第109話『一音』
第109話『一音』
悪のみなさん連合。
後方本隊。
三鬼大王は。
戦場を静かに見つめていた。
山を守る。
川を守る。
海を守る。
忘れられた願いを守る。
それぞれが。
それぞれの故郷を背負って。
ここへ集まっている。
「大王様。」
ヒノエウマの使いが。
静かに進み出た。
「中央。」
「こちらが優勢とのことです。」
火馬も声を上げる。
「このまま中央へ兵を重ねれば!」
「一気に押し切れます!」
一つ目入道が。
少し顔を曇らせた。
「しかし。」
「後方の予備まで出せば――」
三鬼大王は。
中央へ向かう者たちを見つめる。
誰もが。
懸命だった。
「……構わん。」
ゆっくり。
立ち上がる。
「皆の気持ちが。」
「前へ向いとる。」
右手を上げた。
「本隊も。」
一拍。
「中央へ出るで。」
連合軍後方本隊が。
動き始めた。
◇
悪のみなさん連合中央。
そこには。
すでに勝ったような空気が流れていた。
「押しとるぞー!」
「防衛隊が下がっとる!」
「両翼からも。」
「援軍が来よる!」
「大王様の本隊も来るで!」
歓声。
笑い声。
「このまま行けー!」
「イケイケじゃー!」
その中で。
瀬戸坊だけが。
笑っていなかった。
「……。」
防衛隊中央を見る。
確かに。
押している。
押しているはずなのに。
「……おかしい。」
塩吹き爺が。
そっと近づく。
「瀬戸坊様。」
「ちょっと。」
「耳を。」
「何です?」
「進まんようになりました。」
「……。」
海女の妖も。
前を見る。
「私にも。」
「急に止められたように見えます。」
瀬戸坊の目が。
細くなる。
さっきまで。
あれほど下がっていた防衛隊が。
止まった。
(順調すぎた……?)
周囲では。
まだ歓声が上がっている。
瀬戸坊が。
振り返った。
「皆さん!」
声を張る。
「油断しないでください!」
でも。
その声は。
勝利を信じる喧騒に。
半分ほど消された。
◇
防衛隊右翼。
第4トランペット遊撃隊。
リアルダが。
通信を読み上げた。
「レッド様。」
「命令です。」
「ああ。」
「敵左翼。」
「第2軍団を。」
少し間を置く。
「無力化せよ。」
「……。」
俺は。
正面を見る。
山ンバ軍。
まだ。
かなりの数がいる。
しかも。
その周囲には。
分厚い不協和音の防御弾幕。
「おい。」
俺は通信機を見る。
「無力化って。」
「どうやるんだよ。」
オオタケが。
真顔で答える。
「軍団長の命令ですからな。」
「それは分かってる。」
リアルダも。
端末を見つめる。
「防御弾幕。」
「解析しました。」
「隙は?」
「ありません。」
即答。
「ですよね。」
オオタケが唸る。
「正面から撃てば。」
「多少の損害は与えられます。」
リアルダが続ける。
「ですが。」
「本隊を崩すほどは――」
ピピピピ。
通信機が鳴った。
軍団長直通。
俺は。
すぐ回線を開く。
「おい。」
「コン・ブリオ――」
『波が動いた。』
先に。
あいつの声が来た。
相変わらず。
穏やかだ。
『その波を。』
一拍。
『君たちで。』
『もっと大きくしてくれ。』
「だから。」
「どうやってだよ。」
『ふふっ。』
「笑ってないで説明しろ。」
少しの沈黙。
そして。
『卒業試験。』
「……え?」
一瞬。
頭の中に。
昔の景色が戻った。
あの日。
あいつのフルート。
俺のトランペット。
「……アレか?」
『ふふっ。』
プーッ。
プーッ。
回線が切れた。
「おい!」
通信機を見る。
「……相変わらずだな。」
◇
ピィーユ――。
その時。
戦場に。
一本の音が浮かんだ。
フィリュリュ……。
ティリリ……♪
フルート。
コン・ブリオの音。
音響弾。
怒号。
不協和音。
その全部の隙間を。
細く。
柔らかく。
一本の音が通っていく。
リアルダが。
一瞬だけ。
顔を上げた。
「綺麗……。」
すぐに。
端末を見る。
画面上に。
一本の経路が現れていた。
「……これ。」
指が動く。
速い。
「コン・ブリオ様が。」
「通り道を示しています。」
俺は。
トランペットを構えた。
「計算できるか。」
「やります。」
リアルダの声が変わった。
「気温31.6度。」
「湿度64パーセント。」
「南西の風。」
「目標まで186メートル。」
指が走る。
フルートの音。
端末の軌跡。
敵防壁。
全部が。
一つに重なる。
「仰角3.8度。」
「右偏角1.2度。」
一拍。
「有効調律。」
「441.8ヘルツ。」
俺は。
ベルを上げる。
「主管。」
リアルダが言う。
「0.4ミリ。」
「抜いてください。」
「了解。」
ほんの少し。
主管を抜く。
息を吸う。
見える。
あいつのフルートが。
一本だけ。
道を作っている。
「レッド様。」
リアルダが。
顔を上げた。
「行けます。」
「ああ。」
俺は。
その一本だけを見る。
「行け。」
吹き鳴らす。
◇
強烈な音圧。
ニューヨークモデルのベルから。
橙色の光が飛び出した。
一直線じゃない。
フルートの音に沿って。
わずかに曲がる。
不協和音の間。
防御弾幕の。
ほんの僅かな継ぎ目。
そこへ。
音速を超えた音響弾が。
吸い込まれていく。
誰も。
反応できなかった。
ドゴォォォォン!!
◇
「きぃやぁぁぁぁぁー!!」
山ンバ軍本隊。
大爆発。
土煙。
悲鳴。
「山ンバ様ー!」
「守れ!」
「山ンバ様を守れー!」
敵左翼が。
一気に騒がしくなる。
「どこからじゃ!」
「防壁は破られとらんぞ!」
「何で入った!」
中央へ向かっていた兵まで。
振り返る。
「山ンバ様が!」
「左翼へ戻れ!」
「急げ!」
流れが。
逆向きになった。
◇
悪のみなさん連合右翼。
河太郎が。
遠くの爆発を見る。
「……馬鹿な。」
水神の子が叫ぶ。
「お頭!」
「中央。」
「罠かもしれません!」
水虎も。
防衛隊の陣を見る。
「兵を中央へ寄せて。」
「薄くなった両翼を狙っとる!」
蛙火が振り返る。
「出ていった衆を。」
「戻しましょう!」
河太郎の顔から。
笑いが消えた。
◇
しかし。
遅かった。
中央へ進む者。
左翼へ戻る者。
右翼へ戻る者。
そして。
前へ出てきた。
三鬼大王の後方本隊。
「戻れ!」
「前へ!」
「道を空けぇ!」
「そっちじゃない!」
中央後方が。
一気に詰まる。
押す者。
戻る者。
怒鳴る者。
軍勢が。
噛み合わなくなっていく。
◇
後方本隊。
ヒノエウマの使いが。
戦場を見た。
「大王様……。」
三鬼大王も。
何も言わない。
遠く。
山ンバ軍の本隊には。
まだ土煙が上がっている。
「あれほどの音響弾。」
三鬼大王が。
低く呟く。
「ここには。」
「上級使いはおらんはずじゃ。」
絡新婦が。
すぐ答える。
「ハハッ。」
「上級以上。」
「確認されておりません。」
「……。」
三鬼大王は。
中央を見る。
左翼を見る。
右翼を見る。
そして。
前へ出した。
自分の本隊を見る。
ほんの少し前まで。
全部が。
うまくいっていた。
はずだった。
「いったい……。」
三鬼大王が。
静かに呟いた。
「何が。」
「起こっとるんじゃ……。」
第110話『殿』
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/posts/blog606.html
ウルセンジャー小説ガイド
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/contact1.html