第119話『逃げ場所』
第119話『逃げ場所』
「隊長は。」
ドルチェが。
静かに尋ねた。
「どうして。」
「山陰へいらしたんですの?」
「……。」
俺は。
グラスへ目を落とした。
あの。
初めてリアルダと。
会った日。
俺は。
こんなことを思った。
リアルダは。
未来を見ている。
対して。
俺は――。
◇
「逃げたんだ。」
リアルダが。
瞬きをした。
「逃げた……?」
「ああ。」
カラン。
氷が。
小さく鳴る。
「母さんの葬式が終わって。」
「すぐ。」
「北方へ志願した。」
「……。」
少しだけ。
言葉を探す。
「あの時は。」
「うまく説明できなかったけど。」
一拍。
「母さんが。」
「もう来ないってことを。」
「考えたくなかったんだと思う。」
誰も。
口を挟まない。
「だから。」
「母さんとの。」
「想い出がないところへ。」
「逃げた。」
◇
リアルダが。
静かに聞く。
「スカーレット様が。」
「嫌だったのですか?」
「違う。」
すぐに。
答えた。
「俺にとって。」
「母さんは。」
一拍。
「英雄じゃなかった。」
「ただの。」
「母さんだった。」
それだけは。
昔から。
変わらない。
◇
しばらくして。
タケハラが。
口を開いた。
「隊長。」
「ん?」
「スカーレット様には。」
「広島も。」
「何度も助けていただきました。」
「……そうなのか。」
「はい。」
タケハラの表情が。
少しだけ。
遠くなる。
「高ランクの怪人に。」
「味方が押し込まれた時。」
「救援に来てくださって。」
一拍。
「悪のみなさんを前に。」
「『みなさん、お元気ですね。ウフフっ♪』って。」
俺は。
思わず笑った。
「母さんらしいな。」
「それで。」
タケハラが続ける。
「覚悟を決めて。」
「挑んでくる怪人には。」
「『その覚悟、潔し』って。」
「微笑まれて……。」
一拍。
「そこからは。」
「もう。」
「圧倒的でした。」
「……。」
俺は。
小さく息を吐いた。
「やっぱり。」
「母さんらしい。」
◇
「ふふっ。」
コン・ブリオも。
笑った。
「僕も。」
「助けられたよ。」
一拍。
「めが――」
ぴたり。
口が止まる。
「……スカーレット様に。」
「?」
俺が見る。
コン・ブリオは。
何事もなかったように。
グラスへ口をつけた。
ドルチェが。
口元を押さえる。
「ウフフっ。」
何なんだ。
◇
タケハラが。
俺を見る。
「私たちにとって。」
「スカーレット様は。」
「本当に。」
「すごい方でした。」
「でも。」
少しだけ。
笑う。
「隊長は。」
「隊長ですよね。」
「……。」
「当たり前だろ。」
「ですよね♪」
それだけだった。
でも。
妙に。
胸に残った。
◇
リアルダが。
静かに尋ねる。
「レッド様。」
「山陰へ来たことを。」
「後悔していますか?」
「……。」
今度は。
ほとんど。
考えなかった。
「いや。」
「来て。」
一拍。
「良かったと思ってる。」
リアルダが。
ほんの少し。
笑った。
「そうですか。」
「ああ。」
それ以上。
言葉はいらなかった。
◇
「ふふっ。」
コン・ブリオが。
小さく笑う。
「何だよ。」
「いや。」
「逃げたって。」
「言ってるのにね。」
「?」
「何でもないよ。」
また。
こいつだけ。
勝手に納得している。
◇
ドルチェが。
静かに。
グラスを置いた。
「ウフフっ。」
「今夜は。」
「いろいろなお話を。」
「聞けましたわね。」
「俺は。」
「聞かれたから。」
「答えただけだ。」
「それで。」
「十分ですわ♪」
俺は。
残っていたCALPISを。
一口飲んだ。
母さんが。
もう来ないことは。
変わらない。
でも。
それを。
口にしても。
さっきより。
少しだけ。
苦しくなかった。
第120話『成り行き』
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