第111話『逃げ場のない優勢』
第111話『逃げ場のない優勢』
悪のみなさん連合。
右翼。
第1軍団。
左翼、山ンバ軍撤退の知らせは。
すでに。
河太郎のもとへ届いていた。
「お頭。」
流れ女が。
静かに報告する。
「山ンバ様の軍。」
「撤退を始めました。」
「……そうか。」
河童兵が。
遠く左翼を見る。
「連合軍でも。」
「一番の火力を持つ山ンバ様が……。」
水虎も。
防衛隊右翼へ目を向けた。
「向こうには。」
「よほどの使い手がおるんでしょうな。」
さっきまで。
中央の勝勢に沸いていた第1軍団から。
笑い声が消えていた。
河太郎は。
正面を見る。
防衛隊左翼。
第3トランペット遊撃隊。
まだ。
動いていない。
「……来るぞ。」
「え?」
河太郎が。
杖を構える。
「今度は。」
「わしらの番じゃ。」
◇
蛙火が。
一歩前へ出た。
「お頭。」
「こちらの防壁は。」
「そう簡単には抜かれませんで。」
「そうじゃと。」
河太郎が。
小さく息を吐く。
「ええがの。」
その時。
ピィーユ――。
「……!」
聞き覚えのある音。
戦場の轟音から。
一本だけ。
透き通ったフルートが浮かび上がる。
フィリュリュ……。
ティリリ……♪
河太郎の目が。
見開かれた。
「来る!」
次の瞬間。
防衛隊左翼から。
一発。
太く。
温かい音をまとった。
特大の音響弾。
不協和音の防御弾幕。
その隙を。
すり抜ける。
「なっ――」
ドゴォォォォン!!
第1軍団本陣。
直撃。
◇
「お頭ー!」
河太郎が。
地面へ転がった。
蛙火が。
慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
水神の子も。
身体を起こす。
河太郎は。
泥だらけの衣装を払いながら。
ゆっくり立ち上がった。
「心配ない。」
胸を張る。
「この程度。」
「何発くらおうが。」
「問題ないわい。」
「……。」
流れ女が。
口元を押さえる。
「ぷぷっ。」
「何じゃ。」
「また。」
「痩せ我慢しよる。」
「してない!」
水神の子も苦笑する。
「お頭。」
「わしらの前くらい。」
「痛い言うてもええんですよ。」
「痛くない!」
「本当に!」
河太郎が。
むきになる。
周囲から。
小さな笑い。
でも。
その笑いは。
すぐに消えた。
◇
河童兵が。
遠く、防衛隊右翼を見る。
「……もし。」
全員が。
そちらを向く。
「今の一発が。」
「山ンバ様の本隊へ入ったのと。」
「同じくらいだったら……。」
河太郎は。
黙った。
しばらくして。
小さく息を吐く。
「今頃。」
一拍。
「みなと。」
「……馬鹿笑いはできんかったじゃろうな。」
誰も。
笑わなかった。
蛙火が。
静かに言う。
「お頭。」
「このまま続けても。」
「我らの防壁では……。」
河太郎は。
しばらく。
正面に布陣する。
防衛隊左翼を見ていた。
そして。
杖を下ろした。
「……第一軍団の仕事は。」
「ここまでじゃ。」
部下たちが。
顔を上げる。
「中央へ出た川の衆にも。」
「伝えよ。」
一拍。
「撤退じゃ。」
「ハハッ。」
「それから。」
河太郎が続ける。
「せっかく。」
「集まってくれたのに。」
少しだけ。
笑った。
「悪かったとな。」
流れ女が。
肩をすくめる。
「じゃあ。」
「わしらは。」
「残業して終わりですね。」
河太郎も笑った。
「ああ。」
「みんなを。」
「生きて帰さんとな。」
◇
悪のみなさん連合右翼。
第1軍団も。
撤退を始めた。
川へ。
故郷へ。
帰るために。
そして。
その最後尾。
河太郎と直属部隊だけが。
防衛隊左翼の前へ。
残った。
◇
悪のみなさん連合中央。
瀬戸坊軍。
少し前まで。
防衛隊中央を押し込み続けていた。
だが。
今は。
違う。
音響弾。
防御弾幕。
太い和音。
不協和音。
互いの音が。
正面からぶつかり続ける。
進めない。
下がらない。
戦線は。
完全に止まっていた。
「……。」
瀬戸坊は。
前を見る。
防衛隊中央。
もう。
下がっていない。
船幽霊が。
声を上げる。
「瀬戸坊様!」
「もう一押しです!」
「ここを抜けば――」
「いいえ。」
瀬戸坊が。
静かに遮った。
「進んでいません。」
「……え?」
「さっきから。」
少しも。
前へ出られていない。
塩吹き爺が。
前方を睨む。
「止められたんじゃ。」
瀬戸坊は。
何も答えなかった。
◇
右を見る。
河太郎軍。
撤退を始めている。
左を見る。
山ンバ軍も。
退いている。
その空いた場所へ。
左右に散開していた防衛隊の散兵と。
両翼である遊撃隊が。
少しずつ。
入り込んでくる。
瀬戸坊の表情が。
変わった。
「……いつの間に。」
海女の妖も。
周囲を見る。
「右。」
「防衛隊。」
左を見る。
「左も。」
「防衛隊です。」
大ダコが。
八本の足を。
落ち着かなさそうに動かした。
「瀬戸坊様。」
「これ。」
「どうします?」
◇
瀬戸坊は。
後ろを振り返る。
そこには。
中央へ加勢しようと前へ出た。
三鬼大王の本隊。
さらに。
両翼へ戻ろうとする兵。
中央へ流れ込んできた各地の軍勢。
前へ出ようとする者。
戻ろうとする者。
それらが。
入り乱れていた。
「道を空けろ!」
「右翼へ戻る!」
「こっちは本隊じゃ!」
「押すな!」
怒号。
混乱。
簡単には。
退けない。
◇
前。
防衛隊中央。
進軍は。
止められている。
右。
防衛隊。
左。
防衛隊。
後ろ。
味方で詰まっている。
海坊主小僧が。
ぽつりと呟いた。
「……逃げ場のない。」
一拍。
「優勢ですね。」
「……。」
誰も。
笑わなかった。
◇
ついさっきまで。
勝っていた。
確かに。
防衛隊中央を。
深く押し込んだ。
敵陣の中へ。
ここまで入った。
だから。
勝っていると。
思っていた。
でも。
前進を止められた瞬間。
景色が変わった。
深く入り込んだ場所で。
左右を失った。
瀬戸坊は。
ようやく理解した。
自分たちは。
勝ちながら。
ここまで来た。
そして。
ここで。
止められた。
「……このままでは。」
左右から。
防衛隊の部隊が。
ゆっくりと。
近づいてくる。
瀬戸坊が。
静かに呟いた。
「全滅しますね……。」
その声の向こうで。
防衛隊中央の和音が。
一歩も退かず。
鳴り続けていた。
第112話『カンナエ』
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