第104話『悪のみなさん連合』
第104話『悪のみなさん連合』
一方。
悪のみなさん連合の天幕では。
会戦が始まる前から。
怒号が飛び交っていた。
「先陣は、うちら山の衆じゃ!」
山ンバが杖を床へ突く。
「この暑さで山童を走らせる気か。」
河太郎は陣図から目を上げない。
「水を飲ませりゃ済む話じゃろうが!」
「飲ませすぎれば腹を壊す。」
「山の子は、そがぁに軟弱じゃないわ!」
天幕の隅。
小さな山童が。
水筒を抱えている。
その前で。
河童兵が蓋を開けた。
「三口ずつじゃ。」
「好きなだけ飲ませぇ!」
「三口ずつじゃ。」
「なんじゃと!」
まだ戦は。
始まっていない。
◇
別の隅では。
老婆妖と山犬の妖が。
一枚の紙を取り合っていた。
「宿題は机の上へ出しておくべきじゃ。」
「見えたら、やる気になってしまうぞ。」
「それがええんじゃろうが。」
「八月三十一日にやればよい。」
横から。
木霊が口を挟む。
「読書感想文だけ。」
「先に隠しときゃええ。」
「それじゃ。」
三人が頷く。
そのすぐ横。
影踏みの膝を枕に。
子どもが眠っていた。
枕元には。
開かれていない夏休みの宿題。
◇
「宿題を先延ばしにする心は。」
河太郎が陣図へ駒を置く。
「小さな綻びじゃ。」
山ンバが鼻を鳴らす。
「その綻びを。」
「少しずつ大きゅうしていく。」
瀬戸坊が静かに続ける。
「人が。」
「先のことを考えなくなれば。」
「山を削る者も。」
「川を塞ぐ者も。」
少しだけ目を細める。
「海を汚す者も。」
「いつかは減るかもしれんな。」
天幕の奥。
紫の炎が揺れた。
ヒノエウマの使いが。
静かに口を開く。
「忘れられた願いも。」
「もう一度。」
「人のそばへ戻れるかもしれません。」
誰も笑わなかった。
全員。
大真面目だった。
◇
塩吹き爺が。
髭を撫でる。
「じゃが。」
「人間全部が敵というわけでもなかろう。」
「今でも。」
「山へ供え物を持ってくる者がおる。」
瀬戸坊が頷く。
「海へ祈る者も。」
河太郎も。
小さく笑う。
「川へ手を合わせる者もな。」
山ンバが杖を肩へ担いだ。
「じゃけぇ。」
「子どもらから教え直すんじゃ。」
「宿題をせんことからか。」
「何事も。」
「最初の一歩が肝心じゃ!」
「方向が間違うとらんか?」
誰かが呟いた。
聞こえないふりをした。
◇
今度は。
天幕の中央で揉め始めた。
「正面は火馬と鬼火坊主じゃ!」
「燃やしすぎる。」
「なら流れ女を出せ!」
「濡らしすぎる。」
「水神の子は!」
「子どもらの水筒を満たしに行っとる。」
「またか!」
「大ダコは、どこへ置く。」
「後ろじゃ。」
「なんでじゃ!」
「子どもらが怖がる。」
天幕の外。
大ダコが。
八本の足を小さく縮めていた。
「……。」
どうやら。
聞こえているらしい。
◇
「確認するが。」
誰かが声を落とす。
「上級。」
「特級は、おらんのじゃな。」
「広島東部へ出とる。」
「間違いない。」
山ンバが胸を張る。
「たとえおったとしても。」
「返り討ちじゃけぇ!」
河太郎が。
ちらりと見る。
「この前。」
「辛酸を舐めさせられたばかりじゃろ。」
「……。」
一瞬。
静かになる。
「……そうじゃった。」
すぐに。
また騒がしくなった。
◇
その全部を。
三鬼大王は。
黙って聞いていた。
煙管を置く。
陣図の中央へ。
四つの駒を並べた。
「第一軍団。」
「右翼。」
河太郎が頷く。
「第二軍団。」
「左翼。」
山ンバが口を閉じた。
「第三軍団。」
「中央。」
瀬戸坊が陣図を見る。
「第四軍団。」
「後方じゃ。」
ヒノエウマの使いを囲む炎が。
静かに揺れた。
三鬼大王は。
全員を見る。
「各軍団のことは。」
「軍団長に任せる。」
「ほかの衆は。」
「自分の持ち場を守りんさい。」
「陣が崩れた時は。」
少し間を置く。
「自分らの目で見て。」
「自分らで動きゃええ。」
山ンバが腕を組む。
「先陣は?」
「争わんでええ。」
「……。」
三鬼大王は。
穏やかに続けた。
「生きて帰る者が。」
「一番手柄を立てた者じゃ。」
今度は。
誰も言い返さなかった。
◇
天幕の入口から。
影踏みが顔を出す。
「大王様。」
「防衛隊の陣が整ったようです。」
「そうか。」
三鬼大王が立ち上がった。
山ンバ。
河太郎。
瀬戸坊。
ヒノエウマの使い。
四人を連れ。
天幕の外へ出る。
◇
外は。
まだ騒がしかった。
先陣を争う者。
子どもを背負って走る者。
武器を探す者。
弁当を配る者。
泣く子をあやす者。
三鬼大王が姿を見せる。
誰も。
「静かにせぇ」とは言わない。
それでも。
一人。
また一人。
口を閉じた。
やがて。
広い公園から。
音が消えた。
◇
三鬼大王は。
集まった大軍勢を見渡した。
「わしらは。」
「忘れられた。」
山ンバが目を閉じる。
「山も。」
河太郎が杖を握る。
「川も。」
瀬戸坊が遠くを見る。
「海も。」
ヒノエウマの使いを囲む炎が。
ゆらりと揺れる。
「人の願いも。」
三鬼大王は。
防衛隊の陣へ目を向けた。
「じゃが。」
「童らまで。」
「忘れさせるわけにゃいかん。」
誰も動かない。
「今日は。」
一拍。
「喧嘩しに来たんじゃなか。」
ゆっくり。
笑った。
「童らを。」
「守りに来たんじゃ。」
そして。
声を張る。
「故郷を護るで。」
次の瞬間。
『おおおおおおおお――っ!!』
悪のみなさん連合の咆哮が。
夏空を揺らした。
敵なのに。
その声だけは。
誰かを守ろうとする者の声だった。
第105話『譲れないもの』
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