第31話『天幕』(後編)
第31話『天幕』(後編)
マエストロだけが少し口元を緩めた。
「レッド君。」
「その答えなら。」
一拍置く。
「士官学校は卒業できる。」
俺は少しだけ安心しかけた。
だが。
「この運動会からは卒業できないぞ。」
胸を撃ち抜かれた。
マエストロは校庭を指差す。
「あそこにいる子ども達は。」
「上級使いが来るまで待ってくれない。」
「今日逃がした敵は。」
「明日には浜田へ行く。」
「明後日は松江へ行く。」
「また別の学校へ行く。」
静かな声だった。
だけど重かった。
「教科書は正しい。」
「勝てない戦いはするな。」
「俺もそう思う。」
そして。
軍帽をかぶり直す。
「でも北方戦線は違う。」
俺を見る。
「俺達は。」
「負ける戦いはしない。」
一拍置く。
「戦わない戦いもしない。」
その言葉が胸へ残った。
リアルダが静かに頷く。
「レッド様。」
「今ここにいる私達が、この街を守ります。」
グラーヴェ軍曹も短く言った。
「そのための軍団だ。」
その時だった。
運動場から集結ラッパが鳴り響く。
軽装歩兵隊が最前列へ展開を始める。
重奏歩兵隊が中央戦列を形成する。
重奏予備兵隊が後方で待機する。
重奏防壁兵隊が最後尾で音響防壁の展開準備に入る。
左右では、俺たち第一トランペット遊撃隊をはじめとする機動遊撃隊が持ち場へ散っていく。
さらにその後方。
一団だけ、動かない部隊があった。
第一混成サックス遊撃隊。
ソプラノ。
アルト。
テナー。
バリトン。
四種類のサックス使いたちが、一列に並び、静かに戦況を見つめている。
その先頭に、ジョコーソが立っていた。
「戦線に穴が空いたら、私たちが埋める。」
マエストロが頷く。
「混成遊撃隊は軍団最後の切り札だ。」
高音域が崩れればソプラノが走る。
中音域が崩れればアルトやテナーが走る。
低音域が崩れればバリトンが走る。
戦線の穴を埋めるためだけに編成された、軍団最後の予備戦力だった。
約二百名の音術師たちが、一つの巨大な楽器となるように持ち場へ散っていく。
散兵。
主力。
予備。
防壁。
機動遊撃。
混成遊撃。
どれか一つでも欠ければ、この軍団は機能しない。
益田小学校の運動場に、
国立音響防衛隊山陰支部標準会戦陣形――
『大編成会戦(シンフォニック・レギオン)』
が、静かに完成していく。
張り詰めた空気。
誰一人として無駄な動きはない。
風だけが、赤白の万国旗を揺らしていた。
その時だった。
「レッド君。」
振り返る。
マエストロが、いつもの軽い笑顔に戻っていた。
「少しだけいいか。」
その笑顔の意味を。
俺はまだ知らなかった。
第32話『士官の心得』
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/posts/blog35.html
ウルセンジャー小説ガイド
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/contact1.html

