第102話『決定力』

第102話『決定力』


作戦室のある天幕へ入る。

外では。

広島西部方面軍第3軍団が、次々と配置についていた。

号令。

足音。

楽器の音。

その喧騒とは反対に。

天幕の中は、重かった。

作戦図を囲む士官たちが。

誰も笑っていない。

「厳島の大明神様は。」

一人の士官が口を開く。

「今回の会戦には、静観されるそうだ。」

別の士官が息を吐いた。

「……それなら安心だ。」

だが。

すぐに地図へ視線を戻す。

「問題は、こちらです。」

広島各地を示す駒。

「小規模勢力が、次々と合流しています。」

「土地神クラス。」

「Bランクも確認済み。」

「数も戦力も。」

一拍。

「向こうが上です。」

誰も答えなかった。

さらに。

「若い隊員の中には。」

「レギオンそのものが初陣という者もいます。」

「……。」

重い沈黙。

四百対。

五百以上。

数字だけ見ても。

楽な戦ではない。



「ふふっ。」

その空気の中。

聞き慣れた笑い声がした。

コン・ブリオが。

俺たちに気づいている。

「来たね。」

「ああ。」

その横で。

リアルダの足が止まった。

「……。」

小さく周囲を見る。

「レッド様。」

「どうした。」

「この天幕。」

声を潜める。

「ほとんど全員が、音術師様です……。」

自分の情報端末を抱きしめる。

「私なんかが、ここにいても……。」

ドルチェが微笑んだ。

「リアルダちゃん。」

「山陰では。」

「みんな一緒でしょう?」

「……はい。」

俺も肩をすくめた。

「俺たちは。」

「俺たちの仕事をすればいい。」

リアルダが少しだけ頷いた。



コン・ブリオが。

作戦図の前へ立つ。

「みんな。」

士官たちが顔を上げた。

「古代戦史。」

少し間を置く。

「三ページ目を思い出してください。」

空気が変わった。

「あの会戦ですか。」

「しかし。」

一人の士官が地図を見る。

「あれをやるには。」

言葉を選ぶ。

「最後に決める部隊が必要です。」

別の士官も頷く。

「今の我々には……。」

コン・ブリオが。

静かに笑った。

「いますよ。」

「え?」

「その決定力が。」

こちらを見る。

「今日。」

「来てくれました。」

天幕の視線が。

一斉に俺たちへ集まった。

「紹介します。」

コン・ブリオが続ける。

「山陰西部方面軍第1軍団。」

「第1トランペット遊撃隊。」

俺を見る。

「隊長、レッド君。」

「音響士、ドルチェ君。」

「情報士、リアルダ君。」

ざわっ。

天幕が揺れた。

「スカーレット様の……。」

「息子さんか。」

「ドルチェ殿もいるぞ。」

「あのドルチェ殿か。」

「それなら……。」

俺は頭を掻いた。

やめてくれ。

そういう視線は。

どうにも苦手だ。



コン・ブリオが。

作戦図へ駒を一つ置いた。

右翼。

「三人には。」

「本会戦中。」

「第4トランペット遊撃隊へ入ってもらいます。」

俺は地図を見る。

「隊長は。」

コン・ブリオが平然と言った。

「レッド君。」

「……俺?」

「うん。」

「何でだよ。」

「君しかいないから。」

「説明になってないぞ。」

「ふふっ。」

また誤魔化した。



コン・ブリオが。

今度は士官たちを見る。

「彼の部隊は。」

「四月の益田会戦へ参加。」

ざわめきが止まる。

「山陰遠征軍アラクネと交戦。」

「その後も。」

「Cランク。」

「Bランク。」

「Aランク土地神とも戦っています。」

俺は眉を寄せた。

嫌な予感がする。

「そして。」

来た。

「部隊の重傷者は。」

一拍。

「ゼロ。」

天幕がどよめいた。

「高ランク相手に……。」

「重傷者ゼロ?」

「そんなことが……。」

「この窮地で。」

「山陰の猛者と肩を並べられるとは。」

「スカーレット様のお導きか……。」

「おい。」

俺はコン・ブリオを見る。

「盛るな。」

「事実しか言ってないよ。」

「言い方の問題だ。」

「ふふっ。」

重かった天幕の空気が。

いつの間にか。

少しだけ軽くなっていた。



リアルダは。

まだ不安そうだった。

「私たち。」

「本当に、お役に立てるでしょうか。」

「大丈夫ですわ。」

ドルチェが微笑む。

「コン・ブリオ君が。」

「必要だと思ったから呼んだのでしょう?」

そして。

コン・ブリオを見る。

「ねぇ。」

「コン・ブリオ君。」

「……。」

コン・ブリオが苦笑した。

「先輩には。」

「敵いませんね。」

「え?」

俺とリアルダの声が重なる。

「先輩?」

ドルチェは。

何も答えない。

ただ。

楽しそうに笑った。

「ウフフっ。」



作戦会議が終わる。

士官たちは。

次々と持ち場へ散っていった。

俺も天幕を出ようとする。

その時。

「レッド。」

呼び止められた。

振り返る。

コン・ブリオが立っている。

「お願いがあるんだ。」

「……。」

またか。

俺はため息をついた。

「どうせ。」

「断らせてくれないんだろ。」

そう言って。

軽く胸を小突く。

コン・ブリオが。

少し照れたように笑った。

「ふふっ。」

その顔だけは。

士官学校の頃から。

何一つ変わっていなかった。


第103話『演説』
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2026年08月18日