第104話『悪のみなさん連合』

第104話『悪のみなさん連合』


一方。

悪のみなさん連合の天幕では。

会戦が始まる前から。

怒号が飛び交っていた。

「先陣は、うちら山の衆じゃ!」

山ンバが杖を床へ突く。

「この暑さで山童を走らせる気か。」

河太郎は陣図から目を上げない。

「水を飲ませりゃ済む話じゃろうが!」

「飲ませすぎれば腹を壊す。」

「山の子は、そがぁに軟弱じゃないわ!」

天幕の隅。

小さな山童が。

水筒を抱えている。

その前で。

河童兵が蓋を開けた。

「三口ずつじゃ。」

「好きなだけ飲ませぇ!」

「三口ずつじゃ。」

「なんじゃと!」

まだ戦は。

始まっていない。



別の隅では。

老婆妖と山犬の妖が。

一枚の紙を取り合っていた。

「宿題は机の上へ出しておくべきじゃ。」

「見えたら、やる気になってしまうぞ。」

「それがええんじゃろうが。」

「八月三十一日にやればよい。」

横から。

木霊が口を挟む。

「読書感想文だけ。」

「先に隠しときゃええ。」

「それじゃ。」

三人が頷く。

そのすぐ横。

影踏みの膝を枕に。

子どもが眠っていた。

枕元には。

開かれていない夏休みの宿題。



「宿題を先延ばしにする心は。」

河太郎が陣図へ駒を置く。

「小さな綻びじゃ。」

山ンバが鼻を鳴らす。

「その綻びを。」

「少しずつ大きゅうしていく。」

瀬戸坊が静かに続ける。

「人が。」

「先のことを考えなくなれば。」

「山を削る者も。」

「川を塞ぐ者も。」

少しだけ目を細める。

「海を汚す者も。」

「いつかは減るかもしれんな。」

天幕の奥。

紫の炎が揺れた。

ヒノエウマの使いが。

静かに口を開く。

「忘れられた願いも。」

「もう一度。」

「人のそばへ戻れるかもしれません。」

誰も笑わなかった。

全員。

大真面目だった。



塩吹き爺が。

髭を撫でる。

「じゃが。」

「人間全部が敵というわけでもなかろう。」

「今でも。」

「山へ供え物を持ってくる者がおる。」

瀬戸坊が頷く。

「海へ祈る者も。」

河太郎も。

小さく笑う。

「川へ手を合わせる者もな。」

山ンバが杖を肩へ担いだ。

「じゃけぇ。」

「子どもらから教え直すんじゃ。」

「宿題をせんことからか。」

「何事も。」

「最初の一歩が肝心じゃ!」

「方向が間違うとらんか?」

誰かが呟いた。

聞こえないふりをした。



今度は。

天幕の中央で揉め始めた。

「正面は火馬と鬼火坊主じゃ!」

「燃やしすぎる。」

「なら流れ女を出せ!」

「濡らしすぎる。」

「水神の子は!」

「子どもらの水筒を満たしに行っとる。」

「またか!」

「大ダコは、どこへ置く。」

「後ろじゃ。」

「なんでじゃ!」

「子どもらが怖がる。」

天幕の外。

大ダコが。

八本の足を小さく縮めていた。

「……。」

どうやら。

聞こえているらしい。



「確認するが。」

誰かが声を落とす。

「上級。」

「特級は、おらんのじゃな。」

「広島東部へ出とる。」

「間違いない。」

山ンバが胸を張る。

「たとえおったとしても。」

「返り討ちじゃけぇ!」

河太郎が。

ちらりと見る。

「この前。」

「辛酸を舐めさせられたばかりじゃろ。」

「……。」

一瞬。

静かになる。

「……そうじゃった。」

すぐに。

また騒がしくなった。



その全部を。

三鬼大王は。

黙って聞いていた。

煙管を置く。

陣図の中央へ。

四つの駒を並べた。

「第一軍団。」

「右翼。」

河太郎が頷く。

「第二軍団。」

「左翼。」

山ンバが口を閉じた。

「第三軍団。」

「中央。」

瀬戸坊が陣図を見る。

「第四軍団。」

「後方じゃ。」

ヒノエウマの使いを囲む炎が。

静かに揺れた。

三鬼大王は。

全員を見る。

「各軍団のことは。」

「軍団長に任せる。」

「ほかの衆は。」

「自分の持ち場を守りんさい。」

「陣が崩れた時は。」

少し間を置く。

「自分らの目で見て。」

「自分らで動きゃええ。」

山ンバが腕を組む。

「先陣は?」

「争わんでええ。」

「……。」

三鬼大王は。

穏やかに続けた。

「生きて帰る者が。」

「一番手柄を立てた者じゃ。」

今度は。

誰も言い返さなかった。



天幕の入口から。

影踏みが顔を出す。

「大王様。」

「防衛隊の陣が整ったようです。」

「そうか。」

三鬼大王が立ち上がった。

山ンバ。

河太郎。

瀬戸坊。

ヒノエウマの使い。

四人を連れ。

天幕の外へ出る。



外は。

まだ騒がしかった。

先陣を争う者。

子どもを背負って走る者。

武器を探す者。

弁当を配る者。

泣く子をあやす者。

三鬼大王が姿を見せる。

誰も。

「静かにせぇ」とは言わない。

それでも。

一人。

また一人。

口を閉じた。

やがて。

広い公園から。

音が消えた。



三鬼大王は。

集まった大軍勢を見渡した。

「わしらは。」

「忘れられた。」

山ンバが目を閉じる。

「山も。」

河太郎が杖を握る。

「川も。」

瀬戸坊が遠くを見る。

「海も。」

ヒノエウマの使いを囲む炎が。

ゆらりと揺れる。

「人の願いも。」

三鬼大王は。

防衛隊の陣へ目を向けた。

「じゃが。」

「童らまで。」

「忘れさせるわけにゃいかん。」

誰も動かない。

「今日は。」

一拍。

「喧嘩しに来たんじゃなか。」

ゆっくり。

笑った。

「童らを。」

「守りに来たんじゃ。」

そして。

声を張る。

「故郷を護るで。」

次の瞬間。

『おおおおおおおお――っ!!』

悪のみなさん連合の咆哮が。

夏空を揺らした。

敵なのに。

その声だけは。

誰かを守ろうとする者の声だった。


第105話『譲れないもの』
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2026年08月18日