第34話『マエストロの演説』

第34話『マエストロの演説』


マエストロは、ゆっくりと前へ歩み出た。

山陰西部方面第一軍団。

その前に並ぶのは、防衛隊の地方採用音響士たち。

地元の音響団。

農家。

漁師。

商店主――。

今日まで、それぞれ別々の人生を歩いてきた人々だった。

だが今だけは違う。

全員が、一つの軍団だった。

マエストロは、一人ひとりの顔を見回す。

怖がっている若者。

静かに目を閉じる老人。

楽器を抱き締める女性。

誰もが震えていた。

その震えを受け止めるように、ゆっくりとうなずく。

そして、大きく息を吸った。

「諸君!」

運動場全体へ声が響き渡る。

「今日は、本来なら子ども達が笑って走り回る運動会だった。」

静まり返る運動場。

万国旗だけが風に揺れている。

「だが見ろ。」

マエストロは敵陣を指差した。

「招待状も持たず、勝手に運動場を占拠している礼儀知らずがいる。」

敵戦闘員たちが一斉にこちらを見る。

「子ども達の晴れ舞台を台無しにする連中に――」

少しだけ口元を上げる。

「山陰流のおもてなしを教えてやろうじゃないか。」

隊列のあちこちから笑みがこぼれた。

「今日、この運動場で一番うるさい演奏をするのは誰だ!」

ドンッ!!

重奏防壁兵隊の打楽器が地面を揺らす。

「我々だーーーっ!!」

「勝つのはどっちだ!!」

ドンッ!!

「我々だーーーっ!!」

「最後まで立っているのはどっちだ!!」

ドンッ!!

「我々だーーーっ!!」

「勝利の美酒に酔いしれるのはどっちだ!!」

ドドンッ!!

約二百名の音術師が一斉に叫ぶ。

「我々だーーーーっ!!」

怒号が山陰の空へ突き抜けた。

さっきまで震えていた隊員たちの目に、少しずつ火が宿る。

俺の胸も、不思議なくらい軽くなっていた。

これが。

マエストロという指揮官なのか。

その時だった。

「――マエストロォォォォォォォッ!!」

聞き覚えのある声が響く。

振り返る間もなく。

バチィィン!!

乾いた音が運動場へ響いた。

「この浮気者ーーーっ!!」

ジョコーソだった。

運動場が静まり返る。

マエストロは赤くなった頬を押さえ、小さく咳払いをした。

「……諸君。」

誰も動かない。

一拍置いて、肩をすくめる。

「これが近接攻撃の恐ろしさだ。」

沈黙。

そして次の瞬間。

「ぶはははははっ!!」

「マエストロ様ぁ!!」

「今のは見事だった!」

「敵ながら一本なのだ!」

敵味方の区別なく爆笑が広がる。

張り詰めていた空気が、一瞬でほどけた。

マエストロは苦笑しながらサックスを肩へ担ぐ。

「恐怖ってのはな。」

笑いが少しずつ収まる。

「笑われると、小さくなる。」

誰もが耳を傾ける。

「だから俺たちは笑う。」

敵陣を真っ直ぐ見据える。

「恐怖を笑い飛ばせ。」

その一言だけは、誰よりも真剣だった。

軽奏歩兵隊。

重奏歩兵隊。

重奏予備兵隊。

重奏防壁兵隊。

左右の機動遊撃隊。

後方では、混成サックス遊撃隊が静かに戦況を見据えている。

約二百名の音響士や音楽団たちが、それぞれの持ち場で一斉に楽器を構えた。

一つの巨大な軍楽隊。

一つの巨大な軍団。

『大編成会戦(シンフォニック・レギオン)』

マエストロがサックスを高く掲げる。

「全軍――」

一瞬の静寂。

「演奏開始ッ!!」

その号令と同時に。

山陰の青空へ、決死のファンファーレが鳴り響いた。

運動会の会戦が、ついに幕を開けた。


第35話『大編成会戦』(前編)
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2026年07月04日