第68話『静かな夜』
第68話『静かな夜』
「それでは。」
マスターは六人分のコーヒーを静かにテーブルへ並べた。
「ごゆっくり。」
柔らかな笑顔。
落ち着いた声。
不思議と、その一言だけで店の空気が和らぐ。
ドルチェは店内を見回した。
「素敵なお店ですね〜。」
「ありがとうございます。」
「昔から、軍人さんがよく来てくださるんですよ。」
「なるほど〜。」
壁へ飾られた軍用地図や古いヘルメットを見て、ドルチェは納得したように頷いた。
◇
「リアルダ。」
俺は少し安心したように笑う。
「今日は休みだったのか?」
「はい。」
リアルダも微笑む。
「ドルチェさんに誘っていただきました。」
「美味しいお料理をご馳走してくださいました。」
「へぇ。」
ドルチェが胸を張る。
「女子会です〜。」
「たまには息抜きも必要ですから〜。」
グラヴィオーソもコーヒーカップを持ちながら頷いた。
「戦場の話ばかりでは疲れるもの。」
「そうだな。」
俺も自然と笑った。
◇
リアルダは机の上の本をもう一度見つめる。
『初めてのファッション』
『女性心理入門』
『会話が続く聞き方』
『初めてのデート』
……
「軍団長殿。」
「何だ。」
「こちらの教材ですが。」
「はい。」
「貸し出しは可能でしょうか。」
「ぶっ!」
思わずコーヒーを吹きそうになる。
マエストロは平然としていた。
「ああ。」
「勉強熱心なのは良いことだ。」
「ありがとうございます。」
リアルダは本を丁寧に抱えた。
「レッド様。」
「今度、一緒に勉強いたしましょう。」
「え?」
「市街地対人能力向上訓練です。」
「必要な知識だと思います。」
「そ……そうだな。」
俺は曖昧に笑うしかなかった。
マエストロは静かにコーヒーを飲む。
口元だけが少し笑っていた。
◇
「そういえば。」
ドルチェが思い出したように笑う。
「レッド隊長。」
「はい?」
「今日は最初より、ずっと自然に話せてましたよ〜。」
「そうかな。」
「はい。」
「最初は完全に固まってました。」
店内に笑いが広がる。
ソステヌートが眼鏡を押し上げる。
「未知の状況でした。」
「教範にも記載がありません。」
グラヴィオーソが吹き出した。
「本当に真面目なのね。」
「恐縮です。」
「褒めてるのよ。」
「ありがとうございます。」
真面目に頭を下げる。
また笑いが起こる。
◇
マエストロは腕を組んだ。
「諸君。」
全員が自然と軍団長を見る。
「今日の夜間訓練。」
「一番成績が良かった者を発表する。」
俺たちは少し緊張した。
「優秀者。」
一拍置く。
「ペザンテ。」
「はい。」
「よく食べた。」
「ありがとうございます。」
「緊張すると腹が減ります。」
「それでいい。」
マエストロは満足そうに頷いた。
「人は。」
「食べられるうちは大丈夫だ。」
ペザンテも静かに頷いた。
「了解。」
◇
時計は午後十時を回っていた。
「そろそろ帰りましょうか。」
ドルチェが立ち上がる。
「はい。」
リアルダも席を立つ。
グラヴィオーソもコートを羽織った。
俺たちも立ち上がる。
マスターは静かに伝票を置いた。
「本日は。」
「ありがとうございました。」
「またのお越しを、お待ちしております。」
「ありがとうございました。」
俺たちは頭を下げる。
店を出る。
夜風が心地良かった。
◇
ベルが鳴る。
カラン――。
扉が閉まる。
店内は静けさを取り戻した。
マスターは空になったカップを一つずつ片付けていく。
笑い声の残る店内。
先ほどまでの賑やかさが、まだそこに残っているようだった。
「……。」
小さく微笑む。
「皆様。」
誰に聞かせるでもなく。
静かに呟いた。
「どうか、ご無事で。」
その声だけが。
誰もいなくなったバー・レギオンへ、静かに溶けていった。
第69話『夜風』
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/posts/blog27.html
ウルセンジャー小説ガイド
https://www.c-able.ne.jp/~y-info/contact1.html
