第111話『逃げ場のない優勢』

第111話『逃げ場のない優勢』


悪のみなさん連合。

右翼。

第1軍団。

左翼、山ンバ軍撤退の知らせは。

すでに。

河太郎のもとへ届いていた。

「お頭。」

流れ女が。

静かに報告する。

「山ンバ様の軍。」

「撤退を始めました。」

「……そうか。」

河童兵が。

遠く左翼を見る。

「連合軍でも。」

「一番の火力を持つ山ンバ様が……。」

水虎も。

防衛隊右翼へ目を向けた。

「向こうには。」

「よほどの使い手がおるんでしょうな。」

さっきまで。

中央の勝勢に沸いていた第1軍団から。

笑い声が消えていた。

河太郎は。

正面を見る。

防衛隊左翼。

第3トランペット遊撃隊。

まだ。

動いていない。

「……来るぞ。」

「え?」

河太郎が。

杖を構える。

「今度は。」

「わしらの番じゃ。」



蛙火が。

一歩前へ出た。

「お頭。」

「こちらの防壁は。」

「そう簡単には抜かれませんで。」

「そうじゃと。」

河太郎が。

小さく息を吐く。

「ええがの。」

その時。

ピィーユ――。

「……!」

聞き覚えのある音。

戦場の轟音から。

一本だけ。

透き通ったフルートが浮かび上がる。

フィリュリュ……。

ティリリ……♪

河太郎の目が。

見開かれた。

「来る!」

次の瞬間。

防衛隊左翼から。

一発。

太く。

温かい音をまとった。

特大の音響弾。

不協和音の防御弾幕。

その隙を。

すり抜ける。

「なっ――」

ドゴォォォォン!!

第1軍団本陣。

直撃。



「お頭ー!」

河太郎が。

地面へ転がった。

蛙火が。

慌てて駆け寄る。

「大丈夫ですか!」

水神の子も。

身体を起こす。

河太郎は。

泥だらけの衣装を払いながら。

ゆっくり立ち上がった。

「心配ない。」

胸を張る。

「この程度。」

「何発くらおうが。」

「問題ないわい。」

「……。」

流れ女が。

口元を押さえる。

「ぷぷっ。」

「何じゃ。」

「また。」

「痩せ我慢しよる。」

「してない!」

水神の子も苦笑する。

「お頭。」

「わしらの前くらい。」

「痛い言うてもええんですよ。」

「痛くない!」

「本当に!」

河太郎が。

むきになる。

周囲から。

小さな笑い。

でも。

その笑いは。

すぐに消えた。



河童兵が。

遠く、防衛隊右翼を見る。

「……もし。」

全員が。

そちらを向く。

「今の一発が。」

「山ンバ様の本隊へ入ったのと。」

「同じくらいだったら……。」

河太郎は。

黙った。

しばらくして。

小さく息を吐く。

「今頃。」

一拍。

「みなと。」

「……馬鹿笑いはできんかったじゃろうな。」

誰も。

笑わなかった。

蛙火が。

静かに言う。

「お頭。」

「このまま続けても。」

「我らの防壁では……。」

河太郎は。

しばらく。

正面に布陣する。

防衛隊左翼を見ていた。

そして。

杖を下ろした。

「……第一軍団の仕事は。」

「ここまでじゃ。」

部下たちが。

顔を上げる。

「中央へ出た川の衆にも。」

「伝えよ。」

一拍。

「撤退じゃ。」

「ハハッ。」

「それから。」

河太郎が続ける。

「せっかく。」

「集まってくれたのに。」

少しだけ。

笑った。

「悪かったとな。」

流れ女が。

肩をすくめる。

「じゃあ。」

「わしらは。」

「残業して終わりですね。」

河太郎も笑った。

「ああ。」

「みんなを。」

「生きて帰さんとな。」



悪のみなさん連合右翼。

第1軍団も。

撤退を始めた。

川へ。

故郷へ。

帰るために。

そして。

その最後尾。

河太郎と直属部隊だけが。

防衛隊左翼の前へ。

残った。



悪のみなさん連合中央。

瀬戸坊軍。

少し前まで。

防衛隊中央を押し込み続けていた。

だが。

今は。

違う。

音響弾。

防御弾幕。

太い和音。

不協和音。

互いの音が。

正面からぶつかり続ける。

進めない。

下がらない。

戦線は。

完全に止まっていた。

「……。」

瀬戸坊は。

前を見る。

防衛隊中央。

もう。

下がっていない。

船幽霊が。

声を上げる。

「瀬戸坊様!」

「もう一押しです!」

「ここを抜けば――」

「いいえ。」

瀬戸坊が。

静かに遮った。

「進んでいません。」

「……え?」

「さっきから。」

少しも。

前へ出られていない。

塩吹き爺が。

前方を睨む。

「止められたんじゃ。」

瀬戸坊は。

何も答えなかった。



右を見る。

河太郎軍。

撤退を始めている。

左を見る。

山ンバ軍も。

退いている。

その空いた場所へ。

左右に散開していた防衛隊の散兵と。

両翼である遊撃隊が。

少しずつ。

入り込んでくる。

瀬戸坊の表情が。

変わった。

「……いつの間に。」

海女の妖も。

周囲を見る。

「右。」

「防衛隊。」

左を見る。

「左も。」

「防衛隊です。」

大ダコが。

八本の足を。

落ち着かなさそうに動かした。

「瀬戸坊様。」

「これ。」

「どうします?」



瀬戸坊は。

後ろを振り返る。

そこには。

中央へ加勢しようと前へ出た。

三鬼大王の本隊。

さらに。

両翼へ戻ろうとする兵。

中央へ流れ込んできた各地の軍勢。

前へ出ようとする者。

戻ろうとする者。

それらが。

入り乱れていた。

「道を空けろ!」

「右翼へ戻る!」

「こっちは本隊じゃ!」

「押すな!」

怒号。

混乱。

簡単には。

退けない。



前。

防衛隊中央。

進軍は。

止められている。

右。

防衛隊。

左。

防衛隊。

後ろ。

味方で詰まっている。

海坊主小僧が。

ぽつりと呟いた。

「……逃げ場のない。」

一拍。

「優勢ですね。」

「……。」

誰も。

笑わなかった。



ついさっきまで。

勝っていた。

確かに。

防衛隊中央を。

深く押し込んだ。

敵陣の中へ。

ここまで入った。

だから。

勝っていると。

思っていた。

でも。

前進を止められた瞬間。

景色が変わった。

深く入り込んだ場所で。

左右を失った。

瀬戸坊は。

ようやく理解した。

自分たちは。

勝ちながら。

ここまで来た。

そして。

ここで。

止められた。

「……このままでは。」

左右から。

防衛隊の部隊が。

ゆっくりと。

近づいてくる。

瀬戸坊が。

静かに呟いた。

「全滅しますね……。」

その声の向こうで。

防衛隊中央の和音が。

一歩も退かず。

鳴り続けていた。


第112話『カンナエ』
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2026年08月18日