第93話『守る者』

第93話『守る者』


「座れ。」

「少し話そうかの。」

俺は静かに腰を下ろした。

グラン閣下も隣へ座る。

リアルダは少し離れた場所で待機した。

初夏の風が中庭を吹き抜ける。

木々の葉が揺れ、遠くでは音響士たちのロングトーンが続いていた。

しばらく、誰も話さない。

やがてグラン閣下が口を開いた。

「レッド。」

「はい。」

「支部長がおぬしを推薦した。」

「それだけで十分じゃ。」

俺は静かに首を振る。

「……自信がありません。」

「卒業して、まだ三か月です。」

「そんな俺が中級なんて……。」

グラン閣下は腕を組んだ。

「うーむ……。」

珍しく困ったような顔をする。

何か言おうとしている。

けれど、言葉が見つからない。

しばらく考え込むと、照れくさそうに頭をかいた。

「……わしもの。」

「若い頃は、いろいろあった。」

そこまで言って、口を閉じる。

「……。」

「……やっぱり、やめじゃ。」

思わず笑ってしまった。

「気になりますよ。」

「気にせんでええ。」

グラン閣下も笑う。

それだけで、胸のつかえが少し軽くなった。

俺は背中のチューバへ目を向ける。

朝日に照らされた大きなベルが、静かに輝いていた。

「一つ、お聞きしてもよろしいですか。」

「何じゃ。」

「閣下ほどのお力なら。」

「どうして昇級されないのですか。」

リアルダも静かに頷く。

「私も以前から、不思議に思っていました。」

その瞬間だった。

グラン閣下の表情がぴたりと止まる。

中庭を風が吹き抜ける。

そして――

ボォォォォンッ!!

チューバの重低音が山陰支部を震わせた。

「うわっ!」

「きゃあっ!」

俺とリアルダは風圧で吹き飛ばされ、そのまま芝生へ転がる。

帽子が転がり、リアルダが慌てて拾い上げた。

顔を上げると、グラン閣下が仁王立ちになっている。

「誰が山陰を守るんじゃ!」

「わしまで本部へ行ったら!」

「この山陰は、誰が守る!」

中庭へ重低音が響き渡る。

やがて静寂が戻った。

俺は土を払いながら立ち上がる。

リアルダも帽子をかぶり直し、姿勢を正した。

「……申し訳ありませんでした。」

グラン閣下は鼻を鳴らす。

「分かればええ。」

それだけ言うと、背を向けて歩き出した。

小さな背中だった。

けれど、その背中は誰よりも大きく見えた。

俺は推薦状へ目を落とす。

支部長。

リアルダ。

そして、グラン閣下。

三人とも、答えは教えてくれなかった。

それぞれのやり方で、俺に考えさせてくれた。

俺は推薦状を静かに握りしめる。

迷いは、まだ消えない。

それでも。

自分の答えからだけは、逃げたくなかった。


第94話『隊長の決断』
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2026年07月20日