第5話『絶対零度の査察前線(後編)』

(出典:グーグルAI)※ストーリはフィクションです


第5話『絶対零度の査察前線(後編)』

「レッドはん、おひさしゅう。お元気そうで何よりどすえ」

突如として、基地で野戦特訓をしていた我々の中から、はんなりとした声が響いた。

「な……ッ!?」

俺たちは言葉を失い、文字通り硬直した。

基地の防衛レーダーも、扉の気密センサーも何一つ作動していない。上級トランペット使いのバックも、野生の勘を持つマルカートも、そして数々の死線を渡り歩いてきたこの俺すらも。
彼女が部屋の中央に立つその瞬間まで、気配をミリ単位すら察知できなかったのだ。

「ふふ、もしこれが敵の奇襲やったら、皆さん今頃、仲良く揃って天国へご旅行に行かはりましたなぁ」

扇子をポンポンと俺の額に当てながら、着物を上品に着こなしたその女性は微笑みかけてきた。
祇園の土蜘蛛と異名を持つ、京都の名門、轟雷流の免許皆伝で特級トランペット使い、シルキー師匠。

彼女がそこに佇んでいるだけで、部屋の空気が一瞬で「絶望」という名の絶対零度へ変わるのが分かった。
マルカートにいたっては、本能的な生命の危機を察知し、完全に気配を消して丸くなり、「ニャー」とただの猫のフリ(擬態)を決め込んでいる。

「まあ、レッドはん。随分と楽しそうなおままごとをされてますこと。でもな、それは音楽やなくて、ただの騒音のばら撒きですえ?」

上品な笑みを浮かべたまま放たれる、シルキー師匠の鋭い弾幕(正論)が俺の胸元に突き刺さる。
目は全然笑っていない。俺のガラスのハートはすでにひび割れ寸前だ。

その時、俺の前に一歩踏み出し、自らの愛機『BACH(バック)』を構えて「盾(イージス)」となった漢がいた。
バック隊員だ。

「母上。僕たちの音楽は、母上が目指すような格式はありません。ですが、この泥臭い音響(音の響き)でしか救えない子どもたちの笑顔があるんです。僕は、自分の意志でここに残っています!」

バックの堂々たる反論。シルキー師匠は、実の息子のまっすぐな瞳をじっと見つめると、ふっと冷気を和らげた。

「……フン、好きにさはったらよろしいわ。お粗末なものどすけど、皆様お揃いでお召し上がりやす」

師匠は木箱入りの高級そうな和菓子の箱をデスクに置くと、再び陽炎のようにふっと気配を消し、嵐のように静かに去っていった。

バックが慌てた様子で俺の所へ寄ってきた。

「隊長……手紙です」

木箱の中に残されていたのは、二通の手紙。
そこには、シルキー師匠の美しい筆文字で、不器用ながらも深い愛が綴られていた。

まず、俺宛ての手紙を開く。
『レッドはんへ。……スカーレットの後ろに隠れて、すぐに泣きべそをかいては逃げ回っていたあの小さな坊やがねぇ。まさか立派に一隊を率いる隊長さんになられるなんて、夢にも思いまへんでした。うちの道場で毎日毎日、涙を流しながら泥だらけになって、必死に厳しい稽古に耐えてはりましたやろ? あの流した涙と汗が、今のあなたの強い背中を作ったんやと思います。しごいた甲斐があったというものです。きっと、あの世にいる戦友も、あなたの凛々しい姿を空から見て「ようやった」って、目を細めて安心しとるんと違いますか。』
厳しくシゴかれたあの地獄のレッスンは、戦場から俺を生きて帰すための、師匠なりの愛情だったのだ。その真実を知り、俺の胸の奥がギュッと締め付けられる。

そしてバックが、自分宛ての手紙を複雑な表情で読み上げた。
『ほんまに、あんたという子は、どこまでも頑固なんですから。バック、あんたの選んだその道はね、轟雷流の師範としては、到底許容できるものではありません。今でも「なんでその道を選んだんや」って、認められへんのが本音どす。……けれどね。一人の母親としてあんたを見たとき、自分の意志でその厳しい戦場を選び、誰かを守るために真っ直ぐ音を響かせるようになった我が子の成長を、ほんの少しだけ、誇らしく思います。あんなに小さかったあんたが、自分の信じる音を見つけたんやねぇ。進む道は違っても、あんたの響かせる音は、もう立派な一人の音術師のものです。』
「母上……」バックの目元が、微かに潤んでいるように見えた。

二通の手紙に込められた温かいエールに、
俺たちの作戦室は深い感動の余韻に包まれていた。


――だが、その美しい涙は、作戦室の隅に置かれた大型の機材ケースから響いた「最悪の物音」によってブチ壊された。

ガサゴソ……ガタッ!

パカリと開いた大型ケースの中から、ボサボサの髪を振り乱し、必死に這い出てきた男が一人。

「ぶはっ! 苦しかった……! あと5分遅かったらリアルに酸欠で犬死にするところだったぞ!」
「ふ、フォルテ司令官――!?」

なんと、我がアカデミーを統べる最高司令官が、シワだらけの軍服のままケースの中から間抜けに転がり出てきたのだ。

「レッド……聞いてくれ! 娘のストレッタの奴が、俺がクローゼットの奥に『ヴァン・ラー』を隠すところをバッチリ目視で確認してやがったんだよ! それでソッコーでママ(ピアノ)に密告されて我が家のリビングは完全にシベリア化! マイナス200度の絶対零度だ! 生きた心地がしなくて、トラックの機材に紛れてここまで命からがら逃げてきたんだ!」

司令官はオランダ製の超高級ラッパを愛おしそうに抱きしめたまま、俺のデスクにしがみついた。
「というわけで、レッド。我が家のシベリア寒気団が去るまでの間……しばらくこの秘密基地の防音室に、住み着かせてもらう。家事なら士官学校仕込みで完璧だ。皿洗いでも洗濯でもなんでもやる!」

「え、いや、ここはウルセンジャーの基地で、宿泊施設じゃ……」

「黙れ! 貴様、士官学校時代に『唇立て伏せ』をサボった件、私が本部に報告してもいいんだぞ!?」

「うっ……! わ、分かりましたから! 宿代代わりに、私の『オービエモデル』の指導と、アンパンマンの曲中の跳躍、息のスピードでハイトーンまで駆け上がるレッスン、みっちりお願いしますよ!」

「うむ。交渉成立だ……。まずは、そのシルキー殿が置いていった饅頭を一つ、私にも恵んでくれんか……。腹が減って、アンブシュアが維持できん……」

差し出された高級和菓子を貪り食う、威厳ゼロの家出親父。

すると、バックが額の冷や汗を流しながら、この状況をいつもの口調で冷静に分析し始めた。
「さすが、特級トランペット使い。まったく気配を感じませんでした」

「でも、生きた伝説の威厳が1ミリも無いにゃん!」
今まで恐怖でただの猫に擬態していたマルカートが、ここでようやくホッと息を吐き、ソファでくつろぎ始めた司令官へすかさず呆れた突っ込みを入れる。

「……確かに、士官学校の生徒には絶対に見せられないな、こんな姿」
口の周りに饅頭の粉をつけた絶対最高権力者を見つめながら、なんだか急に情けない気持ちになってくる俺。

「悪のみなさん」の対処に、終わりなき家庭平和維持活動。
さらには、士官学校の生徒たちの戦意に関わる(情けなすぎる)国家機密の隠蔽工作まで加わってしまい、俺の悩みは増える一方だ。

俺は新兵器オービエを強く握りしめ、完全にカオスと化した秘密基地の未来に、ただただ頭を抱えて絶望するのだった。


次回、第6話『絶対防衛線の崩壊と、最強の指揮官(マダム)』はコチラ
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音楽戦隊ウルセンジャー、小説版の世界観とキャラクター設定はこちら
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2026年05月21日