第18話『匹見の戦いエピローグ』

第18話『匹見の戦いエピローグ』


夕暮れ。

山陰支部へ戻った軍用車が、静かに車庫へ滑り込んだ。

エンジンが止まる。

張りつめていた空気が、ようやくほどけた。

リアルダは報告書を抱えたまま、支部長室の扉を叩く。

「失礼します。」

リゾルート支部長が顔を上げた。

「戻ったか。」

「はい。」

リアルダは敬礼する。

「益田市匹見町紙祖地区に発生したBランク不協和音、撃破しました。」

支部長の手が止まる。

「……Bランクを。」

「はい。」

「遊撃隊と匹見地区音響団による共同戦線です。」

「住民被害、ゼロ。」

「遊撃隊負傷者、軽傷二名。」

「音響団負傷者、一名。」

「全員、命に別状ありません。」

静かな部屋に、時計の秒針だけが響いていた。

リゾルート支部長は椅子へ深く腰を預け、小さく息を吐く。

「……そうか。」

その短い言葉に、安堵が滲んでいた。

「詳細は。」

リアルダは資料を差し出す。

「現地気温十九度。」

「有効調律四四一・五ヘルツ。」

「谷の残響を利用した音響増幅戦術です。」

「左翼が防御で時間を稼ぎ、右翼が岩壁反射を利用して攻撃しました。」

支部長は静かに資料へ目を通す。

「地形を利用したのか。」

「はい。」

リアルダは頷いた。

「レッド様の判断です。」

「私はデータを提示しただけです。」

支部長は微笑む。

「いや。」

「分析があってこその作戦だ。」

リアルダは少し照れくさそうに笑った。

「皆さんが信じてくださったからです。」

「カンタービレ軍曹の防御。」

「遊撃隊の連携。」

「音響団の皆さんの時間稼ぎ。」

「全部そろって、初めて勝てました。」

支部長はゆっくり頷いた。

「いい部隊になりそうだな。」

リアルダは嬉しそうに敬礼した。



その夜。

益田駅前。

焼肉店『山牛』。

「乾杯!」

「「乾杯!!」」

店いっぱいに明るい声が響く。

戦場で見せていた緊張は、もうどこにもなかった。

「隊長!」

アクセントが早くも肉を裏返す。

「このカルビ、最高っす!」

「まだ焼けてないだろ。」

スタッカートが笑いながら箸を伸ばす。

「早い者勝ちだ!」

「ちょっ、それ俺の!」

二人のやり取りに、店中が笑いに包まれた。

ブリランテは網の上を覗き込みながら目を輝かせる。

「隊長様!」

「このホルモンも美味しいですよ!」

「あと、このハラミも!」

「それと、この――」

「落ち着け。」

思わず笑うと、ブリランテも照れ笑いを浮かべた。

その隣では、ペザンテが何も言わず白飯を頬張っている。

「……うまい。」

ぽつりと呟くと、静かに茶碗を差し出した。

「すみません。」

「大盛りで。」

「もう、おかわり?」

スタッカートが吹き出す。

「戦闘より食欲の方がすごいな。」

リアルダも笑いながら湯のみを配る。

「皆さん、お肉ばかりじゃなくて野菜も食べてください。」

「隊長様。」

「お茶、おかわりしますか?」

「ありがとう。」

「いただくよ。」

ドルチェは柔らかく微笑んだ。

「皆さんと食べるご飯って、不思議と美味しいですね。」

「本当ですわ。」

カンタービレ軍曹も珍しく表情を和らげる。

「こうして全員で食卓を囲めることが、一番のご褒美かもしれません。」

その言葉に、誰もが静かに頷いた。

今日の戦いは紙一重だった。

あと少し防御が遅れていたら。

あと少し分析が遅れていたら。

誰かが、この席にいなかったかもしれない。

だからこそ。

焼ける肉の音。

笑い声。

湯のみから立ちのぼる湯気。

その何気ない時間が、何より愛おしかった。

俺はカルビを一枚口へ運ぶ。

「……うまい。」

思わず笑みがこぼれる。

防府とは少し違う味だった。

肉の旨味が濃く、脂は控えめ。

味噌醤油のタレがよく合う。

「隊長?」

ブリランテが首を傾げる。

「どうしました?」

「いや。」

「山陰の焼肉も、いいなと思ってさ。」

アクセントが笑う。

「でしょう!」

「『山牛』は俺たちの行きつけなんす!」

「勝った日は、だいたいここです!」

「だから太るんだよ。」

スタッカートの一言に、また笑いが起きる。

デザートには、大福アイスが運ばれてきた。

「これも名物ですよ。」

リアルダが嬉しそうに勧める。

一口食べる。

控えめな甘さが、戦いの疲れをゆっくり癒やしてくれた。

「隊長。」

アクセントが湯のみを掲げる。

「今日は、本当にありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

みんなが続く。

俺は少し照れくさくなって笑った。

「礼を言うのは俺の方だ。」

「みんながいたから勝てた。」

リアルダが頷く。

「私一人では分析しかできません。」

カンタービレ軍曹も続けた。

「私たちだけでは、あの三秒を守り切れませんでした。」

スタッカートが笑う。

「つまり。」

「全員のおかげってことですね。」

「そういうこと。」

俺も笑った。

店の外では、山陰の夜風が暖簾を優しく揺らしている。

全員で、生きて帰ってきた。

その当たり前が、何より嬉しかった。

― トランペット遊撃隊編・完 ―


第19話『広島出張/命を預けるマウスピース』
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2026年07月04日