第44話『山牛』
第44話『山牛』
夕暮れに染まる山陰の街。
昼間、**大編成会戦(シンフォニック・レギオン)**の舞台となった益田小学校から少し離れた駅前。
古びた暖簾を掲げた焼肉店『山牛』は、今夜だけは異様な熱気に包まれていた。
店内には、ジュウジュウと肉の焼ける音。
立ち上る白い煙。
ジョッキがぶつかる乾いた音。
そして、天井を揺らすほどの笑い声。
まるで昼間の死闘が、遠い昔の出来事だったかのようだ。
……いや。
一人ひとりを見れば、それが幻想だとすぐに分かる。
腕を三角巾で吊った隊員。
額へ包帯を巻いた音術師。
絆創膏だらけの音響団のおじさん。
足を引きずりながら七輪を運ぶ衛生班の女性。
誰もが傷だらけだった。
それでも笑っている。
生きて、この場所へ帰って来られたから。
それだけで十分だった。
「隊長様!」
元気いっぱいの声が飛ぶ。
ブリランテだった。
頬には大きな絆創膏。
それでも目だけは、いつも以上に輝いている。
「隊長様!」
「今日はダブルタンギングじゃなくて、ダブルカルビで勝負です!」
「何その勝負。」
俺が笑うと、
ブリランテは胸を張った。
「焼く係はボクに任せてください!」
そう言うや否や、見事な箸さばきでカルビを網へ並べ始める。
肉を返すタイミングまで絶妙だった。
「焦がしたら減点ですよ。」
静かな声が聞こえる。
ペザンテだった。
網をじっと見つめながら、落ち着いた口調で言う。
「肉も音も。」
「待つことが大事です。」
「うわぁ……。」
アクセントが苦笑する。
「焼肉まで理論派だ。」
「理論じゃありません。」
ペザンテは真顔だった。
「経験です。」
その一言に、一同が吹き出した。
アクセントは豪快に笑いながらジョッキを掲げる。
「隊長!」
「今日は焼肉ですよ!」
「戦場じゃありません!」
「難しいこと考えるのは禁止です!」
「そうそう!」
スタッカートも烏龍茶を掲げる。
「今日は肉!」
「明日は筋肉!」
「……意味分からない。」
「分からなくても勢いっス!」
「それ、お前いつも言ってるだろ。」
「あははっ!」
遊撃隊の笑い声がテーブルいっぱいへ広がる。
俺も思わず笑ってしまった。
烏龍茶を一口飲む。
「……っ。」
やっぱり痛い。
裂けた唇へ熱い烏龍茶がしみる。
昼間、夢中で吹き続けた代償だった。
「隊長様。」
ブリランテが心配そうに顔を覗き込む。
「やっぱり痛いですか?」
「ああ。」
正直に答える。
ブリランテは少しだけ安心したように笑った。
「でも。」
「その顔を見ると安心します。」
「え?」
「隊長様、生きてる顔です。」
その一言に、胸が少しだけ熱くなった。
ブリランテは照れくさそうに笑う。
「戦場じゃ、隊長様の背中しか見えませんでした。」
「だから。」
「こうして笑ってる顔を見ると安心します。」
昼間。
俺たちは皆、前だけを見ていた。
誰も仲間の表情なんて見ている余裕はなかった。
だからこそ。
今こうして笑い合えることが、何より嬉しかった。
俺は小さく笑う。
「ありがとう。」
ブリランテも満面の笑みで頷いた。
「はい!」
「隊長様は、笑ってる方が隊長様らしいです!」
その言葉に、アクセントが大きく頷く。
「その通りです!」
「隊長は笑ってる方が似合います!」
「何とかなるさ、って言ってる時の顔が一番隊長らしいです!」
スタッカートも肩をすくめる。
「隊長が笑ってると、不思議と何とかなる気がするんスよ。」
ペザンテも静かに頷いた。
「……同感です。」
俺は少し照れくさくなりながら頭を掻いた。
「そんな大した隊長じゃないよ。」
「いや。」
アクセントが笑う。
「だからこそ、いい隊長なんです!」
遊撃隊の笑い声が、焼肉の煙と一緒に店いっぱいへ広がっていく。
その温かな空気を包み込むように、七輪の炭が赤く揺れていた。
第45話『知らない方がいい音』
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