第127話『市街地対人訓練♪』

第127話『市街地対人訓練♪』


ホテルを出た。

朝の広島は、穏やかだった。

リアルダは。

会戦の報告書をまとめるため。

ひと足先に益田駐屯地へ帰投。

ドルチェは公休。

第3軍団のスポンサーでもある祖父のところへ。

挨拶を兼ねて帰省した。

そして俺は。

カンタービレから。

『本日の隊長の任務は、休養ですわ』

と押し切られた。

休暇という仕事。

意味が分からない。

「さて……。」

これからどうするか。

ホテルの前で立っていると。

一台の車が近づいてきた。

淡いピンク色の軽自動車。

俺の前で停まる。

運転席のドアが開いた。

「おはようございます!」

タケハラだった。

車から降りると。

俺の前で姿勢を正す。

ビシッ!

敬礼。

「第3トランペット遊撃隊、隊長のタケハラです!」

「……おう。」

「コン・ブリオ軍団長より!」

さらに胸を張った。

「広島を救った英雄のおもてなしを仰せつかりました!」

もう一度。

ビシッ!

「軍団長命令であります!」

「……。」

「……。」

しばらく見つめる。

「……本当のところは?」

「あれ?」

一瞬で姿勢が崩れた。

「バレました?」

「バレる。」

「テヘッ。」

「コン・ブリオに何か言われたな……。」

「今日は休んでいいよって言われました。」

「それだけか?」

「レッド隊長も休みみたいだから、広島の街を案内してあげたらって。」

「……あいつ。」

タケハラが助手席を指差した。

「ということで、行きましょう♪」

「どこへ?」

「乗ってからのお楽しみです。」

昨日。

河太郎の軍勢を前にしていた人物とは思えないくらい。

楽しそうだった。

俺は助手席へ乗り込んだ。



宮島。

厳島神社へ向かう道は。

思っていたより人が多かった。

「今日は祭りか何かか?」

「違いますよ。」

「外国の人も多いな……。」

「休日はもっと多いですよ。」

「そうなのか。」

周囲を見渡す。

「厳島大明神様は人気があるんだな……。」

タケハラが。

クスッと笑った。

そのまま。

少し身体を寄せてくる。

「……近いゾ。」

「隊長。」

「なんだ?」

「例の、市街地対人訓練の教本。」

俺の顔を覗き込む。

「読まれましたか?」

「三ページくらいはな……。」

「やっぱり。」

また笑われた。

「古代戦史と同じですね。」

「……。」

否定できない。

「じゃあ。」

タケハラが前を指差す。

「男女で歩いている方を見て下さい。」

「何か気づきませんか?」

周囲を見る。

何組か。

男女が並んで歩いている。

「年齢層は幅広い。」

「はい。」

「服装も統一感がない。」

「はい。」

「歩行速度も様々。」

「……はい。」

「そして。」

少し観察する。

「距離が近いな……。」

「正解♪」

次の瞬間。

腕に感触があった。

「……。」

タケハラが。

俺の腕へ。

自分の腕を絡めていた。

「なっ……。」

「教本の三ページ先。」

楽しそうに笑う。

「私が実践訓練してあげますね♪」

「え?」

何の訓練だ。

そう聞こうとした時。

「あっ!」

タケハラが突然。

前を指差した。

「カキ食べましょう!」

「……カキ?」

「広島といえばカキです♪」

さっきまでの話は。

どこへ行った。

「広島焼きではなかったのか……。」

タケハラの足が止まった。

「隊長。」

「ん?」

「それ、広島では言わない方がいいですよ。」

「ああ。」

思い出した。

「そういえば、ドルチェにも言われてたな……。」

「ちゃんと覚えておいて下さいね♪」

焼きたてのカキを受け取る。

タケハラが嬉しそうに口へ運んだ。

「んー♪」

「プルプルして柔らかくて。」

「とってもジューシーですよ。」

俺も食べる。

「……確かに。」

もう一口。

「柔らかくて、プルプルしてるが……。」

「でしょう?」

「……。」

腕を組む。

カキを食べる。

距離が近い。

市街地対人訓練。

俺は。

頭が混乱してきた。

対人訓練。

奥が深い。



厳島神社。

参拝を済ませ。

俺は静かに手を合わせた。

「昨日は……。」

隣で。

タケハラも目を閉じている。

「静観していただいて、ありがとうございました。」

「……。」

タケハラが目を開けた。

「レッド隊長。」

「なんだ?」

「それ、お願いじゃないですよね?」

「礼だ。」

「神様に戦場の事後報告する人、初めて見ました。」

「昨日、何もしてこなかったからな。」

「いや、まあ……そうですけど。」

タケハラが吹き出す。

「すっごく場違いですよ。」

「そうか?」

「普通は家内安全とか、そういうお願いをするところです。」

「礼の方が先だろ。」

「……そういうところなんですね。」

「何が?」

「なんでもありません♪」

境内を出る。

少し歩いたところで。

一頭の鹿が。

俺の横へ来た。

「……。」

鹿を見る。

鹿も俺を見る。

一歩。

近づいてくる。

「タケハラ。」

「はい?」

「これ、どうすればいい?」

「普通にしてれば大丈夫ですよ。」

さらに一歩。

「近い。」

「大丈夫です。」

さらに来る。

俺は一歩下がった。

鹿も一歩来た。

もう一歩下がる。

また来る。

「……なんでついてくるんだ。」

「レッド隊長。」

タケハラが笑いをこらえている。

「逃げるからですよ。」

「来るんだから仕方ないだろ。」

さらに離れる。

鹿が追ってくる。

「おい!」

タケハラが。

とうとう笑い出した。

「昨日、山ンバにも怯まなかったのに!」

「山ンバは鹿じゃない!」

「ソッチの方が怖いですよ!」

結局。

しばらく鹿に追いかけられた。



俺達は。

広島市内へ戻るため。

フェリーに乗った。

一階デッキから。

二階の展望デッキへ続く階段を上る。

狭い。

そして。

思ったより急だ。

先を上るタケハラが振り返る。

「隊長。」

「ん?」

「足元、滑ります。気をつけて下さいね。」

「分かってる。」

ツルッ。

「あ痛っ。」

「隊長!」

足を滑らせた。

幸い。

その場に尻もちをついただけだった。

タケハラが慌てて数段戻る。

俺の前で片膝をつき。

手を差し出した。

「大丈夫ですか?」

「ああ……。」

その手を取る。

「だから言ったじゃないですか。」

「思ったより急だった。」

立ち上がり。

服についた埃を払う。

「山ンバ戦でドジらなくて良かったよ。」

「本当ですね♪」

タケハラが。

少しだけ悪戯っぽく笑った。

「今頃。」

「私とデートできなかったかもしれませんね。」

「……。」

!?

デート。

今。

そう言ったか?

「隊長?」

「……なんでもない。」

「ほら、行きますよ♪」

「……おう。」

今度は。

しっかり足元を見て階段を上った。



展望デッキ。

外へ出る。

夏の日差し。

潮の香り。

海からの風。

俺達は。

手すりの前に並んだ。

目の前には。

青い瀬戸内海。

島々が浮かんでいる。

タケハラの髪が。

風になびく。

「瀬戸内海はどうですか?」

「山陰と比べると穏やかだ。」

「でしょう?」

しばらく。

二人で海を見る。

タケハラが口を開いた。

「その穏やかな海を守ろうと。」

「昨日、中央にいたのが瀬戸坊。」

「……。」

「海を守るか。」

「はい。」

「子ども達を守るか。」

少し。

間があった。

タケハラが。

複雑な笑顔を浮かべる。

「命というコインをかけてね♪」

「……ああ。」

瀬戸坊にも。

守ろうとしたものがあった。

俺達にも。

あった。

善か。

悪か。

それだけでは。

割り切れない。

タケハラは。

それを分かっている。

分かった上で。

命というコインを賭けた。

風が吹く。

髪が揺れる。

潮の香りに混じって。

少し。

いい香りがした。

俺は横を見る。

タケハラは。

ただ静かに海を見ていた。

(この子。)

(本当に心が強い。)

「隊長?」

「ん?」

「難しい顔してますよ。」

「そうか?」

「今日は休養なんですから♪」

いつもの笑顔に戻る。

「広島に戻ったら、お買い物です。」

「……買い物?」

「市街地対人訓練の続きです♪」

「まだやるのか……。」

「もちろんです。」

タケハラが笑った。

フェリーは。

穏やかな瀬戸内海を進んでいった。


第127話『レッド君♪』
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2026年08月21日