第12話『最初のハーモニー』
第12話『最初のハーモニー』
リアルダは、自信満々に一歩前へ出た。
「まず。」
俺は笑いをこらえながら言う。
「『ム』。」
「ムーーー!」
「そのまま。」
十秒。
二十秒。
唇が、少し震え始める。
「よし。」
「次。」
「『イ』。」
「イーーーー!」
「維持。」
「『ウ』。」
「ウーーーー!」
「最後。」
「『ア』。」
「アーーーー!」
俺は小さく頷いた。
「うん。」
「ちゃんと出来てる。」
リアルダはぱっと表情を明るくした。
「レッド様のおかげです!」
「毎日欠かさず練習しました!」
「そうか。」
俺は少し気になって尋ねる。
「どうやって?」
「はい!」
リアルダは胸を張った。
「見てください!」
そして、真顔になる。
「ウイウイウイウイウイウイウイウイウイウイッ!」
ものすごい速さで、口だけが左右へ動いた。
演習場の時間が止まる。
アクセントが固まった。
「……え?」
スタッカートも口を開けたまま動かない。
「それ……。」
レガートは苦笑するしかなかった。
「初めて見る練習だね。」
ドルチェは口元へ手を当てる。
「まあ……なんて器用なのでしょう。」
グラヴィオーソが静かに言った。
「いや。」
「器用じゃなくて。」
「全部間違ってる。」
その一言で、俺は限界になりかけた。
「リアルダ。」
「はい!」
「それは連続でやる練習じゃない。」
「え?」
「『ム』なら『ム』だけ。」
「『イ』なら『イ』だけ。」
「一つずつ維持して、口輪筋を鍛える訓練だ。」
リアルダの笑顔が止まった。
「……。」
「ま、まさか。」
俺は肩を震わせながら尋ねる。
「その高速変顔を。」
「はい。」
「毎日。」
「はい。」
「真面目に。」
「はい!」
「三十分やってたのか?」
「はい!」
「寝る前に、鏡を見ながら!」
一瞬の沈黙。
そして。
「ぶっ!」
最初に吹き出したのはスタッカートだった。
「ダメだ!」
「もう無理!」
腹を抱えて笑い始める。
アクセントも膝に手をついた。
「三十分って!」
「根性ありすぎるでしょ!」
ブリランテは涙を浮かべながら笑う。
「リアルダさん!」
「真面目すぎます!」
ペザンテも肩を震わせていた。
口元が、ほんの少しだけ緩んでいる。
レガートは笑いながら目尻を拭いた。
「リアルダさんらしいなぁ。」
ドルチェは上品に笑う。
「ふふふ。」
「一生懸命だったのですね。」
グラヴィオーソも珍しく笑みを浮かべる。
「努力の方向だけは。」
「盛大に間違えたね。」
カンタービレ軍曹は小さくため息をついた。
「真面目すぎるのも、困ったものですわ。」
その声にも、どこか優しさがあった。
俺も、もう駄目だった。
「ぶははははははっ!」
腹を抱えて笑った。
涙が滲む。
苦しくなるくらい笑った。
笑いながら、自分でも少し驚いた。
こんなふうに笑ったのは、いつ以来だろう。
何とか息を整える。
リアルダは、少し頬を赤くしながらも、まだ真面目な顔をしていた。
「じゃあ。」
俺は笑いをこらえながら言う。
「今度は吹いてみよう。」
「はい!」
リアルダは勢いよくトランペットを構えた。
大きく息を吸う。
そして。
『ブフォォォォォッ!』
…………。
山陰の風だけが、静かに演習場を吹き抜ける。
「……あれ?」
リアルダは首を傾げた。
「おかしいですね。」
「毎日練習したのに。」
「そこじゃない!」
スタッカートが即座にツッコんだ。
「練習するとこ!」
「えぇぇ!?」
アクセントが笑い転げる。
「リアルダさん!」
「そこだけ毎日完璧だったんすか!」
ブリランテも涙を拭いながら笑う。
「リアルダさん!」
「ボク、お腹痛い!」
演習場は、再び笑い声に包まれた。
俺も笑いながら頷く。
「リアルダ。」
「はい。」
「続ければ、きっと上手くなる。」
「本当ですか!」
「ああ。」
俺は笑った。
「何とかなるさ。」
リアルダの表情が、ぱっと明るくなる。
「はい!」
その返事に、隊員たちも笑顔になった。
初夏の青空。
山陰の風。
まだ少し笑いの残る演習場。
アクセントは、思い出し笑いをこらえきれずに肩を震わせている。
スタッカートは、何度も「ウイウイ」を真似しては、また吹き出していた。
ブリランテは涙を拭きながら、リアルダの背中を優しく叩いている。
カンタービレ軍曹は呆れたように見守りながらも、その口元はわずかに緩んでいた。
ドルチェは楽しそうに微笑み、レガートは穏やかに笑っている。
グラヴィオーソはそっぽを向いていたが、肩が少しだけ揺れていた。
ペザンテは何も言わない。
ただ、ほんの少しだけ笑っていた。
誰かが笑う。
また誰かが笑う。
その笑い声が、青空へ溶けていく。
ここは北方戦線。
毎日、命を懸けて戦う最前線。
それでも。
この場所には、笑い合える仲間がいた。
俺も、小さく笑った。
山陰西部方面第一遊撃トランペット隊。
その日、この部隊は初めて、一つの音になった。
第13話『初出動』
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/posts/blog23.html
ウルセンジャー小説ガイド
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/contact1.html
