第20話『浜田自動車道』
第20話『浜田自動車道』
古びた軍用車は、益田駐屯地をゆっくりと後にした。
初夏の陽射しを浴びながら、中国山地を東へ走る。
窓を少し開けると、山の匂いを含んだ風が車内へ流れ込んできた。
「気持ちいいですねぇ。」
助手席のリアルダが、嬉しそうに窓の外を眺める。
「浜田自動車道、大好きなんです。」
「俺も初めて走る。」
「そうなんですか?」
「ああ。」
「山陰へ来た時は、ずっと下道だったからな。」
リアルダは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ今日は、景色も楽しんでください。」
「レッド様。」
車は長い橋を渡る。
谷底には澄み切った川。
遠くには幾重にも重なる山並み。
深い緑がどこまでも続いていた。
「綺麗……。」
後部座席のブリランテが、小さく呟く。
「隊長様。」
「山陰って、本当に自然がいっぱいですね。」
「ああ。」
「俺の故郷とも、また違う景色だ。」
トンネルへ入る。
薄暗い空間を抜けると、目の前いっぱいに新緑が広がる。
「わぁ!」
ブリランテが思わず声を上げた。
「すごい!」
「トンネルを抜けるたびに景色が変わります!」
リアルダも微笑む。
「だから好きなんです。」
「この道。」
俺も自然と口元が緩んでいた。
母が亡くなってから。
景色を綺麗だと思ったのは、今日が初めてかもしれない。
その時だった。
ブリランテが、ふと思い出したように身を乗り出す。
「そういえば隊長様。」
「何だ?」
「マウスピースって、本当に一本一本違うんですか?」
リアルダも興味津々でこちらを見る。
「私も気になってました。」
俺は頷いた。
「海外製は特に違う。」
「品質は高い。」
「でも一本ごとに吹奏感が変わる。」
「じゃあ。」
ブリランテが首を傾げる。
「日本製は?」
「日本製は品質管理が優秀だ。」
「ほとんど均一。」
「でも。」
「ほんの僅かな個体差はある。」
リアルダは感心したようにメモを取り始めた。
「なるほど……。」
「だから試奏なんですね。」
「そう。」
「命を預ける部品だからな。」
「ほんの少しの違いでも。」
「長時間吹けば疲れ方が変わる。」
「音の立ち上がりも変わる。」
「高音域も変わる。」
「だから。」
「自分に一番合う一本を探す。」
ブリランテは目を丸くしていた。
「奥が深い……。」
「隊長様らしいです。」
リアルダも頷く。
「レッド様って、こういう話になると急に職人気質ですよね。」
「そうか?」
「はい。」
「普段は"何とかなるさ"なのに。」
「……。」
思わず苦笑する。
「そんなに適当か?」
「違います!」
リアルダは慌てて首を振った。
「褒めてるんです!」
「そうです!」
ブリランテも笑う。
「隊長様は、普段とのギャップが格好いいんです!」
「……勘弁してくれ。」
二人は顔を見合わせて笑った。
その笑い声を聞いていると、不思議と心が軽くなる。
やがて山並みが途切れ、車の数が少しずつ増え始めた。
高架道路。
信号機。
ビル群。
「広島ですね。」
リアルダがナビを確認する。
「目的地まで、あと五分です。」
市街地へ入ると、人通りも一気に増えた。
ブリランテは窓へ張り付いている。
「隊長様!」
「すごい都会です!」
「迷子になるなよ。」
「大丈夫です!」
「リアルダさんがいます!」
「えっ?」
リアルダは苦笑した。
「私も二回目なんですけどね。」
「……。」
思わずため息が漏れる。
「二人とも。」
「絶対にはぐれるな。」
「はい!」
元気な返事が車内へ響く。
やがて軍用車は、大きなガラス張りの建物の前でゆっくりと停車した。
入口には、金色に輝く四文字。
YAMAHA
俺は静かに息を吸う。
今日は、マウスピースを選ぶだけ。
そのはずだった。
この店の中で。
士官学校時代の同期――コン・ブリオとの思いがけない再会が待っていることを、この時の俺はまだ知らなかった。
第21話『運命の再会』
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