第67話『情報士乱入』
第67話『情報士乱入』
マエストロは一冊の本を閉じた。
「いいか、諸君。」
「女性との会話で一番大切なのは。」
俺たちは自然と姿勢を正す。
「聞くことだ。」
「喋ることじゃない。」
ソステヌートが真剣にメモを取る。
ペザンテも頷く。
「なるほど。」
「演奏と同じだ。」
マエストロは笑った。
「相手をよく聞いて。」
「呼吸を合わせる。」
「独りよがりじゃ続かない。」
俺も静かに頷く。
戦場の話に置き換えると、よく分かる。
「会話も。」
「合奏だ。」
「そういうことだ。」
マエストロは満足そうだった。
◇
その時だった。
カラン――。
入口のベルが静かに鳴る。
「いらっしゃいませ。」
マスターの優しい声が店内へ響く。
俺は何気なく入口を見る。
ドルチェ。
グラヴィオーソ。
そして。
「……。」
リアルダ。
俺も。
リアルダも。
同時に固まった。
「レッド様?」
「リアルダ。」
店内が静まり返る。
◇
「まあ!」
ドルチェが嬉しそうに笑う。
「レッド隊長!」
「偶然ですね〜。」
「こんばんは。」
俺は立ち上がる。
「みんなも来てたんだ。」
「はい。」
リアルダも小さく頭を下げた。
「こんばんは。」
「皆様、お疲れ様です。」
マエストロは涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。
まるで想定内だったかのように。
◇
リアルダの視線が。
ゆっくり机へ落ちる。
そこには。
『初めてのファッション』
『女性心理入門』
『大人の身だしなみ』
『会話が続く聞き方』
『初めてのデート』
……。
「……。」
静かだった。
俺の背中を汗が伝う。
ソステヌートは眼鏡を押し上げたまま固まっている。
ペザンテだけがクッキーを食べ続けていた。
リアルダは本を一冊手に取る。
表紙を眺める。
裏表紙も見る。
そして。
顔を上げた。
「軍団長殿。」
「何だ。」
「こちらは……。」
一拍。
「市街地対人訓練用の教材でしょうか。」
俺たちは息を止めた。
マエストロは一切動じない。
「その通り。」
即答だった。
「市街地では。」
「民間人との接触能力も重要だ。」
「特に。」
「女性や高齢者との会話は。」
「教範だけでは身につかん。」
リアルダは静かに頷いた。
「なるほど。」
「実践形式の夜間訓練だったのですね。」
「勉強になります。」
……。
助かった。
心の底からそう思った。
◇
「でも〜。」
ドルチェが本を覗き込む。
「この『初めてのデート』って。」
「教範なんですか〜?」
俺の心臓が止まりそうになる。
マエストロは一冊取り上げた。
「ケーススタディだ。」
「民間人の心理を学ぶ。」
「なるほど〜。」
ドルチェは素直だった。
「さすが軍団長ですね〜。」
「そうでしょうか。」
リアルダも感心したように頷く。
「私も読ませていただいてよろしいでしょうか。」
「もちろんだ。」
マエストロは平然としている。
(強い。)
(この人、本当に強い。)
怪人相手でも見たことのない胆力だった。
◇
その様子を。
カウンターの奥から。
マスターは静かに見つめていた。
誰が敵で。
誰が味方なのか。
そんなことは微塵も感じさせない。
ただ。
穏やかに微笑んでいる。
やがて。
全員へ静かに声を掛けた。
「皆様。」
「お席をご用意いたしますね。」
その一言だけで。
張り詰めていた空気が。
ふっと和らいだ。
俺はコーヒーを一口飲む。
温かかった。
この店は。
不思議と。
肩の力が抜ける店だった。
第68話『静かな夜』
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