第35話『大編成会戦』(前編)

第35話『大編成会戦』(前編)


アラクネ率いる土蜘蛛軍団・山陰方面遠征軍は、使命を妨害する山陰支部の戦力を一人でも減らしたい。

対する山陰支部もまた、山陰遠征軍の戦力を一体でも減らしたい。

上級使いの援軍が来るかどうか。

それは、今この瞬間の彼らには関係なかった。

今日ここで一体でも倒せば、明日どこかの町へ向かう雑音が一つ減る。

今日ここで一人でも防衛隊員を削れば、明日以降の人口調律は少しだけ進む。

この瞬間だけ。

両者の利害は一致していた。

だから――。

益田小学校。

万国旗が揺れる運動場で、防衛隊は約二百名による標準会戦陣形、

『大編成会戦(シンフォニック・レギオン)』

を完成させる。

対する土蜘蛛軍団もまた、約二百名の軍勢で迎え撃つ。

よーい。

ドン。

仲良く、最悪の運動会が始まった。

「全軍、音響弾幕展開(Sound Barrage)!!」

マエストロの号令が響く。

しかし、最初に放たれたのは攻撃ではなかった。

アルトサックスを高く掲げる。

「まずは――。」

「NOWパトロール!」

「Music!!」

次の瞬間。

運動場いっぱいへ明るいメロディーが広がった。

約二百名の音響士が奏でる音が、一つの音楽となって青空へ舞い上がる。

戦場には似つかわしくないほど、明るく、優しい音だった。

「あっ!」

泣いていた男の子が顔を上げる。

「この曲知ってる!」

女の子の涙も止まった。

「NOWパトロールだ!」

笑顔が広がる。

その瞬間。

悪のみなさんの隊列が、わずかに揺れた。

「依り代の恐怖が薄れるのだ!」

「調律が乱れるのだ!」

「不協和音が弱まるのだ!」

リアルダが端末を抱き締める。

「レッド様。」

「……届きました。」

「データ通りです。」

「すごいな。」

「音術師様は国家の財産です。」

少し照れたように笑う。

「情報士は、その財産が最も輝ける場所を探す係ですから。」

マエストロは満足そうに頷いた。

「よし。」

「笑顔は取り戻した。」

アルトサックスを敵陣へ向ける。

俺もベルを構えた。

そこで初めて敵軍全体が見えた。

漆黒の戦装束。

金色の蜘蛛紋章。

乱れのない隊列。

盾兵。

槍兵。

後方の重装兵。

マエストロは双眼鏡を覗き、小さく笑う。

「……おいおい。」

「また一緒か。」

「ギリシャ御一行様。」

「ご存じなんですか?」

俺が尋ねる。

「ああ。」

「あの中央がアラクネ。」

「右翼がカリストス。」

「左翼がメリッサ。」

「昔から三人でレギオンを組んでる。」

双眼鏡を下ろし、苦笑した。

「何度ギリシャへ帰れって言っても帰りゃしねぇ。」

グラーヴェが鼻を鳴らす。

「腐れ縁だ。」

「昔も今も変わらん。」

その横で、ジョコーソが敵陣を見つめたまま口を開く。

「……面倒な相手だな。」

短い一言だった。

マエストロは再び敵陣を見る。

「切り崩しても。」

「すぐ立て直してくる。」

「三人揃ったレギオンは面倒だ。」

敵陣中央。

アラクネが静かに右手を上げる。

カリストスが右翼へ合図を送る。

メリッサが左翼を前進させる。

約二百名が、一糸乱れぬ動きで前進を始めた。

「次は運動場を返してもらう。」

「散兵前進(Skirmishers Forward)!!」

軽奏歩兵隊が一斉に飛び出す。

「撃てぇぇぇーーーっ!!」

青白い音響弾が雨のように降り注ぐ。

「迎撃なのだーーー!!」

黒い不協和音が空を覆う。

激突。

爆音。

衝撃。

土煙。

「右翼、半歩後退。」

カリストスが静かに命じる。

「了解!」

「中央との間隔を維持!」

メリッサも叫ぶ。

「左翼、そのまま!」

「前列を入れ替えて!」

崩れない。

乱れても、すぐ立て直す。

マエストロが苦笑する。

「ほらな。」

「あいつら。」

「昔からこれが上手ぇんだ。」

「重奏防壁兵隊、防御弾幕(Defensive Barrage)!!」

低音が重なる。

巨大な防壁が空を覆う。

それでも。

一発。

また一発。

黒い音響弾が突破する。

「伏せろ!」

爆音。

楽器が転がる。

音響士が吹き飛ぶ。

それでも演奏は止まらない。

ここで止めれば、次に倒れる仲間が増える。

俺はベルを握り締めた。

これが会戦。

これが北方戦線。

笑顔のすぐ隣に、戦場がある。

「散兵、左右へ散開(Fan Out)!!」

軽奏歩兵隊が左右へ広がる。

中央が開く。

重奏歩兵隊が前へ出る。

そして――。

第一トランペット遊撃隊。

俺たちの出番が近づいていた。


第36話『大編成会戦』(後編)
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2026年07月04日