第57話『アラクネ戦記/東の国より』
第57話『アラクネ戦記/東の国より』
京都。
夕暮れ。
古都を染める茜色が、ゆっくりと御殿の障子を照らしていた。
静かな庭園。
鹿威しが、コトン、と鳴る。
縁側では、一人の女が庭を眺めている。
艶やかな黒髪。
朱色の着物。
その瞳には、千年という時を見届けてきた静けさが宿っていた。
「お姉様。」
襖が静かに開く。
アラクネだった。
深く頭を下げる。
「山陰方面遠征軍、出撃準備が整いました。」
女――土蜘蛛は、小さく微笑んだ。
「そうどすか。」
その声は穏やかだった。
「今回は、ギリシャより招いた戦術家もおる。」
「きっと良き戦になるでしょう。」
アラクネは少しだけ照れくさそうに頬をかいた。
「もったいないお言葉ですわ。」
土蜘蛛は庭へ視線を戻す。
風が竹林を揺らした。
「アラクネ。」
「はい。」
「そなた、不思議には思わなんだかえ。」
「何故、わらわが。」
「異国の神を軍団長へ迎えたのか。」
アラクネは少しだけ考えた。
「……考えたことはございます。」
「ですが、お姉様がお決めになったことですもの。」
「私は従うだけですわ。」
土蜘蛛は、くすりと笑う。
「真面目な子どす。」
しばらく沈黙が流れた。
風鈴が、小さく鳴る。
やがて土蜘蛛は、懐かしそうに目を細めた。
「遠い昔。」
「西の海の、そのまた向こう。」
「神々が人へ戦を委ねていた時代がありました。」
アラクネは静かに耳を傾ける。
「その戦場で。」
「誰よりも美しく軍を動かした娘がおりました。」
土蜘蛛は扇子を閉じた。
「その名は――」
「アラクネ。」
一瞬。
部屋の空気が止まる。
「……え?」
土蜘蛛は穏やかに笑う。
「これは。」
「まだ、そなたが今よりずっと若かった頃のお話どす。」
夕風が庭を吹き抜ける。
竹が静かに揺れた。
遠い西の空へ。
物語は、ゆっくりと遡っていく。
第58話『アラクネ戦記/若き軍団長』
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