第20話『山を越えて』

第20話『山を越えて』


古びた軍用車は。
中国山地を東へ走っていた。

窓を少し開ける。

山の匂いを含んだ風が。
車内へ流れ込む。

「気持ちいいですねぇ。」

助手席のリアルダが。
窓の外を眺めている。

「浜田自動車道。」
「私、好きです。」

「そうなのか。」

「はい。」
「レッド様は?」

「初めてだ。」

リアルダが振り向く。

「そうなんですか?」

「ああ。」
「山陰へ来た時は。」
「ずっと下道だったからな。」

「でしたら。」

リアルダが笑う。

「今日は景色も楽しんでください。」

後部座席から。
ブリランテが身を乗り出す。

「隊長様!」
「川ですよー!」

橋の下。
澄んだ川。

その向こうには。
幾重にも重なる山。

新緑。
青空。

「綺麗……。」

「ああ。」

トンネルへ入る。
車内が暗くなる。

抜ける。

また。
一面の緑。

「わぁ!」

ブリランテが声を上げる。

「また景色が変わりました!」

リアルダが笑う。

「だから好きなんです。」

俺も。
少しだけ笑った。

母が亡くなってから。
ずっと見えていた鉛色の景色に。
色彩が戻ってきたような気がした。

◇

しばらく走る。

後ろで。
ごそごそ。

「隊長様。」

「何だ?」

ブリランテが。
何かを差し出してきた。

「いります?」

ポッキー。

「……。」

助手席では。
リアルダも鞄を開く。

「私は。」
「きのこの山を持ってきました。」

「……。」

「おいおい。」
「遠足では――」

「長距離移動には糖分ですよー!」

リアルダも頷く。

「適度な補給は大事です。」

「……。」

「一本くれ。」

「はい!」

ポッキーを一本。
口にくわえる。

「レッド様。」

リアルダが。
きのこの山を差し出す。

「こちらもどうぞ。」

「もらう。」

ブリランテが笑う。

「隊長様。」
「完全に遠足ですよー!」

「お前たちが始めたんだろ。」

「ボクは護衛任務です!」

「ポッキー食いながら言うな。」

リアルダが吹き出した。

◇

俺は前を見たまま。
口元を動かす。

唇をすぼめ。
頬を引く。

「……。」

後ろから。

「!?」

「隊長様。」

ブリランテが吹き出す。

「ププっ。」
「変顔ですか?」

「人の顔を見て笑うな。」

「だって!」
「すごい顔ですよー!」

助手席から。
リアルダがこちらを見る。

「レッド様も笑ってました。」

「何を。」

「私の口輪筋のトレーニングを見て。」

「……。」

覚えている。

「ですから。」
「私もご一緒します。」

リアルダも。
口元を動かし始めた。

「……。」

「……。」

後ろから。

「ずるい!」
「ボクもやりますよー!」

「お前まで?」

「はい!」

三人。

「……。」

「……。」

「……。」

妙な顔が。
三つ。

「ぷっ!」

ブリランテが吹き出した。

「ダメですよー!」
「二人とも面白すぎます!」

リアルダも笑う。

「ブリランテさんも。」
「かなりすごい顔です。」

「ええっ!?」
「ボクも!?」

俺も。
堪えきれず笑った。

「……遠足だな。」

一瞬。
静かになる。

「隊長様が言ったー!」

リアルダも笑う。

「レッド様が認めました。」

「うるさい。」

車内に。
また笑い声が広がった。

◇

やがて。
山が少しずつ遠くなる。

車も増えてきた。

高架。
信号。
建物。

リアルダがナビを見る。

「広島市内に入りました。」

後ろでは。
ブリランテが窓の外に釘付けになっている。

人、人、人。
車、車、車。

「隊長様!」
「今日はお祭りですか?」

「いや。」
「こんなもんだ。」

「こんなもん!?」

リアルダが。
端末を見る。

「これが日常です。」
「情報どおりなら。」

ブリランテは。
まだ窓の外を見ている。

「すごいですよー!」
「人が次から次へ!」

その時。

「レッド様!」

リアルダが前を指す。

「電車に気をつけてください!」

「え!?」

ブリランテが。
身を乗り出す。

「電車!?」

「ああ。」
「分かってる……。」

道路の真ん中を。
路面電車が走っていく。

ブリランテの目が丸くなる。

「道路を走ってますよー!」

リアルダも。
興味深そうに眺めている。

「資料では見ましたけど。」
「実際に見ると不思議ですね。」

「二人とも。」
「はしゃぐのはいいが。」
「俺の視界を塞ぐな。」

「はい!」

「はいですよー!」

◇

軍用車を。
近くのコインパーキングへ置く。

三人で歩く。

建物の裏手から。
ぐるっと表へ回る。

そこで。
足を止めた。

全面ガラス張り。

モダンで。
洗練された建物。

「きゃーっ!」

ブリランテの目が輝く。

「素敵ですよー!」

リアルダも。
建物を見上げる。

「すごい……。」
「まるで。」
「ブランドショップのようです。」

俺は。
入口を見る。

都会の楽器店には。
何度か入ったことがある。

それでも。

「……入りづらいな。」

その横で。
ブリランテが。
びしっと敬礼した。

「隊長様!」
「突入準備整いました!」

「……。」

「店だぞ。」

「はいですよー!」

俺は二人を見る。

「いいか。」
「お前達。」
「はしゃいだりするな。」

「民間人の目を気にしろ。」
「公務だからな。」

「はい!」

「はいですよー!」

返事だけは。
立派だった。

俺達は。
ガラス張りの建物へ向かった。


第21話『白い士官服』
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2026年07月04日