第5話『第1トランペット遊撃隊』
第5話『第1トランペット遊撃隊』
益田駐屯地。
演習場。
「気を付け!」
一人の女性が一歩前へ出る。
「敬礼!」
十人の右手が、一斉に上がった。
「山陰西部方面軍、第1軍団!」
「第1トランペット遊撃隊!」
「隊長殿の着任を歓迎します!」
(若い……。)
二十代前半。
いや。
十八、十九歳くらいにしか見えない隊員までいる。
後ろの方から、小さな声が聞こえた。
「えっ、隊長……若くない?」
「聞こえるって。」
「本部の人って、もっと怖い人かと思ってた。」
「それも聞こえてる。」
全部聞こえている。
俺は苦笑した。
「聞こえてるぞ。」
一瞬。
静まり返る。
「すみません!」
演習場に笑いが広がった。
先ほど号令をかけた女性が、一歩前へ出る。
背筋は真っ直ぐ。
制服にも乱れ一つない。
「左翼パートリーダー、カンタービレ軍曹です。」
「本日より、よろしくお願いいたしますわ。」
俺も敬礼を返す。
「レッドだ。」
「士官学校を卒業したばかりで、実務は初めてになる。」
少しだけ間を置く。
「分からないことも多い。」
「その時は、遠慮なく教えてくれ。」
カンタービレ軍曹は静かに俺を見た。
「承知いたしました。」
「現場のことは、私たちがお支えいたしますわ。」
「俺たちも!」
後ろから、勢いよく手が挙がった。
「アクセント。」
隣の青年が、すぐに止める。
「まだ軍曹の話が終わってない。」
「スタッカート、細かいなぁ。」
「お前が雑なんだ。」
小さな笑いが起きる。
「隊長様!」
今度は明るい声。
小柄な少女が、満面の笑みで敬礼していた。
「……隊長様?」
「はい!」
「ブリランテです!」
「よろしくお願いします、隊長様!」
「その『様』は――」
「はい!」
「よろしくお願いします、隊長様!」
後ろで誰かが吹き出した。
眼鏡をかけた青年が、小さく肩をすくめる。
「もう諦めた方がいいです。」
軽く頭を下げた。
「ソステヌートです。」
「よろしくお願いします。」
その隣では、穏やかな青年が微笑んでいる。
「レガートです。」
「よろしくお願いします。」
「ふふっ。」
柔らかな笑い声。
女性隊員がこちらへ会釈した。
「ドルチェです。」
「よろしくお願いいたします。」
その隣。
長い黒髪の女性と目が合った。
「……グラヴィオーソ。」
「よろしく。」
「……どうも。」
もう視線を逸らしている。
少し離れたところでは、大柄な青年が黙って立っていた。
「ペザンテですわ。」
カンタービレ軍曹が紹介する。
本人は軽く頭を下げた。
「……どうも。」
視線は俺ではなく。
リアルダが持っている紙袋へ向いている。
リアルダが、そっと紙袋を背中へ隠した。
「……。」
ペザンテの目が追う。
(腹が減ってるのか?)
最後の一人。
姿勢のいい青年が、一歩前へ出た。
「エネルジコです!」
「よろしくお願いします!」
「よろしく。」
ふと。
足元へ目が止まった。
十人のトランペットケース。
角は擦れ。
金具は色褪せ。
補修された跡もある。
新品は、一つもなかった。
アクセントが俺の視線に気付く。
「ああ、これですか?」
自分のケースを軽く叩いた。
「まだ使えますよ!」
スタッカートが笑う。
「お前のは使い方が雑なだけだろ。」
「戦歴だよ、戦歴!」
また笑いが起きた。
俺も少し笑う。
そして。
自分のケースへ目を落とした。
俺のものだけ。
妙に綺麗だった。
「隊長?」
カンタービレ軍曹がこちらを見る。
「いや。」
俺は首を振った。
「何でもない。」
十人を見る。
名前は聞いた。
顔も見た。
「まずは。」
俺はケースを地面へ置いた。
「みんなの音を聴かせてくれ。」
ブリランテの目が輝く。
アクセントは、もうケースへ手を伸ばしていた。
グラヴィオーソも無言で留め具を外す。
カチッ。
カチッ。
カチッ。
静かな演習場へ。
ケースを開く音が重なった。
初夏の風が吹いた。
第6話『音を聴く』
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