第7話『最強の狂詩曲(ラプソディ)』

(出典:グーグルAI)※ストーリはフィクションです


第7話『最強の狂詩曲(ラプソディ)』

「——カツン」
「——コツン」

音楽戦隊ウルセンジャーの秘密基地。
訓練場の防音ガラスの向こうから、性質の違う二つの足音が、
全く隠していないその圧倒する覇気(オーラ)により、恐ろしいほどの規則正しさで近づいてくるのが分かった。

一つは、絶対的な規律を感じさせる、エレガントで重厚なヒールの音。
もう一つは、寸分の狂いもない拍子(テンポ)を刻む、凛とした草履の音。

「……ッ!」

訓練中で楽器を構えていた俺、バック、マルカート、そしてストレッタの全員の動きがピタリと止まった。

流れる冷や汗が床に落ちる音すら聞こえそうなほどの静寂。部屋の気圧が急激に跳ね上がり、
これから訪れる危機を予感させた。

防音室の重い気密扉が、音もなく開く。

「あら、ごきげんよう、シルキー師範。まさかこんな山口の辺境の基地でお会いするなんて、奇遇ですわね」

「これはこれは、ピアノ夫人。お珍しいお越しどす。名門士官学校の奥様が、このような泥臭い遊撃隊の詰所に何の御用どす? もしや、あの出来損ないの旦那様(フォルテ司令官)でも探しに来はったん?」

そこに立っていたのは、ストレッタの母親であり最高司令官の妻である「ピアノ夫人」と、
バックの母親であり、俺の幼少期の師匠「シルキー師範」の二人だった。

「……マ、ママと……バックの母上……!?」

ストレッタのギャル気が完全に消滅し、あのプライドの高いエリートのバックですら、愛機『BACH』を握ったまま直立不動で硬直している。
世界を震撼させる「二大巨頭」が、ウルセンジャーの秘密基地で鉢合わせてしまったのだ。

「ええ、うちの主人(フォルテ司令官)が大変ご迷惑をおかけしたみたいで。でも、もうお家に連れ戻しましたわ。お買い物係がいなくて困っていましたの。シルキー師範こそ、大層な国立音響防衛隊の査察をお放り出して、こんなお遊びの場所に何の用かしら?」
ピアノ夫人はフワリと上品な微笑みを浮かべながら、基地の応接スペースのソファーに優雅に腰掛けた。

「お遊びやなんて、人聞きの悪い。私はただ、昔『厳しい修行』から逃げ回っていた落ちこぼれの弟子(レッド)と、名門の誘いを蹴った大馬鹿者の息子(バック)が、どんな『下手くそな音楽』でちびっ子を騙しているのか、見物に来ただけどすえ」
シルキー師匠もまた、完璧な京美人の笑みを湛えたまま、対面のソファーへと滑り込む。
相変わらず目は笑っていない。

二人のマダムが、静かにお茶を淹れ始めた。
お上品なトーンの標準語と、皮肉の効いたおっとりとした京都弁。
その言葉の応酬が交わされるたびに、周囲の空気がパキパキと凍りついていく。

「まぁ、このお紅茶、随分と大雑把な淹れ方ですこと。さすがは僻地の詰所、お里が知れますわね。……でも、うちのストレッタが、少しはマシなフルートを吹けているようで安心しましたわ。じゃじゃ馬で手はかかりますけれど、誰かさんに似て『おせっかい』だけは一人前ですの」
ピアノ夫人はカップをそっとソーサーに戻した。カチャリ、と繊細な音が響く。

「おやおや、お紅茶の味が分かりはるやなんて、さすがは上流階級の奥様どすな。うちのバックも、譜面通りの完璧なだけの音楽に飽き飽きして、こちらの『泥臭い熱さ』に絆されてしまったようで。あの子、口は悪おすけど、本当は誰よりも隊長さんの『正義の音』を信頼していますのえ。本当に、不器用な遺伝子は父親譲りで困りますわ」
シルキー師匠は扇子でトントンと膝を叩きながら、はんなりと目を細めた。


訓練場の中で、俺とバック、ストレッタ、そしてマルカートは完全に射すくめられていた。
隙が、一切ない。
二人の放つ覇気は、「悪のみなさん」の幹部が束になってかかってきても一瞬で消滅するレベルだ。

マルカートにいたっては、野生の生存本能で完全に気配を消し、ぬいぐるみのようにお座りしている。
(みんなには内緒にしているけど、お前は国内最高峰の『特級打楽器使い』だろーが!)と、俺は心の中で激しく叫んだ。

しかし、このままではこれからの訓練に支障が出てしまう。
何より、味方全体の精神衛生上もよろしくない。

訓練の士気が完全に崩壊する前に、この場を切り抜ける突破口を開く必要があった。


「マダム達。授業参観(ササツ)のお礼に、お子さん達が日頃の成果を一曲、披露したいと申しております」

俺は中世の宮廷執事も顔負けの、泥臭くも最高級の礼節を尽くしたお辞儀(ボウ・リスペクト)で彼女達を正面から迎えた。

対面する二人のマダムは、優雅に、そして完全に目は笑っていない極上の笑顔で小さく頷いた。
そのプレッシャーだけで、俺の愛機(ヤマハ・ニューヨークモデル)のピストンが恐怖で固まりそうだ。

「……おい、バック、スレッタ、マルちゃん」
俺は唇をほとんど動かさずに、超小声でメンバーへ囁いた。

「この絶望的な戦局を打破するぞ。フォーメーション――『鶴翼の陣』だ」

音響範囲(面制圧)の広いドラムのマルカートを中央の要(ハブ)に据え、一撃必殺の最大火力を持つ俺とバックのトランペットを両翼に配置。
そして、超高速連弾(遊撃)が得意なストレッタのフルートで相手の視線(ヘイト)をかく乱する、
我が隊の常勝の陣形だ。

「……数2。脅威度は『ランクS』相当。戦闘スタイルは完全未確認。有効音響周波数、!?440ヘルツ(Hz)……」

バックが眼鏡の奥の瞳を激しく動かしながら、的確かつ冷徹に相手の戦力を分析していく。
その声は、実の母親のオーラに完全に直立不動になりながらも、士官学校首席の意地を保っていた。

「……隊長、アカデミーの教科書(タクティクス)通りに判断するならば、ここは全滅を避けるための『戦術的休符(フェルマータ)』――すなわち、血の涙を流して即時撤退すべき局面です!」

マダム達の心の満足を得る有効な音響弾(選曲)が、普段のポップス用ではなく、不慣れな「クラシック仕様(重厚な響き)」であることに、一瞬だけ俺の脳髄のチューニングが狂いかける。

……だが。「フッ、教科書通りにいかないのが現場(ステージ)さ。何とかなるさ」俺はマダム達に舐められないよう、アメリカ戦争映画の上官風の不敵な笑みを唇に浮かべた。

「子離れできない偉大なお母様方に、そろそろ満足してお引き取りいただくぞ。……みんな、音合わせ(チューニング)の狂いは即、自爆を意味する。全員生きてステージを完遂しろッ!」

――ドン!!!

俺の鋭いカットイン(合図)とともに、中央のマルちゃんが放ったドラムの重低音(ソニック・ドライブ)が爆発した。
つい一秒前までぬいぐるみのフリをして死んだ魚の目をしていたとは到底思えない、空間の分子をねじ伏せるような圧倒的な音圧が、絶対零度まで下がった秘密基地に温もりを与えていく。

俺のヤマハ・ニューヨークモデルと、バックのBach 180ml37GPが、一糸乱れぬ完璧なオクターブでユニゾンを奏でる。
そこに、ストレッタの輝かしいMuramatsuフルート24Kモデルが、まるで見事な装飾音のように鮮やかに絡み合っていく。
それは、お遊びの音楽などでは決してなかった。
シルキー師匠の厳しい教え、マルちゃんの躍動するリズム、ストレッタの超絶フィンガリング、そしてバックの熱い想い――

すべての想いが乗った、完璧を超えた『正義の響き』だった。

演奏が終わった。
作戦室に、ふたたび静寂が戻る。

ソファーの上の二人のマダムは、しばらく無言で俺たちの演奏を見つめていた。やがて、ピアノ夫人がクスリと上品に笑った。

「……あら。少し見ないうちに、ずいぶんと素敵な音を出すようになったじゃない。ストレッタ、あなたのフルート、昔よりずっと優しく聴こえたわよ」

「……」シルキー師匠もまた、満足そうに微笑みながら立ち上がった。
「レッド隊長はん、バック。
……下手くそなりに、人の心を動かす音というものが、ようやく分かってきたようどすな。
『弘法筆を選ばず』と言いますけど、そのオービエモデル、今のあなたにはよう似合っていますえ」

二人の言葉の奥にある、氷をも溶かすような温かい「親心」。
技術や規律に厳しい二人だからこそ、俺たちがこの場所で仲間と共にどれだけ成長し、どれだけ本気でちびっ子たちのために音楽と向き合っているか、全てを理解してくれていたのだ。

「さあ、ピアノ夫人。お茶も頂きましたし、そろそろ帰りまひょか。これ以上いると、子供たちの邪魔になりますえ」

「ええ、そうですわね、シルキー師範。……みんな、これからも地域の平和と、ちびっ子たちの笑顔をしっかり守りなさいね。
もちろん、お財布の規律も守るのよ?」

ピアノ夫人が俺にチラリと向けた冷徹な視線に、
俺は(はい! 嫁様に内緒の極秘調達は二度としません!)と、心の中で直立不動の敬礼を送った。

二人の最強のマダム達は、再び「カツン、コツン」と美しい足音を響かせながら、優雅に秘密基地を去っていった。


「……ふぅ。命拾いしたにゃん」
久しぶりにまじめに叩いていたマルちゃんが、ヘナヘナと床にへたれ込む。

「最高にイケてる演奏だったじゃん! ウチらマジ最強!」
ストレッタがいつものギャル姉さんに戻って、満面の笑みでハイタッチを求めてくる。

「ええ。母上たちの前でこれだけの演奏ができたなら、もう僕たちに恐れるものは何もありませんね」
バックが誇らしげに愛機(トランペット)を掲げ、不敵に笑った。

最高司令官(フォルテ)の家出居座り騒動から、最強のマダムたちの電撃襲来まで。全ての過酷な試練(家庭内紛争)を乗り越えた音楽戦隊ウルセンジャーの絆は、もう誰にも壊せない。

「よし、みんな! 次の最前線(幼稚園)へ出動だ!
最高の『正義の音』を、ちびっ子たちに届けに行こう!」

「「「「オーーーッ!!!!」」」」

カオスを乗り越えた防府の青い空へと、俺たちのファンファーレが、どこまでも、どこまでも熱く突き抜けていった。


第8話『落ちこぼれ隊長と、上から目線の猫』はコチラ
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音楽戦隊ウルセンジャー、小説版の世界観とキャラクター設定はこちら
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2026年05月22日