第109話『一音』

第109話『一音』


悪のみなさん連合。

後方本隊。

三鬼大王は。

戦場を静かに見つめていた。

山を守る。

川を守る。

海を守る。

忘れられた願いを守る。

それぞれが。

それぞれの故郷を背負って。

ここへ集まっている。

「大王様。」

ヒノエウマの使いが。

静かに進み出た。

「中央。」

「こちらが優勢とのことです。」

火馬も声を上げる。

「このまま中央へ兵を重ねれば!」

「一気に押し切れます!」

一つ目入道が。

少し顔を曇らせた。

「しかし。」

「後方の予備まで出せば――」

三鬼大王は。

中央へ向かう者たちを見つめる。

誰もが。

懸命だった。

「……構わん。」

ゆっくり。

立ち上がる。

「皆の気持ちが。」

「前へ向いとる。」

右手を上げた。

「本隊も。」

一拍。

「中央へ出るで。」

連合軍後方本隊が。

動き始めた。



悪のみなさん連合中央。

そこには。

すでに勝ったような空気が流れていた。

「押しとるぞー!」

「防衛隊が下がっとる!」

「両翼からも。」

「援軍が来よる!」

「大王様の本隊も来るで!」

歓声。

笑い声。

「このまま行けー!」

「イケイケじゃー!」

その中で。

瀬戸坊だけが。

笑っていなかった。

「……。」

防衛隊中央を見る。

確かに。

押している。

押しているはずなのに。

「……おかしい。」

塩吹き爺が。

そっと近づく。

「瀬戸坊様。」

「ちょっと。」

「耳を。」

「何です?」

「進まんようになりました。」

「……。」

海女の妖も。

前を見る。

「私にも。」

「急に止められたように見えます。」

瀬戸坊の目が。

細くなる。

さっきまで。

あれほど下がっていた防衛隊が。

止まった。

(順調すぎた……?)

周囲では。

まだ歓声が上がっている。

瀬戸坊が。

振り返った。

「皆さん!」

声を張る。

「油断しないでください!」

でも。

その声は。

勝利を信じる喧騒に。

半分ほど消された。



防衛隊右翼。

第4トランペット遊撃隊。

リアルダが。

通信を読み上げた。

「レッド様。」

「命令です。」

「ああ。」

「敵左翼。」

「第2軍団を。」

少し間を置く。

「無力化せよ。」

「……。」

俺は。

正面を見る。

山ンバ軍。

まだ。

かなりの数がいる。

しかも。

その周囲には。

分厚い不協和音の防御弾幕。

「おい。」

俺は通信機を見る。

「無力化って。」

「どうやるんだよ。」

オオタケが。

真顔で答える。

「軍団長の命令ですからな。」

「それは分かってる。」

リアルダも。

端末を見つめる。

「防御弾幕。」

「解析しました。」

「隙は?」

「ありません。」

即答。

「ですよね。」

オオタケが唸る。

「正面から撃てば。」

「多少の損害は与えられます。」

リアルダが続ける。

「ですが。」

「本隊を崩すほどは――」

ピピピピ。

通信機が鳴った。

軍団長直通。

俺は。

すぐ回線を開く。

「おい。」

「コン・ブリオ――」

『波が動いた。』

先に。

あいつの声が来た。

相変わらず。

穏やかだ。

『その波を。』

一拍。

『君たちで。』

『もっと大きくしてくれ。』

「だから。」

「どうやってだよ。」

『ふふっ。』

「笑ってないで説明しろ。」

少しの沈黙。

そして。

『卒業試験。』

「……え?」

一瞬。

頭の中に。

昔の景色が戻った。

あの日。

あいつのフルート。

俺のトランペット。

「……アレか?」

『ふふっ。』

プーッ。

プーッ。

回線が切れた。

「おい!」

通信機を見る。

「……相変わらずだな。」



ピィーユ――。

その時。

戦場に。

一本の音が浮かんだ。

フィリュリュ……。

ティリリ……♪

フルート。

コン・ブリオの音。

音響弾。

怒号。

不協和音。

その全部の隙間を。

細く。

柔らかく。

一本の音が通っていく。

リアルダが。

一瞬だけ。

顔を上げた。

「綺麗……。」

すぐに。

端末を見る。

画面上に。

一本の経路が現れていた。

「……これ。」

指が動く。

速い。

「コン・ブリオ様が。」

「通り道を示しています。」

俺は。

トランペットを構えた。

「計算できるか。」

「やります。」

リアルダの声が変わった。

「気温31.6度。」

「湿度64パーセント。」

「南西の風。」

「目標まで186メートル。」

指が走る。

フルートの音。

端末の軌跡。

敵防壁。

全部が。

一つに重なる。

「仰角3.8度。」

「右偏角1.2度。」

一拍。

「有効調律。」

「441.8ヘルツ。」

俺は。

ベルを上げる。

「主管。」

リアルダが言う。

「0.4ミリ。」

「抜いてください。」

「了解。」

ほんの少し。

主管を抜く。

息を吸う。

見える。

あいつのフルートが。

一本だけ。

道を作っている。

「レッド様。」

リアルダが。

顔を上げた。

「行けます。」

「ああ。」

俺は。

その一本だけを見る。

「行け。」

吹き鳴らす。



強烈な音圧。

ニューヨークモデルのベルから。

橙色の光が飛び出した。

一直線じゃない。

フルートの音に沿って。

わずかに曲がる。

不協和音の間。

防御弾幕の。

ほんの僅かな継ぎ目。

そこへ。

音速を超えた音響弾が。

吸い込まれていく。

誰も。

反応できなかった。

ドゴォォォォン!!



「きぃやぁぁぁぁぁー!!」

山ンバ軍本隊。

大爆発。

土煙。

悲鳴。

「山ンバ様ー!」

「守れ!」

「山ンバ様を守れー!」

敵左翼が。

一気に騒がしくなる。

「どこからじゃ!」

「防壁は破られとらんぞ!」

「何で入った!」

中央へ向かっていた兵まで。

振り返る。

「山ンバ様が!」

「左翼へ戻れ!」

「急げ!」

流れが。

逆向きになった。



悪のみなさん連合右翼。

河太郎が。

遠くの爆発を見る。

「……馬鹿な。」

水神の子が叫ぶ。

「お頭!」

「中央。」

「罠かもしれません!」

水虎も。

防衛隊の陣を見る。

「兵を中央へ寄せて。」

「薄くなった両翼を狙っとる!」

蛙火が振り返る。

「出ていった衆を。」

「戻しましょう!」

河太郎の顔から。

笑いが消えた。



しかし。

遅かった。

中央へ進む者。

左翼へ戻る者。

右翼へ戻る者。

そして。

前へ出てきた。

三鬼大王の後方本隊。

「戻れ!」

「前へ!」

「道を空けぇ!」

「そっちじゃない!」

中央後方が。

一気に詰まる。

押す者。

戻る者。

怒鳴る者。

軍勢が。

噛み合わなくなっていく。



後方本隊。

ヒノエウマの使いが。

戦場を見た。

「大王様……。」

三鬼大王も。

何も言わない。

遠く。

山ンバ軍の本隊には。

まだ土煙が上がっている。

「あれほどの音響弾。」

三鬼大王が。

低く呟く。

「ここには。」

「上級使いはおらんはずじゃ。」

絡新婦が。

すぐ答える。

「ハハッ。」

「上級以上。」

「確認されておりません。」

「……。」

三鬼大王は。

中央を見る。

左翼を見る。

右翼を見る。

そして。

前へ出した。

自分の本隊を見る。

ほんの少し前まで。

全部が。

うまくいっていた。

はずだった。

「いったい……。」

三鬼大王が。

静かに呟いた。

「何が。」

「起こっとるんじゃ……。」


第110話『殿』
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/posts/blog606.html

ウルセンジャー小説ガイド
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/contact1.html

2026年08月18日