一拍。

「市街地対人訓練用の教材でしょうか。」

俺たちは息を止めた。

マエストロは一切動じない。

「その通り。」

即答だった。

「市街地では。」

「民間人との接触能力も重要だ。」

「特に。」

「女性や高齢者との会話は。」

「教範だけでは身につかん。」

リアルダは静かに頷いた。

「なるほど。」

「実践形式の夜間訓練だったのですね。」

「勉強になります。」

……。

助かった。

心の底からそう思った。



「でも〜。」

ドルチェが本を覗き込む。

「この『初めてのデート』って。」

「教範なんですか〜?」

俺の心臓が止まりそうになる。

マエストロは一冊取り上げた。

「ケーススタディだ。」

「民間人の心理を学ぶ。」

「なるほど〜。」

ドルチェは素直だった。

「さすが軍団長ですね〜。」

「そうでしょうか。」

リアルダも感心したように頷く。

「私も読ませていただいてよろしいでしょうか。」

「もちろんだ。」

マエストロは平然としている。

(強い。)

(この人、本当に強い。)

怪人相手でも見たことのない胆力だった。



その様子を。

カウンターの奥から。

マスターは静かに見つめていた。

誰が敵で。

誰が味方なのか。

そんなことは微塵も感じさせない。

ただ。

穏やかに微笑んでいる。

やがて。

全員へ静かに声を掛けた。

「皆様。」

「お席をご用意いたしますね。」

その一言だけで。

張り詰めていた空気が。

ふっと和らいだ。

俺はコーヒーを一口飲む。

温かかった。

この店は。

不思議と。

肩の力が抜ける店だった。


第68話『静かな夜』
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2026年07月06日