第5話『トランペット遊撃隊』(後半)

第5話『トランペット遊撃隊』(後半)


「気を付け!」

一人の女性が一歩前へ出る。

「敬礼!」

十人の右手が一斉に上がった。

「山陰西部方面第一遊撃トランペット隊!」

「隊長殿の着任を歓迎します!」

若々しい声が演習場いっぱいへ響く。

(若い……。)

二十代前半。

いや、十八、十九歳くらいにしか見えない隊員までいる。

それは向こうも同じだったらしい。

「……あれ?」

「隊長、若くない?」

「俺たちと歳、変わらなくないか?」

「本部の人って、もっと怖い人だと思ってた。」

全部聞こえている。

俺は思わず苦笑した。

「安心してくれ。」

「俺も同じことを思った。」

一瞬、静まり返る。

そして。

「ですよね!」

笑い声が広がった。

張り詰めていた空気が、一気にほどける。

その様子を見て、リアルダが小さく胸を撫で下ろした。

先ほど号令をかけた女性が、一歩前へ出る。

「私は左翼パートリーダー、カンタービレ軍曹です。」

柔らかな声。

しかし、その姿勢には一切の隙がない。

「山陰西部方面第一遊撃トランペット隊を代表して、歓迎いたしますわ。」

「本日より、よろしくお願いいたします。」

俺も敬礼を返す。

「こちらこそ、よろしく頼む。」

「レッドだ。」

「士官学校を卒業したばかりで、隊内編成の実務は初めてになる。」

「分からないことも多い。」

「その時は遠慮なく教えてくれ。」

普通なら、隊長は威厳を見せるのかもしれない。

でも俺には、見栄を張るほどの経験はなかった。

カンタービレ軍曹は、そんな俺を静かに見つめる。

「承知いたしました。」

「現場のことは、私たちがお支えいたしますわ。」

その一言に、不思議と肩の力が抜けた。

経験に裏打ちされた言葉だった。

隊員たちも安心したように頷く。

「俺たちも、本部の音術師と組むのは初めてなんです。」

「少し緊張してました。」

「俺もだ。」

そう答えると、また笑いが起きた。

「じゃあ、お互い様ですね!」

その笑顔につられて、俺も笑う。

ふと、足元へ目が止まった。

隊員たちのトランペットケース。

どれも傷だらけだった。

角は擦れ。

金具は色褪せ。

何度も修理された跡が残っている。

新品は一本もない。

俺の視線に気付いた一人が、照れくさそうに笑った。

「山陰は予算が少ないですから。」

「ケースも楽器も、使えるうちは使います。」

「これでも、大事な相棒なんですよ。」

傷は勲章だった。

それだけ前線を生き抜いてきた証だった。

カンタービレ軍曹が静かに口を開く。

「隊長。」

「一つ、お伝えしておきたいことがありますわ。」

演習場が静まる。

「この部隊は、人の入れ替わりが多い部隊です。」

「戦死する者もおります。」

「志半ばで退隊する者もおります。」

リアルダも静かに続けた。

「遊撃隊は、不協和音が発生すると最初に現場へ向かいます。」

「そして、上級音術師様が到着するまで、戦線を支え続けます。」

風が吹いた。

誰も口を開かない。

さっきまで笑っていた隊員たちも、ただ静かに前を向いていた。

俺は十人を見渡す。

まだ名前も覚えていない。

それでも。

この人たちは、毎日前線へ向かっている。

命を懸けて。

カンタービレ軍曹が穏やかに微笑んだ。

「ですが。」

「本部から隊長が来てくださったことは、隊員一同、とても心強く思っておりますわ。」

その笑顔は、真っ直ぐだった。

俺は何も言わなかった。

言葉にする必要はなかった。

トランペットケースの傷。

真っ直ぐ立つ十人の姿。

山から吹く風。

それだけで十分だった。

俺は静かにケースを抱え直す。

「まずは、お互いの音を知ろう。」

「ハーモニーが分からなきゃ、一緒には戦えない。」

「演奏を聴かせてもらえるか?」

「はい!」

初夏の青空へ、十人の返事が真っ直ぐ響いた。

リアルダは、その光景を少し離れた場所から見つめていた。

そして、誰にも聞こえないほど小さく微笑む。

「……良かった。」

「本部から来た隊長と、この部隊なら。」

「きっとうまくやっていけます。」

初夏の風が、演習場を静かに吹き抜けた。

その風に乗って、どこからか鳥のさえずりが聞こえてきた。

新しい部隊。

新しい仲間。

その最初の音が、静かに鳴り始めようとしていた。


第6話『隊内編成パート割り』(前編)
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2026年07月04日