第77話『渚の戦い』
第77話『渚の戦い』
潮風が砂浜を吹き抜ける。
濡れ女は白い鍔広帽子のつばへ、そっと手を添えた。
「それでは。」
「参ります。」
その声と同時に、黒いスーツ姿の手下たちが一斉に駆け出した。
「速い!」
アクセントが息をのむ。
砂へ足を取られない。
まるで乾いた大地を駆けるような足取りだった。
ハマダ軍曹が俺を見る。
「隊長さん。」
「岩礁です。」
「ああ。」
俺はうなずく。
「全隊。」
「防衛線を維持!」
「了解!」
右翼が動く。
アクセントがベルを上げた。
「防弾幕、展開!」
ブリランテが俺の隣へ並ぶ。
「隊長様!」
「牽制します! ダブルタンギング! 連弾!」
無数の音響弾が砂浜へ走る。
だが、手下たちは波打ち際を滑るように駆け抜けていく。
「ちっ!」
スタッカートが悔しそうに叫ぶ。
「捕まえられないっス!」
◇
左翼も応戦する。
「教範どおりですわ。」
カンタービレ軍曹の声は落ち着いていた。
「倍音を維持。」
ソステヌートとレガートが音を重ねる。
ドルチェが防壁を支える。
岩陰では、グラヴィオーソが静かに引き金を絞った。
「……そこ。」
鋭い一射。
しかし、手下は紙一重で身をかわす。
「海に慣れていますわね。」
カンタービレ軍曹が静かにつぶやいた。
◇
濡れ女は、その場から動かない。
寄せた波が足元へ触れる。
海水が生き物のように立ち上がり、白いスーツへ静かにまとわりついた。
深紅のストールだけが潮風に揺れる。
「レッド様。」
リアルダの声が飛ぶ。
「補正します!」
「頼む!」
「右へ一度!」
「仰角、そのまま!」
隣ではミスミも声を上げる。
「今です!」
俺は息を吹き込んだ。
音響弾が岩礁をかすめ、鋭く反射する。
手下の一人が体勢を崩した。
「今ですわ!」
左右から音が重なる。
その隙を逃さず、沿岸方面の音響士たちが前へ出た。
「くらいついてください!」
ハマダ軍曹の号令に、
「了解!」
沿岸方面第一トランペット遊撃隊が一斉に応じる。
波を読み。
風を読み。
一歩も引かず、防衛線を支え続ける。
俺たちも、その背中に食らいついた。
◇
無数の不協和音が砂浜へ降り注ぐ。
轟音。
砂が舞い上がる。
濡れ女は白い帽子の下で微笑んでいた。
「……お見事です。」
「ですが。」
「この浜は、そう簡単には渡せません。」
潮風が、さらに強く吹き始めた。
第78話『潮時』
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