第119話『逃げ場所』

第119話『逃げ場所』


「隊長は。」

ドルチェが。

静かに尋ねた。

「どうして。」

「山陰へいらしたんですの?」

「……。」

俺は。

グラスへ目を落とした。

あの。

初めてリアルダと。

会った日。

俺は。

こんなことを思った。

リアルダは。

未来を見ている。

対して。

俺は――。



「逃げたんだ。」

リアルダが。

瞬きをした。

「逃げた……?」

「ああ。」

カラン。

氷が。

小さく鳴る。

「母さんの葬式が終わって。」

「すぐ。」

「北方へ志願した。」

「……。」

少しだけ。

言葉を探す。

「あの時は。」

「うまく説明できなかったけど。」

一拍。

「母さんが。」

「もう来ないってことを。」

「考えたくなかったんだと思う。」

誰も。

口を挟まない。

「だから。」

「母さんとの。」

「想い出がないところへ。」

「逃げた。」



リアルダが。

静かに聞く。

「スカーレット様が。」

「嫌だったのですか?」

「違う。」

すぐに。

答えた。

「俺にとって。」

「母さんは。」

一拍。

「英雄じゃなかった。」

「ただの。」

「母さんだった。」

それだけは。

昔から。

変わらない。



しばらくして。

タケハラが。

口を開いた。

「隊長。」

「ん?」

「スカーレット様には。」

「広島も。」

「何度も助けていただきました。」

「……そうなのか。」

「はい。」

タケハラの表情が。

少しだけ。

遠くなる。

「高ランクの怪人に。」

「味方が押し込まれた時。」

「救援に来てくださって。」

一拍。

「悪のみなさんを前に。」

「『みなさん、お元気ですね。ウフフっ♪』って。」

俺は。

思わず笑った。

「母さんらしいな。」

「それで。」

タケハラが続ける。

「覚悟を決めて。」

「挑んでくる怪人には。」

「『その覚悟、潔し』って。」

「微笑まれて……。」

一拍。

「そこからは。」

「もう。」

「圧倒的でした。」

「……。」

俺は。

小さく息を吐いた。

「やっぱり。」

「母さんらしい。」



「ふふっ。」

コン・ブリオも。

笑った。

「僕も。」

「助けられたよ。」

一拍。

「めが――」

ぴたり。

口が止まる。

「……スカーレット様に。」

「?」

俺が見る。

コン・ブリオは。

何事もなかったように。

グラスへ口をつけた。

ドルチェが。

口元を押さえる。

「ウフフっ。」

何なんだ。



タケハラが。

俺を見る。

「私たちにとって。」

「スカーレット様は。」

「本当に。」

「すごい方でした。」

「でも。」

少しだけ。

笑う。

「隊長は。」

「隊長ですよね。」

「……。」

「当たり前だろ。」

「ですよね♪」

それだけだった。

でも。

妙に。

胸に残った。



リアルダが。

静かに尋ねる。

「レッド様。」

「山陰へ来たことを。」

「後悔していますか?」

「……。」

今度は。

ほとんど。

考えなかった。

「いや。」

「来て。」

一拍。

「良かったと思ってる。」

リアルダが。

ほんの少し。

笑った。

「そうですか。」

「ああ。」

それ以上。

言葉はいらなかった。



「ふふっ。」

コン・ブリオが。

小さく笑う。

「何だよ。」

「いや。」

「逃げたって。」

「言ってるのにね。」

「?」

「何でもないよ。」

また。

こいつだけ。

勝手に納得している。



ドルチェが。

静かに。

グラスを置いた。

「ウフフっ。」

「今夜は。」

「いろいろなお話を。」

「聞けましたわね。」

「俺は。」

「聞かれたから。」

「答えただけだ。」

「それで。」

「十分ですわ♪」

俺は。

残っていたCALPISを。

一口飲んだ。

母さんが。

もう来ないことは。

変わらない。

でも。

それを。

口にしても。

さっきより。

少しだけ。

苦しくなかった。


第120話『成り行き』
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/posts/blog204.html

ウルセンジャー小説ガイド
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/contact1.html

2026年08月18日