第64話『恋の第一会戦』

第64話『恋の第一会戦』


「ついて来い。」

マエストロは駅前通りを歩き始めた。

俺たち三人も、その後に続く。

夕暮れの益田駅前。

仕事帰りの会社員。

制服姿の高校生。

買い物帰りの家族連れ。

平和だった。

怪人の気配など、どこにもない。

「軍団長。」

俺は歩きながら尋ねた。

「今回の敵は、どのランクなんですか?」

マエストロは前を向いたまま笑う。

「今までで一番手強い。」

「Aランクですか?」

「もっと厄介だ。」

思わず顔を見合わせる。

ソステヌートも少しだけ表情を引き締めた。

「未知の敵……。」

「そう思っていい。」

その言葉だけが返ってきた。

やがて、一軒のカフェの前で足が止まる。

大きなガラス窓。

暖かな照明。

若い男女が楽しそうに談笑している。

「ここだ。」

マエストロは迷わず扉を開いた。

ベルが静かに鳴る。

「いらっしゃいませ。」

店員の声が響く。

案内された奥の席。

そこには三人の女性が座っていた。

ジョコーソが笑顔で手を振る。

「お待たせしました。」

女性たちも立ち上がる。

「こんばんは。」

「こんばんは。」

俺たちも頭を下げる。

しかし。

頭の中は真っ白だった。

(三人……。)

(女性……。)

(どういう任務だ。)

完全に予想外だった。



席へ着いても。

誰も口を開かなかった。

メニューだけが静かに配られる。

俺は何度もメニューを開いたり閉じたりしていた。

ソステヌートはメニューを熟読している。

ペザンテは期間限定パフェの写真を見つめていた。

マエストロは額へ手を当てる。

「……。」

小さくため息をついた。

「軍団長?」

「想像以上だ。」

「何がです?」

「君たち。」

「怪人の前より緊張してる。」

言われてみれば、その通りだった。

ジョコーソが豪快に笑う。

「ワーッハッハ!」

「どうした少年たち。」

「戦場じゃ怪人と渡り合ってるんだ。」

「女の子くらい見て話せ。」

俺たちは思わず顔を上げた。

ジョコーソは肩をすくめる。

「安心しろ。」

「食われたりはせん。」

女性たちまで吹き出した。

店内に小さな笑い声が広がる。

マエストロも苦笑する。

「さすがジョコーソ。」

「緊張ほぐしは君の勝ちだ。」

少しだけ。

肩の力が抜けた。



注文した飲み物が運ばれてきた。

ジョコーソは三人を見回す。

「今日は。」

「私の友人にお願いして、お時間をいただきました。」

女性たちも笑顔で頷く。

「よろしくお願いします。」

「こちらこそ。」

俺は頭を下げた。

しばらく。

他愛もない話が続く。

休日の過ごし方。

好きな食べ物。

益田のおすすめのお店。

怪人も。

戦争も。

音響弾も。

誰も話題にしない。

それが新鮮だった。



しばらくして。

マエストロが静かにコーヒーカップを置いた。

「諸君。」

その一言で。

俺たちは自然と姿勢を正す。

ジョコーソも、女性たちも黙った。

「どうして今日。」

「君たちを連れてきたと思う?」

ソステヌートが答える。

「市街地における対人接触能力向上訓練です。」

「半分正解。」

「もう半分は。」

俺が尋ねる。

マエストロは静かに笑った。

「指揮官として。」

少しだけ視線を落とす。

「何も知らないまま。」

「死地へ赴かせるのは。」

店内が静かになる。

「忍びない。」

その言葉だけは。

いつもの冗談交じりの軍団長ではなかった。

「戦場では。」

「子どもを守ることもある。」

「老人を守ることもある。」

「恋人同士を守ることもある。」

「夫婦を守ることもある。」

「家族を守ることもある。」

俺たちは黙って聞いていた。

「だが。」

「人を知らなければ。」

「守ることはできない。」

静かな声だった。

「だから。」

「今日は。」

「人と話せ。」

「笑え。」

「緊張しろ。」

「失敗しろ。」

「それも。」

「夜間訓練だ。」

俺はゆっくり頷いた。

「……了解。」

ソステヌートも。

ペザンテも。

短く返事をする。

その返事だけは。

戦場で命令を受ける時と同じだった。

ジョコーソが満足そうに頷く。

「ワーッハッハ!」

「その返事なら上出来だ。」

「今日は肩の力を抜いて、人を知ってこい。」

マエストロはようやく笑った。

「よし。」

「それじゃ。」

「訓練再開だ。」

店内に。

少しずつ笑い声が戻っていく。

俺たちの。

怪人より少しだけ手強い夜は。

まだ始まったばかりだった。


第65話『軍団長の教本』
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2026年07月06日