第76話『防衛配置』

第76話『防衛配置』


潮騒は穏やかだった。

だが、砂浜を渡る風だけが、少しずつ強さを増していく。

濡れ女は白い鍔広帽子のつばへ、そっと手を添えた。

「防衛隊のみなさん。」

「ここからは、お互いの務めです。」

俺は小さくうなずく。

「こちらにも守るものがある。」

「ええ。」

濡れ女は穏やかに微笑んだ。

「私どもも同じです。」

黒いスーツ姿の手下たちが、静かに散開する。

誰も慌てない。

それぞれが、自分の持ち場へ向かうだけだった。



リアルダが端末を開く。

「レッド様。」

「敵戦力を更新します。」

指先が素早く画面を滑る。

「Cランク一体。」

「手下五体。」

「有効調律、開始。」

わずかな間を置き、次々と数値を読み上げる。

「気温、二十六度。」

「湿度、七十八パーセント。」

「風速、毎秒六メートル。」

「海面吸収率、四十二パーセント。」

「岩礁反響率、六十一パーセント。」

隣ではミスミが海を見つめていた。

「潮位、上昇中。」

「観測値、リアルダ情報士と一致します。」

リアルダが小さくうなずく。

「弾道補正へ移行します。」

「頼む。」

「はい。」



ミスミが通信機へ耳を当てる。

「沿岸方面軍本部より入電。」

「初級音術師部隊、出動。」

「到着まで十五分です。」

「十分だ。」

俺は静かにトランペットケースへ手を掛けた。

ハマダ軍曹が一歩前へ出る。

「隊長さん。」

「防衛線を維持いたしましょう。」

「ああ。」



カンタービレ軍曹が静かに前へ出る。

「教範どおりですわ。」

「海岸プログラム、防衛配置。」

その一言で、左翼が動き始める。

ソステヌートは副官として一歩前へ出た。

「左翼、展開します。」

レガートが隊形を整える。

エネルジコは岩礁へ駆ける。

ドルチェは防壁位置へ。

グラヴィオーソは岩陰へ身を寄せた。

「狙撃位置、確保。」

右翼ではアクセントが笑う。

「右翼は任せてください!」

スタッカートがベルを握る。

「いつでも行けるっス!」

ブリランテが俺の隣へ並んだ。

「隊長様。」

「牽制は僕が受け持ちます!」

ペザンテは沖を見つめたまま、小さくつぶやく。

「……風が変わる。」

誰も指示を待たない。

それぞれが、自分の役割を知っていた。



ハマダ軍曹が静かに岩礁を指さす。

「沿岸方面第一トランペット遊撃隊。」

「岩礁線を維持してください。」

「了解!」

沿岸方面の音響士たちが、慣れた足取りで持ち場へ散っていく。



その頃。

少し離れた砂浜では、まだ子どもたちの笑い声が響いていた。

「カプちゃーん!」

「待つコン!」

カプリッチョは夢中で鬼ごっこをしている。

まだ、こちらの空気には気づいていない。

俺は静かにトランペットを構えた。

黄金色のベルが、午後の陽射しを受けて輝く。

風が吹く。

波が寄せる。

誰一人、口を開かなかった。

次に響くのは。

音響弾か。

不協和音か。

それは、まだ誰にも分からなかった。

合同訓練は、静かに実戦へと姿を変えようとしていた。


第77話『渚の戦い』
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2026年07月14日