第77話『渚の戦い』

第77話『渚の戦い』


潮風が砂浜を吹き抜ける。

濡れ女は白い鍔広帽子のつばへ、そっと手を添えた。

「それでは。」

「参ります。」

その声と同時に、黒いスーツ姿の手下たちが一斉に駆け出した。

「速い!」

アクセントが息をのむ。

砂へ足を取られない。

まるで乾いた大地を駆けるような足取りだった。

ハマダ軍曹が俺を見る。

「隊長さん。」

「岩礁です。」

「ああ。」

俺はうなずく。

「全隊。」

「防衛線を維持!」

「了解!」

右翼が動く。

アクセントがベルを上げた。

「防弾幕、展開!」

ブリランテが俺の隣へ並ぶ。

「隊長様!」

「牽制します! ダブルタンギング! 連弾!」

無数の音響弾が砂浜へ走る。

だが、手下たちは波打ち際を滑るように駆け抜けていく。

「ちっ!」

スタッカートが悔しそうに叫ぶ。

「捕まえられないっス!」



左翼も応戦する。

「教範どおりですわ。」

カンタービレ軍曹の声は落ち着いていた。

「倍音を維持。」

ソステヌートとレガートが音を重ねる。

ドルチェが防壁を支える。

岩陰では、グラヴィオーソが静かに引き金を絞った。

「……そこ。」

鋭い一射。

しかし、手下は紙一重で身をかわす。

「海に慣れていますわね。」

カンタービレ軍曹が静かにつぶやいた。



濡れ女は、その場から動かない。

寄せた波が足元へ触れる。

海水が生き物のように立ち上がり、白いスーツへ静かにまとわりついた。

深紅のストールだけが潮風に揺れる。

「レッド様。」

リアルダの声が飛ぶ。

「補正します!」

「頼む!」

「右へ一度!」

「仰角、そのまま!」

隣ではミスミも声を上げる。

「今です!」

俺は息を吹き込んだ。

音響弾が岩礁をかすめ、鋭く反射する。

手下の一人が体勢を崩した。

「今ですわ!」

左右から音が重なる。

その隙を逃さず、沿岸方面の音響士たちが前へ出た。

「くらいついてください!」

ハマダ軍曹の号令に、

「了解!」

沿岸方面第一トランペット遊撃隊が一斉に応じる。

波を読み。

風を読み。

一歩も引かず、防衛線を支え続ける。

俺たちも、その背中に食らいついた。



無数の不協和音が砂浜へ降り注ぐ。

轟音。

砂が舞い上がる。

濡れ女は白い帽子の下で微笑んでいた。

「……お見事です。」

「ですが。」

「この浜は、そう簡単には渡せません。」

潮風が、さらに強く吹き始めた。


第78話『潮時』
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2026年07月14日