第91話『支部長室』

第91話『支部長室』


軍用車が山陰支部の車庫へ静かに滑り込んだ。

「到着しました。」

「ありがとう。」

俺は車を降り、支部長室へ向かう。

廊下では、音響士たちが報告書を抱え、足早に行き交っていた。

支部長室の前で足を止める。

制服の襟を整え、扉を叩いた。

コン、コン。

「失礼します。」

「入りたまえ。」

穏やかな声が返る。

「失礼します。」

部屋へ入ると、リゾルート支部長は書類から顔を上げた。

「よく来てくれた。」

「掛けてくれ。」

「失礼します。」

椅子へ腰を下ろす。

支部長は机の上の分厚いファイルを開いた。

「山陰へ赴任して、もうすぐ三か月になるな。」

「はい。」

一枚目を開く。

「匹見。」

「Bランク怪人。」

ページがめくられる。

「広島。」

「Cランク怪人。」

「益田。」

「Bランク怪人。」

「浜田。」

「Cランク怪人。」

そして最後の一枚。

「美祢。」

「Aランク土地神。」

部屋には、紙をめくる音だけが響いていた。

やがて支部長はファイルを閉じる。

「すべて読ませてもらった。」

「ありがとうございます。」

支部長は静かに俺を見る。

「どの報告書にも、一つだけ共通していることがある。」

「はい。」

「君は、自分の手柄を書いていない。」

思わず苦笑する。

「事実を書いただけです。」

「俺一人で勝てた戦いは、一つもありません。」

支部長は小さく頷いた。

「リアルダ情報士。」

「カンタービレ軍曹。」

「遊撃隊。」

「現地音響団。」

「誰が、何をしたのか。」

「誰が、誰を守ったのか。」

「その積み重ねが、丁寧に記されている。」

しばらく沈黙が流れた。

「隊長とは。」

「こういう報告書を書く者なのかもしれんな。」

その言葉に、胸が熱くなる。

支部長は引き出しを開け、一通の封筒を取り出した。

俺の前へ静かに置く。

「これは……。」

「中級音術師昇級試験の推薦状だ。」

意味が分からなかった。

封筒と支部長の顔を見比べる。

「……え。」

「私が推薦した。」

思わず首を横に振る。

「何かの間違いです。」

「俺は士官学校でも落ちこぼれでした。」

「同期のみんなに助けられて、ようやく卒業できたんです。」

支部長は最後まで口を挟まなかった。

俺が話し終えると、戦歴ファイルへ静かに手を置く。

「私は。」

「士官学校の君を推薦したのではない。」

俺は顔を上げる。

「この三か月の君を推薦した。」

静かな声だった。

「住民を守り。」

「仲間を信じ。」

「隊長として、部下を連れて帰ってきた。」

一呼吸置く。

「私が推薦したのは。」

「英雄スカーレットの息子ではない。」

支部長は穏やかに微笑んだ。

「山陰西部方面第一軍団。」

「第一トランペット遊撃隊。」

「隊長レッド君だ。」

言葉が出なかった。

推薦状が滲んで見える。

支部長は小さく頷く。

「受験するかどうかは、君が決めなさい。」

「急いで答えを出す必要はない。」

「ゆっくり考えてみるといい。」

俺は震える手で推薦状を受け取った。

紙一枚のはずなのに、不思議なくらい重かった。

「……ありがとうございます。」

その一言が、精一杯だった。

窓の外では、初夏の風が木々を静かに揺らしていた。


第92話『迷い』
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2026年07月20日