第12話『私の三十分』

第12話『私の三十分』


リアルダは得意そうに笑った。

「見てください!」

真顔になる。

そして。

「ウイウイウイウイウイウイウイウイウイウイッ!」

ものすごい速さで。

口元だけが忙しく動いた。

「……。」

演習場が止まった。

アクセントが固まる。

「……え?」

スタッカートも口を開けたまま動かない。

レガートが困ったように笑った。

「それ……。」

「何の練習?」

「口輪筋です!」

リアルダは自信満々だった。

グラヴィオーソが静かに言う。

「……違う。」

「え?」

俺は肩を震わせながら尋ねた。

「リアルダ。」

「はい!」

「それ。」

「三十分やったのか?」

「はい!」

「山陰支部から、ここまで?」

「はい!」

満面の笑み。

「……。」

駄目だ。

「ぶっ!」

最初に吹き出したのはスタッカートだった。

「無理!」

腹を抱える。

アクセントも膝へ手をついた。

「三十分!」

「ずっと!?」

ブリランテは涙を浮かべている。

「リアルダさん!」

「真面目すぎますよー!」

ドルチェは口元へ手を添えた。

「ふふっ。」

「とても熱心だったのですね。」

グラヴィオーソも口元を緩める。

「……全力で間違ってる。」

カンタービレ軍曹が小さくため息をついた。

「融通が利かないにも程がありますわ。」

「えぇぇ!?」

リアルダが俺を見る。

「違うんですか!?」

「違う。」

もう笑いを堪えられない。

「『ム』なら『ム』。」

「『イ』なら『イ』。」

「一つずつ維持するんだ。」

リアルダの笑顔が止まった。

「……。」

「じゃあ。」

「ウイウイウイウイは?」

「やらない。」

「一回も?」

「一回も。」

「……。」

リアルダは天を仰いだ。

「私の三十分……。」

また笑いが起きた。

「まあ。」

俺も笑いながら言う。

「さっきの基本は、ちゃんと出来てた。」

「無駄じゃないよ。」

リアルダが、ぱっと顔を上げる。

「本当ですか!」

「ああ。」

「よし!」

すぐ元気になった。

「じゃあ。」

俺はトランペットを指差した。

「今度は吹いてみよう。」

「はい!」

リアルダは勢いよく楽器を構える。

全員が見守る。

アクセントが小声で呟いた。

「本当に吹くんだ……。」

「吹きますよ!」

リアルダが大きく息を吸う。

そして。

『ブフォォォォォッ!』

「……。」

山から風が吹いた。

誰も動かない。

リアルダが首を傾げる。

「……あれ?」

スタッカートが目を丸くした。

「……本当に音が出た。」

「出るって言ったじゃないですか!」

アクセントが口元を押さえる。

「いや。」

「確かに出たけど……。」

「出ましたよ!」

ブリランテが目を輝かせる。

「本当に吹けたですよー!」

「だから吹けるんです!」

グラヴィオーソが静かに呟いた。

「……音は。」

一拍置く。

「出た。」

「なんですか、その言い方!」

堪えきれず。

また笑いが起きた。

ドルチェも口元へ手を添える。

「ふふっ。」

「これからですわね。」

「はい!」

リアルダは頬を膨らませながら。

それでも、大事そうにトランペットを抱えている。

「レッド様。」

「ん?」

「私。」

「上手くなりますか?」

俺は少しだけ笑った。

「ああ。」

「何とかなるさ。」

リアルダの頬が、少しだけ緩んだ。

「はい!」

初夏の青空の下。

誰かが笑う。

また。

誰かが笑う。

その笑い声が。

演習場いっぱいへ重なっていった。


第13話『初出動』
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2026年07月04日