第33話『アラクネ山陰遠征軍』
第33話『アラクネ山陰遠征軍』
敵陣天幕――。
益田小学校の裏山。
木々に隠れるように張られた黒い天幕の中では、一人の女性が静かに通信端末を見つめていた。
漆黒の戦装束。
胸元を大胆に開いたギリシャ風の装い。
長い栗色の髪。
エキゾチックな顔立ち。
そして、印象的なドミノマスク。
背中には蜘蛛の脚を思わせる黒い装具。
土蜘蛛軍団・山陰方面遠征軍司令官。
Bランク怪人――アラクネ。
青白い光が通信端末から溢れる。
やがて一人の女性が映し出された。
艶やかな和装。
穏やかな笑み。
京都を本拠地とする土蜘蛛軍団総司令。
「お姉様。」
アラクネは片膝をつく。
「二日前、匹見方面へ派遣したBランク怪人・ラミアとの通信が途絶えました。」
「現在も消息不明です。」
土蜘蛛は静かに頷く。
「ええ。」
「聞いておりますえ。」
アラクネは真剣な表情で続けた。
「地方支部でBランクが消えるなど前例がありません。」
「山陰支部には、想定外の戦力が存在する可能性があります。」
「このままでは、レギオンを維持できません。」
「古き戦友の増援をお願いできますでしょうか。」
土蜘蛛は少しだけ目を細めた。
「……カリストスと。」
「メリッサどすな。」
アラクネは静かに頷く。
「はい。」
「あの二人なら。」
「私の指揮を理解しております。」
しばらく沈黙が流れた。
やがて土蜘蛛は、どこか懐かしそうに微笑む。
「西の海で。」
「いつも、そなたの隣におった子らどしたなぁ。」
アラクネも小さく笑う。
「ええ。」
「千年以上経っても。」
「一番信頼できる副官です。」
土蜘蛛は静かに頷いた。
「分かりましたえ。」
「二人とも。」
「もう山陰へ向かわせております。」
アラクネの表情が少しだけ和らぐ。
「ありがとうございます。」
「お姉様。」
土蜘蛛は、くすりと笑う。
「それから。」
「あの子のことどすけど。」
アラクネは嫌な予感がした。
「……百虎様でしょうか。」
土蜘蛛は目を逸らした。
「実はねぇ。」
「あの子。」
「また逃げてしもうたんどす。」
「…………。」
「え?」
「自由な子やさかい。」
「気が付いたら、おらんようになってました。」
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
アラクネは頭を抱えた。
「神獣が失踪ですか!?」
土蜘蛛は穏やかに笑う。
「元気なら、それでよろし。」
「じゃ。」
「山陰は任せましたえ。」
「そなたなら。」
「きっと上手くやれます。」
通信が切れた。
静寂。
アラクネは天井を見上げたまま固まる。
数秒後。
「ムキーーーーーーーッ!!」
バシィッ!!
ちょうど天幕へ入ってきた二人の副官の頭を叩いた。
「痛っ!」
「アラクネ様!」
「何をなさるんです!」
「八つ当たりよ!」
「理不尽です!」
カリストスが額を押さえる。
メリッサも苦笑した。
「到着早々これですか。」
アラクネは深いため息をついた。
「匹見でBランクが消えた。」
「理不尽な婆さん。」
「暴走キツネ。」
「……これ以上、想定外はいらないわ。」
カリストスは腕を組む。
「グランディオーソですか。」
アラクネは頷く。
「ええ。」
「味方ごと吹き飛ばすわ。」
メリッサが続ける。
「もう一人は。」
「津和野の神獣ですね。」
アラクネは額を押さえた。
「命令を聞かない。」
「隊列を崩す。」
「レギオンそのものが成立しなくなるの。」
二人は顔を見合わせる。
そして静かに頷いた。
「承知しました。」
「我々が右翼と左翼を支えます。」
その返事に、アラクネは少しだけ笑う。
「頼りにしてるわ。」
その目が運動場へ向く。
「保育隊ーーーっ!!」
天幕の外では、戦闘員たちが必死だった。
「依り代ー!」
「危ないのだー!」
「鬼ごっこは後なのだー!」
「転んだら困るのだー!」
「待つのだーー!」
子どもたちは大笑いしながら逃げ回っている。
アラクネは額を押さえた。
「遊びに来てるんじゃないわよーーーっ!!」
戦闘員たちが一斉に振り返る。
「違うのだ!」
「任務なのだ!」
「依り代が元気過ぎるのだ!」
メリッサが苦笑する。
「今日も平和ですね。」
アラクネは運動場を見つめた。
赤白の万国旗。
校庭を駆ける子どもたち。
「……今日は、本当なら運動会だったのよね。」
その呟きは風に消えた。
しかし次の瞬間。
彼女は軍団長の顔へ戻る。
「可愛い部下たち!」
約二百名の戦闘員が一斉に振り向く。
「保育隊は依り代を守りなさい!」
「前衛は軽奏歩兵隊を押さえ込みなさい!」
「中央は重奏歩兵隊を足止めするのよ!」
「防衛隊の遊撃隊だけは絶対に自由にさせない!」
「目的は殲滅じゃない!」
「『大編成会戦(シンフォニック・レギオン)』を崩し、山陰支部の戦力を一人でも多く減らすことよ!」
「了解!」
カリストスとメリッサが真っ先に応じる。
その声に続くように、
「なのだーーーーっ!!」
約二百名の戦闘員の声が、校庭いっぱいに響き渡った。
運動会開始まで――。
あと、わずか。
第34話『マエストロの演説』
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