第47話『仲間』
第47話『仲間』
「坊主。」
低く響く声に、俺はゆっくり振り返った。
そこには、ビール瓶を片手にしたグラーヴェ軍曹が立っていた。
クラリネットケースを脇へ置き、傷だらけの軍服のまま俺を見つめている。
昼間の泥が、まだ袖口に残っていた。
「……飲める口か。」
「いえ。」
俺は烏龍茶のジョッキを持ち上げる。
「烏龍茶専門です。」
軍曹は小さく鼻を鳴らした。
「そうか。」
それだけ言うと、しばらく黙り込む。
店内では相変わらず笑い声が響いている。
だが、この席だけは不思議と静かだった。
やがて軍曹は照れ臭そうに頭を掻く。
「……昼間は。」
「言い過ぎた。」
俺は思わず顔を上げる。
軍曹は俺を真っ直ぐ見たまま続けた。
「悪かった。」
一瞬、時間が止まったような気がした。
あのグラーヴェ軍曹が。
誰にも頭を下げそうにない男が。
俺に謝っている。
軍曹はぶっきらぼうな口調のまま言葉を続けた。
「初陣だったな。」
「……はい。」
「それでも最後まで前線から逃げなかった。」
「あれだけ弾幕が飛び交う中で、遊撃隊をまとめ続けた。」
「立派だった。」
胸の奥が熱くなる。
軍曹は少しだけ笑った。
「だから訂正しておく。」
「お前はガキじゃねぇ。」
「……立派な戦士だった。」
その一言が、胸の奥深くへ真っ直ぐ届いた。
俺は、何も言えなかった。
士官学校へ入ってから今日まで。
「スカーレットの息子。」
「フォルテ司令官の弟子。」
そんな言葉ばかり聞いてきた。
だけど今。
目の前の男は。
今日、俺が戦った姿だけを見てくれていた。
俺自身を。
認めてくれた。
「……ありがとうございます。」
それだけ言うのが精一杯だった。
軍曹は照れ隠しのように鼻を鳴らす。
「礼なんざ要らん。」
「次も生き残れ。」
「話はそれからだ。」
「はい!」
今度は胸を張って返事ができた。
その様子を見ていたマエストロが、いつの間にかジョッキを片手に隣へやって来る。
「だから言ったろ。」
軍曹の肩を軽く叩きながら笑う。
「こいつは口が悪いだけなんだ。」
「中身は昔から変わらん。」
「余計なことを言うな!」
軍曹が顔を赤くして怒鳴る。
「照れてる照れてる!」
「うるさい!」
店中から笑い声が上がる。
リアルダまで肩を震わせながら笑っていた。
その笑いにつられるように、周囲の席から音響団のおじさんたちが集まってくる。
「レッド!」
「今日の一発、見事だったぞ!」
「アラクネを吹き飛ばした時は痺れた!」
「今度は一緒に演奏しよう!」
「また山陰へ来い!」
次々と肩を叩かれる。
握手を求められる。
誰も。
母・スカーレットの話をしない。
誰も。
フォルテ司令官の武勇伝を語らない。
話題になるのは、今日の会戦だけだった。
俺が撃った音響弾。
俺が率いた遊撃隊。
俺が仲間と守り抜いた益田の町。
今日ここで吹いた。
俺自身の話をしてくれる。
それだけで十分だった。
胸の奥にあった重たい何かが、少しだけ軽くなった気がした。
マエストロがニヤリと笑う。
「レッド君。」
「今日から君も。」
ジョッキを軽く掲げる。
「北方戦線の仲間だ。」
俺も烏龍茶のジョッキを持ち上げた。
「……はい。」
その返事は。
この山陰へ来てから、一番自然な「はい」だった。
第48話『帰る場所』
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