第76話『防衛配置』
第76話『防衛配置』
潮騒は穏やかだった。
だが、砂浜を渡る風だけが、少しずつ強さを増していく。
濡れ女は白い鍔広帽子のつばへ、そっと手を添えた。
「防衛隊のみなさん。」
「ここからは、お互いの務めです。」
俺は小さくうなずく。
「こちらにも守るものがある。」
「ええ。」
濡れ女は穏やかに微笑んだ。
「私どもも同じです。」
黒いスーツ姿の手下たちが、静かに散開する。
誰も慌てない。
それぞれが、自分の持ち場へ向かうだけだった。
◇
リアルダが端末を開く。
「レッド様。」
「敵戦力を更新します。」
指先が素早く画面を滑る。
「Cランク一体。」
「手下五体。」
「有効調律、開始。」
わずかな間を置き、次々と数値を読み上げる。
「気温、二十六度。」
「湿度、七十八パーセント。」
「風速、毎秒六メートル。」
「海面吸収率、四十二パーセント。」
「岩礁反響率、六十一パーセント。」
隣ではミスミが海を見つめていた。
「潮位、上昇中。」
「観測値、リアルダ情報士と一致します。」
リアルダが小さくうなずく。
「弾道補正へ移行します。」
「頼む。」
「はい。」
◇
ミスミが通信機へ耳を当てる。
「沿岸方面軍本部より入電。」
「初級音術師部隊、出動。」
「到着まで十五分です。」
「十分だ。」
俺は静かにトランペットケースへ手を掛けた。
ハマダ軍曹が一歩前へ出る。
「隊長さん。」
「防衛線を維持いたしましょう。」
「ああ。」
◇
カンタービレ軍曹が静かに前へ出る。
「教範どおりですわ。」
「海岸プログラム、防衛配置。」
その一言で、左翼が動き始める。
ソステヌートは副官として一歩前へ出た。
「左翼、展開します。」
レガートが隊形を整える。
エネルジコは岩礁へ駆ける。
ドルチェは防壁位置へ。
グラヴィオーソは岩陰へ身を寄せた。
「狙撃位置、確保。」
右翼ではアクセントが笑う。
「右翼は任せてください!」
スタッカートがベルを握る。
「いつでも行けるっス!」
ブリランテが俺の隣へ並んだ。
「隊長様。」
「牽制は僕が受け持ちます!」
ペザンテは沖を見つめたまま、小さくつぶやく。
「……風が変わる。」
誰も指示を待たない。
それぞれが、自分の役割を知っていた。
◇
ハマダ軍曹が静かに岩礁を指さす。
「沿岸方面第一トランペット遊撃隊。」
「岩礁線を維持してください。」
「了解!」
沿岸方面の音響士たちが、慣れた足取りで持ち場へ散っていく。
◇
その頃。
少し離れた砂浜では、まだ子どもたちの笑い声が響いていた。
「カプちゃーん!」
「待つコン!」
カプリッチョは夢中で鬼ごっこをしている。
まだ、こちらの空気には気づいていない。
俺は静かにトランペットを構えた。
黄金色のベルが、午後の陽射しを受けて輝く。
風が吹く。
波が寄せる。
誰一人、口を開かなかった。
次に響くのは。
音響弾か。
不協和音か。
それは、まだ誰にも分からなかった。
合同訓練は、静かに実戦へと姿を変えようとしていた。
第77話『渚の戦い』
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