第102話『決定力』
第102話『決定力』
作戦室のある天幕へ入る。
外では。
広島西部方面軍第3軍団が、次々と配置についていた。
号令。
足音。
楽器の音。
その喧騒とは反対に。
天幕の中は、重かった。
作戦図を囲む士官たちが。
誰も笑っていない。
「厳島の大明神様は。」
一人の士官が口を開く。
「今回の会戦には、静観されるそうだ。」
別の士官が息を吐いた。
「……それなら安心だ。」
だが。
すぐに地図へ視線を戻す。
「問題は、こちらです。」
広島各地を示す駒。
「小規模勢力が、次々と合流しています。」
「土地神クラス。」
「Bランクも確認済み。」
「数も戦力も。」
一拍。
「向こうが上です。」
誰も答えなかった。
さらに。
「若い隊員の中には。」
「レギオンそのものが初陣という者もいます。」
「……。」
重い沈黙。
四百対。
五百以上。
数字だけ見ても。
楽な戦ではない。
◇
「ふふっ。」
その空気の中。
聞き慣れた笑い声がした。
コン・ブリオが。
俺たちに気づいている。
「来たね。」
「ああ。」
その横で。
リアルダの足が止まった。
「……。」
小さく周囲を見る。
「レッド様。」
「どうした。」
「この天幕。」
声を潜める。
「ほとんど全員が、音術師様です……。」
自分の情報端末を抱きしめる。
「私なんかが、ここにいても……。」
ドルチェが微笑んだ。
「リアルダちゃん。」
「山陰では。」
「みんな一緒でしょう?」
「……はい。」
俺も肩をすくめた。
「俺たちは。」
「俺たちの仕事をすればいい。」
リアルダが少しだけ頷いた。
◇
コン・ブリオが。
作戦図の前へ立つ。
「みんな。」
士官たちが顔を上げた。
「古代戦史。」
少し間を置く。
「三ページ目を思い出してください。」
空気が変わった。
「あの会戦ですか。」
「しかし。」
一人の士官が地図を見る。
「あれをやるには。」
言葉を選ぶ。
「最後に決める部隊が必要です。」
別の士官も頷く。
「今の我々には……。」
コン・ブリオが。
静かに笑った。
「いますよ。」
「え?」
「その決定力が。」
こちらを見る。
「今日。」
「来てくれました。」
天幕の視線が。
一斉に俺たちへ集まった。
「紹介します。」
コン・ブリオが続ける。
「山陰西部方面軍第1軍団。」
「第1トランペット遊撃隊。」
俺を見る。
「隊長、レッド君。」
「音響士、ドルチェ君。」
「情報士、リアルダ君。」
ざわっ。
天幕が揺れた。
「スカーレット様の……。」
「息子さんか。」
「ドルチェ殿もいるぞ。」
「あのドルチェ殿か。」
「それなら……。」
俺は頭を掻いた。
やめてくれ。
そういう視線は。
どうにも苦手だ。
◇
コン・ブリオが。
作戦図へ駒を一つ置いた。
右翼。
「三人には。」
「本会戦中。」
「第4トランペット遊撃隊へ入ってもらいます。」
俺は地図を見る。
「隊長は。」
コン・ブリオが平然と言った。
「レッド君。」
「……俺?」
「うん。」
「何でだよ。」
「君しかいないから。」
「説明になってないぞ。」
「ふふっ。」
また誤魔化した。
◇
コン・ブリオが。
今度は士官たちを見る。
「彼の部隊は。」
「四月の益田会戦へ参加。」
ざわめきが止まる。
「山陰遠征軍アラクネと交戦。」
「その後も。」
「Cランク。」
「Bランク。」
「Aランク土地神とも戦っています。」
俺は眉を寄せた。
嫌な予感がする。
「そして。」
来た。
「部隊の重傷者は。」
一拍。
「ゼロ。」
天幕がどよめいた。
「高ランク相手に……。」
「重傷者ゼロ?」
「そんなことが……。」
「この窮地で。」
「山陰の猛者と肩を並べられるとは。」
「スカーレット様のお導きか……。」
「おい。」
俺はコン・ブリオを見る。
「盛るな。」
「事実しか言ってないよ。」
「言い方の問題だ。」
「ふふっ。」
重かった天幕の空気が。
いつの間にか。
少しだけ軽くなっていた。
◇
リアルダは。
まだ不安そうだった。
「私たち。」
「本当に、お役に立てるでしょうか。」
「大丈夫ですわ。」
ドルチェが微笑む。
「コン・ブリオ君が。」
「必要だと思ったから呼んだのでしょう?」
そして。
コン・ブリオを見る。
「ねぇ。」
「コン・ブリオ君。」
「……。」
コン・ブリオが苦笑した。
「先輩には。」
「敵いませんね。」
「え?」
俺とリアルダの声が重なる。
「先輩?」
ドルチェは。
何も答えない。
ただ。
楽しそうに笑った。
「ウフフっ。」
◇
作戦会議が終わる。
士官たちは。
次々と持ち場へ散っていった。
俺も天幕を出ようとする。
その時。
「レッド。」
呼び止められた。
振り返る。
コン・ブリオが立っている。
「お願いがあるんだ。」
「……。」
またか。
俺はため息をついた。
「どうせ。」
「断らせてくれないんだろ。」
そう言って。
軽く胸を小突く。
コン・ブリオが。
少し照れたように笑った。
「ふふっ。」
その顔だけは。
士官学校の頃から。
何一つ変わっていなかった。
第103話『演説』
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